ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

サービス残業は送検されやすいか

監督官による送検

労働基準監督官は特別司法警察職員としての職務を行うこともできます。警察と同じように、令状を取って強制捜査や逮捕を行うことができるのです。この刑事訴訟法上の職務は、労働基準法等の違反についてのみ認められているので、一般司法警察員(=警察官)に対して特別司法警察員と呼ばれます。

 

監督官が労基法違反の企業を送検できるのは、この司法警察員の権限があるからです。もっとも、この職務を監督官が独占的につかさどっているわけではありません。監督官よりも警察による送致件数が多かった時代があったことは、別の記事で書いたことがあります。

 

監督官が行う司法処分は、労働基準監督行政における最終手段とも言えます。繰り返し是正勧告を行っても改善が見られない会社に対しての措置であり、刑事罰を科すための手続きだからです。

 

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出所)平成29年3月16日「第1回労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」資料2厚生労働省提出資料

送検状況

項目ごとにどんな違反が送検されているのか。全体の推移状況を確認するとこんな感じになります。*1

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送検状況

 

被送検条文を上位5位までについて、5年ごとの推移を表にして追ってみました。

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賃金不払・遅配(24条違反)が皆勤賞?となっていますね。

あとは圧倒的に安全衛生関係が目立ちます。2000年ごろから上位に顔を見せるようになった「報告等(安衛100条)」とは労働安全衛生法に基づく報告義務です。報告義務のある事項はいくつかあるのですが、大部分は労働者死傷病報告だと思われます。いわゆる労災隠しによる送検です。

 

労働時間関係はというと、60年代ごろまで上位にありましたが、その後姿を消しています。60年代は自動車運転手関係で積極的な監督指導が行われたため、それが送検状況に反映していると思われます。女子・年少者の保護に重点を置いていたことも大きいでしょう。

2015年になって労働時間が再び上位5位に食い込みます。この間の監督行政の変化を受けてのことでしょうか。

 

送検率を見るうえで

ここまで見てきたのは送検件数です。あくまで絶対数としての件数です。そのため条文別の件数を見た場合、もともと法違反が多いから送検件数も多くなっているのか、それとも監督官が重大だと認識しやすいから送られているのかが分かりません。

そこで便宜的に「送検率」という指標を考えてみたいと思います。送検件数を定期監督違反件数で割って、発覚した法違反の何%くらいが送検されているのかを確認します。

 

注意点としては定期監督と送検で、集計の仕方が異なっていることです。

年報では事業場数を単位としてカウントしています。ひとつの事業場で複数の法違反が見つかった場合、定期監督の集計表ではそれぞれの条文ごとに違反をカウントしています。

一方、送検状況は主たる条文でカウントされています。一事件で複数の被疑条文がある場合には、その主たる被疑条文により件数を計上しています。

そのため法定労働時間(32条)を守らず、割増賃金(37条)も支払っていないという事案の場合、定期監督の違反状況ではそれぞれの違反がカウントされますが、送検事件状況ではどちらかの条文のみが計上されます。

どちらの条文が「主たる被疑条文」になるのか、判断基準があるのか、よく分かりません。

 

それから定期監督と送検で、集計する条文が違います。

定期監督のほうでは安衛法20~25条を「安全基準」「衛生基準」とまとめています。省令で定められた規則ごとの違反事業場数は知ることができますが、条文ごとの件数を知ることはできません。

逆に送検については条文ごとの件数は分かりますが、各規則ごとは分かりません。

 

定期監督の違反状況については、そもそも未集計となっている条文もあります。送検状況のほうは、その年に送検のあったものについてはすべて計上されていると思われます。

たとえば、先に述べた「報告等(安衛100条)」は送検件数では上位に来ています。しかし定期監督の集計表では、そもそも計上なされていないので比較できません。ほかにも産業医の選任義務違反なども、集計がされていません。違反状況が不明になっている労基法の条文 という記事で以前書きました。

 

最後は違反の性質の問題です。

たとえば賃金不払い等の事案は、定期監督よりも労働者からの申告や告訴・告発による発見が多くなります。定期監督での違反件数を分母として送検率を算出すると、分母が小さくなってしまうため、こうした違反は送検率が過大に出てしまいます。

申告監督での違反件数も分母に加えれば良いかもしれませんが、残念ながら年報では、申告監督の場合は各条文ごとの違反が載っていません。申告監督の状況についてはまた別記事を書くことにしますので、ここでは扱わないことにします。

 

以上の制約があるので、今回は法定労働時間や割増賃金などの一部の条文について、あくまで参考程度に送検率の推移を確認することにします。

 

送検率の推移

まずは労働条件の明示(労基法15条)、労働時間(同32・40条)、女子の労働時間(労基法旧61条)、割増賃金(労基法37条)、就業規則(同89条)です。

以前どこかで書きましたが、労働条件の明示義務違反は1966~80年の定期監督での違反数が集計されていません。労働時間の違反は定期監督だと32条と40条を合算して集計しているので、送検数もそれに合わせています*2。女子の労働時間はかつて労基法に存在した女子保護規制のことです。1日2時間、1週6時間、1年150時間に時間外労働の上限が定められていました。

 

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改めて見てみると全体的に数字が低い。0.1%と0.2%を倍も差があると見るのか、0.1%しか差がないと見るのかは、各々の判断に任せます。

傾向としては労働時間の送検率は60年代~70年代に比較的高かったということ。その後低迷し、2000年代に入ってから再び上昇の気配を見せています。

お役所言葉でいう所の賃金不払残業(=サービス残業)は割増賃金(37条)違反が該当しますが、これはもともと低い水準でしたが90年代ごろから法定労働時間(32・40条)の違反を上回ります。ただ2015,16年は再び32・40条の送検が上回るようになりました。

 

次は労働安全衛生法関連。20~25条が面倒だったので載せていないですが、2016年だと安全基準23,664件、衛生基準7,034件で20~25条の送検が287件なので、287÷(23,664+7,034)=0.93%くらいでしょうか。

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グラフにピックアップした中で突出しているのは就業制限(安衛61条)です。労働基準法時代は旧49条で計算しています。クレーンの操作やボイラーの取扱いなど、一定の危険業務については無資格者がしてはいけないというものです。

死亡災害等が発生した場合は、安全衛生法で送検される傾向があるので、数字上、送検率が高くなっているのはそのためでしょうか。

 

 

最後に賃金不払を。

賃金不払は23・24条です。比較として労働時間(32・40条)と就業制限(旧49条、安衛61条)も載せています。

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うん、なんだろ。

賃金不払は申告事案が多いから、あくまで参考程度にはとは思ってたけど。

ピークは1997年の53.5%となっています。

 

ちなみにですが、賃金を全く支払っていないなどという事件だと、労基法24条ではなく最低賃金法で送検されることになっています(2008年6月25日付基発第0625009号)。最賃違反のほうが罰則が重いので。

2007年の最賃法改正前もそのような運用だったかどうかは存じませんが。

*1:以下、資料は労働基準監督年報|厚生労働省の各年版による

*2:40条は労働時間の特例を定めたもの。規模10人未満の商業、映画演劇業(映画製作を除く)、保健衛生業、接客娯楽業は1週の法定労働時間を44時間とすることが認められている。40条違反で送検されたのは約70年の間に18件であり、多くは32条違反