ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

サービス行政

『厚生(労働)白書』を読む という本に向こうを張り、勝手に「労働基準監督年報を読む」的なものを書こうかと思ったけれど、まあ頓挫してます。

単純な事実として、近年の年報は「読む」部分が少なくなっているというのがありまして、現在までの通史として読めないというのもあるんですけど。

 

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上図は年報のページ数の推移を示したものです。

第1回の年報は1948年版のもので、55年までの時期は相対的にページ数が多くなっています。特に2回目の発行となった1949年版の年報は450頁を超える分量です。

 

その後、1956年から1972年までの時期は、「総論」「各論」の2部構成になり、それまで本文中に掲載されていた統計表の一部が巻末に掲載されるようになりました。ちなみに年報が縦書きから横書きに変わったのは1960年版です。

 

そして決定的な変化が1973年版の年報です。2部建ての構成がなくなっただけでなく、ページ数も半減してしまいました。統計表の部分こそページ数を残しているものの、本文の記述は簡素なものとなり、個人的にはすごく味気なくなってしまったように感じます。

こんなにページ数が減らされてしまったんだというのを共有してもらえれば、今回のエントリーは終わりでいい気がするんですけど……。

 

 

このような事情ですから、これから書くことは70年代以前の古い話です。

まず気になったのは「サービス行政」という概念。初期の年報を読んでいると、積極的サービス行政とか、福祉サービス業務といった言葉が散見されます。

のちに70年代あたりになると、「労働福祉行政」として言葉が出てきますが、この場合の「福祉」というのは、勤労者財産形成政策を指しています。しかし当初使われていた「福祉サービス」はどうもこれとは別の意味だったようです。

 

これは、単なる違法摘発への対比として用いられています。法令の範囲には必ずしも留まらない〈法外指導〉を示す言葉として、「福祉」「サービス」業務と呼んでいるのです。

(以下の引用の括弧内の年号は、労働基準監督年報の年次を示す。下線は引用者)

 

従来の監督行政が単に違反を摘発し取締るという消極的運営になる虞れがあるとして労使双方に対する積極的サービス行政を並行して実施して行くことが考慮され、労務管理福祉施設等に関する資料の提供、便宜の供与等の方法により各企業の実態に応ずる適当な勧告、指導を積極的に実施することゝした(1951年、11頁)

違反を摘発し、取締るという消極的運営の外に労務管理や福利厚生施設に関する資料の提供、便宜の供与等各企業の実態に即応した適切な指導をも行う等の積極的サービス行政をも並行して実施するように指示致しました(1952年、3頁)

労働者の実質的労働条件を確保向上させることを目的とする労働基準行政の分野には、法に基づく監督指導と、それ以外のいわゆる法外指導ないし福祉サービス業務を称せられるものが含まれているが、真にその実効を期するためにはこれらの相互の関連を十分認識しつつ、その総合的運営を図ることが必要である(1957年、8頁)

 

現在の労基署においても、法令違反に対する是正勧告書と、そうではないものに対する指導票の交付とがあるとは思います。ただこの当時は、「サービス」業務として積極的に「便宜供与」を行う姿勢であったということが注目できる点です。

 

時代的な状況としては、労働基準法が施行され、封建的・前近代的労使関係の排除が掲げられていたころです。法に基づく取締りのみでは不十分だと強く認識していたことが背景にあると思われます。

法定条件を守れない会社が多数存在していることは行政も認識しており、そのような状況に対して、法令遵守の指導を進めていくためには「福祉サービス」のような取組みが必要だったのでしょう。そのため違反の摘発だけでなく「福祉サービス」が重視されていたのだと考えられます。

 

ちなみに、労基法105条の2の「この法律の目的を達成するために、労働者及び使用者に対して資料の提供その他必要な援助をしなければならない」の規定が追加されたのは1952年のことでした(9月1日施行)。

なのでこれ以降は、この条文が「サービス」の直接の根拠規定になっているのだと思われます。

 

先走って書いておくと、「サービス」という言葉こそ使われなくなっていると思いますが、〈事業主の自主的な改善〉を促すために支援するという姿勢は、現在でも続いているように思われます。

 

監督官は、法令違反があった場合は、違反の内容や是正の必要性を丁寧に説明することにより、事業主の方による自主的な改善を促します。また、法令違反の是正に取り組む事業主の方の希望に応じ、きめ細やかな情報提供や具体的な取組方法についてのアドバイスなどの支援に努めます。

出所)労働基準監督官行動規範

 

 

 

今でも労基法違反は後を絶たないじゃないか、というのはもっともな指摘かもしれせんけれども。しかし当時は、法定条件なんか守れないから中小企業は労基法の適用除外にしてくれ、という主張もまだまだ残っていましたから。

年報の記述上では、最低労働条件の確保が「当然の前提」として共有されたと認識されたのは1968年度のことです。

 

……このような経済の発展過程を通じて、労働基準法等の定める最低労働条件の確保が経営の当然の前提として受け入れられる体制が各方面に浸透しつつある、という認識のもとに……(1968年、2頁)

 

 

 

「福祉サービス業務」の例として興味深いと感じたのは、賃金制度に関する指導です。

労基法は賃金の支払い方は定めていますが、賃金の決め方について具体的に規制してはいません。均等待遇など差別禁止規定はありますが、たとえば賃金を年齢で決めるか、能率給にするか、というようなことまでは定めていません。それは契約の自由ということで、労使で決定すべきことだからです。

 

とはいえ、初期の労働基準行政においては、賃金制度の合理化・改善の啓発運動が推し進められました。1952年8月からは、都道府県労働基準局を主体に、全国的な賃金制度改善運動が展開されています。

 

1955年の監督年報では、生産性向上運動に触れる形で、賃金制度に対する指導について述べられています。労働基準行政もまた、「生産性向上」を押し出していたわけです。

 

第二は労働生産性向上運動の一環として生産性向上のための指導行政を一段と強化したことである。……特に本年3月には、労働大臣から「生産報奨制度に関する構想」を発表して、これを民間企業に勧奨した。その骨子は賃金の一律ベースアップ方式の反省を説き、(1)労働の質量に見合つた基本給の採用 (2)能率給の採用実施 (3)昇給制度の確立 (4)賞与制度の合理化であつて、賃金問題の処理に大きい影響を与え、その後の個別企業に対する都道府県労働基準局の指導と相俟つて、労働生産性向上方策の道を開いたものと思われる。(1955年、4頁)

 

賃金制度改善運動はこの前から行われていたのですが、1955年以降は運動ではなく「サービス業務」として実施されていったようです。

ついで、昭和30年10月において、従来の賃金管理の指導方法に検討を加え、これを従前のような運動としてでなく、以下に述べるように法に根拠を置く行政措置としての賃金条項への適応促進指導と、サービス業務としての賃金制度に関する啓発援助活動として開始することとした。(1955年、94~95頁)

 

というか、「法に根拠を置く」ものは「適応促進指導」なんですね。法令遵守するように「適応」しろ、と。

 

「賃金関係条項への適応促進指導」は、次のように説明されています。

この業務は、労働基準法賃金条項の基準に達していない企業に対し、賃金に関する慣行制度を、その経営および環境の実態に即応しつつ、労使の納得のもとに、法の基準に適応するよう指導しようとするものである。

……

実施方法は、都道府県労働基準局が主体となり労働基準監督署と緊密な連絡の下に、原則として講習会、指導会、説明会等集団指導を行う外必要に応じて都道府県労働基準局と労働基準監督署の緊密な協力の下で個々の事業場に対する個別指導が行われたが、いずれの場合においても、労使に対する十分な説明により労使が十分納得した上で、進んで法令を順守機運の醸成に努めることを主眼としたものである。(1955年、95頁)

 

講習会や説明会のことを「集団指導」と呼んでいます。年報を読んでいると「集団指導」という言葉がたびたび登場しますが、「あ、講習会のことだな」と覚えていればいいでしょう。

「適応促進指導」は法違反の企業に対して行うものですが、原則として集団指導なのです。講習会として実施されているので啓発活動のようですが、労基法を守れない企業に対する集団指導です、これは。

 

サービル業務としての「賃金制度に関する啓発援助」は次のように説明されています。

この業務は、企業がその労働条件の改善と、生産性向上に資するため、自ら賃金制度の改善をはかるにあたり、役立ちうるような情報、資料を企業に対し提供する等もつぱらサービス活動として行われた。

……

実施方法としては原則として都道府県労働基準局が主体となり、各局管内において自主的に設立されている賃金研究会等をはじめ、各種労使団体あるいは会合を通ずるなど産業別、規模別あるいは地域別に集団的に啓発活動を行つたほか、個別的に各企業からの相談に応じた。

(1955年、95頁)

前述の「集団指導」は啓発活動ではないのかとずっと引っかかっているのですが、こちらは情報・資料の提供に重点があるということでしょう。

 

 

なお、ハイヤータクシー業については、別途取り上げられています。

第四款ハイヤータクシー業に対する指導

ハイヤータクシー業就中東京都など大都市におけるタクシーの交通事故の頻発傾向に関連してタクシー運転者の労働条件が問題とされ、28年6月東京労働基準局、東京陸運事務所、警視庁は、三社連合をもつてタクシー業者に対する労務勧告を都内273業者に対して行い指導に努めた。

このようなすう勢に対処し、労働本省においてはタクシー業に関する労働時間について、労働基準法施行規則第26条を29年7月改正し、従来認めていたタクシー運転手に対する一日平均十時間労働制の特例を廃止し、八時間労働制の原則に戻ることとしたが、この改正規定の施行については、賃金制度を中心とする労務管理制度の改善をまつて行うこととし、30年1月7日付基発第726号により「ハイヤータクシー業の賃金制度及び労働時間等の改善」について都道府県労働基準局長に通牒した。同通牒は、タクシー業の交通事故増加の原因となつている長時間勤務と刺戟給のみよりなる賃金制度を改善するため、(1)労働時間 (2)割増賃金 (3)歩合給の算定 (4)歩合給における保障給 (5)賃金支払期日 (6)諸手当の整理などについて指導要領を定めた。さらに30年5月25日付基発第36号「運輸事業における災害防止について」により運輸事業全般について、労働時間、賃金制度をはじめとする指導方針が明らかにした。これに基き、各局においてはハイヤータクシー業に関する実態調査を実施し、さらに集団指導の実施、関係者の連絡協議会の設置などにより、タクシー業界には、(1)就業規則の作成 (2)歩合給に保障給をつけること (3)交代制に関する措置などをはじめとする一連の労働条件の改善向上が期待されうるに至つた。

(1955年、96頁)

 

1957年になると、いわゆる〈是正基準方式〉ということで、「適応促進指導」は業種の実情を考慮するようになっているようです。

まず、賃金関係条項への適応促進指導については、この業務が労働基準法に定める最低基準に達しない企業の賃金給与に関する慣行制度を労使の納得のもとに、法の基準に適応させるよう指導することを本旨とするものであることにかんがみ、三一年においては、特に監督計画と表裏一体をなすよう具体的な指導計画を樹立するとともに、選定業種についての実態を十分は握するための基礎調査を行つた上、その実情に即し、漸進的段階的に指導を進めた。

つぎに給与制度に関する啓発援助については、この業務の性質上あくまでも適応促進業務とはその方法を厳に区別し、企業が自主的に給与制度の改善を行うに当つて役立ちうるような情報、資料を常に整備し、必要に応じて提供するという、もつばらサービス活動であることの基本方針を堅持して一般民間企業に援助助言を行つた

(1957年、8頁)

 

業者間協定方式による最低賃金がスタートすると、これについての相談や援助もサービス業務として行われるようになります(1958年)。

また1959年には、「賃金条項への適応促進指導」は「通常監督の事前、事後措置として中小規模の工業的企業を重点にして」(1959年、71頁)実施されるようになりました。くどいようですが、「適応促進指導」は労働基準法の「基準に達していない事業場」に対してなされるものです。ですがそれは「通常監督」とは別物だということです。

重点が置かれるのも、中小の製造業や建設業ということになります。

集団指導・集団方式が重点的に利用するという方針はこの後も続きます。

 

1967年6月には賃金相談室が開設されます。

「従来の年功型賃金制度から職務や能力に応じた賃金制度への要望が強まって来た」(1967年、52頁)ことを受けて、「主要工業地域の都道府県労働基準局および労働基準監督署25ヵ所に賃金相談室を開設し、民間相談員を委嘱して賃金制度改善の相談業務を行うこと」(1967年、5頁)になりました。

 

 「労働行政要覧」の各年版を用いて、賃金相談室の活動状況をグラフ化してみました。相談項目別でカウントしたので事業所数とは異なるのですが、70年代頭の7千件台半ば以降、おおむね減少傾向と言えそうです。

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最初に書いたように、70年代以降は年報の記述が乏しいので、「労働基準監督年報を読む」という試みは書きあぐねてます。いや、ブログが書けないぐらい大した話ではないんですけど。。。

 

以前このブログで送検数の推移を載せました。してみると、今回エントリーを書いたのは、賃金関係の送検が少なかった時期のものでもあるわけですね。

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