ぽんの日記

京都に住む大学院生です。研究とは関係ないことも気ままに書いていきます

待機児童問題への疑問点

中公新書に出ていた前田正子『保育園問題』を読んだ。平易な書き振りで読みやすいとは思う。

ただ、筆者が以前個人的に待機児童問題を調べたときに感じた疑問については、解消されなかったので、覚え書きとしてここに記しておく。

(本当のところ自分で調べればよいのだが、筆者は保育政策の専門ではないし、ちょっと時間がとれないので。また時間ができたら取り組みたいと思っている)

 

気になっている点は2つ。待機児童問題を歴史的にどう捉えられるかということと、いわゆる「保活」というものがどのようにできあがっていったかということ。

まずグラフを見てもらったほうが早いと思う。

 

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図は京都市保育所の入所状況を示したもの*1で、申請件数*2内訳を表示してある。保育所入所を申し込んだのにもかかわらず入所できなかったものを保留件数、保留児童とかつては呼んでいた。今でいう待機児童である。なお、2002年以降は待機児童の定義が新しくなっており、緑色の折れ線で表示している*3

一見して分かるのは、最も待機児童が多かったのは70年代後半ころということである。新規入所希望者のうち、実に6割が入所できなかったことになる。

 

このころは第2次ベビーブーム(団塊の世代が出産にあたるころ)であり、就学前児童の数が多かったのだろう。当時はまだ待機児童という言葉自体存在していなかったと思われるが、「保留児童」問題は、少なくとも数のうえでは現在の待機児童問題よりも深刻だったはずである。

ただマスコミの報道や一般向けの書籍等では、あまり当時のことに言及することが少ないように思われる。中心はやはり、出生率が丙午の年を下回った「1.57ショック」(1990年)以降が多い。それ以前の状況まで含めて、歴史的に論じたものはないのだろうかと思う。それが第1の疑問だ。

中村強士(2009)『戦後保育政策のあゆみと保育のゆくえ』 もパラパラと読んでは見たけれど、政策史的な記述なので、定量的に待機児童問題を論じていない。

 

さて、ピーク時には6割の人が入所がかなわなかった。裏を返せば、入所できたのは一部のひとということになる。

それを表しているのが下の図だ。

 

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やはり京都市保育所のデータで、保育料の基準をもとに入所者の内訳を示している*4

保育所というのは応能負担、つまり所得の高い人は高い保育料、低い人は低い保育料となっている。だから徴収基準を見れば入所者の所得階層が判明する。

Aが生活保護世帯、Bが市民税非課税世帯、Cが市民税のみ、Dが所得税も課税されている世帯である。

明らかにDの世帯が増加していることが読み取れる。つまり従来「福祉」として一部の人に限定されていた保育サービスが、一般的なものに変わっているということだ。

 

ただ、利用者が変化しているのは納得できるのだが、前掲のグラフでそもそも入所申込件数が横ばいとなっているのが気にかかる。どうも申し込みの数自体が抑制されているように思えるのだ。

 

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この図は横浜市保育所の状況を示したものである*5線が重なって見えにくくなっているが、保育所の定員と入所申込数、入所児童数がほぼ重なり合って推移していることがわかる。

保育所を作っても、潜在需要を刺激して待機児童がなかなか減らないことはたびたび指摘されている。しかし掘り起こされる潜在需要というのは、入所定員ときれいにマッチしているように思える。

先の京都市のグラフと合わせても、入所申請自体をためらわせる、抑制するメカニズムがなにかあるように考えられる。「保活」の厳しさはよく聞くけれども、そこにはどのようなメカニズムが働いているのだろうか。

そして前掲の京都市のグラフから察するに、そのような「保活」のメカニズムは歴史的に形成されてきたもののように思われる。だとすればそれはどのように形成されてきたのか。これが2つ目の疑問である。

 (参考)

前田正子(2017)『保育園問題』中公新書

中村強士(2009)『戦後保育政策のあゆみと保育のゆくえ』 新読書社

 

 

戦後保育政策のあゆみと保育のゆくえ

戦後保育政策のあゆみと保育のゆくえ

 

 

*1:出所)京都市京都市児童福祉百年史』『民生局事業概要』『保健福祉局事業概要』より筆者作成

*2:保育所定員との比較から、新規入所申込の件数だと思われる。したがって後述する横浜市の申込件数とは定義が異なっている。

*3:新定義では、従来の待機児童のうち①昼間里親入室児童、②他に入所可能な保育所があるにもかかわらず特定園を希望する児童、をカウントしなくなった。

*4:出所)前掲図と同じ

*5:出所) 前田(2017)、p.83.  原資料:横浜市子ども青少年局