ぽんの日記

京都に住む大学院生です。研究とは関係ないことも気ままに書いていきます

京大 立て看・吉田寮問題についての覚書

緊急シンポジウムが開催

昨日(2月13日)、「立て看・吉田寮問題から京大の学内管理強化を考える」と題するシンポジウムがありました。

本エントリーはそれに対するメモ・覚書です。私はこの問題の当事者や関係者ではなく、あまり予備知識も入れずにシンポを聴きに行きました。

おもしろくも変人でもない京大というページで緊急アピールへの賛同署名も集めているようです。)

 

・・・・・・でシンポを聴きに行った感想なんですけど、なんというか正直、問題の全体像がよく分かりにくいというか、これで広く共感を得られるのだろうかという風に感じてしまいました。

いや、別に冷や水を浴びせたいわけではなくて。むしろこうした動き自体は応援する気でいるんです。よく分からないと言っておきながら賛同するのもおかしな話に聞こえるかもしれませんが、それは方向性には賛同するという話ですので。

 

これは習性のようなものかもしれませんが、問題がよく分かんないときはとりあえず非権力側を応援するというやつです。判官びいき、ウォッチドッグジャーナリズム、弱きを助け強きを挫く…

考えてみれば「弱きを助け強きを挫く」ってすごいですよね。「善を助け悪を挫く」ではないんですよ。興味深い正義感かもしれません。まあ、強い側は自分で正義を実現できるということなんでしょう。

 

閑話休題。方向性に賛同するといっても、細部が分からないと、ただなんとなく賛成ってだけで終わってしまいます。予備知識がなかったことも関係あるかもしれませんが、それじゃ多分、賛同の輪は広がっていかないでしょうし。

そこで以下簡単にですが、問題の整理をつけておこうと思ったわけです。

 

なにが問題となっているか

立て看問題

まず、立て看の問題ですが、これは大学当局が立て看板の規制・管理を強化するというものです。これが学生の自由な活動・自主的な活動を委縮させるというので反対の声が上がっています。

 

直接的な契機は京都市から大学に行政指導があったことだそうです。そして2017年12月19日に「京都大学立看板規程」が公表され、2018年5月以降は立て看の設置場所が限定されることになると。

規程の中では、総長が認めた公認団体しか看板を設置できないこと大きさが制限されること(200センチ×200センチ)、設置が指定した場所に限られること(具体的な場所は未定)などが問題視されています。

 

京都市の行政指導がどういうものだったのか具体的に分かりませんでしたが、単に景観条例に沿うようにするだけなら、大学側の規制は行き過ぎなのでしょう。そもそも京都市条例は大学構内には適用されないので、これはほとんど大学当局の独自の判断だということです。規程が制定されるまでの経緯も不透明なもののようです。

 

吉田寮問題

寮の問題は、大学当局との正規の話し合いの場として団体交渉が伝統的に設けられてきました(団体交渉には寮自治会や関係当事者がすべて参加できるとのこと)。

ところが川添副学長の就任以来、一度も団体交渉の場は持たれなくなります。そして立て看規程と同日の2017年12月19日に「吉田寮生の安全確保についての方針」が一方的に公表されました。

 

方針の内容は、2018年9月末日までに全寮生が退寮しなければならないこと新規入寮募集も停止させることでした。老朽化に対する安全対策を理由としていますが、2015年に新設されたばかりの西寮に対しても退去が勧告されています。したがって安全確保を名目とした自治寮つぶしではないかとのことです。

 

なお、退寮者には代替宿舎が斡旋されるとのことです。しかしここにも選別があるとのこと。つまり対象となるのは大学側が言う「正規生」のみ。科目履修生や聴講生、留年や休学で最短修業年限を超えている人は「非正規生」の扱いになっているそうです。

そして非正規学生には個別の通知で3月末を目処とする退去を求められているとのことです(つまり通知から約3か月という期間です)。こういった動きも寮自治会を通さずになされています。

 

大学の狙いはなにか

以上自分の中で整理してみたつもりですが、こうやって文章にするとまだ分かりやすいですが、シンポジウムの登壇者の発言だけ追ってるとこれが分かりづらいんですよね。

 

反対運動というのはそういう人が多いのかもしれませんが、具体的な事実関係と、その解釈やあるべき論がごっちゃになって語られるんですよね。すでに問題点は共有されているとの前提なのかもしれませんが、それだと予備知識なしに行くと理解しづらい。

 

今回の件で言えば、まず事実関係の確認から話をはじめてほしい。どんな経緯で規程なり方針ができたのか、そしてその規程や方針の中身は具体的にどんなものなのか。それによって、具体的にはどんな不利益が生じるのか。

なぜ大学がそんなことをしてきたのか、どんな狙いがあるのかについてはその後の話でしょう。

 

大学の管理強化?

京都市からの行政指導、あるいは川添副学長の就任が直接のきっかけということになるのかもしれません。ですがそれはただのきっかけであって、背後にはもっと大きな狙いがあるのだと。

 

それは分からなくもないんですが、そこから話が飛躍してしまうんですよね。学内の管理強化、自治切り崩し、成果主義の風潮、ブラック企業化……

 

なぜそういう話につながっていくのかをもっと丁寧に説明してほしい。

それなのに大学全体の置かれた状況や何十年前からの歴史の話をしたりする。

 

成果主義の話だって、「そりゃ時代の流れだよね」で片づけられてしまいそう。大学とはどういう場であるべきで、なぜ大学の自治が重要なのかを語ってくれないと伝わらない。

管理強化とか成果主義って、なにも大学に限らず日本全体で進行していることでしょう。だからこの問題に関係のない普通の人からしたら、なにをそんなに騒いでいるのかも分かりにくいでしょう。

 

結局、今後どんな行動を取っていくのか

べつに管理強化や成果主義を嘆くのが悪いことだと言いたいんじゃありません。そういう大局的な流れを見つめることも大事でしょう。

 

でも、それだと具体的なアクションとかが見えない。

今回の件で言えば、立て看の規制や退寮問題をどう撤回させるか、変更させるかを一番に考えなければならないはずでしょう? その話が出ないままに管理強化反対みたいな大きな話になってしまうから、飛躍してるように思えるんですよ。

 

もちろん、大学の自治を重んじる立場からすれば、そこまで見据えた議論をしていくべきでしょう。

けれど当面の問題としては、この具体的に生じる不利益をなんとかしなければならないわけで。大学の自治を取り戻すのだって、そうやって果実を積み上げていくしかないでしょう。

 

だったら大きな戦略だけじゃなく、具体的な戦術の話も必要でしょう。どうも戦術の話を抜かして戦略の話をしたがっているように思えるんですよ。緊急アピールの署名だって、立て看や退寮問題の署名を集めているのか、管理強化反対という運動の署名を集めているのか分かりにくい。

参加者からの意見で情報開示請求をやっていくべきではないかとの声がありましたが、あんまりそういう話はしてないんじゃないかと思ってしまう。

 

おもしろくも変人でもない?

それから「立て看・吉田寮問題から京大の学内管理強化を考える」のページのタイトルが「おもしろくも変人でもない京大」になっています。

 

これもどうなんでしょう。問題意識伝わりますかね?

最初コピーを見たとき、「おもろしろくない、変人でもない、普通の京大生だっていっぱいいるんだ」って言いたいのかと思いましたよ。

 

だって、そうでしょう。大抵の京大生は「普通の学生」だと思いますよ。

ノンポリみたいな学生が大半でしょうし、熊野寮に住んでる人だって「過激」なのは一部で、あとは真面目な学生が多いんじゃないですか。京大に来る人なんて進学校で学んで、受験テクニックをしっかり身に着けた人が多いんだから、そうなるでしょう。

 

「普通」の人たちにとっては、「京大生は変人が多い」っていうのが迷惑なレッテル張りでもあるんですよ。大学が変人ばっかな訳ないでしょ。勝手にコミュ力とか推測されたくないでしょう。

 

だから「おもしろくも変人でもない京大」って聞いたとき、そういう実態を伝えるのが目的なのかとも思ってしまいましたよ。これが今の学生にどれくらい響くのか

「おもしろくも変人でもない京大」を嘆く人は、古き良き大学像へのノスタルジーを抱いている人が中心になってしまうんじゃありません?