労働基準監督署が会社に是正勧告をする。その結果どれくらい法違反が是正されるのか。介入の効果は大きいのだろうか。こういうことってあまり関心を持たれないのでしょうか。
報道発表等で監督指導の集計結果が報じられるとき、違反率が何%だったのか、どんな法違反が多かったのかという情報はよく目にします。一方で、そういった法違反がどれだけ改善されたのかについては、あまり報じられることがないように思います。
もちろん労基署が介入する案件の数は知れていますから*1、その中でどれだけ是正効果があったのかなんて、あまり関心を持たれないのかもしれません。けれども、それを言うなら違反率の数字だって、どういう基準で抽出したのか分からないサンプルの数字でしょう。
それはさておき、「労基署による監督指導を強化する」とか「より効率的に監督を行う」というのなら、監督指導でどのように改善されているのかという点に、もっと関心を持ってよいと思うのです。
繰り返しの是正勧告は異例か
度重なる是正勧告に対して居直りの態度さえ見せているジャパンビバレッジの様子が伝えられました。
7月26日、サントリーグループの自動販売機オペレーター大手・ジャパンビバレッジ社に対して、労働基準監督署が四度目の是正勧告を出した。一つの企業が労働基準監督署から四度の是正勧告を受けるのは異例のことである。
(サントリーグループで四度目の是正勧告 「残業代の減額に合意しないと支払わない」は合法か?(今野晴貴) - 個人 - Yahoo!ニュース)
この事例の場合ユニオンが頑張っていますからこうして表に出ていますが、4回是正勧告を受けても送検されるわけでもなく、企業名公表スキームにも該当していないようです。ですから労基署の指導に従わないような会社であってもその実態が水面下に隠れているというようなケースは、ほかにもあるでしょう。
データ的にそれを確認できればよいですが、そのものズバリとはいかないので、ここでは「再監督実施状況」の情報に当たってみることにします。
再監督とは是正勧告や指導を行った会社に再び監督に赴き、指導した内容が改善されたかを確認するものです。
出所)平成29年3月16日「第1回労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」資料2厚生労働省提出資料
「労働基準監督年報」の附属資料の中に「再監督実施状況」という表が載っています。ここから再監督を実施した事業場数と是正が確認できた事業場数が確認できます。
ところで上のフロー図でもそうですし、後で確認もしますが、法違反を確認したすべての事業場に対して再監督を実施しているわけではありません。上図でも再監督を経ずに是正確認し「完結」するケースがある事が窺えます。
私は不思議に思うのですけれど、先述の年報その他資料には、「完結」したケースがいくつあるかといった情報は載せていないのですね。行政指導をどれだけ行ったかという事実は確認できても、その結果どれだけのケースが「完結」したのかは分からないのです。
監督行政に対して批判・擁護いずれの立場を取るのかに関わりなく、この点については言及されてこなかったと思います。上のフロー図だと最終的には「司法処分」か「完結」のどちらかに行きつくことになってますが、完結されないままのケースも当然存在するでしょう。ですが「是正確認」や「完結」についての情報がオープンにならないとそういったことも不明のままになってしまいます。
再監督は珍しい?
定期監督や申告監督によって法違反が確認されたすべてケースで再監督がなされるわけではありません。どのような場合に再監督が実施されるかは必ずしも明らかではないですが、数字の上で確認しておくのは重要でしょう*2。
グラフでは定期監督を「定監」、申告監督を「申監」と略しています。
市場上の水色の折れ線が定期監督と申告監督を合わせた監督件数です。積み上げ棒グラフにしているのが違反事業場数です。
「定監+申監」の監督件数は、近年だと15万件を上回るくらいの規模です。両者を合わせた違反事業場数は、ここ数十年くらい10万件で横ばいとなっています。監督官が人手不足になっているという批判は優に半世紀以上前からなされているわけですが、少なくとも数字の上からは監督実績の充実は確認できません*3。
再監督実施事業場数は大体1万件くらい。2016年の数字だと1万3千件ほどとなっています。再監督の実施率*4は1割程度の水準です。
ここで再び例のフロー図に戻ります。再監督のとこだけ抜粋します。
さて、この図の通りだとするならば、再監督を実施していない事業場については「是正報告」で処理されているということになります。ということは、法違反が発覚したケースの9割弱はこの「是正報告」に該当する計算です。再監督をして確認する必要はないと判断されていることになります。
本当でしょうか。ちょっと疑わしいですね。
もっと再監督すべきケースはたくさんあるのに、手が回っていないというのが実態ではないでしょうか。
このような解釈は私の「憶測」「邪推」に過ぎません。再監督が必要なケースが実際に1割程度なのかもしれません。少なくともそのような反論をするためにも、是正報告がどれだけなされているか、どれだけが完結に至っているかといった情報をオープンにしてもらいたいものです。
是正率の推移
先に述べたように「再監督実施状況」という表から、法違反をちゃんと是正したケースがいくつあったのかを知ることができます。これは再監督を実施したケースのうち、是正が確認できたケースということに過ぎません。
そもそも1割程度に対してしか再監督は行われていませんでした。逆に言えば、再監督が実施されるのはそれだけ重大・悪質な事案だと判断できるでしょう。もっとも、監督機関がどういった基準で再監督対象を選定しているのか私は知らないので、たぶんそうだろうという推測ですが。
ともかく、そういったことを踏まえたうえで以下のデータは見てください。
監督年報の付表に記載されているのは「再監督実施事業場数」「完全是正事業場数」「完全是正率」の数字です。
完全是正率は「完全是正事業場数」÷「再監督実施事業場数」で簡単に計算できます。
では「完全是正」とはなにか。不完全是正があるのか。
実はかつては「完全是正」とは別に「一部または段階是正」の数字を記載していたのです。1950~61年という時期の話になりますが。
それから、もっと重要な問題があります。その「完全是正事業場数」なんですけど、1978~81年および1991~2007年まで記載がないのです。
基礎的な情報であるはずだと思っていたのでショックです。言っちゃ悪いですが、家内労働監督の実施状況を載せるスペースがあるならこっちを載せろよって思います。最近の労働行政もいろいろあったので、こういう事実に対して憤りよりはむしろ脱力を感じてしまいますが。
別に隠蔽が図られたということではなく、単に関心を持ってなかったんじゃないだろうかと思います。冒頭で書いたように、学者もマスコミも是正率なんて注意を払ってはこなかったので、人のこと言えないでしょう。
ということなので、是正率のグラフが欠けている部分はデータが得られなかった箇所です。
「違反事業場比率」は定期監督と申告監督を両方合算して算出した数字です。その違反事業場に対して再監督が実施された事業場の割合です*5。
50年代後半から60年代初めにかけて違反事業費率が落ち込みを見せているのは「是正基準方式」が要因かと思われます。これについては別記事を参考にしてください。
労基署は「中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施する」ことになるのか――是正基準方式/中小企業を監督対象から外す?
完全是正率の推移を見ると、70年代頭には非常に高かったのが徐々に低下しています。1971年に91.4%という高さだったというのがまず驚きですが、それが近年の数字だと5割を下回る水準になってしまっています。
気になるのは90年代から00年代初頭にかけての動きですが、肝心のデータが欠けてしまっています。これだから隠蔽は困る。
徐々に是正率が低下したのか、集計の仕方を変えたのか難しい解釈しかねるところです。
実際、1961年から62年にかけては完全是正率が大きく上がっています*6。これは「一部または段階是正」と「完全是正」を分けていたのを後者のみにしたためだと思われます。定義変更といってよいでしょう。
ただ90年代~00年代前半の変化がどうであるかはわかりません。再監督の実施率は大きな変動を見せていないので、再監督の対象にする基準が変わったという説もあまり頷けません。
ついでなので業種別(中分類)にプロットしたものも載せておきます。数が多いので凡例は省略しました。黒の実線が全業種合計の是正率です。
90年代に変化があった?
全国集計のデータは1991~2007年まで欠けているのですが、大阪労働局統計年報等の資料では1999年以降の完全是正率のデータを得ることができました。
凡例を省略していますが、各業種についてプロットしたものです。黒の実線が全体計になります。
大阪局管内に限ったデータですので、全国的な傾向と一致しているとは限りません。
ただ推移を見る限り、2000年代に入った段階ですでに是正率は低迷していることが読み取れます。
したがって、是正率が大きく落ち込んだのは90年代になにかがあったのではないかという仮説が成り立ちます。
労働法ではなく監督行政を研究した身なので、法改正を単純に答えにはしてしまいたくないところです。90年代は実体経済の変化も大きいですし。
再監督に関連があることとして思い浮かぶのは、是正勧告「甲」と「乙」の区分でしょうか。
かつて是正勧告書には甲と乙の2種類ありました。甲は重大な違反について勧告されるもので、期日までに是正されなかった場合、送検されることがあるという旨が勧告書に記載されていました。一方で、乙のほうはそれほど是正の確認を重視していなかったと言います。
(過去記事→是正勧告と指導の違い/司法処理基準)
また、このブログでは各条文ごとの違反率の推移についての記事をいくつか書きましたが、97-8年ごろに違反率が上昇に転じるものがいくつかありました。違反の状況が変われば是正率にも影響してくるはずなので、そういったことも関係あるかもしれません。
(違反率についての過去記事→労働時間の違反率の推移/求人詐欺・求人トラブルの今昔――労働条件明示義務違反/労働安全衛生法の違反率/安全衛生管理体制/健康診断違反率の推移/賃金不払の違反率/定期自主検査ほか)