就活のエントリーシートとかって、書くの大変だよね。自己PRとか挫折を乗り越えた経験とか、どうにも苦手だ。
そこで考えたんだ。もしかしたら自分のことだから書きにくいのではないかと。だったら思考実験として、他人のエントリーシートを試しに書いてみたら何か発見があるかもしれない。
自分がよく知っていて、かつ豊富なエピソードのありそうな人物をイメージする。
よし、『ドラえもん』のキャラクターにしよう。別に思考実験だから、実在の人物である必要はない。むしろ現実の人物に失礼をかけることがないから都合がいい。知名度は高いから多くの人とイメージを共有しやすいのも利点だ。そして『映画ドラえもん』で毎年大冒険を繰り広げているから、語るべきエピソードには事欠かないはずだ。
さて、主要キャラ5人だったら、どのキャラが良いか。まあ、スネ夫だな。スネ夫が一番自分に近い気がする。たぶんに消去法的な選択である気もするが、その辺は雑な選択でも構わないだろう。たかだか思考実験としての試みなのだから。
さて、スネ夫か。
スネ夫ね。
・・・スネ夫?
・・・・・・え? スネ夫???
待って、スネ夫なんてどう書けば良いんだよ。彼の長所とか褒めるべき点が頭に浮かんで来ないんだけども。
『ドラえもん』の記憶が薄れているからとかではなくて、『映画ドラえもん』の作品をいくつかざっくり観た後に、「よしスネ夫視点でストーリーをふり返るか」ってなったときに思考がフリーズするぞ。作品によってスネ夫が活躍してる話もあれば、そうでない話もあるはずだと思って、複数の『映画ドラえもん』を鑑賞したのに、あれ、書きやすそうな作品なくね? 流し見で済ませたせいか。
『映画ドラえもん』におけるスネ夫のポジション、すごく不憫に思えるのだが。
各作品からMVP的なものを選出するとしたら、のび太やしずかちゃん、ジャイアンだったら活躍してる作品がある。しかしスネ夫はMVPに輝く作品がないのでは? サンプル(私の観測範囲)が悪かったのか?
のび太ってダメ人間に描写されてるけど、射撃、あやとり、昼寝?という特技を擁していて、突飛な発想が問題解決の糸口に結びつくパターンもあるから、『映画ドラえもん』だと結構見るべきところがある。そもそも「心優しい男の子」が基本属性だし、むしろダメ人間だからフィーチャーされやすい面もある。『のび太の結婚前夜』や『帰ってきたドラえもん』が感動を誘うのは、ほかならぬのび太だからこその所はあるよな。
『のび太とブリキの迷宮』だとスペアポケットでドラえもんの元に行くというアイデアを出すだけでなく、ポケットに入る前にテキオー灯で準備をしたうえに、壊れたドラえもんをミニドラで修理するという活躍。
突飛な発言で印象に残っているのは『のび太の宇宙開拓史』での「壊れる前は壊れてなかったんだろ」。これをヒントにドラえもんがタイムふろしきで宇宙船を修理することを思いつく。この発想が前作の『のび太の恐竜』でタイムマシンが壊れたときに発揮されていれば・・・。
でもほら、卵の化石を蘇らせるときにタイムふろしきを使ったから、そのままポケットにしまうのを忘れて現代に置いてきたままだったのかもしれない。・・・などと考えていたら、『のび太の恐竜2006』ではティラノサウルスを前にしてタイムふろしきらしきものを出してて笑った。
話が逸れた。
ジャイアンも取り上げ方は困らなそう。日頃はのび太の敵というかイジメっ子というか、リサイタルも含めて面倒くさい奴なんだけど、いざ味方になると頼もしいポジション。その歌唱力は『のび太の魔界大冒険』では人魚を蹴散らすし、コエカタマリンを飲めば文字どおり暴力ともなる。
ガキ大将としての有無を言わせぬリーダーシップがある。やはり男気あるキャラとしては彼が一番。映画だと「仲間なんだから当たり前だろ」と言って強い友情を見せてくれそうなイメージがある(実際はあまりそんなシーンってない気もするが)。
ジャイアンの人間性を最も掘り下げているのは『のび太の大魔境』かな。彼の当番回と言っても良いと思う。即席エレベーターに黙って乗り込むとことか好き(さっさと重力ペンキを出してやれよ)。
もう一つ忘れてはならないのは、すごく妹思いだってこと。ジャイ子のことに関しては優しい兄になれる。このテーマだけで映画にできるくらいだ(併映作品『がんばれ! ジャイアン!!』がある。今回見返したわけではないので、内容を憶えていないが)。
しずかちゃんはたびたびMVP的活躍を見せている。レギュラーメンバーの紅一点だけれども、決して「助けられるヒロイン」みたいなポジションには安住しない。『のび太と夢幻三剣士』でも「囚われのお姫様」になるかと思いきやむしろ戦ってるし、実質ラスボスにトドメだよね。
『のび太の海底奇岩城』では自ら囮の役を買って出る。『のび太の大魔境』『のび太と鉄人兵団』では最後のどんでん返しを演出する。考えてみればひみつ道具があればあとは頭の機転次第のところがあるから、しずかちゃんが活躍する場面が多くても不思議ではない。
古い作品のほうが活躍してそうな印象もなんとなくあるけれど。
あとは仲間の和をまとめる役割も多い気がするな。のび太とジャイアン・スネ夫が対立構造になったときに間に割って入るイメージ。『のび太の宇宙開拓史』ではのび太と喧嘩別れになっていたジャイアンとスネ夫を説得して、コーヤコーヤ星のピンチに一緒に舞い戻る。『雲の王国』だっけか『緑の巨人伝』だっけか、地球人代表としてスピーチするなら、その役目はしずかちゃん。
ドラえもんには石頭(物理)の活躍がある。ポケットだけじゃないんだぜ。
あとは『のび太のひみつ道具博物館』を鑑賞してじんわりしておけば良いかと。
真っ先に思いつくのが金持ちってことくらいで、それは彼の人柄の部分ではないよね。『のび太の雲の王国』で彼が3万円出資して「大株主」になったときに、「ついにスネ夫の活躍回か!」と一瞬思ってしまったけど、そんなことなかったわ。
そりゃスネ夫が活躍するシーンが皆無というわけではないけれど、多くはジャイアンとセットで描かれており、どうしても影に埋もれてしまう。
このスネ夫の語りにくさというのは、単に良いところが見つけにくいというだけでなくてね、良くないところがわりと目立ってるということなんだよ。のび太以上にひ弱なキャラな気がする。
たとえば、囚われて悪魔や猛獣に食べられそうになったとき、真っ先に仲間を売るのがスネ夫である。この役割がのび太になることは絶対ない。
また、敵に立ち向かわねばならないときに、最も弱気発言を繰り出すのもスネ夫である。やはりこれものび太ではないのだ。『のび太の大魔境』において、ペコ(クンタック王子)とともに残って戦う決断を最初にしたのはジャイアンだが、最後だったのがスネ夫である。そういえば最初に出発するときも、しずかちゃんに「男らしくないのね」と言われていた。
後ろ向きな発言をするけれども、仲間に説得されてしぶしぶ、というのがお決まりのパターンとなっている。正直なところ、スネ夫のようなネガティブ発言は小学生男児のものとしては至極まっとうなものだと思われるのだが(世界の危機と対峙する覚悟なんて普通ないだろ)、しかしこんなことを言い出すのは大概スネ夫ひとりだし、最終的には彼もそれを受け入れるのだ(しかも見るところ「みんながそうするから」の理由が大きいように思われる)。
しかしストーリーの力とは凄いものだな。一視聴者として見ていると、のび太たちがどんな選択をすべきか、のび太たちにどんな行動を取ってほしいかが自然に頭の中に想定されるので、スネ夫が説得されるべき側だということに疑問を抱かない。冷静に考えたら、圧倒的多数の小学生はスネ夫側の反応をするはずだ(そう思うのは私だけ?)。でも、映画の展開上、スネ夫案が爪はじきにされることを当然のように受け取ってしまう。
それを顕著に感じたのが『のび太の恐竜』(2006版もしくはコミックス)の一場面だ。恐竜ハンターの追跡から逃れながらピースケを日本まで届けるか、それとも恐竜ハンターにピースケを引き渡すかわりにタイムマシンで送り返してもらうか。のび太たちの意見が割れる。
のび太たちはタイムマシンで白亜紀に来たものの、タイムマシンの空間移動機能が故障したために、目的地の日本(ピースケの故郷)ではなくアメリカ大陸に到着してしまう。タイムマシンの移動機能が壊れているため、元の時代に戻るためには、アメリカ大陸から日本まで移動してタイムマシンを使わなければならない。白亜紀の地図がインプットされていないためどこでもドアは使えず、タケコプターはバッテリーを節約するために4時間飛行したら20時間休憩させなければならない。そのため太平洋上を横断できないので、アラスカ経由の北回りでめぐる旅となる。旅の途中のび太たちは恐竜ハンターと接触。ピースケを引き渡せば代わりにタイムマシンで現代に送り戻してくれるという提案を受ける。
このときのスネ夫の意見は別に間違ってはいないと思うんだよね。ピースケを日本まで送り届けるというのが理想的であるのはわかる。でもそれは非常にリスクが大きい。恐竜ハンターとの対立が必定となり、文字どおり命の危険がある。たしかに恐竜ハンターがほんとに送ってくれるか不安なところもあるが、ハンターの狙いはピースケなのだから、素直に応じてくれる見込みはある。しかもタケコプターのバッテリーが切れたと来た。ますますスネ夫案の補強材料だ。
しかし決定的だったのはジャイアンがのび太サイドについたことだ。映画になるとジャイアンがカッコよくなるパターンの原型か。ちなみにその理由はジャイアンがのび太に助けてもらったからというもの。私情っちゃ私情だよね。
私はスネ夫の意見は間違っていないと思う。どちらの選択肢を選ぶべきかは、結果論のところも大きく、どちらかが確実に正しいなんて言いきれない。映画として普通に観ているときはピースケやのび太に感情移入しているからスネ夫案は採用しがたいが、彼は現実的な思考のうえで自分の命を大事にする主張をしているのだ。十分に検討すべき選択肢ではないか。しずかちゃんの「ピー助ちゃんがかわいそうじゃないの」は感情論ぽいし、「そんなことにならないようここまでがんばってきたんじゃないか」と言うのび太はサンクコストに囚われている*1。さっき述べたようにジャイアンは私情だ。むしろスネ夫の肩を持ちたくなる。それでも彼は説得される側なのだ。
さはさりながら、『のび太の恐竜』の注目すべきところはこの後の展開である。のび太たちが取った行動は、ピースケを恐竜ハンターに引き渡すでも、単純に逃亡を続けるでもない。恐竜ハンターの基地に侵入して、タイムマシンを奪ってしまおうという策に出る。第3の道の選択だ。
これは他の作品とは異なるパターンとなっている。『大魔境』や『鉄人兵団』では、単にスネ夫の気弱な態度がたしなめられるだけだ。常に少数派の側だから、見ようによっては多数意見への同調を余儀なくされているようにも見える。しかし『のび太の恐竜』は違う。多数派の主張がそのまま取り入れられるのではなく、第3の案として、より成功の見込みのあるプランが採用されるのだ。
思うにこのプランCは、スネ夫がいたからこそ考案されるに至ったものだ。彼が反対意見を述べたことによって議論が惹起し、第3のアイデアが生まれた。もしスネ夫の発言がなければ、話し合いの場が深まることなく、ただ最初の多数派の意見が採用されるだけになっていたはずだ。
「結局のところタイムパトロールが・・・」みたいな考えはこの際おいておく。結果論云々よりもプロセスがきっと大事であった。みなで納得したうえで、よりよいと思える選択をしたことに意味があった。
ここまで考えてみて、ようやく私は理解した。
スネ夫の真骨頂は、一番イヤミなセリフ、言いにくいセリフを発言する役回りを引き受けることにあったのだ。
「勝てるわけないよ」「逃げよう」と喚くのは、のび太ではなくスネ夫だった。その手の発言をするのがスネ夫だけなので、ともすれば彼だけが気弱な人間に見えてしまう。しかしほんとはジャイアンだって、のび太だって、心の奥底では不安や恐れをきっと抱えているはずだ。高揚ムードの中ではそうした弱音もなかなか言い出しづらいことだろう。スネ夫が正直な本音を吐露することは、みんなのそんな不安をきっと代表している。誰もが抱えうる不安をみんなで再確認し、そのうえで勇気ある決断を選ぶ。スネ夫が弱気な姿を見せることは、そうしたプロセスの一端だ。
このスネ夫のポジションは、下手すると嫌われ役にもなりかねない。場の空気を壊すような発言をするにも勇気がいる。日常生活だったら本音を伏せて同調する人間も多いかもしれない。
しかしスネ夫がいることによって、議論が活性化したり、団結力が高まったりする効果もあるはずだ。
よし、今後『ドラえもん』を視聴するときは、スネ夫視点を持つようにこころがけよう。
*1:セリフ引用はコミックスから