ぽんの日記

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企業名公表は送検よりハードルが高い?

送検の少なさ

労基法の実効性を確保する手段として、従来用いられてきたのが行政指導(指導や是正勧告)と刑罰(送検)。

ただ行政指導の場合には柔軟ではあるが強制力がない。指導に従うかどうかはあくまで任意。一方、送検という手段を取った場合は、起訴されて有罪が確定すれば罰金や懲役刑が科される。罰金額が安すぎるのではないかとの論点はあるけれど、監督官が会社に対して取りうる最も強力な措置には違いない。あるいはこの司法処理権限をバックに前述の行政指導を行うことになる。

 

しかし罪刑法定主義などの観点から、送検措置を取るのは手間がかかる。行政指導以上に厳格さが求められ、立件できるだけの証拠を確保したり調書を作成したりしなければならない。それに送検したからといって法違反が改善するとは限らない。泥棒をムショにぶち込むことと盗品を返還させることは別だ。

 

是正勧告の件数と比べ、送検件数はずっと少ない。いずれデータを整理してグラフにしてみたいと思うが、とりあえず最新の数値(2016年)を拾うと、定期監督等違反事業場数が89,972あるのに対し、送検件数は890件。違反のうち送検に至るのは約1%という計算だ。*1

 

この割合は条文別にも異なっていて*2、労働時間(労基法32条、40条)違反では0.34%*3だが、均等待遇、強制労働、中間搾取(順に労基法3条、5条、6条)は極めて高い*4。賃金の支払(労基法23、24条)も比較的送検率は高い*5

 

柔軟な行政手段としての企業名公表?

適正手続主義の観点から言えば、厳格で慎重な運用が行われることは好ましい。とはいえ、あまりに送検件数が少ないと法の実効性の担保に疑問符が付く。

そのためある程度柔軟性を保ちつつ、効果が期待できる手段が要請されることになる。企業名公表制度や求人不受理の仕組みが登場したのはそういう背景で説明できる。

ブラック企業の企業名公表制度について - ぽんの日記ブラック企業の求人不受理 - ぽんの日記

 

もっとも、柔軟な手段であるといっても、無制限に行政の裁量に委ねては良いというわけではない。適正な運用が図り恣意性を排除するためには内規や指針等で基準が明記されるべきだろう。

行政指導段階での企業名公表制度でも「3OUT」や「2OUT」の要件が定められている。

 

しかし、どうもこの公表基準はハードルが高い。これまで公表されたのはエイジスと大宝運輸の2件。厚労省HPで公表されたリストの掲載は500件近く。*6

 

ところが送検された件数は、「かとく」案件だけでもすでに7企業あるし、年間の件数は1,000件近くに及ぶ*7

(送検数の推移のグラフはこれとか参照→労基署は「中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施する」ことになるのか――是正基準方式 - ぽんの日記

 

厚労省のリストは原則1年掲載だが、必要が無くなれば削除される。*8

だから掲載数が1,000件を超えることはないだろう。

 

こうやって数字だけを見ると、送検より企業名公表のほうがハードルが高いかのような印象さえ受ける。企業名公表を是正勧告と指導の中間的位置づけと捉えるのは正しくないということか。

 

 

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*1:以下、特に出所を明記していないものは「労働基準監督年報」による。

*2:悪質さや立件のしやすさも関係しているのだろう

*3:定期監督違反28,252件、送検95件。ただし定期監督と送検状況では違反条文のカウントの仕方が異なる。送検状況では1事件で複数の被疑条文がある場合は主たる被疑条文で件数が計上される。

*4:定期監督の違反は3条が0件、5条が1件、6条が3件。送検状況は3条が1件、5条が1件、6条が4件となっている。両者に差があるのは送検が年次をまたいで行われることが多いためだと思われる。あるいは賃金違反と同じように定期監督ではなく申告や告訴・告発による法違反の発見が多い可能性もある

*5:労基法23、24条違反が5,200件。送検は23条が1件、24条が185件。23、24条違反の送検率は3.58%となる

*6:東京商工リサーチ第2回 全国「労働基準関係法令の違反企業」実態調査によれば公表企業数は520社(累計525件)とある。累計のほうは企業単位でなく事業場単位でカウントしたものだろう。元のリストは事業場単位で掲載されている。

*7:2014年までは毎年1,000件以上、2015年は966件、2016年は890件

*8:前述の調査では520社だがその1カ月後は494社、さらに1カ月後は470社に減少している。厚労省“ブラック企業リスト”494社に 危険な環境下での労働多発厚労省“ブラック企業リスト”から日本郵便など削除 470社に減少