ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

労働時間の違反率の推移

労働基準監督官は工場や事務所に立ち入り調査をして、法違反がないかをチェックします。ではどんな法違反が多いのだろうかというのが今回の記事の主旨です。

 

監督官が所掌する法律は、労働基準法だけでなく労働安全衛生法最低賃金法なども含むので、扱う条文数はとても多くなります。

今回はそのうち労働時間関係の違反率について見ます。

 

データについて

安全衛生関係などのほかの条文は別の記事で書こうと思いますが、全体に共通する話をまずしておきます。

 

グラフの作成には『労働基準監督年報』の各年版を使用しています。

労基署の監督には定期監督(含む災害時監督)、申告監督、再監督があります。申告監督は労働者からのタレこみに基づく監督で、再監督はかつて監督指導した企業がちゃんと改善するかを確認しに行く監督です。ここでは一般的な違反率を知りたいので定期監督に話を絞ります。

 

また違反率は各条文ごとの違反事業場数を監督実施件数で除して算出しています。

たとえば、ある年の定期監督を実施した件数が10万件で、そのうち32条違反(労働時間)が1万件あったとしましょう。このとき1万÷10万で違反率は10%となります。

監督は事業場を単位としているのでこうなります。労働者の10%という意味ではありません。

取り上げる条文は違反が多いものをピックアップしています。労働時間関係で言えば34条(休憩)の違反などは数が少ないので取り上げていまん。

 

それから当たり前ですが、これらの違反は監督官が発見した法令違反についてのものです。法令は時代とともに変わりますし、また使用者も違反が発覚しないような手口を取ろうとするでしょう。違反率が変動しているとしても実態がどのように変わったかについては別の検討を要するでしょう。

 

労働時間の違反率

では早速見ていきたいと思います。下のグラフが違反率の推移になります。

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まず捕捉をすると、「労働時間」とあるのは労基法32条(労働時間)と40条(労働時間の特例)*1の違反率です。「労働時間(女子)」は現在では廃止されましたが、かつて存在していた女性労働者の労働時間規制を指します*2

「休日」は35条、「割増賃金」は37条です。このうち休日はかつての64条の2(女子の休日)を含みません。また年少者の労働時間や休日についても、上記「労働時間」「休日」には含んでいません。

 

それぞれの条文を見ていくと、その帰趨が分かれているのが注目されます。1950年代から60年代ころは、それぞれの違反率に大きな差はないように見受けられます。

しかし休日や女子の労働時間の違反率が低迷していくのに対して、労働時間の違反率は比較的高い水準で推移しています。変化としては90年代末に、とりわけ割増賃金の違反率が高まったことが特徴的です。

 

休日の違反が減っているのは、週休制の普及が奏功したと言えるでしょう。週休2日制ではなく週休制です。

実はこの時期の監督行政においては、労働時間については監督指導による取り締まりよりも、一斉週休制や一斉閉店時刻制といったソフトな手段で働きかけていくのがメインとなっていました(労働省労働基準局編[1997]『労働基準行政五〇年の回顧』第3章参照)。一斉週休制というのは毎週何曜日を週休日と決めて、この日は商店街全体で一斉に休みましょう、という決まりです。こうした週休制の普及に労働基準局や監督署が力を入れていたのでした*3

 

90年代末以降の割増賃金違反の増加は、サービス残業対策の取り組み強化が関係しているのでしょうか。

1991年に「所定外労働削減要綱」が、2001年には「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が定められました。これ以降「監督指導による賃金不払残業の是正結果」が公表されるようになります。

管理監督者の範囲の適正化(名ばかり管理職問題)については、1988年に「監督又は管理の地位にある者の範囲」*4について、2008年には小売業や飲食業のチェーン店の管理監督者について通達が出されています。

 

 女子の労働時間は、1986年の均等法の施行に際して時間外・休日労働の禁止の原則廃止や管理職・専門職の深夜業解禁など大幅な見直しがされましたが、違反率自体は大きな変化はありません。

その後、違反率は91~93年に低下を見せているのですが、この理由はちょっとよく分かりません。省令改正によって非工業的企業の時間外労働の上限が4週24時間から4週32時間に緩和されたのは1994年4月、4週36時間に緩和されたのは95年4月です。この違反率の低下は単純に法令改正とは言えないようです。

そして97年の改正で時間外・休日労働、深夜業の女子保護規定は撤廃されたので、それ以降の違反率は0%です。

育児介護に関わる時間外労働の免除の請求権は育児・介護休業法になるので、監督署の管轄ではありません。

 

*1:卸売・小売業、映画・演劇業、保健衛生業、接客・娯楽業に該当する事業で、労働者の数が常時10人未満の場合は1週間44時間制(1日は8時間)となっている

*2:労基法64条の2、1985年以前は61条

*3:一斉週休制は、1956年に大阪松屋町の問屋街で毎週日曜を一斉休日とする業者間協定が大阪労働基準局の指導で実現したのを皮切りとし、58年には局長通達も出され全国に広まっていく。一斉閉店時刻制は理美容関係団体が先行していたが、60年に千葉労働基準局の指導のもとで千葉県下全商店街が午後9時一斉閉店に踏み切った。同年12月にはやはり一斉閉店制を推進する局長通達が出されている。61年以降には建設業にも広がりを見せ、63年には新聞配達少年に関する「指導要綱」が示されたことを受け、新聞協会が日曜夕刊の一斉廃止に踏み切った。

*4:昭和63年3月14日付け基発150号