2017年の12月25日に東京労働局が野村不動産に対して「特別指導」を行いました。その翌日に「特別指導」を行ったことが公表されたのですが、実は同じ日に野村不動産での過労自殺が労災認定されていました。そしてこの労災認定の件は朝日新聞の報道があるまで伏せられていました。
経緯等については上西充子教授の下記の記事を参照ください。
野村不動産で裁量労働制が違法に適用されていたということですので、それを指導すること自体は当然の行動でしょう。
問題はこの「特別指導」なるものがどういうものなのか判然としない点です。
素直に考えれば労災申請があったことが指導の端緒だと思われます。しかし東京労働局は端緒については答えていません。特別指導を公表した際には、労災認定には触れられませんでした。
そして「特別指導」という言葉も、単に特別な指導という意味に過ぎず、法的な根拠や規定があるわけではないと言います。
これらの点だけでも疑問が多く湧きます。
なぜ労災認定は伏せられたのか。なぜ特別指導が行われたのか。なぜその指導は公表されたのか。どういった点が特別なのか。
たしかに労災認定が行われたこと自体は一般には公表されません。電通の高橋まつりさんの件も遺族が記者会見をしたことにより明らかになったものでした。そういう意味で言えば、野村不動産の件で労災が公表されなかったのも同様と考えられます。
しかしそれならばなぜ、「特別指導」については公表されたのか。そして通常の監督指導ではいけなかったのか。
そもそも厚労省は、企業名の公表については慎重な姿勢を見せています。すでに企業名公表の基準を定めています。ところが野村不動産の場合はこの基準に該当するわけではないのでしょう。
基準がもともとあるのに、その基準とは関係なく企業名を公表するのであれば、その恣意性が問題になります。もちろん迅速な対応も求められる行政にとっては、一定裁量も認められているでしょう。
それでもやはり基準に該当しないのに公表するのであれば、なぜ公表すべき事案だと判断したのかについて、丁寧に説明を尽くさなければならないはずです。そうでなければ恣意的だとの批判のそしりを免れないでしょう。
特別指導
そもそも「特別指導」とはなにかを整理しておきたいところです。
最も直接的に尋ねているのは山井議員の質問主意書でしょうか。*1
質問主意書では次のように質問されています。
六 本件特別指導について、根拠となる法令を示すとともに、他の指導との相違点、すなわち「特別」である理由、実施する目的、根拠法令を示して下さい。なお、示すことができない場合は、その根拠となる法令を明示して下さい。
それに対する答弁書は以下になります。
六について
本件特別指導は、厚生労働省設置法(平成十一年法律第九十七号)第四条第一項第四十一号に掲げる厚生労働省の所掌事務に関する行政指導として行われるものである。
なお、「他の指導との相違点、すなわち「特別」である理由、実施する目的、根拠法令」の意味するところが必ずしも明らかではないが、本件特別指導は、都道府県労働局長により行われるという点で、労働基準監督署の労働基準監督官により行われる一般的な行政指導とは異なるものである。
前半の「厚生労働省設置法~」の部分は単に行政指導の法的根拠について答えているだけです。通常の監督指導も行政指導として行われますので、この部分は「特別指導」の法的根拠を答えているわけではありません。
そして「特別」である理由としては都道府県労働局長が行った点を挙げています。
逆に言うと「それだけ?」という拍子抜けの回答です。ほかにもっと特別な点があるんじゃないのかと重ねて聞きたくなります。
また
七 本件特別指導に関連し、過去に「特別指導」という名称で実施した指導の件数を示すとともに、対象企業名、実施年月日、公表の方法をそれぞれ示して下さい。なお、示すことができない場合は、その根拠となる法令を明示して下さい。
ということも尋ねられていますが、それに対しても
七について
本件特別指導を除き、お尋ねの「「特別指導」という名称で実施した指導」はない。
と答えています。
労働局長が行えば「特別」なのか
前述したように、行政指導段階での企業名公表はあります。*2
下図は「「過労死等ゼロ」緊急対策」の資料か転載したものです。
この図からも分かる通り、すでに労働局長によって指導する仕組みは存在します。
この公表制度で初公表されたのは株式会社エイジスですが、この際も千葉労働局長が企業の代表に対して是正指導しています*3。
この時の公表は「特別指導」とは呼ばれていません。
そもそも労基署が行おうが、労働局が行うが、労働基準監督官がその権限に基づいて行うことに変わりはないでしょう。
むしろ企業名の公表や全社的な指導*4のほうが「特別」だと思います。
その意味で、労働局長による指導が行われたことを「特別」としている答弁はあまり納得できません。
過去に「特別指導」はなかったのか
もう一つ気になったのは「「特別指導」という名称で実施した指導」はないと答えた点です。
とりあえず「特別指導」という言葉が使われているのかだけ調べてみました。
そうすると過去に見られるのは「安全管理特別指導」や「衛生管理特別指導」という言葉です。
ただしこれは野村不動産への「特別指導」とは完全に別個のものでしょう。
実施に際しては実施要領を定めたうえで労働省からと都道府県労働基準局に通知をしています。特定の企業だけに対してなされたものではありません。
1971年には「労災特別指導事業場制度」というのが実施されています*5。
これは労災保険給付の増加を受けて実施された制度のようで、労災保険の収支率について①過去3年の収支率②3年の最終年の収支率③同業種平均との比較の3つの観点から対象事業場を選定し、特別指導を行ったようです。
それから1991年の『労働基準監督年報』に「企業系列別週休2日制等特別指導」という言葉があるのを見つけました。
週休2日制の指導なので是正指導ではないでしょう。週休2日は法律では定められていませんから。
探せば他の特別指導の用例も出てくるでしょうが、今回の野村不動産の例のようなものは出てこない気がします。
野村不動産への特別指導は東京労働局のHPにも報道発表が掲載されておらず、報道等を参照するしかありません。だから仮に過去同様な特別指導があったとしても、公式な発表としては確認できないと言えます。
なんらかの政策目的や意図を持って監督指導がなされる例自体は頻繁に見受けられます。ただその場合も実施要領や監督計画が定められるのが一般的です。当然それは一企業のみを対象としたものではなく、同種の企業を広く対象とするものです。
今回の野村不動産の件も、なんらかの行政意図があったことは間違いないと見受けられますが、特定企業のみを対象にして公表するというのは解せません。
3月30日の会見で東京労働局長が「なんなら、皆さんのところ(に)行って是正勧告してあげてもいいんだけど」という威圧的な発言がありました。この発言自体も許されるものではないですが、野村不動産への「特別指導」そのものも、やはり恣意的と疑わざる得ません。