ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

作品を心から楽しむためには、制作過程にも関心を持つべきなのだと思う

山本寛監督が代表を務める「日本フィルアニマチオン」がクラウドファンディングを利用してサポーターを募っている。

 

camp-fire.jp

 

クラウドの登場により、このような形でのコミュニティが作りやすくなったことは良いことだと感じる。

 

 

個人的に最近しばしば考えるようになったきたのは、いわゆるコンテンツ産業というものは(アニメに限らず、音楽やドラマや映画や書籍なども)、その作品がどのように作られたのかにも関心を持たなければならないだろうということ。

 

数年前になるが、映画館でとある映画(アニメ)を鑑賞したときのことだ。上映中から感情移入も出来て、満足の出来だった。だからエンドロールが流れるなか、自分の余韻の中に浸っていた。

しかしそのエンドロールの中の「A-1 Pictures」の文字を見たとき、正直、一瞬で現実に戻された気がした。せっかくの余韻を冷ましてしまうことになった。

 

A-1はその年のブラック企業大賞にノミネートされていた。月600時間労働とも言われる長時間労働によって、過労自死の労災認定が出ていたのだった。

 

無論、アニメーション制作現場の過酷な実態というのはこのスタジオに限られる話ではない。それに事件のことを知ってからも、アニメが好きという気持ちに変わりはなかった。

ただ、やはりA-1の一件は象徴的な事件だったのだと思う。

 

作品の評価は、純粋に作品の内容に基づいて判断すればよいのかもしれない。それでも労災のことを知っている以上、余韻に浸っている最中でもそのことを思い出してしまったし、「この作品は面白かった」と素直に述べたい気持ちを躊躇わせた。

忘れたり、目を向けなければ複雑なことなど考えなくても済むけれど、それが良いことだとは思われない。

 

 

あえて古めかしい言葉を使うけれど、生産過程にも目を向けることが資本主義的生産様式に対する小さな抵抗の一歩なのだと思う。

共同体内でのモノのやり取りと違って、資本主義では市場を介して商品の売買を行う。「市場(いちば)」ではなく「市場(しじょう)」だ。そして市場取引だと、だれがどのように作ったかということは、商品価値と切り離されてしまう。現物と価格だけが重要な情報だ。

 

だから剥き出しの資本主義のもとでは、不正を働く誘因が存在する。最終成果物とその価格だけが市場で評価されるのなら、中間過程は手を抜いたほうが儲かるからだ。それは決して大昔の話ではなく、検査データの改竄や産地偽装は近年でも起きている不祥事だ。

ムラ社会にはムラ社会なりのしがらみはあっただろうが、誰が何をしているかが皆に知られている社会では、このような不正をすれば信頼を失って、その村では生きていけなくなっていただろう。

 

現代社会では法や行政があって、あるいは業界ルールや慣行がそうした悪質な行為を防止する役割を果たすのだろう。

だが私的労働を本質とする資本主義の仕組みが根本的に変わるわけではない。政府の役割には限界があるし、バレないように、あるいは法の穴を突く形で不正を行う誘因はなくならない。

 

だとしたらそれを監視し防止するのは、その現場で働く労働者や商品を購入する消費者が関与しなければならない。そうやって関わり続けなければ、社会改良なるものは実現できない。

 

以上は一般的に当てはまる話だと思うけれど、コンテンツ産業はなおのことのはずだ。

ひとつにはエンタメ要素。「夢や感動」を売りにする作品の制作過程が失望されるような実態であってはならない。

 

もうひとつは表現の自由の問題。戦時下に国民の戦意高揚のために映画やアニメを利用するというのは国家からすれば当然。ディズニーだって啓発アニメを作らされた。平時でも権力側が都合よくコントロールしたがるのは変わらない。作品というのは表現や思想を直接的に体現するのだから、そのようなマスコンテンツを統制下におきたいのだろう。

それゆえに表現の自由憲法的価値が与えられるほど重要なのだ。それが歪んでいいはずがない。不条理な理由によって表現が変えられるのは看過してはならない。あるいは公正な主張を届けるためには、そのプロセスが公正でなければ説得力を欠く。

 

話が少し逸れてしまったかもしれない。

市場を信奉する新自由主義的な考え方では、失われてしまう価値があるということ。

 

フェイクニュースと取引費用の経済学

フェイクニュース問題について感じたことを書いておく。

 

それは、フェイクやデマは作るコストはほとんどかからず済むのに、それを検証したり食い止める側は手間暇がかかってしまうということ。

 

「取引費用の経済学」と呼ばれる分野がある。

伝統的な経済学は取引費用を考慮しない。学校で習う物理の授業とか思い浮かべてみると想像しやすいと思うが、最初にモデルを組み立てるときは摩擦とか空気抵抗のない世界を想定するのだ。そういう理想的な仮定を元にモデルを作る。もちろん現実には摩擦も空気抵抗も存在する。だから今度はそのモデルに摩擦とかの概念を組み入れる。

 

経済学も同じこと。人間は合理的で、しかもあらゆる情報を知っている前提で理論を作る。けど現実には人間の合理性は限定的だし、知りうる情報にも限度がある。

取引コストも情報の探索や商品の輸送費用、モラルハザードが起きないように監視する費用などが現実の世界では当然に生じる。

 

取引費用が少ないほうが、経済学の想定する「理想の世界」に近づくわけだから、そのほうが良いのだろう。取引費用がなくなることによって、新たなビジネス機会が生じるのは想像しやすい。

 

一方でフェイクやデマの類も氾濫しやすくなったことはその弊害と言える。

これまでだったらクチコミはともかく、広く情報を流通させようと思ったらコストがかかった。編集し印刷・出版を経て、そしてその紙媒体の資料を輸送せねばならなかった。

インターネットはそういう面での費用を格安にした。SNSのような個人で発信できるツールならなおさらだ。

 

ネットがなかったならデマを大量に流通させようとしても、それはコストのかかる行為だったはずだ。そうなるとクチコミや噂話、あるいは不幸の手紙のような形をとることになろう。

トンデモ本の類は昔からあったろうが、出版費用を考えたら「ほんの出来心で」とか「そんな気はなかった」みたいな言い訳はふつう考えられない。

 

しかしSNSはどうだろう。いいねやリツイートでデマを拡散に寄与した人たちの多くは、そんなに深刻なことだと捉えていないのではなかろうか。

フェイクニュース産業なるものが成立してしまうのは、そんな特性に立脚していると言えないか。

 

加えてデマや排外主義、国粋主義の多くは作成コストまで安価であるからたちが悪い。

取材して裏付けとって発信された情報と、真偽も確かめずに発信される情報と、どちらが安上がりに作れるかは想像するまでもない。

排外主義だって、国粋主義だって、何も考えずに発信することができる(少なくとも質の低いそれらに関しては)。とりあえず外国人を叩いておけばよいし、とりあえず国益を主張しておけばよい。

 

多様な人間が住んでいる社会においては、本来なら人々の間の権利や利害関係をいかに調整するかということに知恵を絞らなければならない。しかし国益が何でも一番だと言って済むのであれば、そのような難しいことは考えなくていい。

 

よく練り上げて作られた意見や取材を基づく情報と比べて、トンデモ言説は生産費用がほとんどかからない。流通費用がかからなくなったSNS社会では、量的に後者が優勢になってしまう。

こんな現状に憂いを覚える人たちはファクトチェックや監視の努力をするかもしれない。しかしそれにも費用がかかる。圧倒的な情報量の前には追いつかない。

そもそも下らないデマや暴走を食い止めるために労力を払っても、悪化を食い止められるだけで、なにか前進をしているわけではない。これはインテリや知識人の浪費だろう。

 

もちろん、SNS等でだれもが情報を発信できるようになったのは良いことであるはずだ。たとえデメリットや弊害があったとしても、総体として見ればメリットがデメリットを上回るだろう。

問題はそうしたメリットを必ずしも均等に享受できているわけではないということ。少なくとも現状は、SNS社会はフェイクやトンデモ言説の類に大きな「益」をもたらしている。他方で良質な記事は相対的に小さな益を享受しているに過ぎない。

そういうことになるのではないか。

 

長時間労働率の推移

この前のエントリーで労働時間の違反率の推移について、ついでに。

 

労働時間や割増賃金の違反率が90年代末以降高くなったことを指摘しましたが、かならずしも長時間労働の実態が変わったからとも言い切れません。

 

簡単に『労働力調査』で週の労働時間別の労働者数を見てみます。

対象は非農林業の雇用者で、男女で傾向が異なるので別々にしています。

 

まず男性です。

2011年はデータがないので途切れています。「60~」とか「49~59」は週の労働時間で、右軸で「万人」で表示しています。1961年以前は集計区分が異なっており、「1~14」は「1~34」、「35~42」は「35~48」の数字です。

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週の労働時間が49時間以上と60時間以上を「長時間比率」として折れ線で表示しています。数字は%(右軸)です。現在でも1割くらいの男性は週60時間以上働いているということです。

男性の場合の特徴は、景気動向と労働時間が関係していることです。不況期に残業を減らすことで生産調整等を行うためですね。オイルショック時やバブル崩壊時に長時間労働者の比率が減少しています。

 

一方でこちらは女性です。

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男性と比べると景気変動の影響が小さいように見受けられます。

長時間労働者の比率は減少傾向ですが、パートなどの短時間労働者が増加しているという要因が大きそうです。

 

 

労働時間の長さと、労基法32条・37条違反は必ずしもリンクしていません。36協定を結んで残業代を適切に払えば、合法的に長時間労働をさせることができますからね。

長時間労働者の割合がとくに増えたとはいえないのに、労働時間違反が多く摘発されるようになったということは、労基署の取り締まりが厳しくなったということになるでしょう。

橋本健二『新・日本の階級社会』

 橋本健二『新・日本の階級社会』講談社現代新書、2018年。

 

売れている*1ということなので、手に取って読んでみたのだけれど……

 

悪い本とは言わない。氏の本はこれまでにも読んだことはあったが、今回は新書ということで取っつきやすいとはいえ、前に読んだ本のほうが個人的には楽しめたかな、というところ。

 

 

本書の新しいところは、タイトルにもあるとおり、日本は「階級社会」だと言ってのけたところなのだろう。もはや「格差社会」どころではないと。

しかし一方でここが一番腑に落ちない点でもある。私は決して格差の存在を否定しているわけではないが、じゃあ「階級」という視点で日本社会を捉えることがどれほど的確なのか、社会の姿をどの程度規定している要素なのかというのが、いまひとつピンとこない。

 

本書の中で言えば、排外主義や再分配支持についての傾向が階級によって違うとなっている*2。しかし掲げられているグラフを見た第一感は「違いといってもこんなもんなのか」というところ。これは人によっても感じ方が違うかもしれないが、少なくとも私は思ったほど明瞭な違いが出ていないように感じた。「資本家階級」数人(あるいは「アンダークラス」数人)に同じ質問をしたとしても、返ってくる答えが全部バラバラというのもあり得そうなくらいの数字じゃなかろうか。

 

それに「自分の住む地域に外国人が増えてほしくない」「中国人・韓国人は日本を悪く言い過ぎる」は同じく排外主義の質問なのだろうか。排外と嫌中・嫌韓は……

その後の「日本国憲法を改正して、軍隊をもつことができるようにした方がいい」と「沖縄に米軍基地が集中していても仕方がない」も……これを軍備重視としているけれど、憲法改正や沖縄差別の問題は、軍備重視とは直結はしていないと思うのだが。

 

 

 

*1:毎日新聞今や日本は階級社会」によると発行部数は6万部超えたとか

*2:図表だと218頁、224-5頁、231頁、240頁

過去最大の残業代未払い事件は

昨日のブログで、2001年に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が定められ、「監督指導による賃金不払残業の是正結果」が公表されるように なったことを書きました。

 

残業代未払いについては先日JR西日本が是正勧告を受けていたことが報道されました。

 

mainichi.jp

JR西日本は16日、昨年3月までの2年1カ月間に、約1万4200人の社員に計約19億9000万円の時間外労働の賃金未払いがあったと発表した。

 JR西日本は16日、昨年3月までの2年1カ月間に、約1万4200人の社員に計約19億9000万円の時間外労働の賃金未払いがあったと発表した。

 

従業員が多いこともあって、20億円という巨額の未払いになっています。

 

折角なので、これまで是正指導された残業代未払いの最高額はどれくらいなのかを調べてみました。

厚生労働省が発表している「監督指導による賃金不払残業の是正結果」には、「1企業での最高支払額」も公表されています*1

 

この結果をまとめるとこんな感じになります。*2

f:id:knarikazu:20180321151816p:plain

 

 一番多いのは2003年度の64億円(製造業)でした。2007年度の30億円(商業)、2011年度の27億円(建設業)と続いています。

 

グラフ化すると以下のようになります。赤の折れ線は未払い残業代の1企業当たりの平均額を出したものですが、そもそも集計されているのは100万以上の未払い額があったもののみなので全体の平均とはズレるかもしれません。

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 こうして見るとJR西日本の20億円という規模も、数年に1度程度はあるようですね。

 

最高支払額は金額と業種しか公表されていないので、新聞データベースからどんなのがあったのか調べてみました。

まず2003年度には消費者金融の「武富士」のサービス残業が摘発されています。

同局[大阪労働局]によると、サービス残業をさせた社員、退職者計約5千人に、未払いとなっていた過去2年分の残業手当計約35億円を支払ったという。一企業が一度に支払ったサービス残業代としては過去最大規模という。*3

その過去最大規模と言われた額を、同じ年に中部電力が上回ります。

中部電力(本社・名古屋市)は19日、01年4月~02年12月の「サービス残業代」として、全従業員の64%に当たる1万1950人に対して総額53億6千万円を支払ったと発表した。1人当たり平均で44万8千円になる。今年9月に一部社員に支払った分などを含めると、サービス残業代として支払ったのは65億2千万円、対象の従業員は延べ1万9850人にのぼり、今年7月に明らかになり、過去最大と言われた消費者金融武富士の35億円(約5千人)を大きく上回った。*4

 

しかしこの報道だと65億2千万円となっていますね。厚労省の発表だと64億3千万円なので、その後金額の修正でもあったのでしょうか。それから2003年度の2位は8億6千万となっていますが、武富士はどこに行ったんでしょう。

 

そして2004年度の14億円は東京電力だと思われます*5。ただビックカメラも約30億円支払ったとの報道*6が……。残業代以外も含んでいるようなので上記数字と違っているのでしょうか。

 

そのほか目についたものを書きだしておきます。

2005年度 スタッフサービスグループ 53億円*7

      日本マクドナルドホールディングス 22億円*8

      旧日本道路公団 8億円*9

     福岡銀行 21億円*10

2006年度 JR東日本子会社・日本ホテル 5億円*11

     三重銀行 8億7千万円*12

     群馬銀行 12億円*13

     全日空 7億円*14

     ゼンショー 数億円*15

     フジッコ 7億円*16

     コナカ 9億円*17

2007年度 エディオン傘下・ミドリ電化 37億円*18

     もみじ銀行 2.9億円*19

     近畿大学 1億円*20

2008年度 大和リゾート 2.4億円*21

     東建コーポレーション 1億8500万円*22

     県立広島病院 1億3134万円*23

2010年度 イオングループマックスバリュ東北 2.2億円*24

     京都府立医科大学 3億円*25

2011年度 オークワ 7億円*26

2012年度 肥後銀行 2.9億円*27

2013年度 JA雲南 4億5800万円*28

     トマト銀行 1.8億円*29

2014年度 王将フードサービス 2億5500万円*30

2015年度 富山大学附属病院 2億円*31

2016年度 関西電力 17億円*32

2017年度 ヤマトホールディングス 少なくとも190億円(その後+40億円)*33

     エイベックス・グループ・ホールディングス 10億円*34

     北海道新聞 2億8300万円*35

     東京都立小児総合医療センター 1.2億円*36

     電通 24億円*37

     佐賀県医療センター好生館 6億1300万円*38

 

ヤマトがダントツだった……

 

 

6日、昨年3月までの2年1カ月間に、約1万4200人の社員に計約19億9000万円の時間外労働の賃金未払いがあったと発表した。
JR西日本は16日、昨年3月までの2年1カ月間に、約1万4200人の社員に計約19億9000万円の時間外労働の賃金未払いがあったと発表した。

*1:なぜか平成28年度については見当たりませんが

*2:2002年度のみ下半期のもの

*3:朝日新聞2003年7月28日付け夕刊武富士、35億円支払い サービス残業代、5000人に2年分」

*4:朝日新聞2003年12月20日付け「支給、1万9850人 中電のサービス残業代65億円【名古屋】」

*5:朝日新聞2004年11月19日付け「東電、残業代14億円未払い 平均51万円、11月給与に上乗せ」

*6:朝日新聞2005年3月17日付けビックカメラ、残業代未払い30億円払う」

*7:朝日新聞2005年6月24日付け「サービス残業に53億円 2年分3400人へ支給 スタッフサービス【大阪】」

*8:朝日新聞2005年10月1日付け「未払い賃金がのべ10万人超、22億円 35億円下方修正 日本マクドナルド

*9:朝日新聞2005年10月18日付け「旧道路公団、残業代8億円支給」

*10:朝日新聞2006年1月13日付け「福岡銀、「時間外」未払い21億円 2年間、全従業員4600人分」

*11:朝日新聞2006年9月06日付け「JR東系ホテル、残業代未払い5億円超 「上司が申告させず」」

*12:朝日新聞2006年9月16日付け「8億7千万円、残業代未払い 三重銀行 【名古屋】」

*13:朝日新聞2006年9月28日付け「群馬銀行、残業代未払い12億円 労基署が指導、過去2年調査 全額支払いへ/群馬県

*14:朝日新聞2006年11月25日付け「全日空、残業未払い約7億円 2年間で」

*15:朝日新聞2007年1月10日付け「すき家、残業代不払い 過去2年、アルバイトの数億円分」

*16:朝日新聞2007年3月30日付け「残業7億円支払いへ フジッコ、未払い分 【大阪】」

*17:朝日新聞2007年3月30日付け「コナカ、9億円支払い 未払い残業代」

*18:朝日新聞2007年12月22日付け「残業不払い37億円 社長ら引責辞任 関西拠点「ミドリ電化」」

*19:朝日新聞2008年3月1日付け「残業代未払い2.9億円 もみじ銀行 /広島県

*20:朝日新聞2008年3月7日付け「近大、残業代不払い容疑 2年で1億円、労働局が書類送検 【大阪】」

*21:朝日新聞2008年4月2日付け「残業未払い2.4億円 大和ハウス系列会社 【大阪】」

*22:朝日新聞2008年5月30日付け「東建、1億8500万円算定 賃金未払い 【名古屋】」

*23:朝日新聞2008年7月31日付け「研修医賃金を未払い 79人に1億3134万円 県立広島病院に是正勧告 /広島県

*24:朝日新聞2010年9月28日付け「未払い残業代、1009人分2.2億円 マックスバリュ東北

*25:朝日新聞2010年12月9日付け「残業代3億円未払い 府立医大、医師500人分 京都上労基署が是正勧告 /京都府

*26:朝日新聞2012年2月18日付け「オークワ、残業代7億円未払い 【大阪】」

*27:朝日新聞2013年3月22日付け「未払い残業代2.9億円を支給 肥後銀、約2千人に 【西部】」

*28:朝日新聞2014年2月1日付け「JA雲南、賃金不払い4億5800万円 朝礼など算定せず /島根県

*29:朝日新聞2014年3月14日付け「トマト銀、未払い残業代1.8億円支給へ 過去2年、社員721人分 /岡山県

*30:朝日新聞2014年7月14日付け「未払い賃金、2億5500万円 餃子の王将 【大阪】」

*31:朝日新聞2016年2月5日付け「看護師残業代、2億円支給へ 富山大付属病院 /富山県

*32:朝日新聞2017年3月30日付け「関電、賃金未払い1.3万人 残業代など計17億円 是正勧告受け調査」

*33:朝日新聞2017年4月19日付け「ヤマト、未払い残業代190億円 4.7万人分 膨らむ可能性」、2017年6月22日付け「未払い残業代40億円 ヤマト、調査で新たに判明

*34:朝日新聞2017年5月12日付け「未払い残業代10億円、エイベックスが計上

*35:朝日新聞2017年5月25日付け「北海道新聞が残業代未払い」

*36:朝日新聞2017年10月9日付け「都の病院、残業代未払い 1.2億円」

*37:朝日新聞2017年11月28日付け「電通、残業代24億円支給 来月、従業員申告の未払い2年分」

*38:朝日新聞2018年3月1日付け「医師らにも不払い賃金支給 好生館、2年分6億1300万円 /佐賀県

労働時間の違反率の推移

労働基準監督官は工場や事務所に立ち入り調査をして、法違反がないかをチェックします。ではどんな法違反が多いのだろうかというのが今回の記事の主旨です。

 

監督官が所掌する法律は、労働基準法だけでなく労働安全衛生法最低賃金法なども含むので、扱う条文数はとても多くなります。

今回はそのうち労働時間関係の違反率について見ます。

 

データについて

安全衛生関係などのほかの条文は別の記事で書こうと思いますが、全体に共通する話をまずしておきます。

 

グラフの作成には『労働基準監督年報』の各年版を使用しています。

労基署の監督には定期監督(含む災害時監督)、申告監督、再監督があります。申告監督は労働者からのタレこみに基づく監督で、再監督はかつて監督指導した企業がちゃんと改善するかを確認しに行く監督です。ここでは一般的な違反率を知りたいので定期監督に話を絞ります。

 

また違反率は各条文ごとの違反事業場数を監督実施件数で除して算出しています。

たとえば、ある年の定期監督を実施した件数が10万件で、そのうち32条違反(労働時間)が1万件あったとしましょう。このとき1万÷10万で違反率は10%となります。

監督は事業場を単位としているのでこうなります。労働者の10%という意味ではありません。

取り上げる条文は違反が多いものをピックアップしています。労働時間関係で言えば34条(休憩)の違反などは数が少ないので取り上げていまん。

 

それから当たり前ですが、これらの違反は監督官が発見した法令違反についてのものです。法令は時代とともに変わりますし、また使用者も違反が発覚しないような手口を取ろうとするでしょう。違反率が変動しているとしても実態がどのように変わったかについては別の検討を要するでしょう。

 

労働時間の違反率

では早速見ていきたいと思います。下のグラフが違反率の推移になります。

f:id:knarikazu:20180320143515p:plain

 

まず捕捉をすると、「労働時間」とあるのは労基法32条(労働時間)と40条(労働時間の特例)*1の違反率です。「労働時間(女子)」は現在では廃止されましたが、かつて存在していた女性労働者の労働時間規制を指します*2

「休日」は35条、「割増賃金」は37条です。このうち休日はかつての64条の2(女子の休日)を含みません。また年少者の労働時間や休日についても、上記「労働時間」「休日」には含んでいません。

 

それぞれの条文を見ていくと、その帰趨が分かれているのが注目されます。1950年代から60年代ころは、それぞれの違反率に大きな差はないように見受けられます。

しかし休日や女子の労働時間の違反率が低迷していくのに対して、労働時間の違反率は比較的高い水準で推移しています。変化としては90年代末に、とりわけ割増賃金の違反率が高まったことが特徴的です。

 

休日の違反が減っているのは、週休制の普及が奏功したと言えるでしょう。週休2日制ではなく週休制です。

実はこの時期の監督行政においては、労働時間については監督指導による取り締まりよりも、一斉週休制や一斉閉店時刻制といったソフトな手段で働きかけていくのがメインとなっていました(労働省労働基準局編[1997]『労働基準行政五〇年の回顧』第3章参照)。一斉週休制というのは毎週何曜日を週休日と決めて、この日は商店街全体で一斉に休みましょう、という決まりです。こうした週休制の普及に労働基準局や監督署が力を入れていたのでした*3

 

90年代末以降の割増賃金違反の増加は、サービス残業対策の取り組み強化が関係しているのでしょうか。

1991年に「所定外労働削減要綱」が、2001年には「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が定められました。これ以降「監督指導による賃金不払残業の是正結果」が公表されるようになります。

管理監督者の範囲の適正化(名ばかり管理職問題)については、1988年に「監督又は管理の地位にある者の範囲」*4について、2008年には小売業や飲食業のチェーン店の管理監督者について通達が出されています。

 

 女子の労働時間は、1986年の均等法の施行に際して時間外・休日労働の禁止の原則廃止や管理職・専門職の深夜業解禁など大幅な見直しがされましたが、違反率自体は大きな変化はありません。

その後、違反率は91~93年に低下を見せているのですが、この理由はちょっとよく分かりません。省令改正によって非工業的企業の時間外労働の上限が4週24時間から4週32時間に緩和されたのは1994年4月、4週36時間に緩和されたのは95年4月です。この違反率の低下は単純に法令改正とは言えないようです。

そして97年の改正で時間外・休日労働、深夜業の女子保護規定は撤廃されたので、それ以降の違反率は0%です。

育児介護に関わる時間外労働の免除の請求権は育児・介護休業法になるので、監督署の管轄ではありません。

 

*1:卸売・小売業、映画・演劇業、保健衛生業、接客・娯楽業に該当する事業で、労働者の数が常時10人未満の場合は1週間44時間制(1日は8時間)となっている

*2:労基法64条の2、1985年以前は61条

*3:一斉週休制は、1956年に大阪松屋町の問屋街で毎週日曜を一斉休日とする業者間協定が大阪労働基準局の指導で実現したのを皮切りとし、58年には局長通達も出され全国に広まっていく。一斉閉店時刻制は理美容関係団体が先行していたが、60年に千葉労働基準局の指導のもとで千葉県下全商店街が午後9時一斉閉店に踏み切った。同年12月にはやはり一斉閉店制を推進する局長通達が出されている。61年以降には建設業にも広がりを見せ、63年には新聞配達少年に関する「指導要綱」が示されたことを受け、新聞協会が日曜夕刊の一斉廃止に踏み切った。

*4:昭和63年3月14日付け基発150号

労基署は「中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施する」ことになるのか――是正基準方式

実態を考慮?

いわゆる「働き方改革」法案について、厚労省が法案を一部修正する方針が報じられました。

mainichi.jp

また、残業時間の上限規制について、労働基準監督署が中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施するという内容を盛り込む。法案では残業時間の上限は繁忙期でも月100時間未満で、違反すると企業に罰則が科せられるため、従業員が少ない中小企業では仕事が回らなくなるという懸念が出ていた。
残業時間の上限規制について、労働基準監督署が中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施するという内容を盛り込む。法案では残業時間の上限は繁忙期でも月100時間未満で、違反すると企業に罰則が科せられるため、従業員が少ない中小企業では仕事が回らなくなるという懸念が出ていた。

 上記記事の中で

残業時間の上限規制について、労働基準監督署が中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施するという内容を盛り込む。法案では残業時間の上限は繁忙期でも月100時間未満で、違反すると企業に罰則が科せられるため、従業員が少ない中小企業では仕事が回らなくなるという懸念が出ていた。

残業時間の上限規制について、労働基準監督署が中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施するという内容を盛り込む。
残業時間の上限規制について、労働基準監督署が中小企業の実態を考慮して指導・監督を実施するという内容を盛り込む。

 という部分は少し気になるところです。この記述の仕方だと、法律のなかに「盛り込む」ということですよね? いやさすがにそれは……

 

ツイッターでも早速ツッコまれています。

 

https://twitter.com/zenrododaiki/status/975157995821613056

 「中小企業の実態を考慮する」というのはかつての「是正基準方式」を思い起こさせます。この当時も労働法学者らによって批判されていたはずです。

 

是正基準方式

是正基準方式とは何か。

「監督行政から指導行政の転換」などとも呼ばれました。1956年の方針転換によって、行政運用のレベルで労働基準法が事実上規制緩和されたのです。

 

まず1956年度の労働基準行政運営方針において「監督の効果が忍耐と手数の上に築き上げられることを認識して、具体的妥当性ある法の運用により、違反の実態と原因を把握して、労使の納得と協力を得る指導的監督を実施する」(太字は引用者、以下同様)ことが強調されました。

その翌年の臨時労働基準法調査会でも、一律に違反を取り締まるのではなく「事の軽重緩急に従い、重点的段階的に是正せしめるよう措置する必要がある」と答申を出しています。これは当時労基法の緩和を求める声が強かった使用者サイドに対し、規制緩和を否定する一方で、運用においてその柔軟化を図る意図があったと思われます。

 

このとき業種や規模に応じて設定されたのが「是正基準」です。法定基準とは別の基準を作ったというのがポイントです。*1

 

当時を知る監督官の証言を見ると、こんな例がありました。

かつて労基法には女子保護規定というのありましたが、そのひとつに女子の深夜業の禁止というのがありました。深夜業というのは午後10時から翌朝5時のことです。女性についてはこの時間に就業することが法律で禁止されていました。

ところが「是正基準」方式では、たとえば「午後11時から翌朝4時まで」などと独自に基準を設定していたと言います。*2

 

是正基準方式の影響は、司法処分の件数にはっきり表れました。元監督官の井上[1979]は、是正基準方式によって監督官による送検件数が減少し、警察による労基法の送検件数を下回る事態が生じたことを指摘しています。*3

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井上[1979]82頁より作成

 

司法処分は法違反の企業に罰則を科すための処分ですから、この件数が減るということは罰則による違反の取り締まりが行われにくくなったという事態を示しています。

 

この是正基準方式が方針転換し、監督強化に転じるのは1964年です。悪質な法違反については司法処分、使用停止処分を積極的に行うこととされました。その背景には「納得と協力のもとに実施されてきた段階的監督指導行政が、その後の社会情勢の進展と積み重ねた行政努力に伴い、法定労働条件の確保は、もはや『企業経営の当然の前提』として受け入れられるべきであるとの認識に至った*4との判断があったとされます。*5

 

折角なので、それ以降司法処分件数がどうなっているかの推移も見ておきましょう。下のグラフがそれです。

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これは『労働基準監督年報』から作成したもので、主要条文別の送検件数の推移です。*6

条文数が多いので、大きく「賃金」「労働時間」「割増賃金」「その他一般労働条件」「安衛」とくくりました。割増賃金(37条)は賃金と労働時間どちらとも捉えられると思って別にしたのですが、件数は安全衛生(かつての労基法42条~55条やじん肺法、災防法を含む)や賃金(主に24条)が圧倒的に多くなっています。

 

是正基準方式を廃した後は、賃金も労働時間も安全衛生もすべての件数が急増しています。是正基準方式時代(1956~1963)は悪質な法違反が少なかったなどということではなく、単に強い取り締まりがなされない時代だったということです。

※その後の司法処分の動向を細かく分析することは、ブログの一記事でできる範囲を超えるので今回は書きません。

 

不作為の責任は

さて、是正基準はあくまでも行政側の基準です。法律が変わったわけではありません。この点不作為は問われないのでしょうか。

不作為の責任を問うた例は寡聞にして知らないのですが、是正基準が設定されても違法の基準が変わるわけではないことは裁判で確かめられています。

阪本紡績深夜業違反事件(昭和34年7月6日大阪高裁判決)です。(被告人の阪本紡績側の控訴を棄却)

 

この事件は大阪労働基準局の次長*7が岸和田労働基準監署管内の綿スフ紡績業者らに対し、女子労働者の就業禁止時間を当分の間午前0時から午前4時までとする旨の監督方針を示したことに端を発します。

 

判決文を一部引用しておきます。(漢数字は算用数字に改めたところがあります)

或る行為が労働基準法違反を構成する以上、仮に労働基準局又は労働基準監督署当局がその取締をしない旨の方針を事前に行為者に発表したとしても、それがためにその犯罪の成立を阻却するものではないと解すべきところ、(大審院昭和14年12月15日判決参考)原審証人松井亀、同加藤淳の各供述によると、当時岸和田労働基準監督署長であった松井証人が主催者となって、昭和32年3月14日岸和田市労働セットルメントにおいて、管内綿スフ紡績業者に対する労働基準法の説明会を開催し、その席上大阪労働基準局次長大谷高士は女子及び年少者に対する深夜業の違反が多いから取締をするが、当分の間取締、検挙の重点を午前0時から午前4時までの女子及び年少者に対する深夜業違反に置く旨労働基準局の監督方針を示したことが認められる。

まず女子年少者の深夜業について、法定より取締の監督方針が緩和されていることは事実として認められています。

そのうえで

そして、右監督方針の表示が、反面午後10時30分から午後12時まで及び午前4時から午前5時までの女子及び年少者に対する深夜業の違反はこれを大目に見て検挙しない方針の暗示であると解し得ることは所論指摘のとおりであるが、更に進んで右時間内の深夜業が法規上も許され違反にならないという意味までも示したものであると解される可能性は全くないばかりでなく、被告人らは監督官庁が取締の重点から除外した午後10時30分から午後12時まで及び午前4時から午前5時までの間の成年女子の深夜業のみをしたのではなく、監督官庁が取締の重点とした午前0時から午前4時までの間の深夜業違反をなすとともに、これに接続して重点外の深夜業違反をも併せ犯したのであるから、被告人らに対する原判示事実中、午前0時から午前4時までの間以外の深夜就労の部分については違法性がないとか、被告人らに違反しないことを期待し得ないとかの理由によって犯罪が成立しないとなす所論は採用することができない。記録を精査しても原判決には事実誤認又は理由不備の違法はなく、論旨は理由がない。

 

 阪本紡績側は監督方針には従っていれば「形式的に法令に違反しても、実質的には違法性を阻却するものであるというべき」と主張していたのですが、その主張は完全に退けられています。・・・・・・というかそもそも重点監督方針が示されている部分についてすら違反してるのに何言ってんだっていう。

 

当然と言えば当然ですが、是正基準方式の時代であっても、法律自体が規制緩和されたわけではありません。出るとこ出れば上記判決のような結果になるのでしょう。

 

しかし前述したように、この時期は司法処分件数の水準が史上最低レベルにありました。ですから実際には見過ごされた法違反も多かったのだろうと想像します。

 

そもそも現在の水準でも十分な刑事罰が科されているのかは疑問ですが、もし「働き方改革」法案に「中小企業の実態を考慮」というのが盛り込まれれば、かつての是正基準方式の時代の再来ということになるのではないかと危惧します。

 

*1:上記の運営方針と併せて1956年には重要な3つの通達が発出されている。①「法施行上問題の多い業種、規模のものにつき……別途指示するところに従って段階的な是正基準を設定できる」とした「労働基準行政運営方針について」(基発241号,1956・4・23),②是正基準設定を「労働者に与える実害の程度,その是正についての段取り等を検討の上決定すべき」とし、「監督の具体的な進め方」について「比較的法が遵守しやすい時期に監督を集中し遵法の態勢を予め確立せしめておくことも効果的」と示した「今後の監督方針について」(基発31号、1956・5・19)、③「労働基準監督官執務規範の臨時取扱例について」(基発310号、1956・5・18)では,法令の末節にとらわれがちであった点を改め、監督の実施に当たっては経済的社会的諸条件を顧慮することとされた。

*2:大谷[1973]は「要するに、長年手こずってきた中小企業の女子労働者の労働条件、なかんずく深夜業の絶滅を期するため法定の午後10時から翌朝5時までを行政的に、たとえば午後11時から翌朝4時までとし、段階的に長期計画で法定まで是正させる。ただし、その行政指導になお違反するものはドシドシ送検するというものであった」と回想している。大谷高士[1973]「在郷監督官あれこれ」労働省労働基準局編『労働基準行政25年の歩み』225-233頁

*3:井上浩[1979]『労働基準監督官日記』日本評論社

*4:労働省労働基準局編[1997]『労働基準行政五〇年の回顧』日本労務研究会、190頁

*5:以上の監督行政の変遷に関しては、松林和夫[1977]「戦後労働基準監督行政の歴史と問題点」『日本労働法学会誌』50号、5-34頁)などを参照

*6:複数の条文で送検された場合、主要な条文について件数を計上していると思われる

*7:次長の名前をどこかで見た覚えがあるなと思ったら、先ほど引用した大谷[1973]の名前でした