ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

労働行政の手法比較

労働行政の行政手法について、(私の関心に沿うような)比較検討がなかったので、まとめた。

 

概略

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表は行政手法に注目して各法を整理したものだ。あくまでイメージを掴むための概略である。掲載したのは法律に明文規定のあるものに絞っているし、許認可・免許制度、届出なども省いた。

労働ルールを是正ないし改善するために、行政機関は労働市場のプレイヤーに対してさまざまな働きかけを行う。これを「是正・改善措置」と表現した。とくに法違反の是正に関係するものを「是正措置」と呼ぶことにする。

 

ポイントは目的と手段の相当性である。すなわち、強い法的義務が課せられているほど強い法的手段が与えられている。もちろんこれは原則的な理解であって、厳密に検討すれば、そうなっていない例も見受けられる。それは立法整備の問題であるので、ここでは深く立ち入らないことにしよう。

まず「行為者」である。是正・改善措置が、誰の名前で行われるかということである。行政法学では行政(官)庁と呼ばれる。労働法では厚生労働大臣(以下「厚労大臣」)の権限が規定され、省令である施行規則等で都道府県労働局長(以下「労働局長」)公共職業安定所長に権限委任される例が多い。当然、実際に権限行使される際には、行政庁の長のみならず、所属の職員を指揮して遂行にあたる。

重い処分であるほど、行為者は上級官庁となる。たとえば職安法の職業紹介事業者に対する処分(職安法第32条の9)では、「職業紹介事業の全部又は一部の停止に関する権限」(同条第2項)が労働局長に委任されている(同法施行規則第37条第3号)のに対し、許可の取消し(同法第32条の9第1項)は委任がなされていない。また委任がなされた権限についても、「ただし、厚生労働大臣が自らその権限を行うことを妨げない」とされている。障害者雇用の納付金関係業務は独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が担っている障害者雇用促進法第49条第2項)

 

表では勧告や命令に従わなかった場合の不利益の付与を「担保措置」と表現している。強い担保措置が用意されているほど、強力な手法ということになる。担保措置は必ずしも不利益の付与に限られるわけではなく、要請や指示に従った場合に褒賞を与えるという措置も可能である。労働法の場合は、法律に使用者の義務が定められており、行政機関はそれを遵守するように働きかけることが多いため、不利益の付与という形になる。

担保措置は不利益の付与以外に、行政上の強制執行という方法もありうる。もっとも、労働法の場合、使用者が義務を履行する必要があるため、行政代執行の途はとれない。直接強制*1の方法は、立法論上の検討の余地はあろうが労働法上の規定はない。障害者雇用納付金については、国税滞納処分の例によって強制徴収ができる。

 

改善・是正措置は対象となる事項に応じて使い分けられることになる。均等法やパート法では、「必要があると認めるときは」助言、指導、勧告をできるとしており、努力義務規定も含めてその範囲は幅広い。ただし企業名公表の対象となるのは義務規定に限られており、その場合は厚労大臣名の勧告が行われる。罰則のような強制力のない助言、指導、勧告をまとめて「行政指導」と呼ぶ。

罰則なしの義務規定となっている均等法と異なり、職安法では職業紹介事業者の許可制を取っており、義務規定には罰則が付されている。そのため助言や指導より強い命令の措置を取ることが可能となっている。「紛争解決援助」は労使の話し合いの促進を促すもので、その対象は特定の法的義務に限られない。なお、個別労働関係紛争の自主的な解決は努力義務(訓示規定)として規定されている(個別紛争法第2条など)

職安法のように、罰則付き義務や許可制のもとでも命令措置が設けられているのは、そのほうが柔軟な対応を可能とするためである。罰則は過去の違反に対する制裁だが、改善命令等は将来に向かっての被害の防止・回復が目指される。職安法の改善命令では「当該業務の運営を改善するために必要な措置を講ずべきことを命ずることができる」(同法第48条の3)のように規定されている。刑事罰だと罰金等を科すことはできても、「必要な措置を講ず」る命令はできない。そのうえ罪刑法定主義の要請から厳格な法解釈・手続が求められ、故意の立証も必要になる。許認可・免許制のもとでも、もし許可取消し処分しか措置が用意されていなければ、オール・オア・ナッシングの対応しか取れない。是正・改善措置が必要とされるのはこういった理由からである。

 

こうした行政機関の活動の前提となるのが、情報の収集や把握である。調査・把握の手段が確保されていなければ、どのような行政手法を用意したとしても、それは絵に描いた餅となってしまうだろう。

調査・把握の手段についても、対象事項に応じてタイプが異なる。紛争解決援助は当事者の申立てによって行われ、行政機関は紛争当事者双方から事情を聴取する。事業主は、労働者が紛争解決の援助を求めたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(個別紛争法第4条第3項)。この不利益取扱いの禁止に関しては罰則は付与されていない。同様の紛争解決援助制度は均等法や障害者雇用促進法等にも用意されている。違いは、均等法等では助言、指導のほかに「勧告」が規定されていること、労働局長による行政指導で解決しない場合に、個別紛争法では「あっせん」の手続に移行するのに対し、均等法等ではそれが「調停」であることである*2

均等法や育介法、パート法、障害者雇用促進法等では、紛争解決援助としての行政指導のほかに、行政機関がいわば能動的に実施する行政指導がある。前述のように対象事項は幅広く、均等法では「この法律の施行に関し必要があると認めるとき」(均等法第29条第1項)との規定になっている。紛争解決援助と異なるのは、調査手段として事業主の報告を求めることができる点で、報告に応じなかったとき又は虚偽の報告をしたときには過料に処することができる(均等法第33条)

職安法でも報告徴収の規定(同法第49条、第50条第1項)があるほか、職業紹介事業者に対しては立入検査の権限も有している(同法第50条第2項)。職安法の報告徴収、立入調査は罰則(罰金)によってその実効性を図っている(同法第66条第7号及び第8号)。そのほか職業紹介事業者には、帳簿の備付け(同法第32条の15)や事業報告書の提出(同法第32条の16)が義務付けられている。

 

法令違反の事実を行政機関に通報することを「申告」という。均等法では申告の明文規定はない。労基法や最賃法では明文で規定するとともに、使用者による不利益取扱いを禁止し労基法第104条第2項、最賃法第34条第2項)、違反には罰則もある。職安法上は不利益取扱い禁止規定は指針*3において定められている。なお、労基法や最賃法での申告は、行政機関に作為義務を課すものではなく、判例もその通り判示しているが、職安法の申告は厚労大臣の作為義務を定めている(同法第48条の4第2項)。また、労基法、職安法、派遣法等は公益通報者保護法の対象ともなる。

 

行政運営

上記のような法的枠組みをベースとして、どのような運用がなされているかを、各行政について確認する。

(1)紛争解決援助

 

個別紛争法では、〈紛争解決援助〉と〈紛争調整員会によるあっせん〉という2つのアプローチが用意されている*4。前者の場合において、労働局長は個別労働関係紛争の解決援助を目的に行政指導を行うことができる。この場合の行政指導は「助言」か「指導」に限られ、「勧告」を行うことはできない。

 

(当事者に対する助言及び指導)
第四条 都道府県労働局長は、……当該個別労働関係紛争の当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。

 

「勧告」の文言が入っていないのは、もともとこの〈紛争解決援助〉が労基法第105条の3として始まった経緯による。労基行政においては「勧告」が法違反に対する行政指導として使われるため、紛争調整を目的とする行政指導において「勧告」が用いられることは避けられた。監督官の調査権限も、この〈紛争解決援助〉のためには利用しないこととされた。

 

「助言」「指導」の区別は施行通達において示されている*5。「指導」は、法令等に照らして紛争当事者に問題が認められる場合に用いられ、文書の交付を伴う。「助言」は双方の話合いを促すもので、口頭か文書かは決められていない。

第5 都道府県労働局長の助言及び指導(法第4条関係)

1 趣旨

(1) 個別労働関係紛争の中には、法令や判例の理解が十分でないために不適切な行為をしたことにより生じているものも多数あり、これらについては、問題点及び解決の方向を的確に示すことにより迅速に解決できるものであること等から、より簡易な個別労働紛争解決制度として、都道府県労働局長の助言・指導制度を設けるものであること。

(2) 助言又は指導は、紛争当事者による紛争の自主的な解決を促進するため、紛争当事者に対して、問題点を指摘し、解決の方向性を示唆するものであること。したがって、紛争当事者に一定の措置の実施を強制するものではないこと。

……

3 助言・指導の区分

(1) 「助言」は、法令、判例、専門的知識を有する者の意見等に照らし、紛争当事者間の話合いを促進することが適当であると認められる場合等に、口頭又は文書で行うものとすること。

(2) 「指導」は、法令、判例、専門的知識を有する者の意見等に照らし、紛争当事者のいずれかに何らかの問題があることにより紛争の解決が阻害されていると認められる場合等に、問題点を指摘し、解決の方向性を文書で示すものとすること。

 

個別紛争法による、〈紛争解決援助〉としての助言・指導がどの程度なされているかを見たのが図 1になる。圧倒的に「助言」が多い。2002年度は「助言」が1641件、「指導」が90件と、わずかとはいえ後者も見られた。2018年度はそれぞれ9334件と1件となり、「指導」はもはや九牛の一毛である。

 

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(2)均等行政

個別労働関係紛争処理の規定は、均等法、育介法、パート法にも置かれている。個別紛争法での〈あっせん〉が、こちらでは〈調停〉となっているなどの違いがある。

そして労働局長による〈紛争解決援助〉は、個別紛争法では「助言又は指導」だったものが、こちらは「助言、指導又は勧告」となっている。代表して均等法を引用しておく。

(紛争の解決の援助)
第十七条 都道府県労働局長は、前条に規定する紛争に関し、当該紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該紛争の当事者に対し、必要な助言、指導又は勧告をすることができる。

 

少しややこしいが、〈紛争解決援助〉としての助言・指導・勧告とは別に、〈是正・改善指導〉としての助言・指導・勧告がある。どちらも労働局長によるものと考えてよいが、〈是正指導〉の場合、重大事案に関しては厚労大臣が行う。最終的な担保措置としては企業名の公表が予定されている。

例によって均等法の条文を引用しておく。

(報告の徴収並びに助言、指導及び勧告)
第二十九条 厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。
(公表)
第三十条 厚生労働大臣は、・・・前条第一項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる。

 

厚生労働大臣」とあるが、第29条の権限については、同法施行規則第14条により労働局長に委任されている*6。「この法律の施行に関し必要があると認めるとき」と包括的な規定となっており、違反の是正に限られない。

行政指導そのものに罰則はなくとも、その前提となる報告徴収に関しては過料が設けられた*7。〈調停〉はこれがない。また〈紛争解決援助としての助言・指導・勧告〉は当事者からの申出に基づく受動的事務といえるが、〈是正・改善指導としての助言・指導・勧告〉は行政機関の能動的な要素を含む。施行通達では、労働者からの申立て、第三者からの情報、職権等その端緒を問わないとされている*8 ただし申告権の保護についての明文規定はない*9

 

〈是正指導〉の手順は、図のとおり。報告徴収は「事業所への現地実地調査等を行うことのほか、法の施行に関し必要な事項につき事業主から報告を求めること*10」であり、職員による事業所訪問と事業主側の労働局来局の両方がある。違法事項が確認された場合は、労働局長の「助言」が行われる。是正がなされない場合は、文書による「指導書」「勧告書」と進み、最後に「厚労大臣名による勧告書」をなお無視すると企業名等の公表となる。

 

 

 

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平成27年9月4日雇用均等・児童家庭局雇用均等政策課報道発表参考資料「男女雇用機会均等法違反事案の指導の流れ

 

前述の個別紛争法と異なり、指導事項によって助言・指導・勧告が使い分けられているのではない。法違反事項であっても、まずは「助言」が実施される。事業主から労働局に対しての是正報告についても、法第29条第1項が根拠規定のはずなので、不報告・虚偽報告は過料の対象になると解せられる。

均等法の規定による公表となった初事案は2015年だった。このときは3/19茨城労働局長による助言、3/25指導、5/13勧告、7/9厚労大臣の勧告、9/4公表と相成った。

男女雇用機会均等法第30条に基づく公表について |報道発表資料|厚生労働省

 

均等行政の運営状況は、各年度の「都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における法施行状況について」から確認できる。均等法、育介法、パート法のそれぞれの経年推移をまとめたのが下図である。「援助申立件数」が〈紛争解決援助〉に関するもの、「報告徴収件数」が〈是正・改善指導〉に関するものとなる。グラフは報告徴収件数が左軸、援助申立受理件数が右軸となっている点に注意されたい。 
 

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出所元の資料には「是正指導件数」というのも記載されているが、これは法条項ごとに件数をカウントしたものである。ほかの資料との比較を考え、ここでは報告徴収の数字を拾う。近年の報道発表では「雇用管理の実態把握」と言い換えられており、たとえば2018年度では「8,792事業所を対象に雇用管理の実態把握を行い、このうち何らかの男女雇用機会均等法違反が確認された7,249事業所(82.4%)に対し、16,500件の是正指導を実施」のように表現されている。

報告徴収件数は、均等法、パート法、育介法それぞれの法律ごとに分けて集計されている。ここは労基行政との違いでもある。監督官が行う定期監督等だと、労基法、安衛法、最賃法などと法律ごとに定期監督件数を集計してはいない。特定の事項に主眼を置いて監督することはあるが、基本的に所掌の法令を合わせて監督するからだ。安衛法や最賃法が労基法から派生したのに対し、均等法、パート法、育介法は来歴がそれぞれ別個だからだろうか。

 

〈是正・改善指導〉と比べると、〈紛争解決援助〉の件数は桁が一つ少ない。〈調停〉の件数はさらに桁一つ少なくなるので省いた。量的な比重としては、〈報告徴収・是正指導〉が〈紛争解決援助〉と比べて圧倒的に多いことが判る。

もう一点興味深いのが、パート法の報告徴収件数が他と比べて多い傾向にあったことだ。紛争解決援助申立件数でみると、パート法は年間数件に過ぎず、均等法のほうが多い。相談件数でみても、一番多いのは育介法であって、次いで均等法、パート法となっている(2018年度相談件数:育介法52,708件、均等法19,997件、パート法2,525件)。行政運営における力点の置き方が、〈是正指導〉の動向に反映されているともいえる。

 

均等行政の〈是正指導〉において、対象事項ではなく指導段階に応じて助言・指導・勧告が使い分けられているのは、旧均等法(婦人少年室)時代からの系譜である。旧均等法は努力義務規定〔採用・募集(第7条)、配置・昇進(第8条)〕と義務(禁止)規定〔教育訓練(第9条)、福利厚生(第10条)、定年・退職・解雇(第11条)〕が混在していたが、この区別によって助言や指導の区別がなされていたわけではなかった*11

 

当時総務庁が行った行政監察の報告書から引用する。

婦人少年室長が、均等法第33条及び均等法施行規則第18条により、均等法に違反又は抵触する事業主の措置を改善させるために行う報告徴収、助言等は、行政機関の行ういわゆる行政指導であり、その対象は、労働大臣が全国的に重要であると認めた事案(労働大臣の処理権限とされているもの)を除く、均等法上の規定に関係するすべての事案であるとされている。

また、労働省では、助言、指導及び勧告の区分及び内容については、ⅰ)助言又は指導を行っても解決がみられない場合には、必要に応じ次の段階の措置として指導又は勧告を行うこと、ⅱ)禁止規定に係る事案の場合は、違反の事実を摘示しその是正を求め、段階的是正を内容とする助言等は行わないこと、ⅲ)均等法指針に係る事案の場合は、必要に応じ段階的改善を促す内容もあり得ること等としているにとどまっており、助言、指導及び勧告の具体的な実施時期(どのような段階になったらどのような行政指導を行うのかといった各段階別の実施時期)については、明確な基準等は定めていない。

総務庁行政監察局[1997]『女性の能力発揮を目指して』187頁)

 

努力義務規定の場合は均等法指針に定められたもののみが対象であること、禁止規定事案の場合は段階的是正を行わないことは示されている。ここでいう「段階的是正」とは、助言→指導→勧告という行政指導の時系列的な段階のことではなく、一部是正(不完全是正)を完全是正までのステップとして容認するかどうかを指すと思われる。

そして「助言」「指導」「勧告」の使い分けは統一されておらず、下級官庁の裁量に任せられていた。「指導」「勧告」は文書で、「助言」は口頭であるようだ。

助言、指導等をどのような場合に行うのかという明確な基準が定められていないこともあり、調査した婦人少年室では、これらの区分について、ⅰ)事業主側の対応に応じて判断している、ⅱ)数次にわたる助言に従わない場合に指導を行い、数次にわたる指導に従わない場合に勧告を行う、ⅲ)事案の内容、事業主の対応に応じて、問題の解決に効果があると判断された場合(例えば、会社内で改善の機運はあるが、一部の上層部が消極的で踏み切れない場合等)に文書指導を行い、勧告については、その後の措置である、ⅳ)助言により地道に企業の改善意欲を向上させ、改善意欲を示してきた企業に対し文書による指導等を行うのが効果的である等としており、各婦人少年室により種々となっている。

総務庁行政監察局[1997]199頁)

 

実際の実施状況を見ても、禁止規定であっても、そのほとんどが「助言」によって対応されていることがうかがえる。

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(3)職安行政

ここでは職業紹介事業に対する是正・改善措置を取り上げる。職安法は、職業紹介事業における、いわゆる〈業法〉としての性格を有している。〈業法〉は事業者への許認可等の権限を持ち、許認可取消しや業務改善命令などの措置が用意されていることが多い。行政実務としては、取消しや命令などの強力な措置をちらつかせながら行政指導による改善を図る。

行政指導については、「必要があると認めるとき」という包括的な規定が置かれている(職安法第48条の2)。条文では「指導及び助言」となっており、「勧告」はない。均等法にはなかった「その業務の適正な運営を確保するため」が加わっているが、違反の是正に限られない点は同様である*12 。行政指導の権限は省令により労働局長*13 に委任されている(同法施行規則第37条第1項)

(指導及び助言)
第四十八条の二 厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者に対し、その業務の適正な運営を確保するために必要な指導及び助言をすることができる。

これより強い措置としては改善命令と勧告がある。前者は職業紹介事業者などを対象とし、強制力のある行政処分である。命令違反は懲役または罰金刑に処せられる。「勧告」は求人者などを対象とするもので、制裁としては企業名公表にとどまる*14  

(改善命令等)
第四十八条の三 厚生労働大臣は、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者又は労働者供給事業者が、その業務に関しこの法律の規定又はこれに基づく命令の規定に違反した場合において、当該業務の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、これらの者に対し、当該業務の運営を改善するために必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。
② 厚生労働大臣は、求人者又は労働者供給を受けようとする者が、第五条の三第二項若しくは第三項の規定に違反しているとき、若しくは第五条の五第三項の規定による求めに対して事実に相違する報告をしたとき、又はれらの規定に違反して前条の規定による指導若しくは助言を受けたにもかかわらずなおこれらの規定に違反するおそれがあると認めるときは、当該求人者又は労働者供給を受けようとする者に対し、第五条の三第二項若しくは第三項又は第五条の五第三項の規定の違反を是正するために必要な措置又はその違反を防止するために必要な措置を執るべきことを勧告することができる。

 ③ 厚生労働大臣は、労働者の募集を行う者に対し第一項の規定による命令をした場合又は前項の規定による勧告をした場合において、当該命令又は勧告を受けた者がこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる。

 

文言上の差異となるが、「違反のおそれ」「防止するために必要な措置」が「勧告」「公表」の対象に明示的に含まれているのは均等法と異なっている。

なお、職安法では違反是正・改善のほかに、特定の政策目的のための行政指導の規定も設けられている(これは職業紹介事業者に限られない)。「労働力の需要供給を調整するため特に必要があるとき」に厚労大臣が行う「指導、助言及び勧告」(同法第33条の6)、厚労大臣による雇入方法等の「指導」(同法第54条)である。

厚生労働大臣の指導等)
第三十三条の六 厚生労働大臣は、労働力の需要供給を調整するため特に必要があるときは、厚生労働省令で定めるところにより、職業紹介事業者に対し、職業紹介の範囲、時期、手段、件数その他職業紹介を行う方法に関し必要な指導、助言及び勧告をすることができる。

 こちらは同法施行規則で書面で行うことが定められている。

(法第三十三条の六に関する事項)
第二十六条 法第三十三条の六の規定により厚生労働大臣が行う指導、助言及び勧告は、書面で行うものとする。

 

(雇入方法等の指導)
第五十四条 厚生労働大臣は、労働者の雇入方法を改善し、及び労働力を事業に定着させることによつて生産の能率を向上させることについて、工場事業場等を指導することができる。

 

 

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出所)「職業紹介事業に係る指導監督実施件数について

 

こちらは派遣法。

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出所)「労働者派遣事業に係る指導監督実施件数について

 

なぜか最新年度の数字が出てこない。

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職安法の「指導及び助言」「改善命令」の規定は、1999年の改正で新設されたものである。それ以前の時代については、「業務運営要領」から対処のあり方をうかがうことができる。1997年3月の「民営職業紹介事業の業務運営要領*15」にある「第一四 民営職業紹介事業の指導監督等」の項目からそれを確認しておく。

まず職業紹介事業者への行政監督について、「定期検査」「重点指導」「臨時検査」の行政調査の種別が定められている。定期検査についてみると次のとおりである。

イ 定期検査の実施

 安定所は、各事業所について、事業所に赴いて行う定期検査を許可日から起算して三年ごとに一回行う。この場合、検査の時期は、業務の繁閑等を勘案して計画的に行う。

 なお、二回目までの定期検査において、非違行為に係る処分はもちろん、始末書の徴取、指導文書の発行その他の指導を受けたことがない事業所であって、適正な事業運営を行っており、今後も適正な運営が継続して行われると安定所長が認めるものについては、定期検査は五年ごとに一回これを行うこととして差し支えない。

ロ 定期検査の検査事項

 定期検査においては、業務全般の運営状況について、次に留意して厳密な検査を行う。

 指針(ガイドライン)を遵守しない不適正な事業運営等法令及び通達その他の指示事項に違反する業務取扱いの有無、帳簿書類の様式及びその整備状況等について重点的に行う。

(平成9年3月31日付け職発第221号「職業安定法施行規則の一部を改正する省令の施行等について」別添3「民営職業紹介事業の業務運営要領」の第一四の一の(二))

 

行政機関の権限として職安法上は許可取消しと事業停止命令を予定がされているが、その手前の措置については法律上の規定はない。業務運営要領によれば、「文書をもって当該事業所に対し所要の措置をとるよう指示するとともに、必要に応じ当該事業所から是正確約書及び措置状況についての報告を提出させ」「是正改善が行われているかどうかを確認するため、できるだけ速やかに当該事業所について実地に再検査し、必要に応じ追指導を行」っていたようだ(同業務運営要領第十四の一の(六))。これらの指導に従わず、しかし業務停止命令を発するほどではない場合には、「戒告」の措置がとられていた。

民間需給調整事業室長は、職業紹介事業を行う者が不適正な事業運営を行っており、安定所、都道府県の指導にもかかわらず、改められない場合であって、許可の取消し又は事業の停止処分を行うに至らないと認めるときは、文書により戒告を行うことができる。

なお、この戒告は、行政処分ではなく、指導である。

(同業務運営要領の第一四の三の(一)ロ)

 

改善命令のような行政処分の権限がない以上、行政指導によって対応しなければならなかった。それゆえ「行政処分ではなく、指導である」と釘を刺している。

なお告発についても、再三の行政指導に従わない場合に限るべきだとしている。ここでは「指導」「勧告」という言葉を用いている。

職業安定機関の職員は、職業安定機関以外の者が法に違反して職業紹介事業を行う事業を発見した場合には、刑事訴訟法第二三九条第二項の規定によって告発をしなければならない。しかしながら、告発を行う前にその違法行為について充分の調査を行い、できれば、指導、勧告に基づいてその非違行為を改めさせることが最も望ましいことであり、また、これが職業安定機関の使命でもある。したがって、告発は、充分に法令を熟知しながら、かつ、再三の指導、勧告にもかかわらず、あえてこれを改めようとしない悪質なものについてのみ行うべきである

(同業務運営要領第十四の四の(一))

 

法律上に明確な根拠規定がないまま行政指導が行われることはそれほど珍しいことではない。労働行政でも労基行政(監督官による是正勧告)がまさにそれである。

職業紹介行政においては、「指導」「勧告」「始末書の徴取」「戒告」などとして行われていたようであるが、法制化にあたり「指導及び助言」「改善命令」に整理されたといえよう。

 

 

(4)労基行政

割愛

*1:たとえば機械等の使用停止命令に従わない場合に、行政庁が物理的に実力行使して使用を停止させるなど

*2:労働局長による行政指導を経ずに「あっせん」「調停」を利用することも可能である。

*3:平成11年労働省告示第141号「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示、労働者の募集を行う者等の責務、労働者供給事業者の責務等に関して適切に対処するための指針」

*4:〈紛争解決援助〉を経て〈あっせん〉に移行することも可能。

*5:個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律の施行について」平成13年9月19日付け厚生労働省発地第129号/基発第832号/職発第568号/雇児発第610号/政発第218

*6:厚生労働大臣が全国的に重要であると認めた事案に係るものを除く。

*7:同法第33条。2006年追加、2007年4月1日施行。

*8:平成18年10月11日付け雇児発第1011002号「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」

*9:〈紛争解決援助〉はそうではない。同法第17条第2項は「事業主は、労働者が前項の援助を求めたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」と定める。1985年立法当初はなかったが、1997年の法改正で追加された。

*10:「今後のパートタイム労働対策に関する研究会報告書」12頁、脚注49

*11:婦人少年行政において、旧均等法成立以前から「助言」による行政指導を行ってきたためかもしれない。労基法中の「女性に特殊の規定」については、監督官の行政調査の権限(労基法第101条)が準用される(同法第100条第3項)。

*12:リクナビDMPフォロー」に関して、2019年に東京労働局がリクルートおよびリクルートキャリアに対して行った行政指導では、職業安定法および同法に基づく指針への違反のほかに、「同サービスを利用することが学生の皆さまの不安を惹起させるものとなっていたこと」も指導の対象となったようである。(同社プレスリリース「『リクナビDMPフォロー』の利用に係るリクルートおよびリクルートキャリアに対する東京労働局による指導について」https://www.recruitcareer.co.jp/news/pressrelease/2019/191211-01/

*13:学校等の無料職業紹介事業に関わるものについては公共職業安定所長(同法施行規則第37条第3項)

*14:同法第5条の3(労働条件等の明示)、同法5条の5(求人不受理要件の確認への答応)は罰則のない義務規定。

*15:昭和61年6月7日付け職発第351号「職業安定機関以外のものが行う職業紹介事業について」別添を平成9年3月31日付け職発第221号「職業安定法施行規則の一部を改正する省令の施行等について」において改正したもの。