数年前の本ですが、『日本の「労働」はなぜ違法がまかり通るのか?』という本があります。タイトルが示している問題提起は、重要な問題でありながら意外と語られることが少ないような気がします。
本書は日本型雇用や労働組合や労基署などの関係性を見ていって、メカニズムを明らかにしようとしていますが、そもそもどんな違法がどれだけの件数起きているのか、それが歴史的にどう推移していったかというデータが示されているわけではありません。
違法の実態を示す統計があるのかと言われると、たしかに答えにくい。労働条件や働き方を調査した公的統計はあっても、違法状態があるかどうかは尋ねませんからね。
はっきり違法件数をカウントしているのは、やはり労働基準監督署の統計ですが、当然ながら労基署が監督に入った企業のみの結果となります。定期監督というのは、違法の疑いが強い企業を選定しているはずです。サンプリングバイアスがあると考えれば良いかもしれません。
とはいえ、違反状況の推移を大規模なデータで追えるのは貴重だと思います。
『労働基準監督年報』の資料からは、業種別に定期監督の違反状況が判るので、それを示しています。ひとつにまとめると非常にごちゃごちゃしているので、とりあえず3つに分けました。「計」とあるのは、業種全体の違反率です。官公署は監督件数自体が少ないので、0%と100%を行ったり来たりしています。
1956年のところで線が途切れているのはデータに断絶があるためです。詳しいことはまた後日書くかもしれません。
業種別にたしかに状況は違うのですが、全体的傾向としては60年代半ばから徐々に低下していたのが、90年代以降上昇に転じていることでしょうか。
下に気になりそうな主な業種を取り出してみました。飲食店などは接客娯楽業、病院・社会福祉施設などは保健衛生業に入ります。
サンプルが偏っているとしても、やはり違反率が高いというのは、実感通りという感じでしょうか。
なぜこのように違反率が推移しているのか、ということは一言では答えられない論点です。
法違反の状況には少なくとも3点考える必要があるかと思います。経済情勢や労務管理のあり方の変化など、企業・会社側の要因。法改正や新法などの立法側の要因。そして、労働行政や現場の監督機関の運用の変化など行政的要因。
そもそも監督に入る件数が変われば、つまり分母が変われば違反率も当然変化します。
業種別に定期監督件数を見たのが下の図です。かつては製造業が多かったですが、現在だと建設業のほうが上回っています。商業も増えてはいますが、第3次産業は全体的に少ない件数です。
90年代以降違反率が上がっているのは、そもそも定期監督の件数自体が減っているということも関係しているかもしれません。
業種別に違反率に差異が見られましたが、こちらは法の適用の違いが想定されます。週40時間制が完全実施される前は、業種別に特例がありましたから、90年代後半に違反率が跳ね上がっている業種は、それが関係しているのかもしれません。
この時期は裁量労働制の導入なども含めて、ほかにも検討すべき点が多いでしょう。資料からは条項別の違反件数なども判明するので、それらを確認していけば実態が浮かび上がってくるかもしれません。