ぽんの日記

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企業名公表手法の射程

【要旨】

政策研究は、政策立案や意思決定過程を対象としたもののみならず、その政策をいかに実現していくかという観点からの研究も求められている。本稿は労働政策の実現手法に対する関心から、その行政手法を取りあげ、とくに労働基準行政における企業名公表制度について検討を行った。本稿ではまず、行政手法全般についての共通の分析視角を提供することを企図して、経路(①使用者/②使用者→労働者/③労働者)、時制(A事前/B事後)という観点を提示した。企業名公表について、先行研究は制裁的機能と情報提供機能に整理するものが多いが、本稿では以上の分析視角に基づいて、制裁的機能(①-A)、予防(②-B)、第三者保護(③-B)の目的ないし機能を有するアプローチとして把握する。こうした重層的な機能を持ち、他の企業や労働者への波及的効果が見込まれる点が、企業名公表という手法の特徴である。ところが行政文書の検討により明らかにしたところによれば、行政当局は、企業名公表の目的について、上記のうち「同種事案の防止」(②-B)のみに限定する態度を取っている。企業名公表制度が拡充されていく中にあっても、②-B以外へと目的を拡大することはなかった。公表の基準や内容が制度の目的に照らして決定されるとすれば、こうした行政当局の認識は、今後の制度設計やその運用に影響を及ぼすおそれがある。また制裁的機能を否定しているのも、法律の留保の観点から課題であろう。

 

 

Ⅰはじめに

 労働政策の実現手法について、関心が高まっている。従来の政策研究としては政策の中身や政策決定過程に注目が集まりがちであった。そうした研究の重要性は減じてはいないが、現実に政策を実施していくうえでは、ルール作りの面ばかりでなく、ルールをいかに実現していくかという側面への着目も必要となってくる。実際2011年の『季刊労働法』では「労働法のエンフォースメントを考える」と題した特集が組まれ、「要するに制度をつくることによってある社会的なルールができあがっていますが、それがエンフォーサブルでなければ、要するに実際に守られ、実際に実行されなければ機能しないわけです。このことは、実は今までそれほどきちんと認識されてこなかったのではないでしょうか*1」と問題提起がなされた。実現手法についての関心が高まってきていると言える*2

 労働基準政策においても、2017年の規制改革実施計画において「労働基準監督署における監督指導の実効性の確保・強化」について検討することが掲げられたように、政策課題上の大きなトピックとして認識されている。過労死等発生事業場の法令違反率が極めて高い*3という事実は、法的なルール作りの面だけでなく、そのルールをどのように実現していくのかが重要な課題であることを示しているといえよう。

 こうした動きを受けて、労働基準行政では「労働基準関係法令違反に係る公表」が行われるようになった。これは一定の基準を満たした事案を各都道府県労働局が公表*4、当該労働局のホームページ上の企業名リストに掲載するとともに、厚生労働省のホームページ上でも全国分が集約されたリストを掲載する仕組みである*5。本稿ではこの労働基準行政における企業名公表制度について検討を行う。

 法令違反や行政指導不服従の事実を公表する制度は、他の分野でも導入・検討される例が増えている。行政指導や刑事罰といった従来の手段を補完あるいは代替する手段として期待されているのだろう。最近改正が行われた公益通報者保護法(改正後第16条)のように法規定として整備されたものもあれば、職業安定法施行規則第17条の4に基づく採用内定取り消し事案の公表や、本稿が扱う労働基準関係法令違反に係る公表など、法律の根拠規定がない企業名公表制度も存在している。企業名公表制度は今後も導入や活用が広がっていくと見込まれる。

 一方で、こうした存在感の高まりとは裏腹に、企業名公表を扱った研究が十分になされてきたとは言いがたい。そこで本稿は、労働政策分野における実現手法という関心に基づき、企業名公表に関して基礎的な考察を行う。はじめに行政手法を把握整理するための視座を提示し、ついで企業名公表措置が多岐的な機能を有していることを述べる。加えて行政文書の検討により、行政当局の認識が公表制度の理論上の射程とは大きなギャップがあることを指摘したい。

 なお本稿は政策の実現手法という観点から検討を行うものであるため、政策目標やその内容・手続などについては検討対象としない。実施の主体についても、本稿では行政機関が関与するものを扱い、民事分野や株主・NPO等によるモニタリングなどは検討対象外としている。

 

Ⅱ分析視角

 先行研究は実現手法の機能や性質について、体系づけて把握しようとする視点が弱かった。そのため個々の実現手法を取りあげた研究は、当該手法の特徴を個別に記述するにとどまっている。本稿は、ポリシー・ミックスへの考慮から、各々の行政手法を把握するための共通の分析枠組みを提示したうえで、企業名公表の特徴について把握したい。

 まず、ポリシー・ミックスについて確認しよう。

 労働政策の実現手法については、俯瞰的な整理を行ったものとして山川[2014]、鎌田[2017]、和田[2020]などの研究がある。こうした研究のなかでポリシー・ミックスの考え方は指摘されてきており、山川[2015]は「対応策の検討に当たっての視点」として「一種のポリシー・ミックスとして検討されるべき」(80頁)と述べ、鎌田[2017]も「多様な手段の組み合わせ」(242頁)に言及する。政策目的を実現する手段は複数用意されていることが通例であり*6、そうした多様な選択肢のなかから適宜手法を選択し組み合わせていくのがポリシー・ミックスである。

 ポリシー・ミックスのためには、各手法の特徴や性質を適切に把握したうえで、課題や事案に応じた手法選択を行うことが求められる。手法選択に際しての考慮事項について山川[2015]は、「いずれの機関や主体が対応に当たるか、対応に当たってはどのような方法をとるか、労働法の規律事項や規律の内容によって異なる対応がとられうるか、次にみるように、法違反への事後的対応によるか事前の予防を図るか、など様々な視点が考慮されることになる」(80頁)といった視点を示す。鎌田[2017]は手法選択の適否について、「強制の程度」(相手方の人格に対する侵害度の軽重)、「手続の迅速性」(簡便な手続きで実施しうるか、司法制度などを介在させるか)、「労働者保護との親和性」(労働者保護に資する手法か)という三つの尺度(基準)を提示している(244-245頁)。

 しかしながら両論文とも、個々の手法に関する考察を深めているわけではなく、ポリシー・ミックスの視点を活かした分析は今後の課題だといえるだろう。

 翻って、企業名公表を単体で取りあげた研究においても、ポリシー・ミックスを考慮する視点は薄い。たとえば今井[2011]は、行政上の履行確保手段として①行政上の強制執行(代執行、執行罰、直接強制、強制徴収)、②行政罰制度、③比較的新たな履行確保手段、と整理したうえで、企業名公表を課徴金や給付拒否と並ぶ③の一つと位置づけている(14-15頁)。しかし「比較的新たな」という名称からうかがえるように、機能や性質に着目した把握方法にはなっていない。既存の手法に対する代替的ないし補完的役割を想定していると思われるが、そうした比較検討は行われていない。

 ポリシー・ミックスとしての手法選択のためには、各手法の機能や性質について、共通の視座から把握できることが好ましい。

 そこで本稿では、先行研究を踏まえたうえで、〈経路〉および〈時制〉という観点から企業名公表制度の分析を試みる。本稿は企業名公表を中心に検討するため、各手法の比較検討は別の機会に譲るものの、〈経路〉および〈時制〉という分析軸は他の行政手法を把握する際にも活用できるよう企図している。

 なお、〈経路〉〈時制〉による区分は排他的なものではなく、一つの行政手法が複数の系統に該当することもありうる。本稿が検討する企業名公表も、複数の機能を有する行政手法にあたる。

 

1 時制

 先に〈時制〉から説明しよう。これは前述の山川[2015]が法違反への事後的対応および法違反の予防を区別していたことに相当する。本稿では、当該手法の対象が過去に対する措置なのか将来に向かっての措置なのかで、A過去/B将来に区分した。

 なお、山川は法違反の発生に着目しているが、本稿は必ずしもそのような措定をしない。これは「法違反」より、行政目的・政策課題に着目して考えるほうが適切であるためだ。

 まず、行政指導は法違反以外の事項に対しても行われる。たとえば安全装置の使い方に関する技術的な助言をする場合や、適法に行われている残業を削減するよう働きかける場合を考えれば、違反に係らない範囲での行政指導を想定できるだろう。努力義務規定やガイドライン等を基に行政指導が行われていることはすでに指摘されている(荒木[2004])。労働基準行政では、法違反に対しては「是正勧告書」を、法違反に係らない事項には「指導票」を交付している。行政処分のひとつである緊急措置命令(労働安全衛生法第99条)は、法違反の事実がない場合においても「労働災害発生の急迫した危険があり、かつ、緊急の必要があるとき」に発出することができる。

 また法違反が関わる場合も、違反の是正解消は、それ自体が目的なのではなく、何らかの行政目的を達するための手段と捉えたほうが適切であることが多い。たとえば「長時間労働削減推進本部」の指示をうけ、2015年1月から月100時間超の残業が疑われるすべての事業場(2016年4月からは同80時間超)に対する監督指導が実施されている。これは労基法の規定を直接の根拠としているわけではない(時間外労働の上限規制は2019年4月施行、中小企業は2020年4月から)。法の順守を金貨玉条としているのではなく、過重労働対策という目的のもとで、各種の規制を拠り所に、行政指導が実施されているといえる。

 したがって本稿では、法違反の発生を時制の基準とはしない。法違反か否かにかかわらず、すでに発生した労働者の不利益等の回復や補償を目的とするものを「過去」、今後の被害防止や権利増進等を目的とするものを「将来」とする。制裁的機能については後述する。

 先行研究と異なるのは、行政機関の行う措置を原則として「将来」の手法として扱う点である。山川[2015]では、行政機関について「事後的対応」の箇所で記述しているし、山川[2014]においては事前・事後の観点はなく、許認可制度(の欠格事由)については「間接的に法の実現が図られる機能」(180頁)とのみ述べている。鎌田[2017]も「特権的資格の取消しまたは行政サービスの利用停止等」の箇所で「発給した許可の取消し・停止」に言及しているが(241頁)、許認可制度そのものは論じていない。これは両者とも法令違反が発生した場合の対応に焦点をあてているためだろう。

 許認可制度は一般に事前的規制の一種と捉えられ、その点では「将来」に対する手法になる。届出制度(に付随する行政指導)も同様と思われる。労働基準行政では、行政通達に基づき「時間外・休日労働協定の適正化に係る指導」が行われている*7。「時間外・休日労働協定届が届け出られた場合には、次により、形式上の要件に適合しているかどうかを確認するとともに、当該協定内容の適正化を図ること」として、いわゆる窓口指導が実施されている。

 先行研究が「事後的対応」として想定している是正勧告についても、本稿では原則的に「将来」のアプローチと見る。ただし特定の法違反に限っては、「過去」を対象とした是正勧告がなされている。例として賃金不払いに係る是正勧告がある。

 かつての行政通達*8では「監督機関の基本的役割は……法違反についてこれを将来に向かって是正させ、かつ、再び法違反を生じせしめない」ことにあり、「既に発生した法違反に係る労働者の不払賃金等の金銭債権の確保については、本来、監督機関の権限に属する事項ではな」いとしていた。そして各事案の取り扱いについて、定期賃金、退職金等については全額の遡及是正、割増賃金については3か月を限度として是正、男女同一賃金の範囲を誤った場合や管理監督者の範囲を誤った場合などには遡及是正の勧告を行わないこと等が示達されていた。現在では賃金支払関係の違反全般について遡及是正の勧告がなされるようになっている*9

 上記引用中に表れているように、「将来に向かって是正させ、かつ、再び法違反を生じせしめない」ことと、「既に発生した法違反に係る」被害の回復は概念的に区別可能である。本稿では前者を「将来」、後者を「過去」に対する手法と捉える。是正勧告は基本的に「将来」を対象とするものだが、賃金不払い等の違反については、「過去」の被害に対しても遡及的に是正を求めている。このように、過去の被害の回復ないし補償を求める例としては、解雇制限(労基法第19条)違反に対する是正勧告*10や、労基法第33条第1項但書による非常災害時の時間外・休日労働に対する代休付与命令(同条第2項)*11を想定することができる。

 したがって行政手法の多くは「将来」を対象とする手法であり、事案の性質によっては、それに加えて「過去」をも対象としていると見るべきだろう。本稿における〈時制〉と、先行研究で言うところの事前・事後の区別は、考え方を異にするものであることに注意されたい。

 

2 経路

 〈経路〉は直接的に労働者を対象にしたアプローチか、それとも使用者に働きかけて間接的に労働者保護を実現するのかという点に着眼したものである。

 これは鎌田[2017]が述べる「労働者保護との親和性」と関連している。鎌田は「違法状態の是正・除去は、それ自体では、違法状態の下にある労働者の雇用の安定に直結しない」と述べ、「義務違反の企業に対する制裁と並んで、労働者保護に資する手法を選択すべき」(245頁)とする。ただし鎌田[2017]はどのような手法が労働者保護に資するのかについて、一般的な基準を示してはいない。

 本稿では労働者保護に関わる要素のひとつとして〈経路〉に着目し、①行政→使用者/②行政→使用者→労働者/③行政→労働者の3つの区分を設けた。

 労働政策は使用者・事業者を対象として規制を課したり、助成を行ったりして当該政策の目的を果たそうとするものが多い。これは、労働者に直接的に行政サービスの供給を行うわけではないという意味で、使用者を介した間接的なしくみになる。この場合、行政の期待どおりに使用者が行為するかどうか、不確実性が存在する。また、制裁を与えて使用者の責任を非難することも、直接労働者保護に結びつくわけではない。こうしたことから、行政手法の〈経路〉は労働者保護との親和性を判断するうえでひとつの目安となると思われる。

 はじめに〈経路〉②(行政→使用者→労働者)から説明しよう。これは使用者に影響を及ぼすことによって、労働者の権利利益の実現を導く手法である。使用停止等命令(労働安全衛生法第98条)・就業規則変更命令(労基法第92条第2項)など法的な強制力をもつ行政処分*12や、助成金や優遇措置*13によって望ましい行為を促すしくみである。

 労働基準監督官が使用者に対して行う是正勧告もこの典型である。是正勧告は行政手続法第2条第6号にいう「行政指導」に該当する。行政指導は行政処分と異なり、名あて人の任意の協力を前提とするものである。

 この点は後述する刑事制裁と区別されたい。興津[2009]は「是正勧告と刑罰・刑事手続とは連動しておらず、あくまで別のものだという点に注意が必要である」と断っている(136頁)。「労働基準監督官行動規範」では「監督官は、法令違反があった場合は、違反の内容や是正の必要性を丁寧に説明することにより、事業主の方の希望に応じ、きめ細かな情報提供や具体的な取組方法についてのアドバイスなどの支援に努めます」と掲げており*14、行政手続法第32条でも「行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであること」「相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない」と規定されている。是正勧告は威圧的な指導ではなく、助言や説得などを駆使して使用者の自主的な改善を促すよう努めることとなっている。

 上述の行政処分や行政指導は特定の相手方を対象としたものであるが、使用者向けの周知啓発活動や業界団体に対する要請等も、使用者を媒介としたアプローチであり、〈経路〉②の手法に属すると言えよう。

 こうした〈経路〉②の手法は使用者に一定の作為または不作為を促すものであるため、直接に労働の利益や被害の救済を保証できるものではない。この点に関して、労働基準行政ではないが、厚生労働省雇用環境・均等局「雇用均等行政関係業務取扱要領(平成31年4月)」(行政文書開示請求により入手)においては、「法の履行を確保するために行う」報告徴収並びに助言、指導、勧告に関し、「制度改善等の是正指導を行った結果労働者が救済されることがあっても、それは制度改善による反射的利益であること」(下線部引用者)と記されている。反射的利益というのは、法律上保護された利益と対比されて使われる言葉で、規制権限が行使されることによりもたらされる事実上の利益のことである。

 これは第一義的に責任を負うのは使用者であり、行政は労働者の救済を保証できないということである。使用者を媒介としたアプローチは、期待された行動を使用者が取らなければ行政目的を達成できないという点での制約を有している。

 その意味では〈経路〉③(行政→労働者)の手法は、個別の使用者の責任から離れる形で労働者に直接アプローチする手法であり、上述の制約をカバーするものといえる。たとえば労災保険による療養補償、休業補償や未払賃金立替払事業などが当てはまる。これらは労基法上の災害補償(第8章)や賃金支払義務(第24条)に基づいて、是正勧告その他の方法により労働者の権利保護を図る道筋も想定しうる。しかし社会保険等の仕組みにより、個別の使用者にその実現を帰着させないことによって、より手厚い・幅広い労働者保護を図っていると言えよう*15。労働者に対する教育に関しても、使用者に義務・努力義務を課す方途*16もあれば、行政自身による情報提供・広報活動や学校教育その他により普及啓発するルート*17もありうる。そのためこれらも〈経路〉の違いとして捉えることができる。最近では「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」が創設される際も〈経路〉に焦点があたった。雇用調整助成金という企業を経由する形ではなく、直接労働者に公的な休業給付する仕組みが設けられたのである*18

 先行研究においては〈経路〉③の手法に対する言及が希薄だった。たとえば山川[2014]では雇用調整助成金のような使用者に対する経済的インセンティブには触れるものの、労働者を対象とした給付措置や労働法教育には言及がない。山川[2017]は「おわりに」で労働法教育のあり方を「検討課題」としている。鎌田[2017]でも経済的手法として述べているのは「事業主に対する事業経営上の経済的不利益または利益の付与」(235頁)であり、労働者は視野に入れられていない。法令の遵守や義務の履行に主たる関心を置いたために、給付政策を実現手法の枠組みで捉えていなかったためだと思われる。

 しかしながら本稿では、②と③の〈経路〉は相互補完的なものと考え、労働者に対する金銭的給付や情報(教育を含む)の提供も、実現手法の枠組みで捉えている。

 どの〈経路〉を選択すべきかは政策内容のほか効率性や財政・人的資源の制約によっても変わってくるだろう。しかし労働者保護の確実性という点で〈経路〉③のルートが長じているのは、使用者が作為義務を果たさない(果たせない)場合においても労働者の権利を実現できることである。

 上記の〈経路〉②および③と異なり、労働者保護を直接の射程に入れていないのが〈経路〉①(行政→使用者)である。労働基準監督官は労基法等の罰則つきの法令違反について、捜査・送検する権限を有している。刑事制裁により使用者の責任を非難するのが①に該当する。行政処分等においても、それが制裁目的、制裁的機能を期待されて発動されるのであれば、制裁的側面について①の手法といえる。

 制裁は、被害を受けた労働者の権利利益を回復・補償するわけではない。たとえば賃金不払いの違反で罰金刑が確定したとしても、使用者の支払った罰金を労働者が受け取るわけではない。犯罪者の処罰と被害者の支援が別であるように、使用者に制裁を科すことは②や③の〈経路〉とは区別される。

 むろん、制裁には責任非難の機能だけでなく、一般予防、特別予防の効果があるとされる。一般予防は刑罰の予告や現実の処罰の執行により、犯罪の抑止が図られるとするものである*19。特別予防は犯罪者の隔離、刑務所内の教育による更生・社会復帰によって、再犯の防止が果たされるとする。この場合〈経路〉は②(行政→使用者→労働者)、〈時制〉はB(将来)になるため、②-Bの領域も兼ねていることになる。

 行政処分等においても、それが制裁目的、制裁的機能を期待されて発動されるのであれば、当該措置は①の経路に属する。制裁は過去の行為に対して行われるものであるため、〈時制〉はAとして扱う。ただし行政目的の把握の仕方によっては事前的な制裁と捉えられる措置もないわけではない。実際、労働基準行政においては、労働災害が発生する前に送検処分をとることをいわゆる「事前送検」と呼んできた*20。送検処分は死亡事故の発生などを契機としてなされることが多く、そうしたケース*21と区別する意図で「事前送検」と呼ばれているのである。〈時制〉の基準を労働災害の発生に置くならば、事前送検は①-Bの領域に属することになる。本稿では送検基準や行政処分基準について検討を加えないので、さしあたり制裁的機能はすべてAと見なすことにする。

 

3 強制の程度

 鎌田[2017]は手法選択の基準として「強制の程度」「手続の迅速性」も挙げていた。これらについては本稿では検討しないが、簡単に触れておこう。

 まず、鎌田[2017]は「強制の程度」「手続の迅速性」を別個の基準として提示しているが、両者はおおむね逆相関関係にあるとみるべきだろう。刑事手続において適正手続保障が求められるのはもとより、行政処分においても手続的統制は要請される。侵害性の程度が高いほど十分な手続が求められ、誤った処分をすれば国家賠償訴訟のリスクを負うのであるから、行政当局としても判断には慎重になるはずである。したがって強制(侵害性)の程度と手続の迅速性はトレードオフの関係にあり、強い強制力のある措置ほど慎重な手続を要し、迅速性を優先するなら強制の程度は弱くならざるをえない。

 企業名公表に際して問題となるのは、当該措置が企業に与える不利益の程度についての認識が不明瞭なことである。不利益の程度が大きいと見るならば、上述のとおり、十分な手続的統制が求められる。労働法学者のなかには「公表は、非権力的な手段であり、本来は、法令上の厳格な要件に縛られないなどの柔軟性を持っているはずである」(鎌田[2017]236頁)、「行政機関による解決は迅速であることが大きなメリットなのであるから、もう少し早い段階で企業名公表が可能な制度に変更することも選択肢の一つなのではないかと考える」(菅野[2018]39頁)のように企業名公表に迅速性を期待する向きもあるが、これらの論考では不利益の程度について掘り下げた検討をしていない。

 企業名公表は当該企業の社会的評判に影響を及ぼすことを期待して情報を公表する措置であるが、その影響の程度は一様ではない。ブランドイメージを重んじる企業にとっては大きなダメージになりうるが、頻繁に会社名の看板をかけかえるような企業に対しては効果が薄くなる。世論がどの程度反応するかを正確に予測するのは容易とは言えず、情報社会においては一旦公表した情報をコントロールすることも難しい。刑事制裁においては量刑によって軽重を調節できるが、企業名公表ではそれもできない。

 近年では情報発信の際の正確性もますます求められるようになっていると言える。企業名公表の場合は同名・類似名の企業に対して謂れのない影響を及ぼす可能性があるため*22、公表の仕方には留意を要する。労働者側ないし使用者側の一方的な情報発信、あるいは匿名の真偽不明な情報とは異なり、行政が公表するからこそ、その情報には信憑性、正確性、中立性が期待されている。それだけに安易に企業名公表の手段に踏みきることはできないであろう。

 本稿では企業名公表がもたらす不利益の程度、およびそれに関連する手続の迅速性の観点は取り上げない。企業名公表は社会的評判による不利益が想定されており、それゆえ制裁的機能を有しているという点のみ指摘しておく。

 

Ⅲ企業名公表の機能

 ここでは先行研究を確認しつつ、企業名公表措置が有する機能について整理する。企業名公表が制裁的機能と情報提供機能の2つの側面をもつことはかねてより指摘されてきた。

 企業名公表について、現時点での最も体系立った研究は天本[2019]である。行政法学の見地から、法的義務や行政指導の実効性確保手段としての「制裁的公表」を扱っている。企業名公表の機能としては「制裁的機能」と「情報提供としての機能」の2つが重層的に存在していると指摘し(31頁以下)、後者については、情報公開の一環として行政の説明責務が果たされることにより行政活動の透明性を向上させることのほか、情報の非対称性を緩和して被害の拡大防止・警告を行うという第三者の保護としての機能に触れている。

 なお、前者の機能について北村[2008]は「公表制度は、実際にそれが活用されることが目的なのではなくて、その存在のゆえに抑止効果を発生させることに、第1次的な存在意義がある。」と述べている。「抑止効果」に重点を置いた見解と言えるが、制裁的機能を有しているという点に相違があるわけではない。実際、北村自身「行政刑罰、課徴金、行政サービスの制限といったネガティブ・サンクションと同じ機能(間接強制)を持っている」とまとめている(76頁)。制裁的機能を前提としたうえで、一般予防の機能をこそ重視するものだと言える。

 労働政策分野における企業名公表の研究においても、その機能をおおむね制裁的機能と情報提供機能の2つに整理するものが多い。

 今井[2011]は他分野の立法も含めた公表制度の比較を行いつつ、障害者雇用促進法に基づく公表制度を検討した。企業名公表の機能としては、「関係者、国民一般に対する情報提供の機能」と「違法不当な行為をくりかえす者への制裁(義務違反者に対する是正促進)」を挙げる(17-18頁)。前者は天本[2019]と同様、行政情報の公開とともに、第三者保護の役割を指摘している。山川[2017](86-87頁)、水町[2019](106-107頁)なども、制裁と情報提供という2つの側面を指摘しており、このような整理は通説的とみてよい。

 以上の研究を踏まえつつ、本稿では企業名公表の機能を制裁、予防、労働者保護の3つに整理する。先行研究は後二者をとくに区別しないこともあるが、本稿では〈経路〉の違いを考慮し、使用者に対する情報提供(予防)と労働者に対する情報提供(労働者保護)を区別した*23。Ⅱで示した枠組みに当てはめれば、それぞれ①-A、②-B、③-Bに該当する。

 改めて整理しよう。

 まず、企業名の公表は評判の悪化やそれを通じた市場取引活動の変化によって、当該事業場にネガティブな影響を及ぼすことが予想される。それは企業側に不利益を与えるものであり*24、市場等を媒介として企業側の責任を追及するものだと言える。これが制裁的機能(①-A)である。

 企業名を公表された企業は、公表事由についての是正・改善が促される(②-B)。予防のうちの特別予防にあたる。労働基準行政の企業名公表制度では、公表から概ね1年でホームページでの掲載を削除することとなっているが、1年以内であっても「送検事案は、ホームページに掲載を続ける必要性がなくなったと認められる場合」「局長指導事案は、是正及び改善が確認された場合」については、速やかにホームページから削除されることになっている*25。このような規定は、公表の取り下げを望む企業にとっては、是正・改善を行う誘因として働くだろう。

 同時に、ほかの企業における一般予防(②-B)としての効果も期待される。企業名の公表が実施されることにより、公表事由となるような行為が広く認知され、同種事案の発生抑止が見込まれる。

 加えて、企業のネガティブ情報の公表は労働者の便益になりうる(③-B)。労働条件の確認に際して、求職者にとって有益な情報になるためである*26。職業安定行政では学卒者の採用内定取り消し事案について公表する仕組みがあるが、そこでは「学生生徒等の適切な職業選択に資する」という目的が述べられている*27

 一般予防(②-B)としての周知啓発活動そのものは、企業名公表を必須とするものではない。企業名を伏せた状態で事例を紹介したり、監督指導の状況を定量的なデータで示したりなど、特定の企業名を公表せずとも注意喚起を図る方法は存在する。企業名公表はそうした一般予防の効果をより高めるために行われるものと言える。一方で、労働者に対する情報提供(③-B)に関しては、企業名が明らかでなければ具体的な就労先決定の判断に活かすことはできない。そのため企業名公表は③-Bの手法としての意義を強く有しているだろう。

 前述の天本[2019]が「重層的に」と述べたように、企業名公表措置はこうした複数の機能を併せ持っている点に特徴がある。当該措置の対象となった企業にとどまらず、他の企業や求職者に対しても波及する効果を期待できることが、企業名公表という手法が注目される一因をなしている。

 

Ⅳ行政当局の認識

 前節で述べたように、企業名公表は①-A、②-B、③-Bの3つの領域にまたがる手法である。しかし必ずしも行政当局がそのように認識し、あるいは運用してきたものではない。理論上の射程と行政当局の認識にはギャップがある。以下、行政文書を経時的にたどる形でそのことを示そう。

 関連する行政通達の変遷*28は表 1のようになる。以下では表中の西暦年月日および文書番号により該当する通達を示すこととする*29

 

表 1 労働基準行政の公表制度に関する行政通達

1982.2.22

基発第128号「第三者からの文書の開示等の要請に対する取扱いについて」

1992.3.31

基発第189号「行政情報公開基準の取扱いについて」

1994.2.22

基監発第10号「監督活動の内容に関し公表を行うに当たって留意すべき事項について」

2002.3.13

基発第0313008号「裁判所等からの文書提出命令等に対する取扱いについて」

基総発第0313001号「裁判所等からの文書提出命令等に対する具体的な対応について」

2003.2.18

基監発第0218002号「『監督活動の内容に関し公表を行うに当たって留意すべき事項について』の改正について」

2009.12.28

基監発1228第2号「司法事件の厚生労働記者会を通じた公表について」

2012.2.8

基発0208第3号「労働基準監督機関の監督指導等の権限の行使により把握した法令違反の事案の公表について」

基監発0208第1号「労働基準監督機関の監督指導等の権限の行使により把握した法令違反の事案の公表に当たっての留意事項について」

基監発0208第2号「『監督活動の内容に関し公表を行うに当たって留意すべき事項について』の一部改正について」

2015.5.18

基発0518第1号「違法な長時間労働を繰り返し行う企業の経営トップに対する都道府県労働局長による是正指導の実施及び企業名の公表について」

 

基監発0518第1号「違法な長時間労働を繰り返し行う企業の経営トップに対する都道府県労働局長による是正指導の実施及び企業名の公表に当たり留意すべき事項について」

2016.4.1

基監発0401第4号「違法な長時間労働に係る司法処分の効果的な公表について」

2017.1.20

基発0120第1号「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」

基監発0120第1号「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表に当たって留意すべき事項について」

2017.3.30

基発0330第11号「労働基準関係法令違反に係る公表事案のホームページ掲載について」

基発0330第12号「『労働基準監督機関の監督指導等の権限の行使により把握した法令違反の事案の公表について』の一部改正について」

基監発0330第1号「『違法な長時間労働に係る司法処分の効果的な公表について』の一部改正について」

基監発0330第2号「労働基準関係法令違反に係る公表事案のホームページ掲載に当たって留意すべき事項について」

基監発0330第3号「『労働基準監督機関の監督指導等の権限の行使により把握した法令違反の事案の公表に当たっての留意事項について』の一部改正について」

2019.1.25

基発0125第1号「裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表について」

2019.1.31

基発0131第1号「『労働基準関係法令違反に係る公表事案のホームページ掲載について』の改正について」

2019.4.1

基発0401第17号「『違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について』の一部改正について」

基監発0401第2号「『違法な長時間労働に係る司法処分の効果的な公表について』の一部改正について」

基監発0401第3号「『違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表に当たって留意すべき事項について』の一部改正について」

基発0401第23号「『裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表について』の一部改正について」

基監発0401第1号「『裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表に当たって留意すべき事項について』」

2019.5.8

基監発0508第2号「『労働基準関係法令違反に係る公表事案のホームページ掲載に当たって留意すべき事項について』の一部改正について」

2020.2.12

基監発0212第2号「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名公表の適正な運用について」

出所)筆者作成。各文書については、厚生労働省ホームページで公開されているものを除いて、行政文書開示請求により入手した。

 

1 情報開示に対する姿勢

 まず確認するのは、行政当局の情報開示に対する姿勢である。もともと労働基準行政においては、関係者に対する情報開示を限定的に実施していたに過ぎず、行政当局が主体的に企業名を公表する動きは乏しかった。

 1982.2.22基発第128号は、業務上災害をめぐる損害賠償請求訴訟等に関連して、裁判所や弁護士会から災害調査復命書その他の文書の開示を要請された場合の取扱い基準を定めたものである。過去の被害につき労働者サイドに行われる情報提供(③-A)と位置づけることができる。関係者への情報開示として行われるものであるため、企業名公表の機能(①-A、②-B、③-B)とは異なっている。

 開示される情報も限定的な範囲にとどめられている。

 同通達では文書開示の要請に対して「①労働基準行政機関として調査検討が十分に尽くされ、かつ、何らの意見、判断等を含まない客観的事実であって、②企業の秘密あるいは個人の名誉、プライバシー等に属しない事項」については回答して差し支えないとされた。

 しかしながら「法違反の有無、内容、程度、原因、措置、再監督の要否、災害発生の原因等については、調査官又は行政官庁の何らかの意見、判断等が含まれるものであることから、除外すべき」とされている。法違反の有無はもちろん、過失の有無にかかわらず災害発生の原因についても情報開示を否定している。その後の1992.3.31基発第189号でも「公開する文書の範囲が拡大されるものではない」と記しており、情報開示のスタンスは変更されていない。こうした情報を被災者サイドにも開示しないのであるから、企業のネガティブ情報を行政当局自ら公表するという発想は見い出しがたい。

 

2 司法事件の公表

 文書開示要請への対応ではなく、「公表」について記されているのは1994.2.22基監発第10号になる。司法事件の公表が許されるケースとして、「もっぱら同種犯罪の防止を図る」という目的(②-B)が述べられた*30

司法事件の公表は、当該公表内容が真実である、あるいは真実であると信じるについて相当の理由がある場合であって、もっぱら同種犯罪の防止を図るという公益性を確保する目的から行う場合に限って許されるものであり、その目的を逸脱し、又はその目的の範囲を超えて捜査上知り得た事実を公表することは許されないものである。

 

 一方でそれ以外の目的ないし機能に触れられてはいない。先取りしていえば、行政当局のこの認識は現在に至るまで続くものである。

 この1994.2.22基監発第10号は「もっぱら同種犯罪の防止を図るという公益性」に触れるものではあったが、それ以上具体的な「公益性」の中身には言及しない。通達は「公益性」の実現よりも、みだりな公表の防止に重点があり、多くの留意事項を示達するものとなっている。公表する際の内容や表現について「事実関係に照らし、誤り、推測、誇張等を含まないこと」「特定の個人又は法人に係る名誉、プライバシー、企業秘密等に関する事実が含まれていないかについて、必ず確認を行い、……当該事項の公表の適否について、慎重に見極めを行うこと」「当該司法事件に対し、労働基準監督機関の立場を超えた評価、価値判断を行わないこと」「関係者の民事上の責任を推定させることにつながる事項を含まないこと」「捜査秘密主義に照らし、捜査に関する次の事項を含まないこと」と留意が促された*31

 以上は司法事件に関するものだが、個別の事業場に対する監督指導結果については次のように記されている。

個別事業場に対する監督指導結果については、公益性を確保する観点から必要と判断される場合や後記(ロ)に示す申告人の権利救済に係る場合その他これを開示することについて労働基準監督機関として相当の理由があると認められる場合を除き、これを開示すべきものではないこと

 

 申告事件に関しては「自らの権利救済に係る事件の処理結果は申告人に説明することが適切であること、あるいは自らが違法な状況下に就労しているのではないかという申告人の不安を排除する観点から適切であること等を考慮」する観点から、その目的の限度内での情報開示が許容されている。これは前述1982.2.22基発第128号と同じく、関係者への情報開示(③-A)にあたるだろう。

 なお申告事件であっても、開示を行うことの可否・範囲については十分な検討を経たうえで行うこととされている。「不適当」なものとしては例示されている事由はどちらも報道機関が関わるものである。

労働組合運動の一環としてなされた申告事件の処理に関し、法違反の状況も含めその具体的処理経過を申告者に開示した結果、申告人が当該事業場あるいは他の労働組合を非難する形でこれを報道機関に発表する措置を講じ、このため、労使双方に労働基準監督機関の公平性、中立性に疑念を生じさせたもの

②申告人から申告の事実について情報を受けた報道機関の取材があったことを理由として、個別事業場に対する申告監督の詳細な結果を広報しているもの

 

 一方で特定の企業名(事業場名)が明らかにならない場合、すなわち「特定の対象又は集団に係る監督指導結果の内容を統計資料にまとめ、これを公表する場合」については「個別の事業場名等を公表するわけではなく、また、これを行うことが労働災害の防止等の行政目的の達成のため必要となる場合もある」と記している。企業名を公表することなく行える広報活動(②-B)は必要性が認められていた。

 

 以上を踏まえると、1994.2.22基監発第10号では、司法事件については「同種犯罪の防止」(②-B)の目的に限定して企業名公表が認められていること、それ以外の事案では特定の企業名が明らかになる形での開示が原則として認められていないこと、申告事件における情報開示(③-A)であっても企業名の報道は忌避されていたこと、がうかがえる。

 この1994年の通達は2003.2.18基監発第0218002号により改正されているが、企業名公表ないし開示の方針に変更はみられない。一方で個別事業場に対する監督結果等の情報開示に関して、次のような説明が追加されており、情報開示に慎重な態度を一層固めていると言える。

また、監督指導業務が円滑に実施されている要因として、監督指導結果等の情報は一般に外部に開示されないという信頼関係を基にして、事業場が必要以上に構えることなく労働実態等を監督官に明らかにし、これによって監督官は比較的容易に法違反を発見し是正を指導することが可能となっているという点がある。しかし、仮に外部の者に対し個別事業場に係る監督指導結果等の情報を開示することとする場合には、当該事業場はその監督指導結果等の内容から労務管理や安全衛生管理に問題のある事業場とみなされ、信用低下を招き、取引関係や人材確保等において不利な状況に陥るなど当該事業場の権利利益が害されるおそれが生じるため、当該事業場は監督指導時に協力的ではなくなり、結果として監督指導業務の円滑な運営に支障を生じることとなる。

 

 なおこの間、2002.3.13基発第0313008号により、前述1982.2.22基発第128号が廃止され、新たな取扱い規定が定められている*32。監督復命書、災害調査復命書については対象文書から除外されたままだが、是正勧告書(控)などは嘱託に応じることとしている。是正勧告書は法違反の内容が記されているものであり、1982.2.22基発第128号においては「法違反の有無」すら非開示であったことを踏まえると、情報開示の姿勢が向上していることが確認できる。

 

3 企業名公表の拡充

 2010年ごろから企業名公表の手法を従来より積極的に活用していこうという動きがいくつか確認できる。ただし公表実施のハードルが引き下げられたり、同種犯罪の防止(②-B)以外の行政目的が掲げられるようになったりしたわけではなかった。

 2009.12.28基監発1228第2号では、都道府県労働局又は労働基準監督署が行っている企業名公表のうち特に重要なものについては厚生労働記者会を通じた公表も併せて実施することとした*33。公表の目的については「同種犯罪の防止を図るという公益性」(②-B)に依然として限定されている。

司法事件の報道機関を通じた公表については、同種犯罪の防止を図るという公益性を確保する目的から行っているところであるが、社会的に注目される問題に関連するなど、当該目的からみて全国的に報道されることが重要である事件(以下「全国公表事件」という。)については、より多くの報道機関による報道がなされるよう、今般、都道府県労働局又は労働基準監督署(以下「局・署」という。)による報道発表に加え、当課から厚生労働記者会を通じた公表を行うこととした。

 

 2010年7月1日には厚生労働省・省内事業仕分け(第15回)において、公表制度のあり方が議論された。同会合で示された「労働基準監督業務の改革案について*34」という資料では、以下の記述がある。

IV 法違反是正のための公表の在り方の検討

現行の取扱い(法違反で送検した事案は事業場名を公表)に加え、違反は認められるが、送検しなかった事案に関し、情報公開法の運用、所属する労働者のプライバシーの問題等を踏まえ、公表の在り方を検討する(平成22年度中に成案を得る)。

 

 議事録によれば「IVは法違反是正のための公表の在り方の検討で、送検したときだけ企業名を公表していましたが、もう少し感銘力のある対応の仕方がないか考えています」との労働基準局長の発言がある*35

 しかし送検しなかった事案の公表制度について、具体的な成案には至っていない。2012.2.8基発0208第3号では「監督指導において法令違反の是正を指導した事案であって、司法処分を行わなかったものについては、原則として公表しないこと」とされている。ただし「事業場の周辺住民の生命・健康に関わる事情が認められるものについては、周辺住民の健康不安が生じかねず、その不安を解消するという公益性の確保の観点から、指導結果を明らかにすることが適当である場合には、公表すること」と付されることになった。

 従来の通達と違い、「公益性」について「周辺住民の生命・健康に関わる事情」と例示されている点が新しい。本稿の分析視角に当てはめると、〈時制〉という点では、すでに生じている健康不安の解消(A)あるいは将来の健康不安発生の防止(B)という双方のケースが想定できるだろう。一方で〈経路〉という点に関していえば、「不安」の対象は「周辺住民」であり、使用者・労働者いずれでもない。本稿が想定していた労働者保護(③-B)とは異なるものの、第三者(周辺住民)保護の考え方を示すものとなった。

 なお「司法処分を行った事案については、同種犯罪の防止を図るという公益性を確保する目的から、原則として、事案を公表すること」となっている。以前の2003.2.18基監発第0218002号にはなかった「原則として」の文言が盛り込まれているのは、運用の明確化を図ったものといえる。

 2015年1月27日に開催された第2回長時間労働削減推進本部では、新たに実施する取組の一つとして、都道府県労働局長自らが企業の経営トップに対して是正指導を実施し、その事実を公表することが決定された。これを受けた2015.5.18基発0518第1号により、送検未満の事案についての公表基準が緩和されることになった。

 この通達では以下のように目的が述べられており、これが現行企業名公表制度にまで引き継がれている。

 併せて、貴職[=各都道府県労働局長――引用者注]から企業の経営トップに対して是正指導を行った事実を広く社会に情報提供することにより、他の企業における遵法意識を啓発し、法令違反の防止の徹底や自主的な改善を促進させ、もって、同種事案の防止を図るという公益性を確保することを目的とする。

 なお、当該公表は、対象とする企業に対する制裁として行うものではないこと。

 

 本稿の分析視角に引き付けて言えば、3点が指摘できる。

 第一に制裁(①-A)を明示的に否定したことである。従来においては企業名公表措置が制裁にあたるか否かについて言及を避けていた。「もっぱら同種犯罪の防止を図る」という形で目的を限定していたため、制裁の趣旨が無いことを暗黙裡に示してはいたが、このたびの通達ではそれを明確にしたものといえよう。

 第二に「同種事案の防止」(②-B)について、「他の企業」という記述が加わったことである。先に示したように、予防(②-B)には一般予防(他の企業における予防)・特別予防(当該企業における予防)の二つが想定できた。従来の通達では単に「同種犯罪の防止」と記されていたのみだったので、一般予防なのか特別予防なのか断定できない部分もあった。この点、「他の企業」と明記されたことで、一般予防という趣旨が明確になった。

 第三に、依然として労働者への情報提供(③-B)については射程に入れられていない。むろん「同種事案の防止」(②-B)について述べている以上、労働者の利益を否定する意図ではないだろう。とはいえ労働者の権利面について明示的には触れられず、求職者の就職先選択に助力するための情報提供といった目的は掲げられないままとなっている。

 2015年以降にもいくつかの通達が発出されているが、公表の目的や機能に関する記述は変わっていない*36。新しいところでは2019.1.25基発0125第1号が前文で「適正かつ公正な運用」「企業の納得性」に触れている。

今般、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(昭和41年法律第132号)に基づき国が定めた労働に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針(平成30年12月28日閣議決定)において、「労働基準監督制度の適正かつ公正な運用を確保することにより、監督指導に対する企業の納得性を高め、労働基準法等関係法令の遵守に向けた企業の主体的な取組を効果的に促すこととし、そのための具体的な取組として、監督指導の実施に際し、重大な違反事案について指導結果を公表する場合の手続を一層明確化する」旨盛り込まれたところである。

 

 この背景には、働き方改革関連法案が政治の俎上にのぼるなかで、行政運営に対する批判が高まったことがあったと思われる。2017年12月に「東京労働局長による特別指導」の事実が報道陣に対する「プレゼント」として公表され、公表基準が不明瞭であったために恣意的な企業名公表との批判を生んだ*37。「手続を一層明確化する」ことに触れているのはこのためと考えられる。

 本通達においても、企業名公表を実施する目的や理由付けについては「他の企業における遵法意識を啓発し、法令違反の防止の徹底や自主的な改善を促進させ、もって、同種事案の防止を図るという公益性を確保することを目的とし、対象とする企業に対する制裁として行うものではない」となっており、従来の通達を踏襲する形となっている。

 

 企業名公表の目的ないし機能について、行政通達に基づいて、その認識の変化を概観してきた。そこから確認できたことは、行政当局は企業名公表の目的を唯一「同種事案の防止」(②-B)に限定していることである。

 制裁的機能(①-A)については、従来の通達においては言及が避けられてきたという意味で、いわば消極的否定であった。これが現行制度では「制裁として行うものではない」という明示的な否定に変わっている。また、第三者保護(周辺住民)の考え方は一部見られたものの、労働者(求職者)が受けるメリット(③-B)については言及されないままであり、労働者への情報提供という視点は欠けている。

 企業名公表制度は、公表基準の緩和や手続きの明確化という点では拡充が図られてきたといえる。しかし企業名公表を実施する目的や理由付けに関しては、そのロジックの拡大や多様化が見られることはなく、むしろそれを限定する方向で進行してきたのである。

 

Ⅴおわりに

 本稿は労働法の実現手法について、共通の分析視角を用意できるよう企図しつつ、行政手法を〈時制〉と〈経路〉の観点から把握した。

 この枠組みに当てはめると、企業名公表は複数の機能を有していると想定される。当該企業に対して社会的評判に訴える形で制裁を与えること(①-A)、公表が一種の警告となって法違反の発生が抑止されること(②-B)、労働者(求職者)に対して情報の非対称性を低減すること(③-B)、の3つである。

 ただし行政当局自身は企業名公表を実施する目的ないし機能について、限定的に認識してきたことも確認した。行政当局は企業名公表の目的をもっぱら②-Bに限定し、企業名公表制度が拡充されていくなかでも、そうした認識は変えていない。

 このように企業名公表の目的ないし機能が限定的に解されていることについて、さしあたり次の諸点を指摘しておく。

 第一に、制度設計上の課題となりうる点である。本稿では企業名公表の機能を論じてきたため、公表の基準や内容、方法、期間(一定期間経過後や改善が見られた場合に公表を中止する規定)等については検討を加えなかった。しかし具体的な制度設計にあたってはこうした要素についての検討が不可欠となるのは言うまでもない。その際、制度の目的をどのように定めるかによって、そのあり方は異なってくるだろう。

 たとえば公表される内容について、他の企業の側からすれば、どのような行為が違反に該当するか、どのような違反が重点的に取り締まられているか(すべての法違反が立件されているわけではない)、といった情報が有用とされるだろう。一方で労働者の求職活動に資するための情報提供という観点からすれば、当該企業の就業の実態や法違反の改善経過に高い関心が寄せられるかもしれない。前者のための情報であれば必ずしも具体的な企業名を公表する必要はないが*38、後者であれば企業名を伴った情報であることが欠かせない。どのような情報をどこまで公表するかは、目的に応じて異なってくる。

 現行企業名公表制度の根拠規定や運用の細則は行政通達によって定められているため、行政当局の認識は具体的な制度設計や運用方向性に影響を与えると見込まれる。その意味で、企業名公表の目的が「同種事案の防止」(②-B)に限定されていることの是非は改めて問われるべきであろう。

 第二に、根拠規定を法律上に明文化することが求められるにもかかわらず、行政当局は、制裁目的を否定することによってその問題を回避している点である。

 行政当局が制裁の目的を否定しているのは、制裁的機能を有する企業名の公表には法律の根拠規定が必要と解されている*39点があると思われる。しかし名目上で制裁の目的を否定すれば制裁的機能が消滅するわけではない。制裁的機能を依然帯びているのであれば、法律の留保の観点から根拠規定の明文化は必要なはずだ*40

 企業名公表の措置が当該企業に不利益を与えうる点については、行政当局も認識している*41。前述したように、2018年の働き方改革関連法案の審議の際には、不透明な手続で企業名公表がなされたことへの批判も惹起された。企業名公表が不利益をもたらしうる措置である以上、公表される者への権利保障として、事前手続・事後救済措置は求められる。現行のような行政通達で規定する形では、パブリック・コメント制度の対象にもならない。法的統制が図られる形にすべきであろう。

 最後に本稿の限界ないし今後の課題に触れておこう。

 第一に、企業名公表の実態的な運用や効果については、今後の研究が俟たれるという点である。本稿は行政手法について、どのような〈経路〉および〈時制〉が想定されているかという観点から、その目的ないし機能について把握を行った。そのため現実の行政の展開過程において、実際にどのような効果が果たされているかを分析したものではない。

 他の労働行政分野における企業名公表制度では、厚生労働大臣名で勧告を行い、従わない場合に企業名を公表する仕組みを採っているものが多い。一方、労働基準行政では送検や公表の直接的な実務を担うのは各労働基準監督署および都道府県労働局であり、厚生労働本省はそれを取りまとめてホームページに掲載している。労働基準行政のほうが地方支分部局の自立性が強く、行政通達が現場でどのように運用されているかについては、より注意を払う必要がある。

 今後、定量的な分析も含めて、企業名公表の実態的な効果や運用上の課題を探る研究が進展することが望まれる。

 第二に、本稿はあくまで行政通達の変遷を概観するのみに留まり、どのような背景で通達の発出や改正が行われたか、その際にどのような議論が行われたかを逐一追うことはできなかった。行政通達の場合、法律案のように国会審議があるわけでもなく、内部的な議論の過程も通常はオープンにならない。その意味で制度史を辿ることの制約は一層大きくなる。

 本稿においても、行政当局が企業名公表の機能を「同種事案の防止」(②-B)に限定していることを指摘したが、その背景や理由については資料的な裏付けを示せていない。こうした点については、公共政策学や行政学などの見地も含め、行政当局の立案・意思決定過程を明らかにしていく研究が求められるだろう。

 

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*1:野川・島田・山川[2011]3頁、野川の発言より。

*2:労働法の実効性確保システムについて、研究史を整理しつつ、制度の現状について取り上げたものとして、和田[2020]を参照。

*3:東京労働局管内において、2015年度に「過労死等発生事業場」に対して実施した監督指導結果では、何らかの法令違反があり是正勧告を行った事業場が9割にのぼっている(東京労働局発表平成28年6月21日付け「過労死等を発生させた事業場への監督指導結果(平成27年度)を公表します」https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/var/rev0/0142/6363/2016622144427.pdf)。対照的に、かつて井上[1970]は、K労働基準監督署で1年間に発生した労働災害死亡事故(交通災害除く)において、労働基準法違反(当時は労働安全衛生法の制定前である)が原因で災害が発生したのが20例中わずか5例であったことを述べている。過労死と死亡事故を単純に比較することはできないが、当時は安全衛生法規でカバーできていない事故がそもそも多かったと考えられる。

*4:公表実施の個別的判断は都道府県労働局が担っているということであり、他の労働行政における企業名公表(厚生労働大臣による勧告→公表)とは異なるプロセスとなっている。

*5:実務的な解説については大澤・山本[2018]を参照。

*6:また同一事案に対して複数の目的を志向した対処がとられることも珍しくない。たとえば労災保険による補償が行われると同時に、法違反があれば使用者に対して是正勧告や送検処分がなされる例が一般的に考えられる。

*7:平成31年1月15日付基発0115第5号

*8:昭和57年2月16日付基発第110号

*9:昭和63年3月16日付基発第159号

*10:現在の『労働基準監督年報』では労基法第19条の違反事業場数の記載はなく、是正勧告の件数は分からない。申告事件の事項別集計においても「解雇」と一括りにされているため解雇予告手当労基法第20条)と区別できない。なお1965年の定期監督では19条が3件、20条が102件となっている。

*11:労基法第33条第1項但書の届出は近年でも年間1~2万件台はあるが、代休付与命令は記録の残る1964年以降では1967年の12件が最高であり、1982年の2件を最後に0件が続いている(『労働基準監督年報』各年版を参照)。是正勧告件数も不明である。

*12:労働基準行政は法令違反に対して「是正勧告」で臨むことが多く、「命令」についての権限規定は多くない。命令処分のなかで比較的多く用いられているのは使用停止等命令でここ10年以上は年間5千件前後が発せられている。それ以外では工事着手差止め・計画変更命令(労働安全衛生法第88条)を除けばほとんど利用されていない。就業規則変更命令も1970年代前半ごろまでは年間数百件ほど発出されていたが、近年は0件の年が多い(『労働基準監督年報』各年版を参照)。

*13:たとえば労働安全衛生法第106条第1項では国が「金融上の措置、技術上の助言その他必要な援助」に努めることが規定されており、労働安全衛生融資制度が設けられていた。

*14:https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000711719.pdf

*15:未払賃金の立替払事業について、賃金支払能力がある場合には主として労働基準監督機関の監督指導によって賃金支払義務の履行確保を図る一方で、支払能力がない場合には使用者の責任を追及することだけでは現実的な保護とはなりえないことから救済制度を設けるべきとされた経緯がある(労働省労働基準局[1975])。労災保険法についても、当初は給付内容が労働基準法上の災害補償と全く同一であり、使用者の一時的補償負担の緩和を図り労働者に対する迅速かつ公正な保護を確保するため制定された(濱口[2018]433頁)。

*16:労基法第106条(法令等の周知義務)のほか、労働安全衛生法第59条の安全衛生教育、同法第69条の健康教育等の規定がある。

*17:労基法上の規定に限定して述べれば、労基法第105条の2の「資料の提供その他必要な援助」が使用者だけでなく労働者も対象としているほか、労使協定の締結が求められる場面では、労働組合過半数代表者に対しても助言や指導を行うことが予定されている(労基法第36条第9項など)。

*18:新型コロナウイルス感染症対応における雇用調整助成金と新たな休業支援金については濱口[2020]第1章。

*19:一般予防効果については、刑事罰が制度的に予定されているという事実を周知することによって果たされるものである。周知の方法としては不特定多数をターゲットにした広報活動もあれば、個別の使用者に対して是正勧告をする際に警告として周知されるもあるだろう。いずれにしろ、一般予防は周知活動があることによってその機能を果たすことになる。

*20:たとえば労働省労働基準局監督課[1982]。

*21:元労働基準監督官である會田朋哉は自身が執筆した小説中において「死亡労働災害の場合、『葬式送検』と呼んでいるが、災害発生原因に何らかの法違反が有れば必ず送検することになっている」と記している(會田[2009]5頁)。ただしここで述べられている「死亡労働災害」とは「災害事故」のことと思われ、業務上疾病のケースでは死亡事案であっても積極的に送検されてきたとは言いがたい。いわゆる過労死事案に関して書類送検が行われたのは2001年3月が初のケースだと言われている(『労働基準広報』2001年4月1付け1351号「恒常的な時間外労働による過労死で送検」)。

*22:たとえば2020年6月4日に音響機器メーカーのズームが「当社はビデオ会議サービスを運営する米国の『Zoom Video Communications, Inc.』とは一切関係ありません。ご注意下さい。」と自社ホームページ上で注意喚起したことがあった(https://ir.zoom.co.jp/ja/news.html#2020_all)。ビデオ会議アプリサービスの米Zoomと勘違いされて、株価がストップ高になったためと思われる。企業名が同名・類似名であることにより、無関係な企業が風評を被ることは避けるべきであろう。

*23:なお独占禁止法基本問題懇談会(https://www8.cao.go.jp/chosei/dokkin/archive/finalreport.html)「独占禁止法基本問題懇談会報告書」(平成19年6月26日)でも「事業者名を含めて公表されることにより、具体的にどのような行為が独占禁止法上問題となる可能性があるかを明らかにすることで違反行為の未然防止を図るとともに、当該事業者の行為に対する消費者や事業者の注意を喚起する」(37頁)というように、違反の未然防止と注意喚起の両側面が述べられている。

*24:企業のネガティブ情報の公表に関係する判例として、労災保険給付の支給決定に係る処理経過簿の行政文書開示請求につき法人名記載部分の開示をめぐって争われた大阪労働局長事件(大阪高判平成24・11・29)がある。判決は、労災認定された事実がそれだけで使用者に過失や法令違反があることを意味せず、また、被災労働者の基礎疾患等個別の事情の影響がありうることを確認しつつも、企業名の公表による当該企業の社会的評価の低下や業務上の信用毀損の蓋然性を認めている。

*25:2017.3.30基発0330第11号

*26:山川[2017]は、企業等の法令違反情報について、行政機関が信頼性の高い情報を開示することが労働者の求職活動に資することを述べている(86-87頁)。

*27:職業安定法施行規則第17条の4。

*28:法令違反が発見された企業について、その企業名の実名を含む情報を公表する措置に検討対象を絞っている。

*29:なお、情報開示に関する通達も掲げているのは、それが企業名公表の実施とも関連するためである。企業名公表は行政側が主体となって情報を発信するものだが、関係者やマスコミの要請に応じて情報を開示するのは、言わば受動的な情報発信となる。情報開示に関する行政当局のスタンスは、企業名公表制度が整えられる前史として考察されよう。

*30:予防機能(②-B)について本稿では特別予防(当該企業における再発防止)・一般予防(他の企業における事前防止)の2タイプを示した。「同種犯罪の防止」という限られた文言からはどちらの意とは断定できないが、後述の通達も踏まえれば後者を指していると思われる。

*31:たとえば「社会的に非難されるべき」「サービス残業にメス」「業界に対する警鐘を鳴らす観点から」などの文言は、労働基準監督機関の立場を超えた評価、価値判断であるとして不適当だと例示されている。民事上の責任を推定させるものとしては「被疑事実に係る部分以外の災害発生原因を、必要以上に詳細に説明するもの」が挙げられている。

*32:これは「民事訴訟法の一部を改正する法律」(平成13年法律第96号)の施行により、公務文書について原則として裁判所への文書提出義務が課されたことに伴うものである。強制手続きたる文書提出命令ではない、調査の嘱託・文書送付の嘱託についての具体的な対応は2002.3.13基総発第0313001号で定められた。

*33:のちの2016.4.1基監発0401第4号では、月100時間超の時間外・休日労働に係る労働時間関係違反が特に示されている。

*34:https://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/15-2b.pdf

*35:https://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/giji-15.pdf

*36:2016年12月の長時間労働削減推進本部による「『過労死等ゼロ』緊急対策」のとりまとめを契機として、2017年からは公表事案を厚生労働本省のホームページに掲載するようになった(2017.3.30基発0330第11号)。筆者は長時間労働削減推進本部の会合における議事録について行政文書開示請求を行ったが、「事務処理上作成又は取得した事実はなく、実際に保有していない」ことを理由とする不開示決定通知を受けている(令和2年12月15日付け厚生労働省発基1215第11号)。それ以外の通達においては、公表の目的について2015.5.18基発0518第1号の記述を踏襲している。

*37:その経緯については澤路・千葉・贄川[2019]第5章を参照。

*38:事実、企業名を伏せたうえで広報活動を行うことはしばしば見られる。行政当局自身も「個別事業場の監督指導結果を個別の事案としてではなく、法令違反の態様や指導内容等の典型的な事例として広報することは、事業主による自主的な改善や法令違反行為の抑制の効果が見込まれる」と述べている(2012.2.8基発0208第3号)。

*39:水町[2019]106-107頁などを参照。

*40:侵害的効果を有する公表に法令上の根拠規範が要求されるかという点について、天本[2019](66頁以下)は、(1)義務違反を対象とする公表であっても、公表される者の権利保障のためには、義務規定の存在だけでなく公表の根拠規定が必要であること、(2)一般法である行政手続法が行政指導の不服従に対する不利益な取扱いを禁止しており、侵害的効果を有する公表が「不利益な取扱い」に該当するか否かの法的疑義を排する必要があること、(3)公務員の守秘義務違反の疑いを解消させる必要があること、(4)公表は個人情報の第三者提供にあたり、個人情報の取扱いの観点から法令上の根拠があることが望ましいこと、といった諸点から原則として法令上の根拠が必要であると解している。

*41:たとえば1994.2.22基監発第10号では「労働基準監督機関としてこれを公表することによって得られる効果と、当該個人又は法人が受けるおそれのある不利益との比較考量を行い、当該事項の公表の適否について、慎重に見極めを行うこと」と記されている。