ぽんの日記

京都に住む大学院生です。研究とは関係ないことも気ままに書いていきます。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

実態に基づいた労働法の議論のために

昨日、「違反状況が不明になっている労基法の条文」という記事を書きました。

この記事を書いた理由を記しておきたいと思います。

 

労働基準監督年報とは

当ブログでは労働基準監督機関に関するデータをこれまで紹介してきました。その多くは「労働基準監督年報」という資料に基づいています。

この資料は厚生労働省が毎年発行しているもので、1年間の監督行政の概要や監督実施状況などが記載されています。

 

このような資料を公開しているのは、行政の透明性を高め、適切に運用されていることを担保する意味があるのでしょう。

年次報告を公表することについては、ILOの条約上にも規定があります。

 

工業及び商業における労働監督に関する条約(1947年、第81号。日本は1953年批准)

第20条
1 中央監督機関は、その管理の下にある監督機関の業務に関する年次一般報告を公表しなければならない。
2 その年次報告は、当該年度の終了後適当な期間内に、いかなる場合にも十二箇月以内に公表しなければならない。
3 年次報告の写は、公表後適当な期間内に、いかなる場合にも三箇月以内に国際労働事務局長に送付しなければならない。

第21条

 中央監督機関が公表する年次報告は、次の事項及びその他の関係事項でその管理の下にあるものを取り扱う。
 (a) 労働監督機関の業務に関係のある法令
 (b) 労働監督機関の職員
 (c) 監督を受けるべき事業場に関する統計及びそこで使用する労働者の数
 (d) 臨検に関する統計
 (e) 違反及び処罰に関する統計
 (f) 産業災害に関する統計
 (g) 職業病に関する統計

1947年の労働監督条約(第81号)

 

こうした情報公開は単に公表すればよいと考えるのではなくて、折角なのですから政策立案や議論に有効活用できるような形となることが望ましいでしょう。特に職場の労基法違反の実態を定量的に伝える公式データとしては、これが最大・唯一のものとなるわけですから。

 

今国会の「働き方改革」の議論において、裁量労働制の労働者のデータに不適切な点が見つかり、捏造疑惑も生じています。

このデータは調査的監督と呼ばれるものでした。労働基準監督官が臨検監督をする傍らで行う「調査」です。しかし監督官が行う行為である以上、客観性や中立性の観点から適切性があるのかは怪しいところです。業務上の参考とする程度ならともかく、実態調査や統計データと呼ぶに値するものなのかは疑問が残ります。

そのような「調査的監督」よりも、定期監督等の監督結果を詳細に公開・分析してくれたほうがよっぽど有益な議論に資するのではないかと思います。

 

調査的監督については「調査的監督とはなにか」「労働基準監督官による調査はもうやめたらどうか」という記事も参照。

 

しかしながら現状は、前述の「労働基準監督年報」はあまり利用しやすい資料とはなっていません。さしあたり思う所を指摘しておきます。

 

改善してほしい点(形式面)

まず最初に思うのが、全体版だけをまとめてアップするのでなくて分割してもらえないのだろうかということ。

労働基準監督年報|厚生労働省

 

上記ページを確認してもらうと分かりますが、各年次ごとにpdfファイルが上がっているだけなんですね。他の白書とかだと目次があって、内容も章ごとに分割してダウンロードできたりするのに。

できれば附属の統計資料も資料編として分けてほしい。図表データは図表データの部分だけ参照しやすくしてほしいし、pdfじゃなくてexcelファイルとかだともっと楽になると思います。

 

それから監督年報で公表されているデータは、統計調査などのデータではなくて業務統計という扱いになるかと思います。なので調査票はもちろんですが、定義とか用語の解説とか、そういったものがほとんど記載されていません。

業務統計であってももう少し説明してほしいというのが正直感じるところです。公表されている部分の資料だけでは分からないので、仕方なく直接厚労省に電話して聞いた箇所が何度かあります。昨日の記事にもそうした部分がありましたね。

 

改善してほしい点(内容面)

内容に関してもいくつか言いたいことはあるのですが、昨日の記事の続きということで、定期監督の違反状況に関する部分について書いておきます。

 

法違反状況のところでは条文別に違反事業場数を集計しています。

取締や行政指導という観点からすればそれは間違ってはいないのでしょうけれども、実態を知りたいという観点からは、もっと工夫してくれたらいいのにと思ってしまいます。

 

たとえば賃金不払のところでは労基法23条、24条をまとめてカウントしています。

24条は①通貨払いの原則②直接払いの原則③全額払いの原則④毎月払いの原則⑤一定期日払いの原則を規定しています。でも24条としてカウントしているだけなので、どんな違反が多かったのかということまでは把握できません。*1

 

労働時間問題ということで関心が高いのは32条でしょう。

32条は1週40時間、1日8時間の労働時間の原則を定めた条文です。これは監督年報では32条、40条*2で一括りにして集計されています。32・40条は、法条項別の違反率として見た場合、近年最も高い違反率となっています*3

 

32条というのは32条の2~5までの間に変形労働時間制やフレックスタイム制が定められています。また36条(時間外・休日労働の労使協定、いわゆる36協定)や38条の2~4(事業場外労働、裁量労働制)の協定が不適切だったり、届出がなされていないと、それらの協定が無効になって32条や37条(割増賃金)の違反として処理されます。41条(管理監督者などの適用除外)も管理監督者の実態が認められなかった場合には、やはり32条などの違反として処理されます。

 

変形労働時間制や事業場外労働(法定労働時間を超える場合)、専門業務型裁量労働制の場合には、労使協定を届出する必要があり、罰則も設けられています。しかし昨日の記事で書いたようにこれらの違反状況は集計されておらず、すべて32条違反としてカウントされていると思われます。

これではそれぞれの労働時間制度別に違反の多さを把握することができません。

 

 

36条の場合も、36協定が不適切だった場合は32条で処理されます。

ところが監督年報のほうには「有害時間・協定の基準適合」として件数が記載されています。

有害時間はただし書きとしてついている規定で、坑内労働などの有害業務については残業が1日2時間までしか認められていないというものです。

一方、「協定の基準適合」は1998年の改正で設けられたものです。厚生労働大臣が時間外労働の限度基準を定めることができ、それに基づいて労基署長が助言・指導を行うことができるというものです(36条第2項、第4項)。厚労省に確認したところ、条文にある「助言及び指導」のうち、「指導」はいわゆる是正勧告に当たるとのことで、違反状況としてカウントしているようです。

とはいえ、限度基準の指導に従う義務や罰則までは科されていません。

 

監督年報では2007年までは「有害時間」のみの記載ですが、2008年からは「有害時間・協定の基準適合」として記載しています。*4

 

以前の記事で紹介したコンビニに対する監督指導結果においては、同じ32・40条違反でも、「36協定を締結せずに又は適法な36協定を締結せずに、時間外労働を行わせていたもの」と「36協定で定める限度時間を超えて労働させていたもの」を区別して公表していました。
東京労働局「コンビニエンスストアに対する監督指導結果及び今後の取組について」

 

監督年報の記載も、このような形で集計・公表できれば、もう少し違反の実態が詳しくなるように思います。

 

 

最低賃金審議会での参考資料

違反状況の報告は、部分的にではありますが最低賃金審議会の場で参考資料として提出されたりしています。

目安に関する小委員会審議会資料 |厚生労働省

 

この中の「資料No.1主要統計資料」というところで、「最低賃金の履行確保を主眼とする監督指導結果」が資料として載っています。このデータを中心に議論されているわけではないでしょうが、監督行政の資料がこのように参照されているという実例ではあります。

 

しかしそれと比べると、労働基準法を改正しようというときに、どの程度違反実態が考慮されてきたのか。

だって、前述したように労働時間制度の詳しい違反状況は年報で集計されていませんからね。

 

 

 

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*1:ところで支払った賃金が契約の賃金を下回っており、かつ最低賃金未満の場合、24条の全額払いの違反と最賃法4条の違反の両方が該当することになる。大阪労働局「平成23年における司法処分状況について」によれば「雇用契約で定めた賃金を支払わない場合は労働基準法第24条違反にもなりますが、特別法に当たる最低賃金法違反として処理されます」とあるので、送検される場合には最賃法違反として送検されるのであろう。なお、こうした説明は監督年報のほうには書かれておらず、このような運用が全国的に斉一かも定かではない。労働基準関係法令違反に係る公表事案を見ても労基法24条と最賃法4条の両方が記載されているもの、片方のみが記載されているものが混在しており、判断がつかない。なお罰則は最賃法が50万円以下の罰金、労基法24条は30万円以下となっているので、最賃法のほうが重い。

*2:労働時間・休憩の特例。零細規模の商業・サービス業では1週44時間が認められているなど

*3:2016年の監督年報では「労働時間に関する違反率」を31.5%としている。しかしこの数字は「32・40条違反の事業場数」を「何らかの法違反があった事業場数」で除して算出していると思われる。単に「違反率」といった場合には「定期監督等実施事業場数」で除すほうがイメージしやすいと思われるため、当ブログでは後者で違反率を算出している。2016年の32・40条の違反率は約21%である。

*4:2008年は「限度基準」のなかに割増賃金に関する事項も規定できるようになり、限度時間を超える時間外労働については割増賃金率を法定を超える率とする努力義務などが加わった。