ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

中小企業を監督対象から外す?

裁量労働制の件があって修正されていた法案。

自民党の部会では了承が先送りされたようです。

 

www.sankei.com

 

「中小企業の実態を考慮する」という内容が盛り込まれることの懸念については以前書きました。*1

今回の産経新聞の報道では

残業時間の上限規制について、党内には中小企業が対応できないとの懸念が強い。修正案では、労働基準監督署は中小企業の人材確保や取引の実態を踏まえて指導を行うとする付則も法案に盛り込んだ

 となっています。付則に盛り込む予定であるようです。

 

しかし「実態を踏まえて指導を行う」との部分は未だによく分かりません。たしかに中小企業に対して施行を一部遅らせるというのはこれまでにもありました。たとえば週60時間超の残業に対しては割増賃金率を50%以上にするようになっているのですが、現行では中小企業は「当分の間」猶予されています。*2

 

一方で今回の報道では、このような猶予措置となっているわけではありません。この辺が不透明ですし、規制強化が骨抜きになる恐れもあります。

すでに自動車運転業務、建設業、医師については5年の猶予措置が付けられると伝えられており、やはり懸念されている点です。しかしこちらもやはり「猶予」です。報道を読む限り、中小企業については「実態を踏まえて」「実態を考慮」とされており、時限的に猶予を設けるということではないようです。

 

中小企業だからこそ、対象から外してはいけないのでは

中小企業について監督指導の運用を変えるという付則は、これまでの監督行政のあり方から外れるように思います。というのも、これまでは(実態はともかく)中小企業に対して監督行政の重点を置く、というのが目指されていたように思うからです。

 

そもそも市民法の原理として、どのような労働契約を結ぶのかは当事者の自由です。ところが完全に自由に任せてしまうと、通常労働者は雇い主に対して不利な立場に立たされているので、不利な労働契約を締結されてしまう恐れが強くなってしまいます。そのため労働条件の最低基準を法律で規制し、これよりも低い条件で労働契約を結ぶことを禁止しているのです。

 

労働基準法とは労働の保護を図るための法律です。そのため労働組合があることの多い大企業よりも、中小企業の労働者こそ法律で守らなければと考えられてきました。

 

たとえば1953年の『労働基準監督年報』には「既に労使の均衡が保たれ、その自主性に委ねうる大企業については、法定の労働条件が自主的に遵守されているとみて、監督実施の対象を、自主的遵守の容易でないと認められる中小企業に集中するものとした」とあります。*3

 

1982年には申告事案の処理について

申告事案の優先的かつ迅速な処理については,更に一層その徹底を期することとするが,労働条件の問題については労使共に自主的に協議,改善しうる能力を有している大企業等については,可能な限り労使間の自主的な解決を促すこととし,労働基準監督機関としては中小零細企業,未組織労働者等に係る事案の解決に最大限の能力を投入すること

(1982年度労働基準行政の運営方針)

という風に記述されています。*4

 

ちなみに監督の実施割合で見ると大規模事業場のほうが高くなっています。これは中小零細は数が多すぎるため手が回っていないという意味で、決して中小企業だから見逃しているわけではありません。*5

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そのほかの文献をいちいち挙げることはしませんが、監督行政の姿勢としては中小企業の労働者を保護する、保護すべきだという考え方がずっと続いていたように思います。

 

ただし近年では大企業ホワイトカラーにも重点が置かれるようになってきています。それは労働組合の組織率が下がり、しかも長時間労働などの過重労働に関して、組合による規制があまり有効に機能していないことが背景にあると考えられます。

行政指導段階での企業名公表制度も「社会的に影響力の大きい企業」を対象にして、中小企業は除外しています。*6

 

従来は中小企業は労働組合で守られていない労働者が多いから、労働法で保護しなきゃいけないとされてきたのに、中小企業は法律を守れないから監督指導を緩くしてしまおうというのでは、本末転倒でしょう。

 

 

kynari.hatenablog.com  

kynari.hatenablog.com

 

*1:労基署は「中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施する」ことになるのか――是正基準方式

*2:今回の改正案ではこの猶予措置の廃止を3年後に実施するとなっています

*3:1970年代までの監督行政の方針の変遷については松林和夫[1977]「戦後労働基準監督行政の歴史と問題点」『日本労働法学会誌』50号を参照

*4:なおこの点について政府は「従来からこのような方針に即して申告事案の優先的かつ迅速な処理を行うよう指示したものであつて、申告事案の取扱方針を変更したものではない」と答弁している。(衆議院議員小沢和秋君提出労働基準行政の基本姿勢に関する質問に対する答弁書

*5:規制改革会議の議論では、土屋大臣官房審議官が「もちろん零細なところだから法違反を追及しないということではないと思っておりまして、・・・略・・・それは是正勧告ももちろんしていますし、場合によっては司法に至ることもあるということで、そこもそういうスタンスでやらせていただいているということだと思います」と発言している。

*6:ブラック企業の企業名公表制度について