ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

試験問題から見る労働問題(労働法編)

労働基準監督官試験の出題傾向を見ていくと、時代ごとのトピックの変遷がざっくり掴めるのではないかという、ちょっとした試みです。

ここでは多肢選択式ではなく記述式の問題を見ていくことにします。

監督官試験の記述問題は「労働法」と「労働事情」に分けられますが、今回は「労働法」を見ていきます。監督官試験はA(法文系)、B(理工系)に区分されていますが、B監については手が回っていないので、ここで取り上げるのはA監のみです。

 

 

 

2012年以降

2012年で区切ったのは、この年から新しい出題形式が加わるからです。用語説明の問題がそれです。出題された用語を100字程度で説明せよ、という問題です。

監督官試験は「労働法」から出題されることになっていますが、中心となるのは労働基準法でした。用語説明が出題されるようになったことにより、その他の労働法や基準法でも比較的マイナーな条文が出されるようになった気がします。

 

基準法以外の出題を見てみると、「有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換」(2014年)、「子の看護休暇」(2016年)、「介護休暇」(2018年)、「労働協約の規範的効力」(2018年)があります。

「有期労働契約における期間の上限規制」(2017年)は労契法ではなく、労基法14条ですし、「育児時間」(2015年)は育児休業ではないので労基法67条のほうです。

 

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 用語説明以外の記述問題は、架空の企業、事業場の事例について述べられた後、それに関連した問いが出題されます。「労働基準法に照らし、問題点を記述しなさい」とか「指導内容を記述せよ」という出題は複数の違反を指摘することになりますので、どんな問題が出たかを一言では要約できません。なので上記表では単語が列挙する形になってます。

 

また2016年以降は該当性を判断する問題が出されるようになっています。事例が説明されたうえで、労働基準法上の「労働時間」に該当するかどうかを書かせる問題です。

 

最新の2018年は「不当労働行為」が出題されています。用語説明以外の記述問題で、労組法から出題されるのは近年では例がないと思います。……というか用語説明でも労組法からの出題はそれまでなく、「労働協約の規範的効力」が同じく2018年に出ただけです。出題傾向がこれまでと違うとは言えるでしょう。

 

 

そのほか全体的な印象としては、時間外労働、36協定、割増賃金の出題が多いことでしょうか。これ以前の時期と比べると、重点的に出されるようになっている気がします。

2017年は固定残業代の出題がありました。

A社のように割増賃金を固定額で払うことの可否や適法とされるための要件について、労働基準法及び判例に照らして記述せよ。また、本事例におけるBに対する割増賃金の支払額について、問題点を記述せよ。

これまでも割増賃金の問題はありましたが、比較的単純(?)な問題が多かったかと思います。固定残業代の出題は別にひねっているというほどではないにしろ、これまでより突っ込んだ問題になっています。

あるいは平均賃金の計算(2017年)や割増賃金の計算式を書かせる問題(2014年)もあり、より実務面を重視しているのかもしれません。

 

 

2002~2011年

2002年から2011年にかけての問題です。事例を出題する年と、そうでない年が隔年ぐらいで混在してます。

 

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この期間の大きな変化と言えば、労働契約法が成立したことでしょう*1。2009~11年は解雇、不利益変更、雇止めと連続して労契法分野から出題されています。

もっとも解雇権濫用法理は2003年の法改正で一度労基法に盛り込まれていますから、労契法以前にすでに出題されています。2004年は①最高裁判所判例労働基準法の関係規定、③「整理解雇の四要件」について尋ねたうえで、労基法上の解雇制限について問うてますし、2006年は「労働契約の締結や終了に関する民法及び労働法(判例法理を含む。)による規制」を答えさせています。

 

2010年は月60時間超の時間外労働の割増率を引き上げるなどの法改正がありましたが、2011年の問題では早速「法改正の背景及び改正内容」についてキーワード記述をさせています。直接的に法改正に触れているという意味では、監督官試験の中でもかなり時事的な出題と言えます。

 

賃金や労使協定、変形やフレックスなどの出題バランスは、まあこんなところか、といった感じがします。労基法は80年代後半から色々改正が繰り返され、裁量労働制や変形時間といった新しい労働時間制度が増えていきますが、これらの問題が出題されるようになったのがこの時期の特徴です。

この時期の出題を見ると、割と法制定・改正の流れを受けて出題されているような気がしますが、80年代、90年代の監督官試験では裁量労働とか変形時間とかフレックスとかは出題されていないのです。

 

労基法・労契法以外の出題はごく僅かとなっています。

2007年に特殊健康診断について少し答えさせていますが、労働安全衛生法からの出題はウン十年の歴史の中でもこれが唯一ではないでしょうか(ホントか?)*2

あとは、2009年の労働基準監督官の権限を答えさせる問題。

労働基準監督官は、……職務を遂行するために必要な権限等が与えられているが、これらの規定が定められている法律の名称を労働基準法以外に三つ記述し、また、……法律により与えられている権限や……職務のうち、代表的なものを三つ記述せよ。

これも労基法以外からの出題と言えなくもない。

回答としては①労働安全衛生法最低賃金法③じん肺法④家内労働法⑤作業環境測定法⑥賃金支払確保法があるかと思いますが、ぶっちゃけこれらの分野からの出題はほぼないのがこれまでの傾向です。

 

1998~2001年

1998年から2001年はすこし出題形式が異なります。

「○○○○に関して、以下の点について論述せよ」といった文章が最初に書かれた後で核問題が出題されます。

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賃金、解雇、年休、時間外・休日労働と主要なトピックを取り上げています。

事例について法違反や指導内容を書かせる問題とはなっていないですし、出題は労働基準法の内容です。

4年間で出題形式がまた変更になったということは、あまり良い形式ではなかったのでしょうか。

 

1978~1997年

1978年から97年を一括したのは面倒くさかったからではなく、出題形式の変更がほぼ見られないからです。

 

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大半は架空のA社の事例が述べられて、それについての労働法上の問題点を指摘するというものです。「A社」の事例が多いのですが1980年、81年は「X社」「X鉄工所」になっています。「A社」のパターンの場合は「X」は労働組合だったり、労働者だったり、監督官だったりします。

 

労働組合法及び労働基準法上生ずる問題点」などとなっているように、労働組合法が当たり前に出題されるのがそれ以降の時期との違いです。先に述べたように、ここ20年くらいは労組法の出題がほぼなかったので、これは大きな違いでしょう。

 

あと、単純に問題がムズイ気がする。2000年代以降の事例問題での法違反指摘は、シロクロはっきりしているのが多いように思うのですが、この時期は見解の割れそうな問題も出してる印象があります。

 

1991年に特別皆勤手当(年休・慶弔休暇の不取得者に支給)、その前年1990年には「80%条項」が出題されているのですが、後者を一部引用します。

A社には、従業員100人のうち48人で組織するX組合及び40人で組織するY組合がある。……各組合に対し……前年の稼働率が80 %以下の者は賃金引上げ対象者から除外する趣旨の条項(以下「80 %条項」という。)の受諾を求めた。……A社は、稼働率算定の基礎となる不就労に当たるものとして、欠勤、早退、年次有給休暇、生理休暇、産前産後の休業、組合活動に関する休暇を挙げたが、その余の原因による不就労の取扱いについては明らかにしなかった。……

A社は、……上記理由のほか、慶弔休暇、育児時間、労働災害による休業ないし通院を含めて、稼働率を計算し、それぞれ前年の稼働率が80 %以下であるX組合の組合員甲及びいずれの組合にも所属しない乙につき、賃金引上げに際しその引上け対象者から除外するとともに……。

以上の事例について、80 %条項、団体交渉、労働協約等に関する法律上の問題点を論ぜよ。

団体交渉の経緯等省略し、「80%条項」にかかわる部分だけ引用しました。

翌91年の「精皆勤手当」の問題は、X組合が過半数組合でY組合が少数組合になるなど変更され、出題文も簡略化されましたが、類似の問題になっています。

 

まず労基法136条(旧134条)は、年休を取得した労働者に対する不利益取扱いを禁止しています。この条文について労働省は「精皆勤手当や賞与の減額等の程度によっては、公序良俗に反するものとして民事上無効と解される場合もあるという見地に立って」います(昭63.1.1基発1号)。

 

とはいえ、136条は罰則のない努力規定。沼津交通事件での裁判所の判決は、一審は「民法上公序に反する」(平2.11.29静岡地裁沼津支部)としましたが、最高裁

右の規定は、それ自体としては、使用者の努力義務を定めたものであって、労働者の年次有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力を有するものとは解されない。

 

この判決が出たのが1993年の6月です。最高裁判決が確定する前に論述問題を出していたんですね。

 

生理休暇も労基法上の権利ですが、1985年の最高裁の判決では精皆勤手当支給の条件において、生理休暇を欠勤として扱うことを適法と認めています(エヌ・ビー・シー工業事件、最三小判昭60.7.16)。*3

 

監督官試験だと、さらにほかの休暇を加え、労使協議や団体交渉、少数派組合の問題も絡めてくるわけですからね。最近の試験問題と比べると難易度がだいぶ異なっているのではと。

 

 

1977年以前

1977年以前はA・B区分による採用試験を行っていませんでした。

試験問題としては、「労働法」「安全衛生」「労働事情」「工業事情」のなかから選択2題の論述だったようです。

 

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*1:2007年公布、2008年3月施行

*2:もちろん、多肢選択式の正誤問題の中では安衛法からの出題もある

*3:以上の条文、判例の記述については井上浩[1991]『労働基準法の運用実務』を参照した