ぽんの日記

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「是正勧告してあげても」が威圧発言になる不思議

今年3月30日に行われた勝田東京労働局長と記者のやりとり(一部抜粋)

 

是正勧告したというのが、黒塗りになっているのはおかしいということですね。

 鈴木部長「おかしいかどうかは分からない」

 「通常は、是正勧告しても言えないです」

 ――中身については、あのとき言ってなかったですけど。したということ自体については言ってたんですよ。

 「何なら、皆さんの会社に行って、是正勧告してもいいんだけど。各社も」

 ――それはどういう意味ですか。

 「多くのマスコミでも違反が無いわけではないのでね」

会見録に書かれた東京労働局長と記者との主なやりとり:朝日新聞デジタル

 

この発言の問題点についてはすでにいくつか指摘されています。

 

監督行政の中立公正さを歪めた東京労働局長発言の重大さ~直ちに職を辞して謝罪すべき~(嶋崎量) - 個人 - Yahoo!ニュース

この強力な権限をもつ組織の大幹部が、取り締まられる可能性のある対象者(報道機関)に対して、取り締まられたくなかったら黙っていろと、脅しをかけた発言としか捉えられないのが、今回の発言だ。

 

「是正勧告してあげても」との東京労働局長の発言は、野村不動産に対する特別指導をめぐる真相追及への圧力(上西充子) - 個人 - Yahoo!ニュース

この3月30日の東京労働局の定例記者会見は、野村不動産における過労死が報じられて以降、初めて行われた定例記者会見であったという。そのため、この間の疑問点が記者団から次々と投げかけられ、それを封じるような形で問題の恫喝発言があったのだ。

 

許される発言でないのはその通りです。

ここではこの発言の意味を以下の2点について考えたいと思います。1つはそもそも是正勧告や企業名の公表について、厚労省は建前の上では制裁としていない点。もう1つはこの発言が記者(労働者)に対してなされた点。

 

建前上は制裁ではない

まず是正勧告ですが、これは行政指導であって、行政処分ではありません。非権力的行為、事実行為です。したがって強制力はなく、会社側の任意の協力を前提としています。

 

会社は是正勧告に従う義務はなく、行政処分ではないので取消訴訟もできません。是正勧告の取り消しを求めた訴訟は却下されています。

 

一般に是正勧告というのは労働基準監督行政を実施した際に発見された法違反に対する行政指導上の措置であるに止まり、勧告を受けた者が自主的に是正することを、右是正勧告をした労働基準監督官として当然期待するであろうが、たとえ、勧告に従った是正をしないにせよ、何らの法的効果を生ずるものではないことが認められる。

しかして、行政事件訴訟法3条の抗告訴訟の対象たる行政処分とは、当該処置がそれ自体において直接の法的効果を生ずる行為、すなわち直接に国民の権利自由に対する侵害の可能性のある行為に限られると解されるから、本件是正勧告は抗告訴訟の対象とならない

(橋本商事是正勧告取消請求事件 福井地判 昭和45・9・25)

 

先般の規制改革推進会議「労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」においても、監督指導は制裁ではないと述べられています。

労働基準監督官の行う監督指導は、違法な事業主に制裁を加えることではなく、労働基準法に違反する労働実態を是正させ、将来にわたって労働者が安心して働けるような適正な労働環境を確保することが目的である。

第2回「労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」厚生労働省説明資料 31頁

 

 

制裁ではないというのは企業名公表に関しても同様の見解です。

なお、当該公表は、その事実を広く社会に情報提供することにより、他の企業における遵法意識を啓発し、法令違反の防止の徹底や自主的な改善を促進させ、もって、同種事案の防止を図るという公益性を確保することを目的とし、対象とする企業に対する制裁として行うものではないこと。

(基発0120第1号平成29年1月20日 )

 

 それは今回の特別指導においてもそう発言されています。

厚労省の土屋喜久審議官は、野村不動産に特別指導をして公表した理由を「同じことが他社で起きてはならない。異例だが特別な指導という考え方をとり、日頃であれば申し上げていない指導を公表した」と説明した。

朝日新聞2018年3月7日朝刊「野村不動産への特別指導は2例目 昨年末 前例、電通のみ 公表は初、異例の対応」)

 

つまり公表するのは同種事案の防止を図るのが目的であって、決して企業に対する制裁なのではありません。

 

 

発言が威圧になる理由

もうひとつ気になるのは、これが記者(労働者)に対してなされた点です。労働者に対して「是正勧告してもいいんだけど」と発言することが威圧になるというのは、事実としてはそうかもしれませんが、ちょっと面白いと思います。

 

労働基準法はもともと労働者保護法の位置づけです。「労働者保護」という表現が適切なのかという意見もあるので、ちょっと古い言い方かもしれませんが。

それでも労働基準法が立場の弱い労働者のためにあるのは事実でしょう。労使対等が原則ではありますが、労働者に不利な条件になりすぎないように最低基準を定めているのです。

 

ですから法違反が是正されることは、本来労働者の利益となるはずです。

報道各社のトップや幹部に対して「是正勧告するぞ」と言うのが脅しになるのなら分かりますが、現場の記者に対してこう発言することが脅しになるというのは不思議です。

 

記者の側から「ぜひやってください」って言われたら応じてくれるのでしょうか。

そうならないことが分かって発言しているのでしょうから、ホンネが透けて見えます。

 

 

したがって「是正勧告してあげても」の発言は、建前上制裁ではない言ってきたはずの是正勧告や企業名公表を威圧手段に用いており、しかもこう発言すれば労働者であるはずの記者が黙るだろうと考えている点で、すごく倒錯した発言に思えます。

東京労働局のトップの発言として適切とは思えません。