ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

業務上疾病と死亡

国が出すデータというものも、まず疑ってかからないいけないというのがデフォルトの心理状態になっている今日この頃。必ずしもウソをついている、偽装だ、ということではないんですが、この数字どこからどうやって出してるんだろういうのが少なくないというのもまた事実なのだろうと思っています。

 

今日の部分も、労災関係のデータを確認しておこうと、それほど深く考えていなかったのですが、案外と沼が深そうなことで。

 

 2系統のデータ

業務上災害や疾病、死亡に関するデータは、大きく2系統あると言えるのでしょう。

ひとつは労働者死傷病報告に基づくもの。もうひとつは労災保険の給付データによるもの。

 

死傷病報告は労働災害が起きた時に、労働基準監督署に報告しなければならないというものですね。死亡や休業4日以上であれば遅滞なく、休業4日未満なら4半期ごとに提出することになります。

死傷病報告をしない行為がいわゆる労災隠しになります。とはいっても、休業4日未満の災害であれば提出率が低くなってるのが現状でしょうし、もっと言えば、そもそも国として休業4日未満の死傷病報告については集計をしていません。

 

総務省行政評価局によって2007年8月になされた労働安全等に関する行政評価・監視結果に基づく勧告においても、次のように指摘されています。

厚生労働省は、休業4日未満の労働災害についても労働基準監督署に報告させ、個別の指導等に使用しているとしているが、全国的な集計・分析は行っていない

 

このような勧告がなされたのですが、休業4日未満の労働災害の状況が集計されていない状況は現在も変わっていないようです。

したがって、後述するような、死傷病報告を基にした集計データでは、そもそも休業4日未満についてはその範疇に入っていないということです。

 

休業4日以上の死傷災害についても、労災隠しが一部行なわれているのが現状ですので、(統計の常ではありますが)当然完璧な統計ということではありません。

 

近年では労災隠しを積極的に取り締まっているそうですが、実際の送検状況を見ると、安衛法100条によるものが年間100件近く存在します*1。その全てが労災隠しではありませんが、死傷病報告の未提出・虚偽報告が少なからず存在することが窺えます。

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労災保険給付データであれば、休業4日未満の災害や通勤災害*2についての状況も知ることができます。

もっとも、労災保険事業年報として公表されているものは、傷病の種類等について集計しているわけではないので、労働災害のデータとしては使いづらいですが。

 

また労災給付のデータについては、現在でも労働者5人未満の個人経営の農業などは任意適用ですし、歴史的にみる場合には、強制適用となる業種が拡大されてきたことに注意が必要でしょう。

 

労災保険にしても、労災でなく健康保険その他で払ったというケースもあるでしょうから、その辺も割り引いて考える必要があります。死傷病報告にしても労災保険給付にしても、暗数があるということですね。

 

 

これら2タイプ以外の統計等も使えたらいいと思うのですが、なにかあるでしょうか。

死亡災害については人口動態調査が利用できれば良いですが、残念ながら業務上かどうかの判断ができません。死亡した場所についても調べられているのですが、病院や助産所、自宅などが把握できるだけで、職場や工場であるかどうかは分かりません。

自殺数についてはこの人口動態調査のほかに、警察庁による集計がありますが、業務上災害等は分からなさそうです。

 

 

死亡災害

具体的にまず、死亡災害の状況を確認してみたいと思います。

 

死傷病報告に基づく統計が厚労省労働災害発生状況というページから、もしくは同省の職場のあんぜんサイト:労働災害統計のページから確認できます。前者は「平成29年の労働災害発生状況を公表」という形で報道発表もされています。出所については「死亡災害報告をもとに……」となっていますが、おそらく死傷病報告のうち死亡災害に関わるものをそう呼んでいるのだと思われます。

(追記)

ツイッター上にて労働基準 ‏ @labourstandardsさんからご指摘いただきました。死亡災害報告は、労働者死傷病報告以外によって把握したものも含まれているとのことです。

 

 

 

また、2011年以前については「労災保険給付データ及び労働者死傷病報告(労災非適)」が出所となっています。給付データをベースにしたうえで、労災保険が適用されない事業については死傷病報告を加味して算出していたのだと思われます。

ただし、具体的な算出の仕方について説明がなされたことはありません。

 

この点については、『安全センター情報』誌の「労働安全衛生を巡る状況」という記事*3でも批判されています。

同誌では、休業4日以上の死傷災害について、労働者死傷病報告による件数、「労災保険給付データ及び労働者死傷病報告(労災非適)」として公表される件数、そして労災保険による補償件数を比較し、その差異を通勤災害や離退職後の発症・死亡だけではうまく説明できないとしています。

どのような理由で、どのように算定されたのかがわからない数字が、長年、死傷災害の公表件数とされ、労働災害防止計画等の数値目標としても用いられてきたということ自体が、実に不可解ではある。*4

 

 

労災保険の給付データによる死亡者数の統計としては、葬祭料・葬祭給付の受給者数および遺族補償年金の新規受給者数のデータがあります。

労災保険である以上、過労死等のケースのように、労災認定の難しさという問題もありますが、それでも死傷病報告による数字よりも大きくなっています*5

死傷病報告との違いとして大きいのは、業務によって疾病を発症した後で死亡に至るケースが含まれる点だと思われます。

 

下のグラフが示すように、死傷病報告による死亡者数と、労災保険のデータとでは大きく乖離があります。労災給付の場合は、災害の発生年度ではなく、給付の決定年度であることに注意する必要があります。また死傷病報告の集計が暦年であるのに対し、労災給付のそれは年度別の集計となります。

とはいえ、各年で1千~2千人弱も数字が異なる状況が続いています。ということは、労災による死亡者数としては、災害等による死亡よりも、急性でない業務上疾病による死亡がかなり多く、近年ではそちらが主流になっていることを示しています。

(なお、通勤災害に対する葬祭給付は2016年度は241件なので、労災給付データの場合には通勤災害が含まれることのみをもってこの差を説明することはできません。また2011年は東日本大震災を直接の原因とする死亡者1314人が死亡災害報告のデータには入っていません)

 

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労災給付データは、支給が決定した件数ですので、その労働災害が発生した年度とはズレがあります。

2016年度の葬祭料・葬祭給付の受給者数は2,993人ですが、それを発生年度別に見ると2016年度が661人、2015年度が869人、2014年度が387人、2013年度が194人、2012年度が92人、2011年度以前が790人となっています。

 

通常の療養給付ですと、災害が発生したのは当該年度もしくはその前年度であることがほとんどです。しかし、葬祭料・葬祭給付の場合は、請求や認定までに時間がかかるためか、必ずしもそうなってはいません。

 

葬祭料・葬祭給付を件数を発生年度別に見たのが下記の表です。

たとえば1990年度に支払われた葬祭料・葬祭給付のうち、6割以上は同じ1990年度に起きた災害のものです。

ところが、近年になると様相が変わってきます。前述したように、2016年度だと同年度中の災害よりも前年度に発生した災害の割合が高くなっています。5年以上前が発生年度である給付の割合も高くなっています。

 

2年で時効なのに、なんでこうなっているんでしょう? 

浅学の身で事情が分かりませんが、「死亡」の発生よりも支給決定までが長くかかっているケースが増えているということですから、発生年度ベースで集計すれば、前掲グラフの「葬祭料・葬祭給付受給者数」折れ線はより上振れするということになるのでしょう。

 

 

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業務上疾病

業務上疾病の統計はどうかというと、これもまた出所が分かりづらいものとなっています。

おそらく死傷病報告がもとになっているものとして、業務上疾病発生状況等調査があります。ところがこの調査ですが、出所の部分が「資料:業務上疾病調」としか書かれていません。「どうやって調べたんだよ」とツッコミを入れたくて仕方ないほどですが、そういった説明がまるでないのです。

統計について説明されているページ「業務上疾病発生状況:統計の概要」という所を読んでも、書かれているのは統計の目的のみ。「本統計は、業務上疾病の発生状況を把握して、労働衛生行政の基礎資料とすることを目的とする。」と書かれているだけです。

 

「基礎資料」と言いながら、その資料の作成方法が記載されていないのは大いに問題含みだと思うのですが……。

 

前掲『安全センター情報』によれば

 この公表件数[=業務上疾病発生状況:引用者注]がどのように算定されているかも、闇の中であった。以前、情報公開法に基づく開示請求も行って厚生労働省に説明を求めたところ、「公表件数」は、労働者死傷病報告をそのまま集計しているのではなく、例えば、「非災害性」(第3号)として届け出られた「腰痛」を、事情を確認したうえで「災害性」=「負傷による腰痛」(第1号)に振り替え、また、「じん肺及びその合併症」については、届出件数ではなく労災保険給付データを使っている等との説明。しかし、処理方法を示した文書は存在していないという回答であった。

 と述べています*6

 

 

労災給付データによる業務上疾病の把握はどうかというと、これも利用しにくいものになっています。労働者災害補償保険事業年報に記載の集計表だと、負傷と疾病の区別がないですし、したがって疾病別の補償件数も当然分かりません。

業務上疾病に対する、労災保険の新規支給決定件数については、「業務上疾病の労災補償状況調査結果(全国計)」でまとめられています。ホームページ上だと最新年度分しかないようです。

 

この集計表自体も、ほとんど注釈が付されていないと言っていいと思います。

全体の件数から察するに、休業4日以上についてのみのようですが、そういう説明もなされていません(業務上疾病という言葉自体に、「休業4日以上」という含意があるということなんでしょうかね)。

 

暦年と年度という違いを措いておいても、「業務上疾病発生状況等調査」と「業務上疾病の労災補償状況調査結果(全国計)」では疾病の件数に差が生じています。2016年(度)の合計の疾病件数は、前者では7,368件、後者だと8,512件となっています。

 

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より細かく疾病別に見ると*7、「負傷による腰痛(災害性腰痛)」がその差異が大きくなっています。2016年(度)は、「発生状況等調査」が4,722件、労災補償件数が2,894件です。

前掲の引用箇所にあったように、非災害性を災害性に振り替えているのかとも思いますが、「負傷によらない業務上の腰痛(非災害性腰痛)」は、それぞれ29件と49件であり、そうした振り替えだけでは明らかに差を説明できません。

 

 

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透明性というか……

今回調べていて強く感じるのは、もう少し数字の出所や集計方法などに説明を費やしてほしいということでした。

細かい数字に拘泥せずに、概数や趨勢だけ分かればいいという考えもあるでしょうが、単純に説明不足だと情報が伝わらないこともあるでしょう。

 

労災保険事業年報の「概況」では、葬祭料受給者数をかつては「死亡(労働)者数」として掲載していました。「死亡者」の定義はとくに書かれてはいなかったのですが、葬祭料の件数と数字は一致しているので、そこから採っていることは窺えます。

ただ、「概況」上の「死亡者」の定義は、1965年前後でどうも変わってるようなのです。

 

1966(昭和41)年度の「概況」では、当年度の「死亡者数」を5,920人としており、これは同年度のとして葬祭料の給付件数と同じです。しかし前年度の「死亡者」として示されている数字は6,225人であり、葬祭料の件数5,880件とは一致しません*8

したがって、「死亡者数」の定義変更・集計方法の変更がなされているわけですが、「概況」の中では定義の異なる2つの数字を前年度比で比較しているのです。

 

葬祭料の給付件数で言えば、前年の5,880件から5,920件へと増加しているのですが、「概況」では、死亡者数が6,225人から5,920人に減少しているのです。

そして「死亡者数」の定義やそれが変更されたことは記述がなされていません。

 

 

データの透明性って、こういうところで必要だと思うのですよ。

数字を操作しようという恣意的な意図がたとえなかったとしても、誤解を生んだり、情報が受け継がれるのを妨げやすくする。後世から検証するのもたやすくはない。

別にエビデンスベースどうのこうのと唱えるという話を措いておいてもね。

 

 

※グラフを作成するにあたり、『安全センター情報』2018年9月号掲載の集計表を利用させていただきました。

*1:労働基準監督年報各年版より

*2:通勤災害が事業場内で発生した場合には、死傷病報告の提出義務があるが、事業場外の通勤災害の場合には不要になる

*3:2018年9月号。過去のバックナンバーにおいても毎年9月に「労働安全衛生を巡る状況」と題する記事を載せている

*4:前掲記事4頁

*5:平成17年度労災保険事業年報の「概況」だと、「葬祭料受給者数」を「死亡労働者数」と表記しています。それ以後の事業年報の「概況」では「葬祭料受給者数」と変わりました

*6:同5頁

*7:全国安全センターが毎年「業務上疾病の労災補償に係る統計の一切」の情報開示請求を行い、前掲誌に掲載している

*8:1966年度以降の「概況」の死亡者数は、葬祭料の件数と一致しています