ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

違反状況が不明になっている労基法の条文

厚生労働省が毎年発行している「労働基準監督年報」という年次報告書では、全国の労働基準監督署の監督結果を集計されており、労基法等の違反事業場数を知ることができます。

 

しかし前回のエントリーの中で産業医の選任義務違反の件数について、年報には記載されていないということを書きました。*1

実は年報で集計されていない労基法等の違反は、産業医以外の項目でも存在します。今回はこの点をまとめました。

なお、ここでいう違反件数とは定期監督での違反事業場数を指します。

 

未集計条文

年報の附属資料の中に「定期監督等実施状況・法違反状況」という統計表が載っています。この表の中で集計されていない条文は書き出すと以下のようになります。

労基法1,2,7~14,16,17,19,21,22,25~31,33,38,41~55,57~60,64,67~87,90~94,97~106,109以降*2

賃確法3条以外

最賃法4条以外

安衛法1~9,13,16,26~29,35,36,39,41,46~54,58,62~64,67~87,89以降

じん肺法7,8,9条以外

 

もちろん、これらの条文のなかには単なる訓示規定や定義を書いただけのものもあるので、それらの違反件数が計上されていない(計上しようがない)ことは不思議ではありません。

しかし細かく見ていくと、ちゃんと罰則がついて取り締まりの対象となっているにもかかわらず、集計されていない条文もちらほらあるようです。

 

この点、厚生労働省に訊いてみました。そしたら「全部の条文を載せることはできないので、厳選せざるを得ない」みたいなことを言われました。

「集計していない条文は件数が少ないのか、どの条文を集計するかの基準があるのか」みたいなことも重ねて訊きましたが、とくに基準みたいなものがあるわけではないようです。年報は毎年出すものですが、集計項目を頻繁に見直しているわけでもなく、単純に「昔から載せていないものは載せていない」ということのようです。

 

同じ附属資料でも「送検事件状況」については、送検対象になった条文はすべて載せているようです*3。しかし別の記事で書いたように、送検にまで至る事案は全体の1%といったところです。ですから違反の実情を把握する上では、定期監督における違反件数を見ていくほうが実態に近いでしょう。

 

罰則付きであるにもかかわらず、年報の定期監督状況で集計されていない条文は、「マイナーな条文」であると言えます。

ただ、集計がなされていない条文の中にも大事な条文があるように感じましたので、その中から個人的に「これ重要でしょ」と思うものをいくつかピックアップしていきます。

 

労働基準法

16条(賠償予定の禁止)

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

あらかじめ違約金や損害賠償額を予定していることを禁ずる条文です。禁止しているのは、「予定」なので、事後的に労働者に損害賠償を請求すること自体を禁じたものではありません。

違反すると6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金となります。*4

 

この条文、1960年代ごろまでの年報には記載があるんですが、現在は記載がありません。一方で18条の強制貯金の違反事業場数はしっかり計上されています(2016年13件)。

正直言って強制貯金よりこっちの違反のほうが多い気がするんですがどうなんでしょうか。

 

賠償予定の禁止はこんな事件がありました。

急に欠勤したら「罰金」を払うという契約をアルバイト店員5人に結ばせたとして、愛知県警は23日、名古屋市にある大手コンビニエンスストア加盟店の、いずれも30代で中国籍のオーナーと店長の男女を労働基準法(賠償予定の禁止)違反の疑いで書類送検した。*5

コンビニバイトの急な欠勤に対して罰金を支払わせる契約を結んでいたことが違反とされた事例ですね。今改めて読み返してみたら、書類送検したの愛知県警なんですね…労基署ではなく……。

 

労基署が16条を取り締まっていないわけではありません。現に年報附属資料「送検事件状況」によれば、2016年は16条違反で2件を送検しています。

しかし送検件数は把握できますが、定期監督での違反件数は分かりません。くだんのコンビニの事例のような違反はどの程度多いのだろうと気になったとしても、残念ながら調べることができないのです。

 

19条(解雇制限)

使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。

(以下略)

労災や産前産後の休業中と休業後30日間は解雇ができないというものです。違反は6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金です。

 

例によって1970年代以降は集計表に載っていません。

この条文が定期監督の違反状況として集計されていないのは、解雇の問題は定期監督より申告事案として処理することが多いからかもしれません。

ただし20条(解雇の予告)の件数は集計されています。

 

産前産後休業に関しては、マタハラ・パタハラで注目を集めているかもしれませんが、こちらは労基法よりも均等法や育児介護休業法でより広く解雇を禁止しています。

均等法や育児介護休業法は労基署の管轄ではないので、当然「労働基準監督年報」には載っていません。

 

22条(退職証明)

第二十二条 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。

 

22条は退職証明や就職妨害に関するものです。退職にまつわるトラブル防止のためです。

労働者が退職証明書の交付を求めた場合には、会社は速やかに対応しなければなりません。この証明書は、労働者が請求しない事項については記載してはいけません。たとえば解雇の事実のみの証明を求められた場合に、解雇の理由まで記してしまうことは許されません(平15.12.26基発第1226002号)。

証明書の交付を拒否したり、請求されない事項を記入したりした場合には、30万円以下の罰金となります。

 

ブラック企業の事例のなかにも、退職する労働者への嫌がらせとして、手続きを進めようとしないというものがありますね。

やめさせてくれない ~急増する退職トラブル~ - NHK クローズアップ現代+

 

上記「クロ現+」では、会社が離職票を出さないために失業手当が受けられないケースが紹介されています。

ただし、ここでの離職票は失業手当を受給するためのもので、労基法での退職証明とは異なっています。離職票雇用保険法になります。

 

雇用保険での離職票は請求から10日以内に手続しなければなりません(施行規則7条1項)が、労基法の退職証明は「遅滞なく」と定められているだけで、具体的な期限は規定されていません。

罰則も労基法のほうは30万円以下の罰金ですが、雇用保険法のほうは6か月以下の懲役もあり得ます。

 

22条第4項(ブラックリストの禁止)

使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第一項及び第二項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。

22条では第4項では、就職妨害のためのブラックリストについても禁止規定を置いています。違反は6か月以下の懲役または30万円以下の罰金です。

 

ただし「あらかじめ第三者と謀」る場合なので、事前に申し合わせてブラックリストを回覧するような場合に限定されます。事前の申し合わせではなく、具体的照会に対して回答することは禁止されていません。

内容も「国籍」「信条」「社会的身分」「労働組合運動」に関する情報に限られます。タクシー運転手の交通違反回数、不正営業等の有無等の通信を行って就業を妨害しても、本条違反にはなりません。

 

労働基準監督官だった井上浩さんも「よく行われていたのは、退職した労働者が同業者に雇用されるのを防止するために、同業者間で連絡しあっていた例があった*6」と述べていますが、労基法上ではあまり取り締まることでできないところなのでしょう。

 

22条(退職証明、ブラックリストの禁止)の違反件数が集計されていないのは、定期監督での違反がごくわずか*7ということなのだと思います。

 

26条(休業手当)

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

使用者の都合によって休業をする場合には、休業手当を労働者に支払う義務があります。違反の場合は30万円以下の罰金に処せられます。

 

労基法における「使用者の責に帰すべき事由」は民法におけるそれよりも広い概念だと解されています。民法上の反対給付請求権では「故意、過失または信義則上これと同視すべき事由」が基準となるのに対し、労基法では使用者側に起因する経営、管理上の障害」を含むとされています(ノース・ウエスト航空事件 最二小判昭62.7.17)。

たとえば親工場の経営難のために下請工場が資材・資金を獲得できず休業した場合も、休業手当の支払い義務があるとされます(昭23.6.11基収第1998号)。

 

休業手当の支払は最近だとブラックバイトの文脈でも取り上げられることが増えていると思います。ブラックバイトユニオンのHPの中でも、会社の都合で急にシフトが変更された場合について事例紹介されています。

解決事例|ブラックバイトユニオン

 

定期監督における26条違反の件数は集計されていません。定期監督よりも申告事案として処理されることが多いのもその理由かもしれません。

休業手当も賃金に該当しますから、支払いについては24条の規定が適用されるので、所定の支払期日に支払わなければなりません(昭63.3.14基発第150号)。

 

38条の2第3項(事業場外みなしの協定届出)、38条の3第2項(専門業務型裁量労働制の協定届出)

第三十八条の二 3 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。

第三十八条の三 2 前条第三項の規定は、前項の協定について準用する。 

ここだけ条文を抜き出すと何の事だか分かりませんが、38条の2は事業場外労働、38条の3は専門業務型裁量労働制についての条文です。

 

まず前者の事業場外労働についてですが、これは外回りの営業などで労働時間の算定が困難である場合に、「みなし労働時間」を適用するものです。

みなし時間は、書面による労使協定があれば、その協定で定めた時間をみなし時間とすることができます。この労使協定については、特に期間は明示はされていませんが、一定の有効期間を定めることになっています(施行規則第24条の2第2項)。

 

協定によって定めたみなし労働時間が法定労働時間を上回る場合には、労働基準監督署長に届け出なければなりません。この協定届出については36協定に付記することもできますし、労使委員会、労働時間等設定改善委員会の決議を代わりとすることもできます。

 

専門型裁量労働制は、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難な」業務について、みなし労働時間を設定する制度です。

導入に当たっては、裁量労働に該当する業務とその遂行に必要な時間を労使協定で定めなければなりません。そして協定の届出については「準用する」となっているので、事業場外労働の場合と同様に労基署長に届出しなければなりません。*8

 

どちらの協定についても、届出義務に違反した使用者は30万円以下の罰金となります。

 

ところで、38条の4は企画業務型裁量労働制の条文ですが、こちらは罰則が付いていません。あるいは時間外労働・休日労働協定(36条、いわゆる36協定)についても罰則はありません。

企画業務型については、労働者に対する健康確保措置の実施状況についても6か月以内ごとに定期報告が義務付けられています。しかし罰則はありません。

 

 

今国会ではその定期報告をもとに初めて企画業務型裁量労働制の適用事業場と労働者の全体数が明らかにされました。しかしこの定期報告は罰則のない義務規定なんですね。

 

罰則がないからといって意味がないわけではありません。

36協定や労使委員会の決議(もちろん前述の事業場外労働や専門業務型についても)が適切に届出されていなければ、これらの条文の効力はなくなります。したがって32条や37条(割増賃金)違反として取り締まりがなされるというわけです。

現実にはそのような形で指導がなされているでしょうから、実務上はそれほど問題ではないかもしれません。

 

とはいえね。実態把握という意味では計上してほしいものです。

今国会では、そもそも裁量労働制は適切に運用されているのかということが議論になりました。その際に調査的監督*9というデータではなくて、違反件数をもとに議論することもできたはずです。もしそれが集計されているなら……

 

しかし前述したように、年報では38条の2第3項と38条の3第2項の違反事業場数を集計していません。罰則付きの条文であるにもかかわらず。

そして36協定や企画業務型についてはそもそも罰則がないので、違反状況が把握されることがありません。*10

  

90条第1項(就業規則作成の手続)、91条(制裁規定の制限)、106条(法令等の周知義務)

罰則は30万円以下の罰金です。

手続規定と言えば確かにそうではありますが、だからといって軽視していい条文では決してないでしょう。

 

まず90条第1項は就業規則の作成手続です。就業規則を作成・変更する場合に労働者の過半数代表*11の意見を聴かなければなりません。

......といっても聴くだけです。聴けばいいだけなので、別に合意は必要ありません。

 

91条は就業規則に懲戒規定を設ける場合の制限です。

就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。

 

106条は労働者への周知義務を規定した条文です。

就業規則や労使協定、前述した労使委員会の決議などの内容を労働者に周知させなければなりません。具体的には作業場の見えやすい場所に常時掲示したり、書面で労働者に交付するなどの方法を取る必要があります。

 

 

労働法学者の間では、意見聴取義務や周知義務が就業規則の効力要件なのか、それとも単なる行政上の取締規定なのかが議論になってきました。

そういう議論をしてもらうことは大いに結構だとは思います。しかし前述したように、そもそも90条や106条の違反事業場数は年報で計上されていないのです。罰則のある条文ですが取り締まりの実態は不明です。

90条や91条については1960年代の年報では集計されていますが、106条のほうは1950年以前という最初期の年報*12に載っているだけで、以後はおそらく集計されないまま来ています。

 

なお、効力要件については2008年から施行されている労働契約法に規定が設けられています。変更手続きについての効力ですが*13

 

92条第2項(就業規則の変更命令)、101条(労働基準監督官の権限)、104条の2(報告)

監督機関が命令を出したり、報告や書類の提出を求めることができる旨を規定した条文です。たとえば92条第2項は次のようになっています。

行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。

 

101条は監督官が臨検を行う権限を規定した条文で、帳簿・書類の提出や尋問を行うことができると書かれています。104条の2も使用者や労働者に対し報告や出頭を命じる権限が規定されています。

 

さて、これらの条文は先に引用したように「命ずることができる」というように書かれています。では使用者はその命令に従う義務があるのかという点ですが、その義務自体が直接書かれているわけではありません。

 

そのかわり罰則を定めた120条のところで命令に違反したり、虚偽報告を行った場合の罰則を定めています。

第百二十条 次の各号の一に該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
(一、二 略)
三 第九十二条第二項又は第九十六条の三第二項の規定による命令に違反した者
四 第百一条(第百条第三項において準用する場合を含む。)の規定による労働基準監督官又は女性主管局長若しくはその指定する所属官吏の臨検を拒み、妨げ、若しくは忌避し、その尋問に対して陳述をせず、若しくは虚偽の陳述をし、帳簿書類の提出をせず、又は虚偽の記載をした帳簿書類の提出をした者
五 第百四条の二の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者

 

なので92条第2項などの条文は命令や報告に応じる義務があると言ってよいでしょう。

 

ところで違反件数をカウントする場合には、これらの条文はどのようにカウントされているのでしょう。それぞれの条文はあくまで監督官や行政官庁の権限を規定したものです。権限を定めた条文ですので、会社がこの条文に違反するという解釈はちょっとおかしい気がします。

そういうわけで送検される際にはこれらの条文は120条違反としてカウントされているようです。厚労省の人に聞いて確認しました。罰則の条文に違反して送検されるというのも不思議な気がしますが。

 

ちなみに2016年は120条違反の送検は1件となっています。

......でもよく見たら101条や104条の2の違反での送検も行われているぅ

2016年の101条の送検は3件、104条の2の送検は2件です。これは120条でカウントしてないのか。

 

そこで公表リスト(労働基準関係法令違反に係る公表事案)から違反の概要を確認してみましょう。

労働基準法第101条)
労働基準監督官が臨検した際に、労働基準監督官の尋問に対し、虚偽の陳述をしたもの

労働基準監督官が臨検した際に虚偽の陳述をし、また、虚偽の記載をした帳簿書類を提出したもの

労働者に36協定の延長時間を超える違法な時間外労働を行わせ、また、労働基準監督官の臨検に際し、虚偽の記載をした賃金台帳を提出したもの

 

労働基準法第120条)
臨検監督を行った労働基準監督官の尋問に対して、虚偽の陳述を行ったもの(全く同じ文言の別事案が3件)
労働基準監督官への報告に際し、虚偽の報告を行ったもの
労働基準監督官の尋問に対して虚偽の陳述を行い、虚偽の記載をした帳簿を提出したもの

 ああ、分かった、あれだわ。各労基署で基準が統一されてないだけだわ……

 

話を戻します。

上記のように送検はなされているので取り締まっているのは事実でしょう。しかし定期監督での違反事業場数については、92条第2項、101条、104条の2はもちろん、120条の違反件数も集計されていません。

 

ちなみにですが、就業規則の変更命令は命令が出されること自体すごく稀です。2010年に2件の就業規則変更命令を出して以降は、0件が続いています。ということは当然、変更命令に従わない事業場の数もほとんど0件ということになるでしょう。

この場合は変更命令が少ないこと自体を問う必要があります。

 

109条(記録の保存)

 使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を三年間保存しなければならない。

 

 この条文も罰則は30万円以下の罰金です。

罰則の重さ自体は軽微な違反ということになりますが、記録は実態の把握やその証拠ともなるので大事なところでしょう。

 

条文の中の「その他労働関係に関する重要な書類」とはなんでしょうか。

実は2001年に出ている「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について(基発第339号平成13年4月6日)」という通達の中で言及があります。

労働基準法第109条において、「その他労働関係に関する重要な書類」について保存義務を課しており、始業・終業時刻など労働時間に記録に関する書類も同条にいう「その他労働関係に関する重要な書類」に該当するものであること。それに該当する労働時間に関係する書類としては、使用者が自ら始業・終業時刻を記録したもの、タイムカード等の記録、残業命令書及びその報告書並びに労働者が自ら労働時間を記録した報告書などがあること。

 

つまり出勤簿であったり、タイムカードであったり、あるいは残業の命令書なんかも「重要な書類」のなかに含まれるのです。昨今の長時間労働が課題となっている現状から言っても、重要な意味を持つ条文だと言えるでしょう。

 

今年4月6日に提出された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案」は野党などの批判を考慮して「労働時間の状況」の把握が盛り込まれました。労働安全衛生法の66条のところに加えるようですね。

 

把握義務を盛り込むことは良い方向性だとは思いますが、法律の条文になったらちゃんと取り締まられるのか。

記録の保存義務を定めた109条については違反実態を明らかにしてもいないのに……

 

労働者名簿(107条)や賃金台帳(108条)の違反件数は集計されています。なのにそれとセットになっているはずの109条は集計されていないのは不思議です。「ちゃんと記録は取っていたけれど廃棄した」と言い訳する会社は少ないのでしょうか。少ないのならいいですけど、カウントされていない以上それが分かりません。

 

送検事件状況を確認すると2016年は109条違反で1件送検されています。ここ数年の数字を見ても108条と109条の送検件数は似たり寄ったりなので、109条だけ重要性が低いとは言いにくいでしょう。

当ブログで以前触れたように、賃金台帳の違反率は増加の傾向にあります。

 

 

労働安全衛生法

13条(産業医

安衛法には、労働災害を防止し職場環境を整備するために、第3章で安全衛生管理体制について規定しています。13条はそうした条文のひとつになります。

 

13条は次のようになっています。

事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わせなければならない。

 

労働安全衛生施行令5条によって、常時50人以上の労働者を使用する事業場には産業医の選任義務があります*14。違反した場合は50万円以下の罰金です。

 

2015年にはストレスチェック制度の実施等が産業医の職務として追加されました。(平成27年5月1日基発0501第3号

前述の「働き方改革」法案のなかでも「産業医・産業保健機能の強化」が謳われています。

 

こうして注目を集める産業医の役割ですが、定期監督の違反状況は集計されていないので把握できません。送検事件状況のほうでは過去に何件か取り締まられているようです*15

 

同じ安全衛生管理体制の条文でも11条(安全管理者)、12条(衛生管理者)、14条(作業主任者)、15条(統括安全衛生責任者)についてはちゃんと集計がなされています。

 

統括安全衛生責任者は建設業・造船業で下請を使っている事業者に対して設けられた選任義務です。監督行政は伝統的に建設業や下請関係に重点を置いてきたので、この条文を集計しているのは理解はできます。しかし15条を集計している一方で、全業種が対象となっている産業医の選任義務について集計していないのはどうしてなんでしょうか。

 

91条(労働基準監督官の権限)、94条(産業安全専門官及び労働衛生専門官の権限)、98条(使用停止命令等)、100条(報告等)、101条(法令の周知)、103条(書類の保存等)

権限や命令や報告などについて規定した条文ですね。労基法のところと大体同じですので繰り返しませんが、これも違反件数は集計されていません。

 

なお産業安全専門官、労働衛生専門官というのは安全衛生関係の専門的・技術的知識が必要な事項を司ります。

専門監督官としては「とくし」や「かとく管理官」が設けられましたけど、安全専門官・衛生専門官は法律上に規定があるのですね。*16

 

それから103条ですが、労基法とは保存する書類や期限が異なっています。

健康診断や作業環境測定の結果に関する記録、安全委員会・衛生委員会における議事で重要な記録などが対象となっています。

 

保存期限は原則3年ですが、健康診断や面接指導の記録については、医療法のカルテ保存年限と合わせ5年が保存年限となっています。

そのほか、発癌性のある物質に係る健康診断の結果等は30年、石綿健康診断の記録は労働者が常時業務に従事しなくなった時から40年の保存年限となっています。

 

 

 

それぞれの条文を簡単に解説しようとしたので、思った以上に長くなってしまいました。年報の記載をこうすべき、という話もしようと思っていたのですが、それは別稿として書くことにします。

 

 

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*1:労基法15条(労働条件の明示)も1966~80年については違反事業場数が記載されていないことも別のエントリーで書いた。

*2:36条は2007年までは但書。2008年以降は「有害時間・協定の基準適合」という表記で記載されている

*3:「送検事件状況」においては、被疑条文が複数ある場合は主たる被疑条文によって計上している。したがって定期監督の違反状況と送検状況では違反のカウントの仕方が異なっている。

*4:本条は違約金を現実に徴収したときに違反が成立するのではなく、そのような契約を締結した時点で違反が成立する

*5:朝日新聞2017年2月23日夕刊「『バイト欠勤、罰金1万円』契約 名古屋のセブン店長ら、書類送検 労基法違反容疑」

*6:井上浩[1999]『労働基準法の運用実務』27頁

*7:1965年だとそれぞれ2件と1件

*8:労使協定については労使協定の届出件数の推移という記事も書きました。

*9:調査的監督については過去に調査的監督とはなにか 労働基準監督官による調査はもうやめたらどうかという記事を書きました。

*10:36条については第1項ただし書きについては罰則が付されている。年報では2007年までは「ただし書き」違反の事業場数が載っており、2008年以降は「有害時間・協定の基準適合」違反の事業場数が計上されている。すでに記事が長めになっているので、この点は別稿に譲りたい

*11:労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者

*12:労働基準法が施行されたのが1947年。第1回「労働基準監督年報」は1948年に出ている。

*13:労契法10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

*14:選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任しなければならず、常時使用する労働者の数が3千人を超える場合は2人以上選任しなけらばならない。産業医は嘱託でも構わないが、常時千人以上の事業などの場合は専属の者にしなければならない

*15:1993年1件、2000年1件、2013年1件、2014年2件

*16:「かとく」については以前書きました→「かとく」案件 - ぽんの日記