ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

賃金不払の違反率

監督行政による定期監督で発覚した法違反の違反率の推移を当ブログで紹介してきましたが、今回は賃金不払い。

 

定期監督違反率

割増賃金の不払いについては以前の記事で書きましたので、今回取り上げるのは労基法23・24条違反による賃金不払いです。監督行政では賃金支払確保法(賃確法)や最低賃金法(最賃法)も賃金関係の取締法規ですが、賃確法の違反事業場数は少ないので省略しました*1。最賃法は最低賃金の監督という記事で既に一部書いているのでそちらでいいかなと思います。

 

さて、下の図が定期監督における賃金不払いの違反率の推移です。景気循環との関連が強いだろうと予想していたのですが、どうもそれだけでは説明し難そうですね。

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4%という数字は、これまで取り上げてきた条文と比べれば低い水準となっています。これは定期監督の違反率を取り上げているのでそうなってしまう側面があります。別稿で書くと思いますが、賃金不払いは申告事案として処理される件数のほうが多いためです。

 

グラフのトレンドとしては単純に景気変動だけでは説明できないのが興味深いところです。ボトムとなるのは1996年で、ピークに達したのは2014年です。

 

違反動向をもう少し詳しく見たいところですが、監督年報の集計では23条と24条を一括して計上しているので、違反の詳細な内訳は分かりません。業種別は中分類で載ってるんですけどね。

労基法の章立てでは23条は第2章(労働契約)、24条は第3章(賃金)に属しますが、実務上はこの2つはセットで取り扱われているのでしょう。

 

23条(金品の返還)

退職(死亡)した労働者から請求があった場合には、使用者は7日以内に賃金を支払わなければなりません。所定の支払日が到来する前でも請求があった場合には7日以内に支払う義務があると解されています。

ただし退職金については、退職前については単なる期待権とされているため、あらかじめ特定した支払期日が到来するまで退職金を支払わなくても、差し支えないものとされています(昭63.3.14基発第150号)。

 

24条(賃金の支払)

①通貨払いの原則、②直接払いの原則、③全額払いの原則、④毎月払いの原則、⑤一定期日払いの原則を定めた条文です。

 

①通貨払いの原則

実物給与は原則禁止です。小切手や商品券もダメです。例外は法令や労働協約に定めがある場合です。労働協約であって労使協定ではありません。

法令で許されているものとしては退職手当の小切手や郵便為替による支払いがあります。金額が多額に上ることがあるため、労働者の同意を得ればこうした取扱いが認められています(施行規則7条の2第2項)。

 

②直接払いの原則

賃金は直接労働者に渡すのが原則です。例外のひとつは銀行口座への振込で、労働者の同意を得た場合には、当該労働者の指定を受けた銀行口座への振込等の方法によることができます(施行規則第7条の2第2項)。

 

親権者その他の法定代理人、労働者の委任を受けた任意代理人に支払うことは本条の違反となりますが、労働者と同一視できる使者に対して支払うことはできます。

係長等の役職者が支払い事務の補助を行ったり、派遣先の企業が派遣元からの賃金を単に渡すだけの場合は、直接払いの違反とはなりません。

 

③全額払いの原則

賃金は全額を支払わなければなりません。したがって勝手に賃金の控除や相殺を行うことはできません。*2

 

労働者の自己都合による欠勤、遅刻、早退の分を差し引くことは、その部分について賃金債権が発生しなかったものと解されるため、控除には当たりません。

 

賃金の一部控除が認められるのは法令に別段の定めがある場合*3か、一定の要件を満たした労使の書面の協定*4がある場合です。

実物給与の場合は労働協約でしたが、こちらは労使協定となっています。

 

④⑤毎月払い、一定期日払いの原則

賃金は毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければなりません。

例外は(ア)臨時に支払われる賃金*5、(イ)賞与*6、(ウ)その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金*7、です。

 

賃金不払状況

労働基準監督年報」では定期監督実施状況だけでなく、監督行政が把握した賃金不払いの状況についても集計しています。

 

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上が事案の把握件数、下がその金額です*8。こちらは定期監督だけでなく申告事案も含めて把握した状況になっていると思います。

 

しかし何も注釈がついていないので23・24条の賃金不払のみなのか、割増賃金や休業手当、解雇予告手当まで含んでいるのか分かりません。

てっきりこれらの条文も含んでいるものだと思っていたんですけどね。初期の監督年報だと、上記はもちろん「均等待遇」や「中間搾取の排除」、「労働条件の明示」などの条文も「賃金等の回復」の中で扱っていたので。

ただ、監督指導による賃金不払残業の是正結果によると割増賃金不払いの是正額は年100億円を越しているのに、年報の「賃金不払状況」だと解決した金額は近年では年50億円ほどです*9。ということはこの金額には割増賃金不払等は入っていないと言えるでしょう。

 

件数ベースで見ると、新規把握件数はバブル景気の1990年が底。直近のピークはリーマンショック翌年の2009年となっています。

また解決件数が把握件数ほどに伸びていないのも近年の特徴として指摘できます。統計の取り方が変わった可能性も否定できませんが、解決困難な事案が増加している可能性も窺えます。

 

金額ベースだと、物価でならしている点もあるので、件数ベースとはまた違った動向です。また近年に関しては賃金不払残業の是正額のほうが大きな金額に上るので、そちらも合わせて考えるべきかもしれません。サービス残業は割増賃金違反(37条)でもありますが、賃金の一部を払わないという意味では24条(全額払い)違反でもありますから。

 

 

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*1:2016年の賃確法3条(貯蓄金の保全措置)の違反率は0件

*2:事実行為と法律行為とを問わず、履行期の到来している賃金債権について、その一部を差し引いて支払わないことを「控除」という。

*3:所得税法第183条、地方税法第321条の5、健康保険法第167条、厚生年金保険法第84条、労働保険の保険料の徴収等に関する法律労基法91条も同じく一部控除を認めたものと解される。

*4:労働者側の当事者は過半数代表。協定書には少なくとも「(1)控除の対象となる具体的な項目、(2)右の各項目別に定める控除を行う賃金支払日」は記載すべき(昭27.9.20基発第675号、平11.3.31基発第168号)とされる

*5:「臨時的、突発的事由にもとづいて支払われたもの、及び結婚手当等支給条件は予め確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、且非常に稀に発生するもの」(昭22.9.13発基第17号)。就業規則の定めによって支給される私傷病手当(昭26.12.27基収第3857号)、病気欠勤または病気休職中の月給者に支払われる加療見舞金(昭27.5.10基収第6054号)、退職金等

*6:「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであつて、その支給額が予め確定されていないもの」をいい、「定期的に支給されかつその支給金額が確定されているものは、名称の如何にかかわらず」賞与とはみなされない(昭22.9.13発基第17号)

*7:施行規則第8条によれば「1か月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当」「1か月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当」「1か月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給または能率手当」

*8:金額については消費者物価指数で実質値に変換してある。指数は持家の帰属家賃を除く総合2015=100

*9:上記グラフは解決金額ではなく把握金額