ぽんの日記

京都に住む大学院生です。研究とは関係ないことも気ままに書いていきます

減少する労働基準監督署

監督官の数と比べると、監督署の数そのものは比較的議論になっていませんが

監督署の数がどう推移してきたのか、グラフを作ってみました。

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『労働基準監督年報』から数字を拾ってますが、抜けとかがあるかもしません。(グラフの下限が0でないことに注意)

 

2016年だと労働基準監督署は全国に321ヶ所、支署が4つあります。2000年代初めから大きく数を減らしています。ハロワとともに再編整理が進んでいて、その影響かと思います。

 

なお60年代~70年代は全体の数は大きく変わっていませんが、「方面制」のところが増えています。

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方面制署は所管エリアをいくつかの方面に分けて、それぞれに主任監督官を置くというものです。主任監督官は課長職相当の扱いだったと思いますが、それが監督体制の充実につながっているのかどうかは検討の余地があるようです。役付の監督官が増えても、現場に出る監督官が増えるとは限りませんから。

某公立大学に資料調査に行った話

研究の都合で、某公立大学の図書館を訪れたときのこと。

見たい資料が近くだとそこにしかなかったのですが、どうも他大学の利用者には管理がうるさいようで、セルフコピーはできないと。代行コピーとなり料金は1枚40円。

国立国会図書館の複写料金も安くはありませんが(A4/B4、1枚25.92円)、それ以上の料金。

 

あと、著作権切れの資料であるにも関わらず、コピーは全体の半分以下と言われました。貴重な資料を外部の人にあまり使ってほしくないのかと思った。

理由を聞いてみると、本自体の著作権が切れていても、たとえば写真などが載っているなどして権利関係が複雑だったりするので、全範囲の複写を原則として認めていないということでした。・・・正直、そんなことあるのかと思ってしまった。

 

全ページをコピーしたい場合は、“前頁複写願”のようなものを所属の図書館から許可を得て提出する必要があるということです。

本学の図書館は嫌な顔するけど、経済図書館なら許可出してくれるかも、みたいなことも言ってました。

労働基準監督官の適切な数とは

ILO条約・勧告を主に見る。(参考→こちら

なお条約と勧告の違いは

条約は、国際的な最低の労働基準を定め、加盟国の批准という手続によって効力が発生します。条約の発効には、通常2カ国の批准が必要とされます。批准国は、条約を国内法に活かすという国際的義務を負うことになり、廃棄(denunciation)の手続をとらない限り、たとえILOを脱退しても一定期間はその条約に拘束されます。

 

勧告は、批准を前提とせず、拘束力はありません。勧告は、加盟国の事情が相当に異なることを配慮し、各国に適した方法で適用できる国際基準で、各国の法律や労働協約の作成にとって一つの有力な指針として役立つものです。勧告は、事情が許せば、条約化する予備的な措置として採択される場合も多く、勧告に定める基準は、条約化のプロセスのための指針といえます。

 

最近は、同時に同テーマの条約と勧告を採択し、条約は原則的な規定を内容とし、詳細は勧告で規定する場合が多くあります。

国際労働基準(基準設定と監視機構) (ILO駐日事務所)

 

1923年 労働監督勧告(第20号)

※1947年の労働監督条約(第81号) 採択後も有効とされている。

Ⅲ 監督の組織

C 監督の標準及方法

18 各事業場の大小及軽重に著しき差異の存すること、並工場の広く散在し村落的性質を有する地方に於て特殊の困難の存することを認むるも、監督官は、特定の異議の取調其の他の目的を以てする特殊の臨検の外、一般監督の目的を以て能ふ限り少くとも一年一回各事業場を臨検すべきを望ましとすること。又大なる事業場、労働者の健康及安全の見地より経営の不満足なる事業場並危険なる又は健康上有害なる工程の行はるる事業場は、一層頻繁に之を臨検すべきを望ましとすること。事業場に於て重大なる反則の発見せられたる場合に於ては、監督官は、該反則の改められたりや否やを確むる為短時日内に右事業場を再臨検すべきことを望ましとす。

 

少なくとも年1回、大事業場や有害作業のあるところはもっと頻繁に、と。

 

1947年 労働監督条約(第81号)

※日本:1953年10月20日批准

第一部 工業における労働監督

第10条

労働監督官の数は、監督機関の任務の実効的な遂行を確保するために充分なものでなければならず、また、次のことを考慮して決定しなければならない。

 (a) 監督官が遂行すべき任務の重要性、特に、

  (i)  監督を受ける事業場の数、性質、規模及び位置

  (ii)  それらの事業場で使用する労働者の数及び種類

  (iii) 実施を確保すべき法規の数及び複雑性

 (b) 監督官が使用できる物的手段

 (c) 監督を実効的なものにするため臨検を必要とする実情

第16条

事業場に対しては、関係法規の実効的な適用の確保に必要である限りひんぱん且つ完全に監督を実施しなければならない

 

第二部 商業における労働監督

第24条

商業的事業場における労働監督の制度については、この条約の第三条から第二十一条までの規定を準用する。

 

「ひんぱん且つ完全に」とはあるが、具体的な数には触れず。

 

2006年11月ILO理事会

日本労働弁護団や全労働省労働組合が監督官の数が少ないと批判するときに引用しているのが、2006年11月ILO理事会「Strategies and practice for labor inspection (GB297/ESP/3)」

「先進工業市場経済国では、労働監督官1人辺り最大労働者数1万人とすべきと考える」

 

原文の該当部分は多分これ。

the ILO has taken as reasonable benchmarks that the number of labour inspectors in relation to workers should approach: 1/10,000 in industrial market economies; 1/15,000 in industrializing economies; 1/20,000 in transition economies; and 1/40,000 in less developed countries. The chart in the appendix shows that many countries do not reach these benchmarks.

http:// http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---ed_norm/---relconf/documents/meetingdocument/wcms_gb_297_esp_3_en.pdf

 

一方で、多くの国がこのベンチマークに届いていないとも。

 

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労働基準監督官の数

 

日本

アメリカ

イギリス

フランス

ドイツ

スウェーデン

監督官の数

約3,000人

約3,900人

約2,700人

約1,700人

約6,300人

約300人

監督官1人当たりの労働者数

約16,200人

約35,700人

約10,800人

約13,500人

約5,300人

約15,600人

出所)全労働「労働行政の現状」。原資料は厚生労働省作成/2016年10月

注)各国の雇用者数は、ILO LABORSTA(2009年11月現在)

 

なお2015年版『労働基準監督年報』によれば、事業場数は約412万か所。監督件数は定期監督、申告監督、再監督すべて合わせても約17万件。1年ですべての事業場を回るには監督件数を25倍くらいに増やす必要がある。逆に現在のペースだとすべての事業場を監督するのに25年以上かかってしまう計算。

 

ブラック企業の求人不受理

ブラック企業対策」のひとつに、法令に違反した企業に対する求人不受理というものがある。労働基準法や雇用機会均等法の一部の条項に関して、是正勧告が繰り返されたり、送検されたりした場合が対象となる。違反が是正されてから6か月間、送検された場合はその日から1年間は、ハローワークで新規新卒求人を受け付けないというものである。若者雇用促進法によって2016年3月1日から始まった。

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000110447.pdf

 

ところで昔の論文を読んでいたら、以下の記述があった*1

 

労働基準法違反の防止に大きな役割を果すものに、監督行政との協力機関がある。

その第一は、重大な労働基準法違反があった場合には、労働基準監督機関は、職安に連絡し、職安は、その企業に人を紹介しないという仕組みである。この仕組みが確立されたのは昭和42年の2月であった。(昭和42年2月9日基発(秘)第2号職発第63号「労働基準監督官機関と職業安定機関との相互に通報制度の実施」)

(中略)

つぎに、重大な労働基準法違反があるような労務管理が悪い建設事業者には、建設省は、昭和42年度の新年度から、公共工事を請け負わせない方針を決定し、公共建設工事の発注者である公団や都道府県、市町村にもこの方針にならうよう手をうつことにし、そのために、請負申請に対する申請事項として、従来の経営、技術の面のほか、「労働福祉条項」を加え、賃金、退職手当の支払状況、飯場などの労働環境の状況などを審査し、その成績によっては、請け負わせる基準にしているランクの格下げ、指名入札業者からの除名もありうるとしている。(昭和42年1月25日「朝日新聞」)

 

後半は建設省に限定したものだが、電通の送検を受けて経産省が1か月間の「経済産業省所管補助金交付等の停止及び契約に係る指名停止措置」、厚労省が6か月間の「工事請負契約指名停止等措置」を取ったことのはしりと言える。

 

労働基準法違反事業者に対する経済産業省所管補助金交付等の停止及び契約に係る指名停止措置を講じました(METI/経済産業省)

 

指名停止情報|厚生労働省

 

 

なお労働基準監督官として勤務していた井上[1979]は次のように書いている*2

 

それから問題として、行政機関の横の連絡の問題がある。たとえば、安全管理に不熱心な建設業者について建設省に通報するということなどである。現在、建設業については、建設省都道府県知事へ、陸運業者については陸運局へ、全業種について公共職業安定所への通報制度がある。このなかで前2者はほぼ良好であるが、安定所の対応はよくない。悪質な事業場については求人受理しないということが完全には行われていない。……(略)……将来においては、労働法に違反している事業場については、すべての官公庁は仕事その他の発注をしないというくらいのことが必要であろう。その点で米国の公契約法は参考になろう。

 

現在では地方運輸局(自動者運転者関係)、入国管理局(外国人労働者関係)等からの通報も行われているようである。しかしハロワの求人不受理の仕組みは、いったいこの間になにがあったのだろうか。

 

*1:松岡三郎[1977]「実効性確保の手段」『労働基準法季刊労働法別冊1号

*2:井上浩[1979]「労働基準監督官と労基行政 是正すべき制度上の歪みはなにか」『月刊労働問題』268号

生活保護の廃止理由と地域差

 大阪市立大が生活保護の行政データを分析して、その結果が報道されてました。

この件については、すでにライターのみわよしこさんが記事を書いています。

大阪市:報道発表資料 地域福祉等の向上のための有効性実証検証に関する連携協定における生活保護データの分析結果を発表します

「生活保護目当ての流入者が大阪市を苦しめる」という言説の虚実 | 生活保護のリアル~私たちの明日は? みわよしこ | ダイヤモンド・オンライン

 

生活保護については以前調べたことがあるので、思うところを少し書いておきます。

データの性格と大阪市の地域特性についてです。

 

分析では保護の開始理由や廃止理由も分析しています。しかしこれらのデータは住民票登録日や開始日などと違って、かならずしも客観的とは限りません。ケースワーカーの判断に裁量が入る余地があるためです(そういった恣意性が働くこと自体を必ずしも否定するわけではありません)。

 

とりあえず下は大阪市名古屋市生活保護の理由別廃止件数のグラフを上げておきます。こういったグラフは「生活保護動態調査」「福祉行政報告例」「被保護者調査」を用いて、都道府県別・政令中核市別に作成することができます。開始理由でもそうですが、都市部と地方ではその内訳が大きく異なります。(全2者は9月を調査月としています)

 

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この地域差の問題は、全国レベルの分析を行う際にも注意が必要です。下の図は「世帯主の傷病治癒」を理由とする生活保護の廃止件数です。大阪市という1つの自治体の数字が無視できない大きさになっています。2009、10年は「世帯主の傷病治癒」の廃止件数のうち約67%が大阪市のものです。

 

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このようになる大きな要因としては、日雇い労働者・ホームレスの存在が挙げられます。

ホームレスへの生活保護への適用に関しては「林訴訟」「佐藤訴訟」「山本訴訟」などの裁判や支援運動の結果によって、運用が徐々に改善していきます。しかしそれ以前は、住所不定者には入院中のみ医療扶助単給を認め、退院と同時に保護廃止ということが慣行として行われていました。

統計データからは確かめられませんが、短期間で保護の開始と廃止を繰り返す人が多数存在したと思われます。また廃止の理由も「傷病治癒」「失踪」「その他」などと計上の仕方が時代・地域で異なるということが生じます。

 

大阪市立大の報告でも保護期間の長期化傾向が指摘されていますが、そもそも90年代以前は、非常に短期間で保護が廃止されるケースが多かったと言えます。それが下の図ですが、かつては半数以上が3か月以内に保護が廃止されていたのです*1

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*1:ただしこれは生活保護が廃止になった世帯を分母としています。保護が廃止になることなく長期間継続するケースが入っていないので、平均的な保護受給期間よりは短い数字になっていると考えてください。もちろん、どんなに保護が長引いても、最後には「死亡」によって廃止になるのですが。

電通正式裁判はどれくらい珍しいか

(労働基準監督行政をテーマに修士論文を書こうと思っている者です。まだまだ勉強中、未熟の身ですが、不肖を承知で書いています)

電通労働基準法違反での略式起訴が「不相当」とされ、正式な裁判になったことがニュースになっています。

www3.nhk.or.jp

これについては佐々木亮弁護士の解説が分かりやすいので、載せておきます。

news.yahoo.co.jp

さて、この正式裁判、どれくらい珍しいことなのか。

佐々木弁護士が触れているように、2015年の略式事件47700件のうち「不能・不相当」は24件で、0.05% しかないとのことです。

 

これを別の角度から見てみたいと思います。労働局・労基署が送検した事件のうち、正式裁判になるのはどのくらいなのか、ということです。

厚生労働省が毎年発行している『労働基準監督年報』という資料があります。

残念ながら「不相当」の数は分からないのですが、裁判結果(正式裁判・懲役、正式裁判・罰金、略式命令、無罪)を把握することができます。

 

2015年で言うと、労働基準監督官が検察庁に送検したのが全部で966件。起訴件数が404件、不起訴件数が546件です(未済のものがあるため件数は一致しません)。

そして起訴された結果は、懲役が1件、正式裁判での罰金が3件、略式での罰金が400件、無罪0件です。なので正式裁判になるのがそもそも4件しかありません。無罰は0件ですが、そもそも半数くらいは起訴されないわけです。

 

では歴史的に見た場合はどうか。監督官が送検した事案の裁判結果をグラフにしたのが以下の図です。

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圧倒的に略式が多いです。

(1965年を境にスパイクしていますが、「監督強化」の方針を打ち出すなど、監督行政の運用に変化があった年です。その辺の話は割愛します。)

70年代以降になると、正式裁判になるのは多くても30件に届きません。

 

そもそも送検にまでいたるような違反は、労働安全衛生法違反など、命に関わるようなものが多いと言われています。2015年では安衛法違反が550件で56.9%となっています。業種別では建設業が336件で全体の37.8%、製造業が241件で24.9%です。

なので違法な長時間労働労基法32条、35条、37条違反)で正式裁判になるのはもっと少ないはずです。

 

『労働基準監督年報』で主要条文別の裁判結果が分かるのは1972年までです。経費削減で年報の報告がすごく簡略化されてしまったせいでしょう。

労働時間関係で正式裁判になったのがどれくらいか見てみます。(正式裁判で罰金になった数を拾っています。懲役も少ないですがあります)

1950年 32条(労働時間)39件、34条(休憩)4件、35条(休日)30件、37条(割増賃金)8件

1951年 32条26件、34条1件、35条12件、37条3件

1952年 32条11件、35条2件、37条4件、39条(有給休暇)1件

1953年 32条7件、34条1件、35条4件、37条1件

1954年 32条10件、34条13件、35条5件、36条(時間外労働)1件、37条2件

1955年 32条5件

1956年 32条11件

1958年 32条3件

1959~1964年 不明(業種別には判明しますが条文別の結果は分かりません)

1965年 32条4件

1966年 32条2件

1967年 35条1件

1968年 35条2件

1969年 32条1件、35条2件

1970~1972年はありません。

 

半世紀以上前の数字なので、今とは状況が違うだろ、というのはそうなのですが、60年以降は違法な長時間労働で正式裁判になるのは、多くて年数件、おそらく70年代以降はもっと少ないでしょう。

ちなみに1965年に送検件数がぐっと増えますが、60条(18歳未満の労働時間)が目立つように思います。それぞれ1965年96件、66年100件、67年68件、68年71件、69年45件、70年10件といった感じです。

 

すでに「かとく」事案で3件が正式裁判となっていることを考えると、今後傾向が変わっていくのでしょうね。

 

不登校と登校拒否

岡田麿里さんの『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』を読みました。

 

「花いろ」「あの花」「ここさけ」と離婚・死別が多い印象がありましたが、自分の育った家庭がある程度反映されているのでしょう。

 

本の中では「不登校」よりも「登校拒否」という言葉が多く使われています。

もともと「学校嫌い」「登校拒否」が使われていたのが、より包括的、中立的な言葉として「不登校」に置き換わっていった経緯があったと思いますが、時期的には90年代半ばくらいでしょうか。なので著者の学生時代にはまだ登校拒否のほうが一般的だったんでしょう。

しかしそうした「不登校」「登校拒否」という言葉の使い方自体が、やはりアイデンティティ形成に関わっているように読んでいて感じました。小学校の不登校時代など、実態としては不登校に陥りつつも、「自分は登校拒否児じゃないんだ」とレッテル張りに反発するような様子がつづられています。

 

アニメ脚本家として今では有名になっていますが、かくありたいと思う自分の姿と、他人から見た自分の姿、その両者の間で葛藤し続けてきたのではないかと思います。

人付き合いが苦手であるにもかかわらず、あるいはそうであるからこそ、この業界に居場所を見つけていく様子も興味深かったです。