ぽんの日記

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規模別の監督状況

労基署は大企業よりも中小零細事業を積極的に監督すべきだという意見がある。後者のほうが労働条件が悪いし、労組の組織率も低いといった理由で。

もっとも最近だと、一罰百戒的な意味で大企業をターゲットにするという考え方も強くなっているかもしれない。*1

 

事業場規模別の監督実施率をグラフにするとこんな感じになる。資料的制約から、かなり断絶がある。

 

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出所)『労働基準監督年報』および規制改革推進会議「第2回労働基準監督業務の民間活用タスクフォース」厚労省提出資料

まず1955年以前の数字は定期監督以外(申告監督、再監督等)を含んだ数字で出している。1956年以降は定期監督のみの数字で監督実施率を出している*2

事業場規模については1961年までは「大」が100人以上、「中」が10~99人、「小」が10人未満。1962年以降は「大」が300人以上、「中」が30~299人、「小」が30人未満。そして2015年については「大」が300人以上、「中」が100~299人、「小」が100人未満である。

 

55年と56年で、とくに大規模事業場で断絶が大きく、当時は大規模事業に対して再監督が多かったことが推察できる。また再監督を含まなくても、大規模事業への監督実施率は6~8割と高く、今の水準から考えるとかなり頻繁に監督されている。

2015年においても300人以上の事業場に対する監督実施率は23.6%で、1~99人の3.0%と比べると相当高い。逆に言えば、零細事業への監督の目がほとんど行き届いていないということでもある。

 

大規模事業のほうが監督実施率は高いわけであるが、監督行政においては必ずしもそのように認識されてきたわけではないようだ。

実際、1964年の『監督年報』では

労働者30人未満の事業場に対する定期監督実施件数は125,097件で全体の67.9%をしめ、30~299人未満の事業場が54,855件で29.7%、労働者300人以上の事業場が4,467件で2.4%となっており、全体の97.6%、179,952件の監督が労働者300人未満のいわゆる中小企業に集中的に実施された

(p.28、太字は引用者)

と記述されている。たしかに監督実施件数を単純に見れば中小向けが多いのは事実であるけれども……。

監督実施件数は現実の事業場の規模別分布よりも大規模に偏っている。だから監督実施率を計算すると、大規模事業に対するそれが高くなってしまうのである。

 

 

監督実施率だけでなく、違反率(違反事業場の割合)に目を向けると下のようになる。

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1950年と51年は再監督を含まない違反率。1952~1956年上半期までは再監督も含んだ違反率で、それ以降は定期監督のみの違反率である。

 

50年代前半を見ると大規模事業の違反率が低く見えるが、1956年の上・下で相当断絶があるので、これは再監督を含んでいるためと考えられる。

60年代に入ると、規模別の違反率に差があまり見られなくなってしまう。

 

ところでこのような違反の状況について、1957年5月25日付けの臨時労働基準調査会の答申「労働基準法の改正の要否等に関する答申」では、次のように述べられている。

今日、特にいわゆる近代的大企業においては、法の定める最低労働条件以上のものが、労働協約就業規則等によつて確保せられており、法の意図するところは、おおむね達成せられているといえよう。

 

そして「別添一」として「労働基準法施行状況の概要」が付いているのだが、そこに載っている規模別の違反事業場比率の表は、1955年までの数字なのである。

 

たしかにそこに掲げられている数字の推移を見ると、100人以上規模では、違反率が8割を超えていたのが3割を切るまでに減少している。だからこそ「いわゆる近代的大企業」では達成されるようになってきたことを書いているのだと思われる。

 

しかしながら1955年までの数字というのは再監督も含めた数字であって、1956年は上半期と下半期で違反率が大きく異なることは、先にみたとおりである。

後知恵を承知で言えば、法定基準を遵守できている「いわゆる近代的大企業」というのも怪しいものである。

 

*1:たとえば「かとく」は「過重労働に係る大規模事案、困難事案等」を対象にしているから、大企業が中心だろう。「かとく」案件 - ぽんの日記

*2:監督実施率は、監督実施件数÷適用事業場数