ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

統計調査業務

なにやら最近、国の統計の正確さに疑問を投げかけられることが増えた気がする。

 

それと関連してというわけではないが、労働行政の現場の職員たちが書いた手記を一部引用する。

 

 

諸資料作成のために事業所調査を行なったところ最低工賃違反5%、家内労働者調査を実施したところ最低工賃違反率38%という結果が出た。どうしたものか課長に相談、課長「審議会に出す資料だから前者のものにしよう。でないと収拾がつかなくなる」。また雇用労働者調査を実施したところ最低賃金を下廻っている労働者が大分でてきた。どうしたものか課長に相談、課長「最低賃金を下廻っているものは、何とか格好がつくよう調整しよう。でないと審議会で監督体制まで間題にされる」。

(「審議会という名の猿芝居」56~57頁)

 

……賃金実態調査表を作り上げ決裁を仰いだわけだが、次長よりこの結果にクレームがつけられた。課長からの説明によると、当初予想していたよりも低賃金労働者が多くでてきたため、このまま審議会へ提出すると今までの監督・指導がどうなっていたのか問題になる恐れがあるとのことであった(事実、前回決定された最賃額を下回っているものがかなりあった)。

(「適当に仕上げる賃金実態調査」61頁)

 

……ある署においては災防計画が予想以上に効果があがり災害が減少したことを聴き、……後日、「ある署の災害減少は事業場より提出された、死傷病報告の一部を統計に計上しない」という方法が、局の圧力などによりなされていたことを聴き、「がくぜん」としました。

現在の死傷統計は、労災の給付件数により行なっていますが、当時は死傷病報告によりなされていましたので、 このような方法ができたものと思いますが、当時のある署の労災給付件数と、死傷病報告の件数とを比較して極端に差があることにより、前記の方法が事実であることを知りました。

(「インチキ統計」323頁)

 

まず入職してから最初にまとめた報告に適用事業報告の取りまとめがありました。報告してやれやれと思っていると、局から数字を変更するから訂正してくれという電話がありました。入職してまもない時なのでなにもわかりませんでしたが、後で聞くと、予算人員等との関係で正確な数字を出すのはまずいから訂正するのだという話を聞きましたが、いったいなんの為に報告をするのかわからないのではないかと思います。

(「水増し統計の実態(その1)」325頁)

 

適用事業場数はあらゆる基準行政の基本であり災害統計、予算配賦の目安となることから机上の処理(出張旅費なし、人手不足)で工業的業種を増やし、席数率の減少を図り、予算、人員から確保のためありもしない農林業を作り出すという具合であった。

(「水増し統計の実態(その2)」325~326頁)

 

私は過去の書類を出して点検した。おどろいたことに、その月により+80、+100のごとく鉛筆で実際の数にうわのせしてあるのである。現在でもいわゆる水増し報告書がある現実である。私が入職の頃は、失保の資格取得届より求職票、求人票を作成して、テンプラを上司の指示でやらされたことが思いうかんできた。

(「水増し統計の実態(その3)」326頁)

 

毎年実施される質金構造基本統計調査、屋外労働者職種別賃金調査、林業労働者職種別賃金調査等、多くの質金調査が我々監督署の職員(特に庶務および業務職員)に押し付けられる。

それぞれ多くの仕事をかかえているうえに、この様な調査を実施することは、残業に残業を重ねる結果となります。それゆえ調査は通信調査となり、これを受けた対象事業場では何日も何時間も費やして調査票を作成し提出して来ます。この様にして作成された調査票は記入誤りばかりですが、我々監督署の調査担当者がいちいち事業場に照会したり、出向いたりして訂正するわけにはかいず、要するにつじつまの合う調査票を作成してしまうわけです。

(「事業場に嫌われる調査」328~329頁)

 

……賃金関係業務のうち最も主要なものは統計調査であるが、これが全く予算の裏付けのないめんどうなものである。……本年は賃金構造基本統計調査109件、最賃関係基礎調査228件、計337件が割り当てられた。特に本年は最賃調査の数が昨年の約四倍になった。……ところが調査に必要な予算は昨年に比べ全然増えていないのである(昨年の予算でさえ不足していたのであるが)。

(「仕事はやれ、予算はなし」339~340頁)

 

 

 

以上は全労働省労働組合によって1976年に発刊された『これが労働行政だ』という書籍に掲載されているものです。

そもそもは定員削減反対運動への取り組みの一つとして、「行政酷書運動」が推し進められたことがもとになっています。組合員が仕事での経験を記録に取り組み、そのようにして収集された記録の一部(基準144、職安149、婦少18、共通問題80、組合問題97、計488通)が本書に収められています。

 

このような経緯をたどったものであるため、労働行政の現場の実態を告発するという向きが強いと言えます。

上記に引用した統計業務に関しても同様です。一つひとつは各職員が経験したエピソードであるため、このようなことがどの程度全体に広がっていたのかまでは分かりません。それでも当時の現場の雰囲気は伝わってきます。

 

根本的な問題としては、やはり人員・予算の不足が挙げられることになるでしょう。正確さを期するには一定の労力・コストをかけることが不可欠ですが、それが十分でないとどこかにしわ寄せがいくことになります。引用した報告は、その「しわ寄せ」を職員の側から見たと言うこともできるでしょう。

近年だと、公的統計の品質保証に関するガイドラインのようなものが策定されているようですが、実際問題として調査業務の充実がどの程度図られているのかというのは、どうなのでしょうか。

研究の世界で資料批判の重要性が説かれる割には、統計というものがどのように作られるかということについては、あまり学ばない気がします。いや、私が学んでこなかっただけなのか?

 

 

もう一つ感じたのは、統計調査の目的に関して。

もちろん多くの職員が真面目に仕事に取り組んでいるであろうことは想像するのですけれど、一方で数字をいわば誤魔化せと上から圧力・誘因が働くことも事実なのだろうと思います。

これは単純に、そのようにインセンティブが存在しているということの問題でしょう。賃金構造基本統計調査等はともかく、上で言っている最賃調査などは業務統計のはずです。指定統計や基幹統計ではありません。報告されている事例は直接的に数字を水増しするというヒドイものもありますけど、そうでなくても調査設計いかんによっては(例えばどの事業場を調査するかなど)、多少数字を操作できてしまう面があるのではないかと思います。

そして操作できてしまうというだけでなく、そのようなインセンティブが存在しています。つまり、違反率の高低などの指標は、審議会で用いられたり、監督体制を問われたりするものだからです。

 

前述の引用は、正確な身分は分からないので、監督官によるものも事務官その他によるものも両方あるかと思いますが、いずれにしろ監督署の職員がこうした調査を担っていることになります。

業務統計とはそういうものだと言われてしまえばその通りですが、その指標によって評価される側が一方で指標を作る側であるとも言える構図です。

 

 

さて、関係者がこのブログを読んでいた場合は申し訳ないのですが、統計調査業務という仕事は、監督署の仕事の中で相対的に低い位置づけにあるのではないかと思います。労働監督や災害防止という課題が山積みな中で、十分に手が回っていない側面を感じます。

そもそも『これが労働行政だ』という告発本自体も、統計業務に比重を置いているわけでは決してありません。定員削減反対運動の一環ですから、監督業務や職業紹介業務の人手不足を訴えるものが中心です。

 

災害現場に行ってみたら、警察とか県の職員がたくさん来ているのに監督官は1人とか数名だったとか、測定器具が無くて事業者から借りなくてはならないとか、残業しなければ回らず有給はとれないとか、届出や報告の類の審査や集計がなされてないとか、形骸化・形式化している様子だとか。

その辺の記録の生々しさがすごいですし、数も多くなっています。

上記に引用したものはですから、そうした報告のうち統計調査業務に関する部分を並べてみただけの、ごく一部だということです。

 

 

1976年の出版であるので、もう40年以上前のものとなりますが、現場の実態はどのように改善していったのか、あるいは悪化していったのか。