ぽんの日記

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神林龍「自営業はなぜ衰退したのか」

神林龍[2017]『正規の世界・非正規の世界』慶應義塾大学出版会のなかの、とくに第8章「自営業はなぜ衰退したのか」についてです。

前回に引き続いての記事となります。

 

kynari.hatenablog.com

 

本書はそもそも雇用の世界を論じているので、自営業については補足的な意味合いが強いのかもしれません。自営業を「インフォーマル・セクター」と呼んでいますし。

 

それはそれとして、気になるのは著者の分析が80年代以後に限られている点です。

 

第8章は、第4章「非正規の世界」での議論を踏まえて、自営業衰退の原因を概観しようというものです。

著者自身が「残念ながら現在までのところ、明確な結論が得られていない」(317頁)、「日本の自営業研究はまだ緒についたばかりで、労働市場はおろか社会の中での役割や、自営業の生起継承衰退のメカニズムは闇に閉ざされている」(351頁)と述べているように、結論らしい結論には至っていません。

 

ただ、私がここを読んで疑問に感じたのは、国際比較にしろ、都道府県のクロスセクションデータを用いた分析にしろ、考察対象が80年代以降に限られているという点です。

それは自営業の動向を見るならば、80年代ごろに起きた転換を視野に収めないといけないと感じるためです。

 

 

著者は第4章で「自営業その他」の就業形態を「インフォーマル・セクター」と呼び、非正社員とインフォーマル・セクターに負の相関があったことを指摘しています。すなわち、80年代以降の非正社員の増加は、インフォーマル・セクターの減少で相殺される規模にあったのだとしています。

引っかかるのは、後者を「バッファ」と表現するなど、インフォーマル・セクターを(非正規)雇用の世界の供給源として捉えているフシがあることです。

 

実際に自営業者が非正社員に転換していったということまでは述べていません。数字上の規模が一致しているだけで、そのメカニズムにまでは論及していません。

しかしながら、単純に数字の上で見ても、より長期的にみれば〈雇用の世界〉と〈自営就業の世界〉は、相反する関係にあったわけではありませんでした。

 

 

次の図は、労働力調査年報によって、就業者構成比率の推移を見たものです。

就業者総数*1を分母に、雇用者、農林業従事者、非農林業「自営業主+家族従業者」のそれぞれの比率を算出したものです。

「農林業」は自営だけでなく雇用されて従事する人も含みます*2

 

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今ここでは、就業者を雇用セクターと自営セクターに二分して考えているので、定義的に自営セクターは雇用セクターの余事象です。図の雇用者比率の上昇とは、自営比率の減少を意味しています。

 

ただし、この自営比率の減少は、ほぼ農林業比率の減少によるものです。非農林業に絞って自営比率を取り出してみると、その水準は長らく20%の水準を維持してきたことが読み取れます。

 

著者が分析対象としているのは1980年代以降に限られました。このころから非農林業自営セクターが割合が徐々に低下を見せ始めます。

逆に言えば80年代以前にまで視野を広げれば、非農林業では、雇用セクターと自営セクターは必ずしも相反するトレンドにはありませんでした。雇用者比率の増大にもかかわらず、自営セクターはその比率を一定水準で維持していたのです。

 

 

これは話のついでですが、〈雇用の世界〉の増大と、〈農林業〉の減少も、必ずしも普遍的な現象とはいえません。日本についてみれば、それは戦後的な現象でした。

下の図は国勢調査から作成したものです。1920年~1950年代にかけても、絶対数で見れば第1次産業の従事者数は減少していません。日本で第2次産業革命(重化学工業化)が進展したとされる時期ですが、それは直接に第1次産業を衰退せしめたわけではないのです。

 

 

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話を元に戻します。

非農林業で見れば、自営セクターが80年代ごろまでは一定の水準を保っていたという話でした。

この点を経済センサス*3から確認しておきます。経済センサスなので、家事サービス業や個人経営の農林業はそもそもサンプルに含まれていません。

 

まず事業所数ベースでの推移です。

グラフは常用労働者規模別の民営事業所数の推移です。なおここでの常用労働者とは「1か月超」の定義によるものです*4

 

常用労働者が0人の事業所は自営業セクターとみなしてよいでしょうし、数人規模も被用者のいる個人経営です。これは自営と雇用の世界の重なり合う部分といえるでしょう。

 

図から一見して分かる通り、事業所ベースで見る限り、小規模な零細経営が日本の事業所の大部分を占め、それは80年代ごろまでは絶対数で見て増加し続けていたのでした。

雇用セクターの増大が着々と進行しているにも関わらず、このような小規模経営が根強く拡大していたのです。

 

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同様のデータを、事業所ベースではなく従業者数ベースで見たのが次の図です。

細かく出すとグラフが見にくくなるので、常用労働者規模0人、1~4人、5~9人、300人以上を表示しています。

 

従業者数で見ても、小規模事業は80年代ごろまでは増加し続けており、しかしそこで一転してトレンドが変わってしまうのです。この時期に就業構造の変容が進行したことがうかがえるグラフです。

 

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しかしながら、著者の第8章(というか第Ⅱ部以降か)はこのような変化には関心がなく、分析は80年代以降について行っているだけです。(本書全体が80年代以降に関心がないというわけではなく、第Ⅰ部では戦前の職業紹介制度を研究しています)

 

著者の第4章での主張や、第8章での前提は、自営セクターが衰退し、それが非正社員の増加として表れたというところにあると思います。

ただ、ここまで述べてきたとおり、自営セクターの衰退は自明の現象ではなく、むしろ雇用セクターと自営セクターは共存的に増えていたのでした。ですので、問わなければならないのは、なぜずっと伸び続けてきた自営セクターが減少に転じたのか、その代わりの就業先はなぜ正規ではなく非正規だったのか。

 

いうなれば、〈自営〉と〈正規雇用〉の同時的発展*5がこれまでは見られたのに、〈自営の衰退〉と〈非正規の増大〉になってしまったのか。

その構造転換を問うべきだと思います。

著者は、景気循環起業家精神という観点で分析を自営業の衰退を分析しようとしていて、上述の社会構造の変化にまで関心が及んでいないように思います。

 

 

*1:「自営業主」+「家族従業者」+「雇用者」

*2:2010年の農林業の雇用者比率は21.2%

*3:かつての事業所統計調査、事業所・企業統計調査

*4:常用労働者の定義 」の記事を参照

*5:従業者数の上では、ということですが