ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

新聞記事数から見る「地域衰退」

表題を見て勘違いしたかもしれませんが、新聞の発行部数や販売部数でなく、記事そのものの数を見ます。

また記事の数も「ふるさと創生」「地域活性化」「地方消滅」などのキーワードがどのように使われていくかを追っていくのではなく、記事全体の件数を見ます。

動機

なぜこんなことをしようと思ったのかというそもそもの動機です。

ある言葉がいつごろ一般化したのか、といったことを調べるときに新聞データベース(「聞蔵Ⅱ」「ヨミダス」など)が使われることがあります。トレンドの分析ですね。

ただデータベースに収録内容がどう変わっているかということに関心が払われることがあまりないように思います。データベースそのものが充実すれば、収録記事も増えるわけですから、トレンドを見る際、その点留意する必要があるのではと。

 データベースの充実

例として「ヨミダス」の収録内容を確認します。ヨミダスは読売新聞のデータベースです。

ヨミダスは「明治・大正・昭和」と「平成」に分かれています。

「明治・大正・昭和」は1874年11月2日~1989年12月31日で東京本社発行の全国版(地域版は東京都内版の最終版のみ)。検索は見出しのみです。「平成」は1986年9月1日~最新号=前日付。こちらは記事本文も検索可能です。

以下収録記事の内容です。90年代以降、とくに地域版の記事がデータベース化されるようになっているのが覗えます。

 

「平成」収録記事

◆読売新聞本版(全国版=地域版以外の紙面)

・1986年9月~

 東京本社ニュース面(一~四面、外電面、経済面、スポーツ面、社会面)

・1986年11月~

 生活・解説・気流面(東京本社)

・1987年1月~

 東京本社発行紙面

・1990年11月~

 大阪本社発行紙面

 西部本社一面、社会面

 中部本社一面、社会面

・1997年5月~

 西部本社発行紙面

・1999年10月~

 中部本社発行紙面

 *中部本社は2002年に中部支社に移行

◆地域版(各都道府県版=沖縄を除く)の収録開始時期

・1986年12月~

 東京(都民版)

・1997年5月~

 大阪

・1998年10月~

 神奈川、千葉、埼玉、兵庫、京都、福岡

・1999年1月~

 東京(多摩版)、群馬、茨城

・1999年3月~

 栃木、山梨、長野、山口、熊本

・1999年4月~

 和歌山、奈良

・1999年5月~

 滋賀、福井、広島

・1999年6月~

 岡山、島根、愛媛、香川

・1999年7月~

 大分

・1999年9月~

 新潟、福島、宮城、青森、徳島

・1999年10月~

 愛知、岐阜、三重、鳥取、高知、鹿児島

・2000年3月~

 静岡、山形

・2000年12月~

 長崎

・2001年2月~

 佐賀、宮崎

・2001年3月~

 北海道、岩手、秋田、富山、石川

 *各都道府県庁所在地で発行されている最終版のみ収録。

 例外)東京は都民版、多摩版、兵庫は阪神版、明石版、福岡は福岡版、北九州版を収録

 *タウン情報やお知らせなどが中心の第3県版は原則として未収録。

 

 記事件数の推移

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グラフはそれぞれの新聞の記事件数の推移です。

データベースは「聞蔵Ⅱ」「ヨミダス」「毎索」を用いています。データベースでは「週刊朝日」「週刊エコノミスト」などの記事も同時に検索できるのですが、それらの件数は含んでいません。

 

どのデータベースも90年代末に記事数が急増しているのが読み取れると思います。しかしその後は一転して漸減を示しています。

記事件数の急増は、データベースに地域版も収録されるようになっているためですが、減っているのはなぜでしょう。地域版の記事が減ったからではないかと推察してみます。

 

記事の内訳

すごくラフですが地域版の記事の件数とそれ以外で内訳表示してみましょう。おなじくヨミダスから作成します。

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やはり地域版の減少の仕方が大きいように思えます。

詳しい検証が必要でしょうが、地域版独自の記事が削られているのかもしれません。

『ジャンプ』のエロ表現が話題のようだけど、『君の名は。』だってセクハラなんじゃ……

週刊少年ジャンプ』で連載されている「ゆらぎ荘の幽奈さん」という漫画の扉絵が過激な描写なんじゃないかと論争になっているそうです。

過激すぎる?「少年ジャンプ」のお色気表現に賛否 「息子には読ませない」「エロは成長に必要」 | キャリコネニュース

 

そうした論争の中で、「ラッキースケベ」はセクハラでない、というものがあって、なるほどそういう解釈ができるんだなと思った次第です。

「ラッキースケベ」はセクハラ描写といえるか - 弁護士三浦義隆のブログ

 

いちいち目くじらを立てても仕方ないですけど、アニメや漫画にはエロ表現が多いように思います。それは昔からだと思いますが、広く大衆化して多くの人が目にするようになると、ちょっと考えるべきなのかもしれません。

 

個人的に思い出したのは、昨年大ヒットしたアニメ映画『君の名は。』です。

体が入れ替わるというハプニングとはいえ、主人公の男の子はヒロインの女の子の胸を触りまくってますし、挙句「一度しか触ってない」という(謎の)言い訳までしてます。口噛み酒を飲むというのが作中で重要な役割を果たしますが、これだって捉え方によってはいやらしい表現です。

ディズニーかなにかの表現コードに「キスまではOK」みたいなのがあったと思いますが、『君の名は。』の描写はそれを越えているように思いました。だからダメという気はないんですが、「純愛・青春映画」と表現されることには違和感を覚えます。正直ちょっと不快にも感じましたし。

この映画が興行記録を次々と塗り替えていくのを、ちょっと変な気分で見てたように思います。

 

 

残業規制と受験競争

残業規制に反対する人は労働者にもいる。残業代が減るからと理由だけでなく、出世競争も絡んでいるからややこしい。

たとえば、すごく優秀なAさんとまあまあ優秀なBさんがいるとする。Aさんは1日8時間の労働で素晴らしい結果を出すけれど、Bさんは同じ成果を出すのに9時間働く必要がある。

この場合、会社はどちらを評価するだろうか。

時間当たりの成果で比べれば、Aさんである。しかしAさんがまったく残業をしないのに対し、Bさんが残業を厭わない人物だったらどうだろうか。

Aさんは1日8時間働くけれど、Bさんはサービス残業で2時間余分に働く。Bさんは合計10時間の労働となるからAさんより大きな成果を出すことになる。Bさんは自発的にサービス残業をしているだけだから、払う給料はAさんとBさんで変わらない。そうなるとBさんのほうを評価することになる。

Bさんは残業代を貰っているわけではない。しかし評価が高まれば査定に反映するかもしれないし、Aさんより先に昇進するかもしれない。だからサービス残業を行うことに合理性がある。

もし残業代を払っているなら事情は異なってくる。しかし1日当たりの成果で見た場合や突発的な仕事にも残業で対応してくれるという意味では、Bさんのほうが会社にとって都合がいい。そうなるとBさんには残業をしてでも働こうとするインセンティブが存在することになる。

ただし、以上の思考実験はAさんとBさんを比較した場合の話だ。もしBさんと同じくらいの能力のCさんがいて、しかしBさんのように自由に残業ができないとしよう。介護や子育てなど家庭の事情があって、CさんはBさんのように長く働くことはできない。だが同じ労働時間であればBさんと同様の成果が出せる。

さてこの場合はBさんとCさんの公平性をどのように考えたら良いだろうか。長く働きたい人は長く働けばいい、という問題では済まない。働きたくても働けない人との公平の問題が生じる。

この辺りの話になってくると、究極的には競争のあり方そのものを変えていかなければならないかと思う。

それで標記の話に戻ると、同様のことが受験競争にも当てはまると思う。受験生に対して勉強時間を制限するというのはとんでもない話で、たぶん賛同する人は少ない。ただ、子どもの貧困で問題になっているのは、やはり勉強したくてもできない子がいるということではなかろうか。そして勉強であれば、学習環境を平等に整えることが公平性につながるのだろう。一方で労働時間の場合は、やはり労働時間を規制していくことが王道なのだと思う。

労働基準監督業務 忘れられたあるいは注目されなかった7年前の議論

2010年の厚生労働省・第15回省内事業仕分けにおいて、労働基準監督業務がテーマになった。省内事業仕分けとは、厚生労働省の事務・事業や所管する独立行政法人公益法人等の事業などについて、外部の仕分け人を入れて行政改革の議論を行ったものである。厚生労働省の説明者から事務・事業や法人についての説明と改革案の提示がなされ、その後に仕分け人の議論が行われる。その議論を踏まえて最終的に改革案が報告される手順となっている。

省内事業仕分け、提言型政策仕分けのフォローアップ|厚生労働省

“仕分け”の議論だけあって、事業のスリム化を前提に議論されている。監督行政について書かれた論文、記事等は監督官不足をかこつものが多いから、“監督体制をスリム化しろ”という主張は珍しい。監督業務の民間委託を唱える最近の主張も、監督官が足りていないことを前提に議論している。ところがこの省内事業仕分けにおいては、逆に「過重労働防止対策アドバイザー」を廃止して、その仕事を監督官に任せようとしている。

したがって議論の方向性自体は今と異なっているものなのだが、その場で行われた議論の内容や提出された資料自体は、なかなか興味深い内容となっている。

にもかかわらずと言うべきか、今年3~5月に開催された規制改革推進会議の議論においても、あるいはそれ以外の監督官についての言説のなかにも、この省内事業仕分けに言及したものはほとんど見当たらない。言ってみれば忘れられた議論、注目されなかった議論と言うことになるだろうか。

 

厚生労働省が提出したデータ自体も大変興味深いのだが*1、ここでは最終的な改革案の内容を見てみたい。その内容を見ると、昨今の「働き方改革」のものだと言われても違和感がないほどのものである。具体的に見てみよう。

http://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/15-2f.pdf

「労働基準関係法令の周知・情報提供の徹底」のなかの学校教育に触れている部分は、仕分け人に指摘され、改革案に追加されたものだ。

「新たな監督指導手法の導入」という項目では、本省の指揮下、問題のある全国展開企業について全社的に改善させる手法を積極的に実施するとしている。これまでの監督指導が事業場単位であったのを見直し、大企業の本社に対して監督を行うことで実効性を上げるというものだ。資料では2010年度試行実施、2011年度全面実施となっている。昨今の「働き方改革」において、「長時間労働に係る企業本社に対する指導」は2017年から実施ということになっているはずだが、少なくとも案としてはこの当時に提案されていたことになる。

「法違反是正のための公表の在り方の検討」では、法違反は認められるが送検しなかった事案の公表の在り方を検討するとしている。やはりその後どんな検討がされたのかは不明だが、やはり企業名公表制度が2015年5月から(2017年1月から強化)行われている。送検された企業名のHP掲載も今年5月から実施されている。

さらに「その他」として「長時間労働の抑制に重点を置いた全国一斉の監督」(2010年11月実施)というのが仕分け後の改革案に加わった。これも「若者への『使い捨て』が疑われる企業」への対策として「過重労働重点監督月間」を設けたことと類似している(2013年から)。

以上の内容を表にまとめるとこうなる。

 

省内事業仕分け・改革案(2010年)

近年の過重労働対策

学生に対する労働法教育

 

本省指揮の下、全国展開企業への監督実施

長時間労働に係る企業本社に対する指導(2017年~)

法違反公表のあり方検討

企業名公表制度

(2015年5月~、2017年1月から強化)。

送検企業のHP掲載(2017年5月~)

長時間労働に重点を置いた全国一斉監督

過重労働重点監督月間(2013年~)

 

事業仕分けで提示された改革案はすべて2010年ないし2011年に対応済みということだ。そう思うと昨今の「働き方改革」も、仕分け時の改革案に源流があるものも少なくないということがわかる。

この当時にトップダウンで大々的に進めていれば、と思わないでもない。

*1:たとえば申告監督と定期監督で業務量が違う、複雑化しているということを数字を用いて示そうとしている。こうした議論、資料も面白いと思うので、別の機会にまたブログに書こうと思う。

人工知能と直感  囲碁AIと将棋ソフト

NHKスペシャル人工知能 天使か悪魔か という特集がやっていました。

それで、ある人とその感想を話していたんですけれど、その人いわく「AIは答えを出してくれるけれど、その理由を教えてくれない」というところがどうしても理解できないということだったんですね。

たしかにいきなり答えを提示してくるというのは分かるけれども、AIも計算結果をもとにその答えを導き出したのだから、計算の過程を見ていけばどういう風に考えたのか解釈できるのではないか、と。

なぜAIは理由を示してくれないのか。いろいろ議論したんですけど、あんまり納得いく説明にならないようで。

そして最終的に行き着いたのが、「直感」という説明です。

棋士は盤面を見てぱっと手がひらめいて、そのひらめいた手を深く読んでいくと言われています。だから、なぜそんな手を思いついたの?と羽生名人に尋ねても、答えられない。思いついたから思いついたんだと、「直感」としか答えられないわけです。

AIも実は同じではないかと。なぜAIがその答えを導き出したのか説明できない。AIがそう言っているとしか言えない。まさに直感を説明できないのと似ています。

 

もちろん人間の頭脳と人工知能の仕組みは異なる、というのはそうでしょう。でも、じゃあ人工知能とは何かって言いだすと、結構曖昧だったりします。

松尾豊さんが書いた『人工知能は人間を超えるか』という本があります。

 

 この本は「第1章 人工知能とは何か―専門家と世間の認識のズレ」となっていて、専門家の間でも人工知能の認識が異なっていることが書かれていて、面白いです。

そのなかで大阪大学の浅田先生は「知能の定義が明確でないので、人工知能を明確に定義できない」というように答えています。

結局、我々はまだ人間というのがどういう存在なのかもよく分かっていない。ただコンピュータが進歩していった結果、これまでのコンピュータとは違う、より人間に近いものというのが現れてきたのかもしれない。そういうことなのかもしれません。

 

もうひとつ。人工知能とかビッグデータとか、結構曖昧なままで使われているというように感じたのが囲碁・将棋のソフトのことです。

プロ棋士と将棋ソフトが対局する電王戦のことは多くの人が知っていると思います。

denou.jp

そこでは、人間対コンピュータ、将棋ソフトという言い方がされています。少なくとも当初はAIという言い方をしていなかったんですね。それでもプロ棋士を凌駕する実力を見せつけていましたが。

一方で囲碁のほうだと、比較的AIという表現が使われることが多いと思います。グーグルのアルファ碁が注目されて以降はそうだと思います。

そしてAIというのが注目されるようになってくると、将棋ソフトのほうもAIと呼ぶことが増えていったような気がします。はじめに述べたNHKスペシャルでも将棋ソフトをAIとして見ていますね。

アルファ碁の場合は、ディープラーニングという新しい技術を用いているので、人工知能と呼ばれたのはそういう部分だったんだろうと思います。ただ囲碁ソフトにしろ、将棋ソフトにしろ、コンピュータが打っている/指しているのは変わりません。それに佐藤名人と戦った将棋ソフトのポナンザは昨年のバージョンのもので、ディープラーニングを取り入れる前のものだそうです。

ソフトと呼ぶのか、AIと呼ぶのかは結構曖昧である気がしますね。個人的には、人工知能の考える手を、「直感」と表現してもそれほど問題はないんじゃないのかと思います。AIの出した答えを受け入れるかどうかは、考えなければいけないんでしょうけど。

 

 

 

待機児童問題への疑問点

中公新書に出ていた前田正子『保育園問題』を読んだ。平易な書き振りで読みやすいとは思う。

ただ、筆者が以前個人的に待機児童問題を調べたときに感じた疑問については、解消されなかったので、覚え書きとしてここに記しておく。

(本当のところ自分で調べればよいのだが、筆者は保育政策の専門ではないし、ちょっと時間がとれないので。また時間ができたら取り組みたいと思っている)

 

気になっている点は2つ。待機児童問題を歴史的にどう捉えられるかということと、いわゆる「保活」というものがどのようにできあがっていったかということ。

まずグラフを見てもらったほうが早いと思う。

 

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図は京都市保育所の入所状況を示したもの*1で、申請件数*2内訳を表示してある。保育所入所を申し込んだのにもかかわらず入所できなかったものを保留件数、保留児童とかつては呼んでいた。今でいう待機児童である。なお、2002年以降は待機児童の定義が新しくなっており、緑色の折れ線で表示している*3

一見して分かるのは、最も待機児童が多かったのは70年代後半ころということである。新規入所希望者のうち、実に6割が入所できなかったことになる。

 

このころは第2次ベビーブーム(団塊の世代が出産にあたるころ)であり、就学前児童の数が多かったのだろう。当時はまだ待機児童という言葉自体存在していなかったと思われるが、「保留児童」問題は、少なくとも数のうえでは現在の待機児童問題よりも深刻だったはずである。

ただマスコミの報道や一般向けの書籍等では、あまり当時のことに言及することが少ないように思われる。中心はやはり、出生率が丙午の年を下回った「1.57ショック」(1990年)以降が多い。それ以前の状況まで含めて、歴史的に論じたものはないのだろうかと思う。それが第1の疑問だ。

中村強士(2009)『戦後保育政策のあゆみと保育のゆくえ』 もパラパラと読んでは見たけれど、政策史的な記述なので、定量的に待機児童問題を論じていない。

 

さて、ピーク時には6割の人が入所がかなわなかった。裏を返せば、入所できたのは一部のひとということになる。

それを表しているのが下の図だ。

 

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やはり京都市保育所のデータで、保育料の基準をもとに入所者の内訳を示している*4

保育所というのは応能負担、つまり所得の高い人は高い保育料、低い人は低い保育料となっている。だから徴収基準を見れば入所者の所得階層が判明する。

Aが生活保護世帯、Bが市民税非課税世帯、Cが市民税のみ、Dが所得税も課税されている世帯である。

明らかにDの世帯が増加していることが読み取れる。つまり従来「福祉」として一部の人に限定されていた保育サービスが、一般的なものに変わっているということだ。

 

ただ、利用者が変化しているのは納得できるのだが、前掲のグラフでそもそも入所申込件数が横ばいとなっているのが気にかかる。どうも申し込みの数自体が抑制されているように思えるのだ。

 

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この図は横浜市保育所の状況を示したものである*5線が重なって見えにくくなっているが、保育所の定員と入所申込数、入所児童数がほぼ重なり合って推移していることがわかる。

保育所を作っても、潜在需要を刺激して待機児童がなかなか減らないことはたびたび指摘されている。しかし掘り起こされる潜在需要というのは、入所定員ときれいにマッチしているように思える。

先の京都市のグラフと合わせても、入所申請自体をためらわせる、抑制するメカニズムがなにかあるように考えられる。「保活」の厳しさはよく聞くけれども、そこにはどのようなメカニズムが働いているのだろうか。

そして前掲の京都市のグラフから察するに、そのような「保活」のメカニズムは歴史的に形成されてきたもののように思われる。だとすればそれはどのように形成されてきたのか。これが2つ目の疑問である。

 (参考)

前田正子(2017)『保育園問題』中公新書

中村強士(2009)『戦後保育政策のあゆみと保育のゆくえ』 新読書社

 

 

戦後保育政策のあゆみと保育のゆくえ

戦後保育政策のあゆみと保育のゆくえ

 

 

*1:出所)京都市京都市児童福祉百年史』『民生局事業概要』『保健福祉局事業概要』より筆者作成

*2:保育所定員との比較から、新規入所申込の件数だと思われる。したがって後述する横浜市の申込件数とは定義が異なっている。

*3:新定義では、従来の待機児童のうち①昼間里親入室児童、②他に入所可能な保育所があるにもかかわらず特定園を希望する児童、をカウントしなくなった。

*4:出所)前掲図と同じ

*5:出所) 前田(2017)、p.83.  原資料:横浜市子ども青少年局

プレミアムフライデーと労働力調査

プレミアムフライデーが月末実施であることについて

プレミアムフライデーが2017年2月より実施されている。周知のように、消費喚起や働き方の見直しを目的に、月末の金曜日に15時の退社を促すキャンペーンだ*1 。拙稿は労働力調査による労働時間把握がこの取り組みによってゆがめられてしまうという懸念を表明するものである。

プレミアムフライデーが月末の実施であることについてはすでにいくつか疑問の声が上がっているものの、統計上の観点から指摘されているものはないように思われるので、覚え書き程度に記しておこうと思う。すなわち、労働時間力調査においては月末の1週間の労働時間を尋ねているという問題である。

 

労働統計にどんなものがあるか。どれがよく使われるか。

労働時間を計測する代表的な統計として、『毎月勤労統計調査』(毎勤)と『労働力調査』(労調)が挙げられる。両統計は戦後直後から毎年実施されているため、長期の年次推移などにも比較的よく用いられる。ほかにも『就業構造基本調査』や『社会生活基本調査』などがあるが、こうした統計の大まかな違いについては表および山本[2013]*2を参照されたい。

 

表 1 労働時間に関する主な基幹統計

統計名称

開始年

対象

頻度

労働時間

労働力調査

1946.9~試験的に開始

1947.7~本格的に実施。

1967.9~他計申告方式から自計申告方式に変更(1953年~1967年については遡及計算)

世帯(個人)

月(基本集計)

四半期(詳細集計)

月末1週間の実労働時間

就業構造基本調査

1956年~(1982年までは3年おき)

世帯(個人)

5年

普段の週労働時間(階級値)

社会生活基本調査

1976年~

世帯(個人)

5年

普段の週労働時間(階級値)

一日の実労働時間

毎月勤労統計調査

戦前の「職工賃銀毎月調査」「鉱夫賃銀毎月調査」を前身。1944年に現名称。

建設業は1952年~、サービス業1971年~

事業所

所定内・所定外労働時間

賃金構造基本統計調査

1948~。ただし1950,51は実労働時間なし。

1970~所定内労働時間

1976~所定内・所定外

事業所

所定内・所定外労働時間

出所)山本[2013]の表を元に作成

 

毎勤と労調の最も大きな違いはその調査対象である。毎勤が事業所調査であるのに対して、労調は世帯(個人)調査となっている。実際に毎勤と労調を比較すると、労調の方が年間300~350時間ほど労働時間が長くなっていることが知られている。これは毎勤ではいわゆるサービス残業などの労働時間が含まれにくいというということに主に起因している。事業所が回答する調査である毎勤は、賃金の支払われない労働時間が反映されにくいためだ。これまでの研究でも、両統計の違いからサービス残業の大まかな把握が行われてきた*3

そして、労調についてはもう一点留意すべき点がある。それは労調の場合、月末1週間の労働時間を調査していることだ。したがって、労調から月間および年間の労働時間を推計する場合には、休日や休暇数を考慮しなければならない。月末に休日や年次有給休暇が多い場合には、普段の労働時間の推計としては乖離してしまう。

なお2013年以降の労調では月間および月末1週間の就業日数も調査項目に加わった。そのため従来よりも正確に年間の労働時間を算出できるようになったと考えられる。しかし労働時間については月末1週間の労働時間を尋ねるアクチュアルベースのままであり、就航構造基本調査のようにユージュアルベース(普段の週労働時間)にはなっていない。

以上のことからプレミアムフライデーを月末に実施することへの懸念が生じる。月末の1週間だけがふだんより短い労働時間となった場合、月間・年間の労働時間が過小評価されてしまうおそれがあるのだ。月末に休日が多いかどうかに関しては、前述の通り、月間および月末1週間の就業日数を比較することにより明らかにすることができる。しかしこれでは特定の日だけ労働時間が短くなっているのか、週間の労働時間が短いのかどうかは判別することはできない。

 

現時点での影響度合い

現在のところ、プレミアムフライデーの実施率が低いこともあって、統計上は大きな変化は現れていない。しかし今後もこのキャンペーン拡大を推進するというのであれば、月末以外に実施時期を変えるなどするのが妥当ではないだろうか。

 

 

 

  

*1:ちなみに筆者が経産省プレミアムフライデー推進協議会事務局ホームページをざっと確認した限りでは、「仕事を早めに切り上げて」という文言はあるものの「15時退社」ということはどこにも明記されていなかった。啓発動画のなかに「アフター3エンタメ」という字幕が登場するのみである。

*2:山本勲[2013]「労働時間」『日本労働研究雑誌』No.633、pp.10-13

*3:森岡孝二[2013]『過労死は何を告発しているか』岩波書店、pp.112-118など。