ぽんの日記

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高野剛『家内労働と在宅ワークの戦後日本経済』

雇用類似の働き方とか、ギグエコノミーとか、フリーランスの働き方が注目を集めている。

監督行政を調べた身としては家内労働法とかが連想されるのだけれど、これも本格的な研究は多くないように思われる。

そんななかで高野剛『家内労働と在宅ワークの戦後日本経済』ミネルヴァ書房が今年の2月に出ているので、読んでみた。

 

政策論議についても整理しつつ、過去行われてきた実態調査等もフォローしており、なかなか読みごたえがある。家内労働者を対象とした研究が少ないこと自体は、もちろん著者の責任であるわけではないので、実態把握の部分がもう一歩ほしいと思ってしまうがこれは致し方ないだろう。

 

 

家内労働規制と最低賃金

 

欧米諸国を見てみると、最低賃金法は家内労働法の規制から出発している場合が少なくない。日本の最低賃金法は雇用労働者の低賃金を規制するためにあるが、家内労働法がない状態では、ザル法にならざるを得ない。なぜなら、使用者は雇用労働者の代わりに、より低コストな家内労働者に仕事を回すようになるからである。(47頁)

 

実際最低賃金法が制定された際も、家内労働の加工賃に最低制限を設けなければ最低賃金法に抜け穴が生じ、大きな限界があると批判が出ていたようだ。

この辺が、低賃金、低工賃の問題を地続きとして考えなけらばならない理由となろう。

 

日本で最低賃金や家内労働の規制が議論された背景として、本書は「外圧」を指摘している。

イギリスによるソーシャルダンピング批判をかわしGATTに加盟するために、法整備の議論を進めたのに、1953年にGATT仮加盟が実現すると、法整備は先延ばし。 

1955年のGATT正式加盟後、今度はアメリカで「1ドル・ブラウス」問題が浮上。

臨時労働基準法調査会や中央賃金審議会の答申で、家内労働についての規制や実態調査の必要性が指摘され、最低賃金法の中に最低工賃決定の条項が盛り込まれる形で、1959年に最低賃金法が制定されることになった。

 

「外圧」以外で重要だったのは、ベンゾール中毒事件。

1958年ごろからヘップサンダル製造の家内労働に従事する主婦等がベンゾール中毒にかかる症例が多数発生し、死亡事件にもなった。

著者によれば、それまでの家内労働規制は低工賃を規制するということに注目が集まっていたが、これ以後は安全衛生も考慮に入れられるようになったという。

 

しかし最低賃金法による最低工賃が初めて決定されたのは、1967年の奈良県靴下製造業。家内労働法が制定されたのは1970年。

50年代にはすでに家内労働規制の議論が始まっていたのに、実際の法制定はずいぶん遅い。現行の家内労働法も不十分さは指摘されるところだが、こうした経緯を見ても家内労働への優先順位の低さが窺えるような気がする。

それは労働運動だけでなく、研究者の関心もそうだったのではないか。家内労働法が制定されるくらいの時期が最も盛んに議論されていて、結局その後は関心が引いていく。もちろんそれは家内労働者数がピークを過ぎ、代わってパート労働者が増えていくという実勢も関係していよう。

 

 

在宅ワークの拡大

そもそも現行の家内労働法は、高度成長期の実態に即して製造業の家内労働を前提に制定されている。……家内労働者とは、製造加工業に従事する場合となっており、情報サービス業関連の在宅ワークは家内労働法の適用を受けることができないのである。(128‐9頁)

家内労働は減少する一方で、家内労働法の適用対象にならない在宅ワークは拡大していた。家内労働法による家内労働者というのは、物の製造や加工に従事する者に限られる。

販売や運送の仕事は含まれないし、近年重要度が増しているのは情報サービスの仕事だろう。

 

90年代はまだ家内労働法で保護の網をかけようという機運があったように思われる。

1989年に在宅就業問題研究会が設置され、その「第1次報告」ではワープロ作業を行う在宅ワーカーに対しても家内労働法の適用を検討すべきと述べられた。

それを受け1990年3月31日付基発第184号、婦発第57号により、ワープロソフトなどを用いて文章の入力作業をする場合については家内労働法を適用することになったという。

ただし、家内労働法に照らして解釈しなおす必要があるため、委託者からフロッピーディスク等の外部記憶媒体の提供や売渡しがあり、その外部記憶媒体に入力した文章を保存して納品した場合に限定されている。(129頁)

 

しかしこれ以降は家内労働とは別に「在宅ワーク」として議論が進んでいくようだ。

1996年のILO第83回総会で第177号条約が採択されたのを契機に、労働省が在宅就労問題研究会を設置したのが1998年。99年に「中間報告」、2000年に「最終報告書」が出る。同年、労働省によって「在宅ワークの適正な実施のためのガイドライン」を策定された。

 

 

なぜ家内労働法改正の議論は出ない?

著者が悪いわけでは全くないけれど、なぜ昨今の在宅ワークだかフリーランスの保護の議論の際に、家内労働法の話題がでないのか、その疑問はどうも解消されなかった。

実際、ワープロ作業を家内労働法の適用対象にした例もあったわけだし、単純に家内労働法を改正して、情報サービス業にまで広げるのは一番単純に思いつく道だと思うのだが。

1956年に制定された下請法も、物品の製造および修理の委託を適用対象としていたが、2003年に改正されて、情報成果物の作成委託と役務提供委託も適用対象になった。

家内労働法でも適用対象を加えればよいと思う。

 

法の制定や改正に至るまでには時間がかかるから、まずガイドラインを作ったというのはわからなくはない。

在宅ワークの適正な実施のためのガイドライン|厚生労働省

しかし最初のガイドラインができたのは2000年。それを思うと、なかなか法律レベルにまで行かない。家内労働法の制定が遅れたことを考えると、こんなものなのかもしれないが。

 

 

アニメーターと家内労働法

アニメーターは厳しい労働条件にもかかわらず、個人事業主扱いのため労働法で保護されないというのは、問題視している人も多いと思う。

そういうのを聞くたび、家内労働法は適用されないのだろうかと疑問に思う。

 

情報サービス業務で家内労働法を適用させるには法改正が必要だろうが、作画の仕事は法改正しなくとも大丈夫なんじゃなかろうか。あれは情報成果物になるのだろうか。

ワープロ作業が「物品の製造又は加工等」で行けるなら、作画も問題ないと思うが。

原材料も会社から提供を受けてるから、この点も問題ないはず(え、作画用紙って自前じゃないよね?)。

 

あと、そもそも家内労働法の「家内労働者」の定義の中には、就業の場所は入っていない。作業場所は自宅でなくたっていい。だから会社の机を借りて絵を描いているアニメーターも、家内労働者になるはず。

 

アニメ制作会社の多くは東京、とくに練馬区と杉並区に立地してるので、地域単位の最低工賃も設定しやすいのでは?

 

……現行の家内労働法では、最低工賃は、厚生労働大臣または都道府県労働局長が必要であると認めるとき、決定することができるようになっている。さらに、……家内労働者側や委託者側からも最低工賃の決定や改正あるいは廃止を申し出ることができるようになっている。……かつては、最低工賃決定の申し出は、雇用労働者で組織された労働組合が最も多く、……。これは、家内労働者の低工賃が、類似の業務に従事する雇用労働者の賃金を引き下げるようになるため、雇用労働者で組織された労働組合が最低工賃の決定を申し出ることが多いからである。(172‐3頁)

 

アニメーターが組織されていたら、こういう最低工賃決定の申し出もしやすいのでしょうけど。

 

なお、フィクションだが『アニメタ!』という漫画の中で、主人公の契約書がちらりと描写されていて、

契約形態・・・業務委託(個人事業主

報酬・・・出来高

業務時間・・・規定なし。ただし納期遵守のこと。

そして動画1枚210円前後が単価の相場なのだとか。

 

JILPTの報告書だと「単価は、主に新人アニメーターが担当する動画が最も安く、1枚100円~200円」となっている。

労働政策研究報告書No.25 コンテンツ産業の雇用と人材育成 −アニメーション産業実態調査|労働政策研究・研修機構(JILPT)