ぽんの日記

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労働安全衛生法の違反率

「労働基準監督年報」の数字から、定期監督の違反率の推移を見るということをやっています。これまでは労働時間と労働条件明示義務に関して書きました。

労働時間の違反率の推移 - ぽんの日記

求人詐欺・求人トラブルの今昔――労働条件明示義務違反 - ぽんの日記

 

今回は労働安全衛生法(以下「安衛法」)を見ます。

条文の中で違反率が比較的高くなっているのは、安全管理者(安衛法11条)、衛生管理者(同12条)、作業主任者(同14条)、安全基準(同20~25条)、衛生基準(同20~25条)、注文者の講ずべき措置(同31条)、定期自主検査(同45条)、健康診断(同66条)です。

 

それぞれの条文の解説は後回しにして、違反率の推移をざっと確認しましょう。

 

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こんな風にぽんぽんと並べられてもよく分からないですね。

労働安全衛生法労働基準法と比べて分かりやすい解説書も少ない気がします。条文を読んでも政令、省令で定めるところとする、というような書き方なので、条文を読むだけじゃなんのこっちゃという感じです。

そこで、まず安衛法の経緯等についてざっくり確認します。

 

労働安全衛生法の経緯

労働者の安全・衛生に関する事項は、もともと労基法の第5章に規定がありました。

危害の防止(42-45条)、安全装置(46条)、性能検査(47条)、有害物の製造禁止(48条)、安全衛生教育(50条)、健康診断(52条)などです。

 

労働安全衛生は機械や設備と密接に関連していますので、安全対策のほうも技術進歩に対応していかなくてはなりません。労基法そのものに大きな変化はありませんでしたが、省令レベルの改正は頻繁に行われました。

 

まず1958年8月に産業災害防止5ヵ年計画が策定されます。労働災害防止対策の取り組みが強化されるのはこの頃からと言ってよいでしょう。*1

 

省令レベルの安全衛生法規の整備は以下の通りです。

1959年:労働安全衛生規則改正(足場、杭打機)、ボイラー及び圧力容器安全規則、電離放射線障害防止規則

1960年:労働安全衛生規則改正(電気)、四エチル鉛等危害防止規則改正、有機溶剤中毒防止規則

1961年:労働安全衛生規則改正(林業、港湾荷役、腐食性液体による薬傷)、高気圧障害防止規則

1962年:クレーン等安全規則

1963年:労働安全衛生規則改正(型枠支保工)

1964年:労働安全衛生規則改正(明り掘削)

1965年:労働安全衛生規則改正(隧道工事)

1966年:労働安全衛生規則改正(安全衛生委員会の設置義務と衛生工学衛生管理者制度、爆発防止)

1967年:労働安全衛生規則改正(貨物取扱作業)、鉛中毒予防規則、建設業附属寄宿舎規則。法律として炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法

1968年:労働安全衛生規則改正(墜落防止)、四アルキル鉛中毒予防規則

1969年:労働安全衛生規則改正(電気機械器具と電気工事、採石業)、ゴンドラ安全規則

1970年:労働安全衛生規則改正(機械)。法律として家内労働法

1971年:特定化学物質等障害予防規則。事務所衛生基準規則、酸素欠乏症防止規則

  

1960年3月にけい肺法を発展させる形でじん肺法が成立。1964年6月には労働災害防止団体等に関する法律が成立しました。

そして1972年6月に労働安全衛生法が成立します。安衛法は労基法第5章(安全及び衛生)、労働災害防止団体法旧第2章(労働災害防止計画)、同旧第4章(特別規制)を統合、大幅拡充させる形で制定されました。*2

 

労基法の義務主体は使用者となっていますが、安衛法では事業者となりました。これは、下級管理者に責任を転嫁させず事業経営者の責任を明確化させる意味があります。また元方事業者の義務や注文者の義務が追加され、総括安全衛生管理者、産業医の選任、元方事業主による統括安全衛生責任者の選任等が規定されました。それまで省令レベルであった安全委員会および衛生委員会は法律上に位置づけと変わりました。

 

以降の法省令の制定・改正は…

1975年:作業環境測定法制定、特定化学物質等障害予防規則改正(がん原性物質)、有機溶剤中毒予防規則改正(ベンゼン追加)

1977年:労働安全衛生法改正(化学物質の有害性調査、疫学的調査)、じん肺法改正(じん肺健康診断等)

1978年:有機溶剤中毒予防規則改正

1979年:粉じん障害防止規則制定

1980年:労働安全衛生法改正(建設工事の事前審査制、元方安全衛生管理者の選任)

1982年:酸素欠乏症防止規則改正(硫化水素中毒防止措置)

1983年:労働安全衛生規則法改正(基準認証制度の改善)、労働安全衛生規則改正(産業用ロボット)

1986年:労働安全衛生規則改正(女子の就業制限撤廃(ボイラー・クレーン))

1988年:労働安全衛生法改正(安全衛生管理体制の充実、健康保持増進のための措置)

1992年:労働安全衛生法改正(店社安全衛生管理者の選任、元方事業者の講ずべき措置、快適な職場環境の形成の措置)

1994年:労働安全衛生規則改正(隧道等の建設工事)

1996年:労働安全衛生法改正(過労死防止のための健康管理体制、健康診断後の措置)

1998年:労働安全衛生規則改正(土石流危険河川における建設工事)

1999年:労働安全衛生法改正(深夜業従事者の健康管理、化学物質による健康障害の防止)、労働安全衛生規則改正(ジャッキ式吊り上げ機械)

 

長くなってきたので、安全衛生管理体制や健康診断等はまた別の機会に書くことにして、安全基準、衛生基準だけ確認しておきます。

 

安全基準・衛生基準

 

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安全基準、衛生基準というのは安衛法20~25条に関する部分の違反です。これは事業者が講ずべき措置について定めている条文で、設備や作業方法、作業場の環境整備などについて定めています。

 

具体的な部分は省令で規定されています。

「労働基準監督年報」では以下のように集計しています。

 

安全基準

労働安全衛生規則

ボイラー及び圧力容器安全規則

クレーン等安全規則

ゴンドラ安全規則

 

衛生基準

労働安全衛生規則

有機溶剤中毒予防規則

鉛中毒予防規則

四アルキル中毒予防規則

特定化学物質障害予防規則

石綿障害予防規則

高気圧作業安全衛生規則

電離放射線障害予防規則

除染則

酸素欠乏症等防止規則

事務所衛生基準規則

粉じん障害防止規則

 

衛生基準のほうが規則の種類が多いですが、違反率は安全基準のほうが高くなっていますね。安全基準の違反率のピークは安衛法が成立する直前期の1960年代末となっています。

約半数の事業場に違反が認められています。非常に高い数値ですが、製造業や建設業に絞ればもっと高くなっているかもしれません。政策課題として強く認識されていたことでしょう。この時期の監督対象が工業的業種中心になっているのは、人命を思えば当然かもしれません。*3

 

 

 

 

kynari.hatenablog.com  

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*1:以下の記述については濱口桂一郎[2004]『労働法政策』有斐閣など参照した

*2:安全衛生関係規定のうち、女子年少者および寄宿舎に関する規定は労働基準法に残された。

*3:この当時から労働基準監督官の人員不足を指摘する声は上がっており、とくに非工業的業種や安全衛生面ではない一般労働条件(労働時間など)に対する監督が不十分になっているとの批判があった。