原書は2006年のようだが、邦訳は久美薫・訳で2014年に出版されている。
アメリカのアニメ産業の労働運動史をその黎明期からまとめた本。
しかし単に翻訳書と見るのは正しくない。巻末に「訳者解説」として40ページほど解説が付いている。これは日本のアニメ界についての労働史になっていて、取材もされて書かれており、この部分は訳者のオリジナルの成果と言ってよい。
訳者の久美氏の問題意識はあとがきの部分に強く表れている。
「アニメ学」「アニメ研究」を自称する本ならばすでにいくつか見受けられるが・・・略・・・アニメ研究を「学」と呼ぶことで既成利権の正当化・正統化に加担する向き(しかも当人たちにその自覚がない)には賛同できない。/また・・・略・・・自分たちにとって論じやすい部分のみを「研究」として取り揃え、若い志望者の目をほかの潜在的テーマから逸らしている(そしてそのことにはやはり自覚がない)一部の学者グループについても訳者は懐疑的である。/むしろそうした利権の力関係そのものを俎上にあげてメスを入れるような、冷徹な学問ジャンルの確立こそが今、必要だと確信するからである。
本書は全体で600ページを超える大部なので、内容を短くまとめるのも大変。ここではざっくりとした感想を書いておく。
まず具体的な人物名が多く登場するのが驚いた。
個人名が出てくること自体は他の業界の労働運動史でもあることだけれど、普通は使用者や組合幹部の名前ぐらいなのではないかと思う。この本ではアニメーター等の名前が数多く挙げられており、誰が解雇したとか誰がスト破りしたとか、そんな情報まで載っている。有名アニメスタッフなのかもしれないが、無学ゆえピンとこない人のほうが多い。アニメ業界に詳しい人だとより面白く読めるのかもしれない。
それから原著者はもちろん、訳者の久美氏もアメリカアニメ産業の労働運動を決して理想視していない。
日本のアニメーターの待遇の悪さはニュースでも取り上げられるようになり、その実態調査もなされるようになってきた。海外のアニメーターとの比較はまだそれほどなされていないと思うから、本書はその点でも興味深い。
当たり前だが「日本はこんなにひどい、アメリカは素晴らしい」という単純な内容ではない。当たり前と言いつつ、比較研究が未だ進展していないこの段階では、このことは重要だと思う。たとえば社会保障の分野では「北欧の制度は日本と違ってこんなに良い」的なものも見受けられる。海外に理想を求めて終わりにしてはいけない。
その点で、ハリウッドのアニメ産業と労働運動の問題は、現在の日本の課題と重なる部分があるのではないだろうか。
80年代にハリウッドのスタジオと組合が、アニメ制作の国外下請け問題で衝突していた。そして組合側がストライキで敗北した後に日本の東京ムービーがディズニーのテレビアニメの下請に入っている事実がある。
海外下請・逃避は、アニメに限らず労働運動全般が抱える課題である。日本の企業別組合の限界はしばしば語られるが、仮に産業別組合であってもグローバル化が進めば有効な規制が難しくなる。国内の労働条件を引き上げようとしても海外に逃げられてしまう恐れがあるためだ。
「訳者解説」の箇所では製作委員会がリスク分散装置として働いていたのではないかと述べられている。
製作委員会方式が広がっていく直前の1991~2年には、アニメの制作予算増額を求めるデモがあった。(そのアニメ共闘会議の議長は佐藤順一監督だった)
アニメスタッフの待遇を改善するために制作予算を増やすべき、というのは比較的わかりやすい。
しかし製作委員会方式だと出資者が複数になるため、要求先が不明瞭になる。テレビ局が製作して放送している場合は、テレビ局に予算増額を求めればよい。しかし製作委員会方式だとテレビ局は放送枠を提供しているだけということもある。これは労働側としてはやりにくいかもしれない。
一般の団体交渉とかでも、派遣労働者だと派遣元か派遣先かどちらの会社に責任があるのか曖昧になりがちな面がある。派遣会社側がそれを理由に交渉を拒んだりする。雇用責任が不明確だとこのようなことが生じやすい。
ましてアニメーターは個人事業主契約が多く、雇用関係から否定してくる。余計に不安定なのだと想像される。
久美氏の指摘がどこまで妥当するのか分からないが、政策委員会方式は労働運動の観点から捉えるということも必要なのかもしれない。
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