ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

労使協定の届出件数の推移

労働基準法等では労使で協定を結ぶことを要件とする事項がいくつかあります。そしてそうした労使協定は労働基準監督署への届出義務があるものとそうでないものに分かれます。

届出義務のない労使協定には、年次有給休暇の計画的付与やチェックオフ制度などがあります。

一方で届出義務のあるものとしては、就業規則、36協定(時間外・休日労働に関する協定)、裁量労働制などが代表的なものでしょうか。

 

届出義務があるものについては、労基署が受理しているわけですから、その件数や内容については行政が把握しているはずです(少なくとも建前上は)。東京労働局が2004年に実施した調査「裁量労働制の導入状況と運用の実態」(『労経ファイル』396号、2005年に記載)も、監督署に届出のあった決議届を集計して分析しています。

 

届出の件数に関しては、『労働基準監督年報』にも記載があります。今回はこれをまとめてみました。

 

 

f:id:knarikazu:20180301142906p:plain

 

このグラフは1964年以降の労使協定の届出件数の推移を見たものです。

 

かつて届出がなされていた事項まで含んでいるので、細かくなっていますが、36協定、就業規則、1年単位の変形労働時間制の順に多くなっています。

36協定は協定の有効期間は1年間とすることが望ましいと通達されています。毎年届出する事業場も少なくないでしょうから、就業規則より件数が多くなっているのでしょう。

同じ変形労働時間制でも、1か月単位の変形労働時間制は届出件数が少なくなっています。1か月単位の場合は就業規則で定めることができるので、とくに労使協定を結ばないためだと考えられます。

 

以上は件数を絶対数で見ているので、どのくらいの事業場が協定を出しているかを見るために、「届出率」という指標を作ってみましょう。届出件数をその年の事業場数で除したものです。

下がそのグラフです。

 

f:id:knarikazu:20180301145014p:plain

 

 

単に提出している割合を見たものですので、順番は前掲のグラフと変わりません。

2015年の「合計」は約59%なので、6割の事業場が労基署に何らかの届出をしたという計算になります。(もちろん、1つの事業場が複数の労使協定を届出すると思われるので、あくまで計算上平均すればという話です)

 

注目すべきは2000年代に入って届出率が大きく上昇していることでしょうか。80年代、90年代は3割程度だったのに、その後上昇傾向です。内訳として一番大きいのは36協定ですが、就業規則等も漸増しています。

 

詳しい事情は分かりませんが、行政指導等が関係しているのかもしれません。通達で言うと、2001年「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」、2003年「賃金不払残業総合対策要綱」が定められています。サービス残業などの違法な時間外労働が問題視され、指導に力が入れられるようになった時期だと言えるかもしれません。

もっとも、「36協定の適正化」が進んだとしても、長時間労働の改善につながるとは必ずしも限りませんが・・・・・・。

 

 

働き方改革法案のおかげで裁量労働制への注目がかつてなく高まっているので、その部分もピックアップしておきます。

上のグラフだと36協定や就業規則の件数が多すぎて他の協定がかすんでしまいますが、裁量労働制の届出だけ取りだして見てみると、その急増ぶりが窺えます。

 

f:id:knarikazu:20180301151755p:plain

 

裁量労働制は1987年の労基法改正で導入されたので、それ以前は存在しません。当初導入されたのは、今でいう専門業務型裁量労働制ですが、これは2002年2月にシステムコンサルタントやゲームソフト創作、証券アナリストなど8業務が追加されています。

企画業務型裁量労働制は2000年4月から施行され、2003年には本社・本店等という限定を外す規制緩和がなされています(2004年施行)。専門業務型裁量労働制の対象に、大学における教授研究の業務が付け加えられたのもこの時期です。

 

企画業務型裁量労働制の有効期間は、かつては1年間とされてきましたが、省令の改正により3年以内が望ましいと規制緩和されました。前述の東京労働局の集計によると、平均有効期間数が347日から794日に伸びています。

なお、グラフの「企画業務型裁量労働制に関する報告」というのは、6か月以内ごとに監督署長に行われている定期報告です。労働時間の状況や健康確保措置について報告することになっています。

 

グラフの急変ぶりで最も目につくのは1992年から翌年にかけての変化です。

もともと裁量労働制は対象業務を労使協定で定める方式が取られ、その例示として5業務*1が通達で示されていました。これは「例示」だったため、例示以外の業務にも裁量労働制の導入は可能でした。

しかし1993年の労基法改正で、対象業務があらかじめ省令で列挙する方式に変更されました。つまり、これまでの5業務以外の業務には裁量労働制を適用することができなくなりました。(対象業務は労働大臣の指定により追加ができる規定も置かれました)

協定の届出が急減しているのはこの影響だと思われます。

 

 

追記)就業規則は労使協定とは言いませんでしたね。届出をする必要がある点は同じですが。

 

追記2)

共産党の小池議員によって、企画業務型裁量労働制を適用している事業場の数が明らかにされました(毎日新聞の記事)。せっかくなので決議届、報告、事業場数を並べてみました。*2

 

裁量労働制の労使協定の有効期間は「3年間以内が望ましい」と通達されています。そのため労基署に届出のあった件数と実際に適用している事業場の数は一致しないと思っていたのですが、その点を比べてみることができます。

見ると、決議届の件数と事業場数は大体似たような数字ですね。

 

一方で、今回厚労省が明らかにした数字と異なる傾向も見受けられます。決議届や報告が減少しているのに、適用事業場数は増えている点です。*3これはどう解釈したら良いんだろうか。そもそも厚労省が公表した数字は、この定期報告をもとに集計しているはずなので、両者の傾向は一致すると思っていたのですが。

共産党の小池
共産党の小池

 

共産党の小池
共産党の小池

f:id:knarikazu:20180306135547p:plain

 

 

 

*1:新商品・新技術の研究開発等、情報処理システムの分析・設計、新聞・出版・放送の取材・編集・制作、デザイナー、プロデューサー・ディレクター

*2:執筆時点では『労働基準監督年報』は2015年のものが最新

*3:報告は6か月以内ごとに定期報告が義務付けられているので、企画業務型裁量労働制を適用している事業場は年2回程度報告を出しているはずです。報告の件数が決議届のおよそ倍の件数となっているのはそのためでしょう