ぽんの日記

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プレミアムフライデーと労働力調査

プレミアムフライデーが月末実施であることについて

プレミアムフライデーが2017年2月より実施されている。周知のように、消費喚起や働き方の見直しを目的に、月末の金曜日に15時の退社を促すキャンペーンだ*1 。拙稿は労働力調査による労働時間把握がこの取り組みによってゆがめられてしまうという懸念を表明するものである。

プレミアムフライデーが月末の実施であることについてはすでにいくつか疑問の声が上がっているものの、統計上の観点から指摘されているものはないように思われるので、覚え書き程度に記しておこうと思う。すなわち、労働時間力調査においては月末の1週間の労働時間を尋ねているという問題である。

 

労働統計にどんなものがあるか。どれがよく使われるか。

労働時間を計測する代表的な統計として、『毎月勤労統計調査』(毎勤)と『労働力調査』(労調)が挙げられる。両統計は戦後直後から毎年実施されているため、長期の年次推移などにも比較的よく用いられる。ほかにも『就業構造基本調査』や『社会生活基本調査』などがあるが、こうした統計の大まかな違いについては表および山本[2013]*2を参照されたい。

 

表 1 労働時間に関する主な基幹統計

統計名称

開始年

対象

頻度

労働時間

労働力調査

1946.9~試験的に開始

1947.7~本格的に実施。

1967.9~他計申告方式から自計申告方式に変更(1953年~1967年については遡及計算)

世帯(個人)

月(基本集計)

四半期(詳細集計)

月末1週間の実労働時間

就業構造基本調査

1956年~(1982年までは3年おき)

世帯(個人)

5年

普段の週労働時間(階級値)

社会生活基本調査

1976年~

世帯(個人)

5年

普段の週労働時間(階級値)

一日の実労働時間

毎月勤労統計調査

戦前の「職工賃銀毎月調査」「鉱夫賃銀毎月調査」を前身。1944年に現名称。

建設業は1952年~、サービス業1971年~

事業所

所定内・所定外労働時間

賃金構造基本統計調査

1948~。ただし1950,51は実労働時間なし。

1970~所定内労働時間

1976~所定内・所定外

事業所

所定内・所定外労働時間

出所)山本[2013]の表を元に作成

 

毎勤と労調の最も大きな違いはその調査対象である。毎勤が事業所調査であるのに対して、労調は世帯(個人)調査となっている。実際に毎勤と労調を比較すると、労調の方が年間300~350時間ほど労働時間が長くなっていることが知られている。これは毎勤ではいわゆるサービス残業などの労働時間が含まれにくいというということに主に起因している。事業所が回答する調査である毎勤は、賃金の支払われない労働時間が反映されにくいためだ。これまでの研究でも、両統計の違いからサービス残業の大まかな把握が行われてきた*3

そして、労調についてはもう一点留意すべき点がある。それは労調の場合、月末1週間の労働時間を調査していることだ。したがって、労調から月間および年間の労働時間を推計する場合には、休日や休暇数を考慮しなければならない。月末に休日や年次有給休暇が多い場合には、普段の労働時間の推計としては乖離してしまう。

なお2013年以降の労調では月間および月末1週間の就業日数も調査項目に加わった。そのため従来よりも正確に年間の労働時間を算出できるようになったと考えられる。しかし労働時間については月末1週間の労働時間を尋ねるアクチュアルベースのままであり、就航構造基本調査のようにユージュアルベース(普段の週労働時間)にはなっていない。

以上のことからプレミアムフライデーを月末に実施することへの懸念が生じる。月末の1週間だけがふだんより短い労働時間となった場合、月間・年間の労働時間が過小評価されてしまうおそれがあるのだ。月末に休日が多いかどうかに関しては、前述の通り、月間および月末1週間の就業日数を比較することにより明らかにすることができる。しかしこれでは特定の日だけ労働時間が短くなっているのか、週間の労働時間が短いのかどうかは判別することはできない。

 

現時点での影響度合い

現在のところ、プレミアムフライデーの実施率が低いこともあって、統計上は大きな変化は現れていない。しかし今後もこのキャンペーン拡大を推進するというのであれば、月末以外に実施時期を変えるなどするのが妥当ではないだろうか。

 

 

 

  

*1:ちなみに筆者が経産省プレミアムフライデー推進協議会事務局ホームページをざっと確認した限りでは、「仕事を早めに切り上げて」という文言はあるものの「15時退社」ということはどこにも明記されていなかった。啓発動画のなかに「アフター3エンタメ」という字幕が登場するのみである。

*2:山本勲[2013]「労働時間」『日本労働研究雑誌』No.633、pp.10-13

*3:森岡孝二[2013]『過労死は何を告発しているか』岩波書店、pp.112-118など。