以前、労基署への申告について取り上げたときは、「申告権」の話はしませんでした。申告権まで取り上げると、記事がかなり長くなってしまうと思ったからでした。*1
しかしやっぱり申告権のような話も少ししておくべきだったろうかと、下の記事を見て思いました。通報に行くような人でも、「申告の行使に対する保護」は咄嗟には頭には浮かばないようです。
申告の保護は労基法104条第2項で定められています。
第104条 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
○2 使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。
労基署に通報したことを理由に解雇することは罰則付きで禁止されています。
前回の「労働者の声は労基署に届いているか」の記事では、労基署に相談に言っても「申告」として処理してもらえないという話を主にしていました。ただそれは行政の側の事務処理上の話なので、「申告」として対応してもらえない「相談」でも、104条第2項で保護されるはずです。
労働基準関係において、申告には、労働者又は家内労働者若しくは補助者が関係法令違反の事実を労働基準監督官に通報するものと、そのうち労働基準監督署が「申告処理」を行うものとの2つがある。法令上は前者を意味し(不利益取扱禁止規定の対象となる)、監督年報などの統計は後者を意味する。
— 労働基準 (@labourstandards) 2019年5月3日
もちろん、実際には「申告をしたことを理由」とするか否かの判断は単純にはいかないでしょう。
上記のクビになったという人の場合でも、会社は内部情報を持ち出したこと、ブログで公表したことを理由に挙げているようですので。*2
そのような解雇事由が複数ある場合は、「労働者が申告したという事実が決定的な動機になっている」か否かで判断されるようです。*3
申告権のいまひとつの問題は、通報したら労基署は動いてくれるのか、という点でしょう。
判例は労働基準監督官の作為義務を否定するようです。
東京労基局長事件(東京高判 昭56.3.26)
同項[=労働基準法104条1項]に基づく申告は、労働者が労働基準監督官に対して事業場における同法違反の事実を通告するものであるから、同法は使用者がその申告をしたことを理由に労働者に不利益な取扱いをしてはならない旨を定めるのみで、その申告の手続や申告に対応する労働基準監督官の措置について、別段の規定を設けていないことからして、労働基準監督官の使用者に対する監督権発動の有力な契機をなすものではあっても、監督官に対して、これに対応して調査などの措置をとるべき職務上の作為義務まで負わせたものと解することはできない。
ただし、差し迫った状況にあるときには、行政側の作為義務を認めうるとしています。
池袋労基署長事件(東京高判 昭和53.9.18)
もっとも公務員が法律の明文上、作為義務を負わなくても、一定の作為をなさなければ国民に重大な危険が生ずる可能性があるというような差し迫った事情下においては、条理上、当該公務員に一定の作為義務を肯定することもありうる
立法論としては、申告権を強化して、作為義務を法令上規定すべきという意見もありうるでしょう。ただ前回の記事で書いた状況を考えると、それをやったところで「申告処理」ではなく「相談」処理が増えるだけのような気がします。やるならマンパワーの部分も含めて改革しないと、あまり意味はないでしょう。