なるほど、なんとなく分かってきた。
昨日書いたエントリー(是正勧告と指導の違い)では、なぜ違法があったと発表したのに是正勧告したことを認めたくないのかを、「指導」と「是正勧告」の違いから考えようとしましたが、そういうことじゃないようです。
「特別指導」の公表自体が根拠のない異例のことで、しかも労災認定があったことまで発覚してしまったから、ますます恣意的だったことになる。それで「特別指導」の公表そのものを曖昧に誤魔化そうとしている、といったところでしょうか。
つまり、勝田東京労働局長の記者への恫喝発言以前に、野村不動産への特別指導自体が、「やってはいけないこと」だったんです。
— Mitsuko_Uenishi (@mu0283) 2018年4月4日
根拠規定もなく特別指導を行なって企業名を公表することは、公平公正中立を旨とする行政としては、やってはいけなかった。けれど法改正のためにやってしまった。
違法があったのだから、是正勧告は当然、やってもいいんです。けれど是正勧告も通常は公表していないのなら、公表基準に合致しない限り公表してはいけなかった。
— Mitsuko_Uenishi (@mu0283) 2018年4月4日
けれど裁量労働制の拡大のために政府は公表したかった。
そこで「特別指導」と名目をつけて公表した。
昨年の報道について
昨年の報道では各紙が野村不動産への特別指導を報じました。以下の記事ではすべて「特別指導」の語が出てきます。
2017.12.26 夕刊「野村不動産:裁量労働制を不正適用 東京労働局、特別指導」
2017.12.27 朝刊「残業代未払い:野村不動産に是正勧告 「裁量労働」不当適用」
2017.12.26夕刊「野村不動産に是正勧告 残業代未払いも 裁量労働制で不正」
2017.12.27朝刊「裁量労働、営業に違法適用 野村不動産に是正勧告」
読売新聞
2017.12.27朝刊「裁量労働を不当適用 残業代未払い 野村不動産に是正勧告」
ただ、「特別指導」というのがどういうものなのかについては報道ではよく分かりませんでした。東京労働局のHPにも記載されていません。
全社的指導
報道では
不動産大手の野村不動産の本社(東京)や関西支社など全国4拠点に対し、各地の労働基準監督署が是正勧告をしたと発表した。宮嶋誠一社長に対し、是正を図るよう25日付で同労働局長から特別指導もした。
(朝日新聞2017.12.27朝刊)
とあります。
経営トップに対する指導であるので、行政指導段階での企業名公表制度なのかとも思いました。(ブラック企業の企業名公表制度について - ぽんの日記)
この公表制度のもとでは、局長による経営トップによる指導が行われることになっています。(平成29年1月20日付け基発0120第1号)
ただ、「80時間超の違法な長時間労働」などについては報じられていないので、この仕組みによる要件を欠くようにも思います。東京労働局のHPにも特に発表はありませんでしたので、その点はもやっとしていました。
ちなみに労基署の監督指導は企業単位ではなく、事業場単位で実施されます。事業場というのは工場や事務所などの独立した単位ということです。
しかし大企業の場合には複数の事業場で同様の労働条件で働いていることも珍しくありません。事業場単位の監督ではなく企業全体に監督したほうが効率的なことも多いので、企業単位監督というのが新たな監督手法として導入されました。
企業単位で監督を行い、全社的に是正を図る監督は2010年度に東京・大阪で試行的に実施され、2011年度からは全国的に導入されています。*1
ところで「過労死等ゼロ」緊急対策では、「企業本社に対する指導」は2017年度から新たに始まったことになっています。……じゃあ2011年度に導入された仕組みは何?
しかしいずれにしろ、全社的に是正指導を行う仕組みは従来から存在しているので、これが「特別指導」に当たるとは思えません。
労災認定の報道
その後朝日新聞の2018年3月4日の報道で、男性社員の過労自殺が労災認定されていたことが明らかになりました。
この報道では「特別指導は過労自殺の労災申請が端緒だった」と書かれています。*2
当然、なぜ昨年の「特別指導」公表の際に労災認定を公表しなかったのかという疑問が浮上することになりました。
これを受けて書いたのが先ほどのブログの記事です。
企業名公表制度では、労災支給決定が要件の一部になっている一方で、公表内容は
ア 企業名イ 長時間労働を伴う労働時間関係違反の実態ウ 局長から指導書を交付したことエ 当該企業の早期是正に向けた取組方針
となっています。(平成29年1月20日付け基発0120第1号)
そのため企業名が公表されても労災認定の有無等については公表されないのだと思われます。
しかしそもそも「特別指導」そのものが「働き方改革」を進めたいがための恣意的運用ではないかとの疑惑がもたれています。この点は以前のエントリーを書いた際に気を付けるべきでした。
なお、この「労災が端緒である」ということに関しても、それ自体は「特別指導」の理由とは思われません。企業名公表制度でもそうですし、「過重労働解消キャンペーン」における重点監督では「過労死等に係る労災請求が行われた事業場」を対象とすることが明言されています。労災認定ではなく労災請求です。
また定期監督で対象事業場を選定する際に、労災申請状況も勘案されます。
すなわち「労災が端緒」であることも当然ですが、さして特別なことではありません。
「特別指導」の何が特別なのか分からないということは、以前書かせていただきました。(野村不動産への「特別指導」とは何ぞや - ぽんの日記)
まとめると、局長による指導であることも、経営トップに対する全社的な指導であることも、労災を端緒とすることも、どれも「特別」というほど真新しいことではありません。
やはり「公表基準を満たさないのに公表したこと」くらいしか「特別」の理由が見当たりません。