ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

ダラダラ残業を無くしたいなら、残業税を課せばいい

働き方改革関連法案のなかで、労働時間に関係するのは①時間外労働の罰則付き上限規制、②月60時間以上の時間外労働の割増率引き上げ(中小企業)、③裁量労働や高度プロフェッショナル制度

 

裁量労働制の拡大については削除するようだけれど、高プロは残すらしい。あとは年次有給休暇の取得率向上のための時季指定だけど、こちらはあんまり話題になっていない印象。

 

残業削減、労働時間短縮のための経済的なインセンティブということを考えると

①の場合は、違反したら罰金というもの。犯罪の厳罰化と同じで、最も直接的な手段ではある。けれど労働法規の場合は、そもそも取り締まりが不十分という実態が先にある。実際に罰金を課そうと思ったら、電通の例のように送検・起訴して有罪を確定しなければならない。その結果として50万円程度の罰金。純粋に経済的なインセンティブという点では、あまり大きくなさそう。

 

②の割増賃金は、36協定が規制の機能を果たしていない現状では、事実上唯一の歯止めでもある。残業させたら会社は余分に賃金を払う必要があるので、金銭的にデメリットが生じるというもの。

とはいえ割増率が低すぎると規制の効果はない。新たに労働者を雇う場合には、採用や研修の費用、社会保険、福利厚生や賞与を負担する必要があるから、それよりは割増賃金を払ってでも今いる労働者に残業させた方が得になる。残業させるよりも新たに雇うほうが金銭的に得にするには、割増率を7~8割くらいにしないといけない。

もう一つの問題は、割増残業代を払う会社にとってはデメリットになっても、労働者からすればメリットとなってしまう点。実態はともかくダラダラ残業が生じるという主張を生んでしまう。

 

③はダラダラ残業という意味では、労働者側に残業するメリットが無くなる。でも会社側にとっては残業させる(残業命令ではなく暗黙の指示で)メリットが強い。

労働者側にとっても、労働時間を短縮しようという誘因が生じるかどうかは状況依存的。たとえばAさんが8時間で100の成果を出していて、Bさんが10時間働いて110の成果出しているような場合。会社からすれば、裁量労働制でみなし時間分の賃金を払うだけだから、どちらの労働者に支払う賃金も同じ。だとすれば人事評価において、成果の多いBさんを高く評価してしまう可能性がある(生産性ではAさんのほうが優れているけれども)。だから裁量労働制や高プロは、文脈次第では労働者の長時間労働をむしろ促しうる。

そして純粋に金銭的インセンティブという面で見ると、会社側はBさんよりAさんを高く評価するメリットは存在しない。

 

まとめると、①はそもそも実効性が低いのが現状。②は会社にとってはディスインセンティブだが、労働者にはインセンティブとなってしまう。割増率が低いと会社にとってディスインセンティブかどうかも怪しい。③は会社にとってはインセンティブだし、労働者にとってもそうなりうる。

金銭的なインセンティブという点では、どれも効果が微妙ということになってしまう。

 

正攻法で行くなら、①の実効性を高める手段を模索すべきかもしれない。付加金請求の制度は②がベースだし、裁判で決着させないといけない点では①と同様の問題を抱える。

 

思考実験としては残業税は面白いと思う。②と同じで会社にとってはデメリットになり、一方で労働者もダラダラ残業するメリットがない。労基法違反の場合はなかなか罰金を科すまでに至らないけれど、税金なら課徴金を課す形になる。そうなるとサービス残業もしにくくなると考えられる。

労働行政のお株を国税局・税務署が奪うことになるので、厚労省としてはやりたくないかもしれないが。

 

 

 

kynari.hatenablog.com

 

 

京アニの求人情報が大幅に詳しくなった件

京アニの求人情報の前に、まず職業安定法が改正され、今年から施行されている話をします。職業安定法改正については、上西充子教授が分かりやすく記事にまとめています。

 

news.yahoo.co.jp

 

本稿の内容と関係するのは、労働条件の明示が強化されたところ。

裁量労働制や固定残業代を適用している場合には、そのことを明示することになりました。

この改正は今年の1月1日からの施行となります。そのため今年は、昨年就活した人よりも詳しく求人情報を知ることができるというわけですね。

 

で、標題の京アニの件です。

京アニ専門職総合職で分けて待遇を記載しています。昨年度の分の求人情報は、たぶん更新されてしまって見れなくなっているので、この記事の最後に画像を貼っておきます。 

採用情報 | 京都アニメーションホームページ

 

これまでの求人情報と今年の情報で、1番大きく変わったのは給与のところです。

まず、これまでの求人情報では「給与:当社規定による」としか記載されていませんでした。

 

それが新しく以下のようになりました。(画像は総合職)

 

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 スゴイ。大幅に情報の公開度が上がっている

今まで給与の額も公開されてなかったのに、ちゃんと額を明示したうえで、基本給と超過勤務手当を分けて記載している……そしてボーナス6か月分なんだ……

 

「みなし超過手当」は記載から察するに、いわゆる固定残業代というやつですね。ブラック企業とかで悪用する例が尽きないので問題視され、職業安定法の改正で新たに明示義務が課されました。

・・・・・・ということは職安法改正を意識して求人情報を改めたのでしょうかね。

 

なお、固定残業代が適法とされるためには、①基本給の額、②固定残業代の金額(それが何時間分の残業代に相当するか計算できる)、③固定残業分の残業時間を超えた場合は別途残業代を支払う旨の規定、を満たす必要があります。

京アニの求人の場合は①と③は満たしているようです。

 

②は記載がないので、ざっくりと計算してみます。

休日は「土・日、年末年始」とあるので、仮に年間110日休みだとすると

1年の所定労働日数は 365-110=255日。

年間所定労働時間は 255×8=2040時間。

よって1カ月の平均所定労働時間は 2040÷12=170時間。

時間当たり基本給は 18.6万円÷170時間=約1094円。

固定残業代は3万円なので 3万円÷(1094円×1.25)=23.43…時間

 

ということで毎月24時間程度分の固定残業代ということですね。

 

ちなみに専門職(作画や背景などの職種)の初任給は下の通りです。

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 専門職は最初は契約社員からとなっていて、初任給は時給1,000円です。初任給で時給というのは珍しい気がしますが。業界的には請負が多いでしょうし。

 

ちなみに上記の方法で正社員になった場合の時間当たりの基本給を計算すると、約1,012円になりました(17.2万円÷170時間)。正社員になると時給が約12円アップするということです。

 

 

こういう計算ができるようになったのも、求人情報の透明性が大幅に向上したおかげですね。ほかのアニメ会社もいくつか見てみましたが、あまり詳しく書いていなかったりしますから。昨年はジブリの新人スタッフの募集で「月額20万以上」という記載が海外から驚かれたりしたそうですが、そもそも求人情報が外から見えるようになるということがとても大切なことです。

 

↓参考)昨年の京アニの募集要項

 

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労使協定の届出件数の推移

労働基準法等では労使で協定を結ぶことを要件とする事項がいくつかあります。そしてそうした労使協定は労働基準監督署への届出義務があるものとそうでないものに分かれます。

届出義務のない労使協定には、年次有給休暇の計画的付与やチェックオフ制度などがあります。

一方で届出義務のあるものとしては、就業規則、36協定(時間外・休日労働に関する協定)、裁量労働制などが代表的なものでしょうか。

 

届出義務があるものについては、労基署が受理しているわけですから、その件数や内容については行政が把握しているはずです(少なくとも建前上は)。東京労働局が2004年に実施した調査「裁量労働制の導入状況と運用の実態」(『労経ファイル』396号、2005年に記載)も、監督署に届出のあった決議届を集計して分析しています。

 

届出の件数に関しては、『労働基準監督年報』にも記載があります。今回はこれをまとめてみました。

 

 

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このグラフは1964年以降の労使協定の届出件数の推移を見たものです。

 

かつて届出がなされていた事項まで含んでいるので、細かくなっていますが、36協定、就業規則、1年単位の変形労働時間制の順に多くなっています。

36協定は協定の有効期間は1年間とすることが望ましいと通達されています。毎年届出する事業場も少なくないでしょうから、就業規則より件数が多くなっているのでしょう。

同じ変形労働時間制でも、1か月単位の変形労働時間制は届出件数が少なくなっています。1か月単位の場合は就業規則で定めることができるので、とくに労使協定を結ばないためだと考えられます。

 

以上は件数を絶対数で見ているので、どのくらいの事業場が協定を出しているかを見るために、「届出率」という指標を作ってみましょう。届出件数をその年の事業場数で除したものです。

下がそのグラフです。

 

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単に提出している割合を見たものですので、順番は前掲のグラフと変わりません。

2015年の「合計」は約59%なので、6割の事業場が労基署に何らかの届出をしたという計算になります。(もちろん、1つの事業場が複数の労使協定を届出すると思われるので、あくまで計算上平均すればという話です)

 

注目すべきは2000年代に入って届出率が大きく上昇していることでしょうか。80年代、90年代は3割程度だったのに、その後上昇傾向です。内訳として一番大きいのは36協定ですが、就業規則等も漸増しています。

 

詳しい事情は分かりませんが、行政指導等が関係しているのかもしれません。通達で言うと、2001年「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」、2003年「賃金不払残業総合対策要綱」が定められています。サービス残業などの違法な時間外労働が問題視され、指導に力が入れられるようになった時期だと言えるかもしれません。

もっとも、「36協定の適正化」が進んだとしても、長時間労働の改善につながるとは必ずしも限りませんが・・・・・・。

 

 

働き方改革法案のおかげで裁量労働制への注目がかつてなく高まっているので、その部分もピックアップしておきます。

上のグラフだと36協定や就業規則の件数が多すぎて他の協定がかすんでしまいますが、裁量労働制の届出だけ取りだして見てみると、その急増ぶりが窺えます。

 

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裁量労働制は1987年の労基法改正で導入されたので、それ以前は存在しません。当初導入されたのは、今でいう専門業務型裁量労働制ですが、これは2002年2月にシステムコンサルタントやゲームソフト創作、証券アナリストなど8業務が追加されています。

企画業務型裁量労働制は2000年4月から施行され、2003年には本社・本店等という限定を外す規制緩和がなされています(2004年施行)。専門業務型裁量労働制の対象に、大学における教授研究の業務が付け加えられたのもこの時期です。

 

企画業務型裁量労働制の有効期間は、かつては1年間とされてきましたが、省令の改正により3年以内が望ましいと規制緩和されました。前述の東京労働局の集計によると、平均有効期間数が347日から794日に伸びています。

なお、グラフの「企画業務型裁量労働制に関する報告」というのは、6か月以内ごとに監督署長に行われている定期報告です。労働時間の状況や健康確保措置について報告することになっています。

 

グラフの急変ぶりで最も目につくのは1992年から翌年にかけての変化です。

もともと裁量労働制は対象業務を労使協定で定める方式が取られ、その例示として5業務*1が通達で示されていました。これは「例示」だったため、例示以外の業務にも裁量労働制の導入は可能でした。

しかし1993年の労基法改正で、対象業務があらかじめ省令で列挙する方式に変更されました。つまり、これまでの5業務以外の業務には裁量労働制を適用することができなくなりました。(対象業務は労働大臣の指定により追加ができる規定も置かれました)

協定の届出が急減しているのはこの影響だと思われます。

 

 

追記)就業規則は労使協定とは言いませんでしたね。届出をする必要がある点は同じですが。

 

追記2)

共産党の小池議員によって、企画業務型裁量労働制を適用している事業場の数が明らかにされました(毎日新聞の記事)。せっかくなので決議届、報告、事業場数を並べてみました。*2

 

裁量労働制の労使協定の有効期間は「3年間以内が望ましい」と通達されています。そのため労基署に届出のあった件数と実際に適用している事業場の数は一致しないと思っていたのですが、その点を比べてみることができます。

見ると、決議届の件数と事業場数は大体似たような数字ですね。

 

一方で、今回厚労省が明らかにした数字と異なる傾向も見受けられます。決議届や報告が減少しているのに、適用事業場数は増えている点です。*3これはどう解釈したら良いんだろうか。そもそも厚労省が公表した数字は、この定期報告をもとに集計しているはずなので、両者の傾向は一致すると思っていたのですが。

共産党の小池
共産党の小池

 

共産党の小池
共産党の小池

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*1:新商品・新技術の研究開発等、情報処理システムの分析・設計、新聞・出版・放送の取材・編集・制作、デザイナー、プロデューサー・ディレクター

*2:執筆時点では『労働基準監督年報』は2015年のものが最新

*3:報告は6か月以内ごとに定期報告が義務付けられているので、企画業務型裁量労働制を適用している事業場は年2回程度報告を出しているはずです。報告の件数が決議届のおよそ倍の件数となっているのはそのためでしょう

厚労省のデータ不備と言えば・・・・・・

裁量労働制の調査データについて、話題となっておりますが。

 

直接は関係ありませんが、同じく厚労省の公表しているデータでおかしなところを見つけたことがあります。

 

平成27年の『労働基準監督年報』。附属統計表の「5. 申告処理状況(家内労働法関係を除く。)」の部分です。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/kantoku01/dl/27.pdf

 

「要処理申告事業場数」の箇所は「前年からの繰越件数(A)」「当年受理件数(B)」「計(A+B)」となっているのですが、業種別に確認していくとA+B=Cとなっていない業主が多々あるという。

 

たとえば一番上の「食料品製造業」は(A)142件、(B)655件となっており、合計は797件のはずですが、表では(C)796件となっています。

こうした例が、家具・装備品製造業、鉄鋼業、金属製品製造業、電気機械器具製造業、電気・ガス・水道業、その他の製造業、土木工事業建築工事業、その他の建設業、陸上貨物取扱業、農業、水産業、商業、金融・広告業、通信業、教育・研究業、社会福祉施設、その他の保健衛生業、旅館業、飲食店、清掃・と畜業、官公署、派遣業、その他の事業でも見つかります。

半分以上の業種で間違ってるんですよね。

 

この点について厚労省に問い合わせてみたら、労働者からの申告を受けた段階と、担当の署に引き継いだ段階で業種が異なることがあるとのこと(労働者が業種を間違えたり、勘違いしたりする)。

それ以前の年の集計表はこれほど大規模な集計ミスはないんですが、この年からシステムを変えたためにこうなったそうです。ちなみに数字の修正は不可能だと言ってました。

 

この指摘をしたのは昨年の11月か12月だったと思いますが、とくに公表されている資料に変わりはありません。仮に修正が無理だとしても、ミスがあったことくらいはどこかに記載するなり、注釈を思うんですけど。

裁量労働制はこんな働き方――各種調査から

法制度の説明とか、あんまよく分からんので、色々な調査から裁量労働制の実際の働き方について、まとめてみた。

 

取り上げたのは、どんな労働者が対象になっているか(業務や資格)、年収はどの程度か、裁量はどの程度か(労働時間や出退勤の管理)、長時間労働なのか、休日や深夜業の手当は、といった点。

 

参考にした調査は以下の通り。

・2015年に情報労連がITエンジニアを対象に実施した調査( 「残業」歯止めに労組の役割発揮が必要 - 特集 - 情報労連リポート

・JILPTが2013年に実施した調査。調査シリーズNo.124とNo.125があるので以下では「JILPT(124)」「JILPT(125)」とそれぞれ表記しています(http://www.jil.go.jp/institute/research/2014/documents/0124_01.pdfhttp://www.jil.go.jp/institute/research/2014/documents/0125_01.pdf

・東京労働局が2001年と2004年に実施した調査。以下ではそれぞれ東京労働局[2001]、東京労働局[2004]と表記。(web上で公開されていないようですが、『労政時報』3535号、2002年に「専門業務型裁量労働制採用事業場の運用実態調査」が、『労経ファイル』396号、2005年に「裁量労働制の導入状況と運用の実態」が紹介されています。)

 

どんな労働者が対象になっているか(業務や資格)

 下の2つは裁量労働制を導入している企業の決議届、協定届を東京労働局が集計したものです(東京労働局[2004])。上側が企画業務型、下が専門業務型の裁量労働制です。

企画業務型だとIT関連、金融・広告業が多くなっています。

専門業務型だと「その他の事業」が最も多く、教育研究業、商業が続きます。教育研究業だと「情報処理システム」の分析設計業務が多く、商業は取材・編集の業務が多くなっています。製造業だと新商品の開発や研究業務ですね。

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東京労働局[2001]の調査だと、資格要件についても尋ねています。専門業務型の裁量労働制は法令で対象業務が定められていますが、それ以外に会社が資格要件を設けているのかということだと思います。

下の表のように、社内資格等で要件を定めているところは少なく、「要件なし」が最多となっています。

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年収はどの程度か

年収についてざっくり見てみます。

下の図はJILPT(125)に掲載されているものです。新しく導入が検討されている「高度プロフェッショナル制度」と違い、裁量労働制に年収要件等はありません。傾向的には一般の労働者よりも年収は高めですが、「300万円未満」の労働者も存在しています。

専門業務型よりは企画業務型のほうが年収は高く分布しています。いま国会で議論されている裁量労働制は、この企画業務型の対象者を増やそうというものです。

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また、今野氏がハローワークの求人票で裁量労働制と記載されているものを分析しています。「基本給10万円台が67%、25万円未満が90%」となっており、決して高くない賃金水準だと言えます。 news.yahoo.co.jp

 

裁量はどの程度か(労働時間や出退勤の管理)

 裁量労働と呼ばれる以上、働き方には裁量があるはずです。法令上は労働時間の配分や業務の遂行方法について、裁量があるということになっています。

 

以下の2つのグラフはJILPT(124)のものです。「不明」の回答が多いのも気になりますが、「一律の出退勤時刻がある」が2~3割にのぼっています。これは制度的には不適切な運用実態だと言えるでしょう。

仕事の指示については、基本的事項を指示する形が最も多くなっています。

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裁量労働制は時間配分や仕事の進め方には裁量がありますが、業務量自体に対しての裁量はありません。情報労連の調査結果にはそうした実態が表れています。

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 長時間労働なのか

通常の労働者と比較すると、裁量労働制の労働者のほうが長時間労働になる傾向があります。次のグラフは情報労連のもの。

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JILPT(125)を見ると、実労働時間の分布は専門業務型>企画業務型>通常の労働者の順で長くなっています。賃金の場合は企画業務型>専門業務型でしたので、裁量労働制の労働者で比べると専門業務型は労働時間が長くなりがちなのに、賃金も低いということになります。

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東京労働局[2004]では、みなし労働時間と在社時間の関係を散布図にしています(以下の図は企画業務型についてのもの)。

裁量労働制は「何時間働いたとしても一定時間働いたものとみなす」制度です。ですからみなし労働時間を超えて働く分は、労働者にとってはメリットがありません。

しかし下の図を見ると、みなし時間>労働時間となっている者はごくわずかです。

 

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休日や深夜業の手当は?

 裁量労働制であっても、深夜勤務をしたり法定休日労働をした場合には、割増賃金を支払う必要があります。

ただ、深夜業や休日労働についてはあまり実態調査がなされていないようです。

 

東京労働局[2001]は深夜労働や休日労働の労働時間の把握状況を尋ねています。深夜労働を把握していないとする事業場が2割を超えていますし、把握方法も「労働者の自己申告」が多くなっています。これだけで直ちに違法とは言えませんが、不適切な運用がなされている可能性が高いのではないでしょうか。

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裁量労働制の対象業務以外の業務を行った場合は、どういう扱いになるのか。

東京労働局[2004]は専門業務型の裁量労働制について、その取扱いを訊いています。最も多いのは「みなし労働時間を1日の労働時間としている」というもの。

え? 対象業務外の仕事なのに、なんで裁量労働と同じ扱いをしてるんだ?

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そもそもの問題として

裁量労働制の働き方がそんなものなのかを、大まかに見てきました。

不適切な適用(もしくは制度の悪用)の実態も少なからず垣間見れます。

 

それと、そうした不適切な運用方法にもかかわらず、調査に正直に答えているというのもポイントだと思います。もしかしたら不適切だと知らずに制度を導入しているところも多いのかもしれません。

裏を返すと、制度を悪用する気満々の会社は、調査に答えないか、あるいはウソを報告している可能性があります。そう考えると、裁量労働制の不適切運用はもっと多いと見ても良いでしょう。

「廃棄した」「残っていない」という言葉の前に

「廃棄した」と言っていた資料が地下倉庫から出てくる。

もちろん、出てこないままよりは良いのだけれど、なんだろこのやるせない感じ。

 

別に隠ぺいするつもりはなくて、ただ単にないと思ってた資料が出てくることって、まあ、あるっちゃある話で。自分自身、こんなところにこんなものが的な体験は何度も経験しているし。

 

ただ、根本的な話として、官僚とか行政の職に就く人は、すぐに「資料がない」とかって口にしてほしくないなあとかって思う。

自分も厚労省になんどか情報開示請求しようとしたことあるけど、ほとんどの場合はインフォーマルな形で情報提供されて、正式な開示請求は取り下げてくれって言われることが多いように思う。

×年前の資料なので残ってません的なことも言われたりするわけです。

 

そういうときに、ほんとかよとか内心感じたりはするけれど、最初に向こうが無いと言った以上、相当しつこくせっつかないと、資料なんか出てこないということになる。

 

なんか感覚的にな話だけど、知る権利を阻む壁ってすっごい大きい気がする。もっと簡単に情報をオープンにしてくれるシステムになってくれないかなとか思ったりする。

裁量労働制の論点整理

裁量労働制のデータを巡って国会が紛糾しています。

裁量労働制の労働者については単に1日の労働時間を尋ねていたのに、一般の労働者には1か月のうち「最長の」労働時間を訊いて比較。こうした不適切な比較に気づかず、調べてみたら異常値が117件見つかったり。なかなか調査票を公表しないと思ったら、黒塗りでなにやら分からなかったり。

 

あまりにデータが杜撰だったために、裁量労働制について何が問題になっているのかが分からなくなってきている気がします。

 

そもそも今回の労基法改正法案には、残業時間の上限規制や同一労働同一賃金の規定が盛り込まれる一方で、高度プロフェッショナル制度(高プロ)の創設や裁量労働制の拡大も含まれています。

そして高プロや裁量労働制の拡大については野党や労働側が強く反発しているわけです。

 

とりあえず話を裁量労働制に絞ります。

 

裁量労働制を拡大するとどうなるのか。

政府・与党は生産性が高まって、労働時間の短縮にもつながるというようなことを言います。

一方野党は、定額働かせ放題が可能になり、過労死やブラック企業が増える、残業代がゼロになって賃金が減る、と批判しています。

 

ここで裁量労働制への批判は大きく2タイプ存在するように思います。

ひとつは裁量労働制を適用される労働者は本当に裁量を持っているのか。裁量労働制という制度が悪用されて、裁量のない労働者にまで適用されてしまうのではないかという点。

もうひとつは、仮に正しく裁量労働制が適用されたとしても、それによって労働時間が増えてしまうのではないか。過労死等が起きやすくなってしまうのではないか、という点。

 

前者については対象労働者を法的にどう絞り込むかというのが論点になります。しかしながら現行の裁量労働制は、雇用形態や年収等の用件はなく、対象者を制限できているか疑問があります。これについては非正規雇用や最低賃金で働く労働者にも裁量労働制が適用可能だという答弁書が閣議決定までされています。また昨年末には、野村不動産で違法に裁量労働制を適用していたことが発覚したばかりです。

www.bengo4.com

 

 後者の労働時間の問題については、佐々木弁護士の以下の解説が非常に分かりやすいです。すなわち、裁量労働制は「仕事のやり方」については裁量が与えられるけれども、「仕事の量」については裁量が与えられません。そして企業側からすれば、どれだけたくさん仕事を与えても払う賃金は一定です。「定額働かせ放題」と批判されているのは、そうした理由からです。

news.yahoo.co.jp

 

いま国会でデータが杜撰だったと問題になっているのは、後者の労働時間に関することです。

裁量労働制は「定額働かせ放題」の手段として使われる可能性がある。でもそれは可能性の話であって、実態はどうなっているんだ、と。

 

それで労働時間のデータの比較がなされていたわけです。

そのデータも2つあって、ひとつはJILPTという厚労省所管の独立行政法人が実施した調査。もうひとつは全国の労働基準監督官が臨検監督を兼ねて実施した調査

 

調査シリーズ No.125 裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果労働者調査結果|労働政策研究・研修機構(JILPT)

平成25年度労働時間等総合実態調査(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/shiryo2-1_1.pdf

 

JILPTの調査だと一般労働者よりも裁量労働制の労働者のほうが労働時間が長いという結果になっています。一方、監督官の実施した調査だと、「平均で比べれば」一般労働者の労働時間のほうが長いというデータが示されていたわけです。

 

ところが前述したように、監督官の調査は明らかに不適切な箇所が続々と見つかり、政府・与党が主張していた「裁量労働制の労働時間が短い」という論拠が崩れてしまいました。

 

 

さて、話を戻すのですが、裁量労働制の拡大に反対する理由には大きく2タイプあると書きました。対象となる労働者の限定が不十分だというものと、制度が適用されると長時間労働が誘発されてしまうというものです。

そして後者の問題について労働時間のデータを用いて議論してきたわけですが、裁量労働を適用すると長時間労働になるということを実証するには、制度導入の前後で労働時間がどう変わったかというデータが本来必要なはずです。

 

しかしそれを調べるには、労働者の追跡調査をして、導入前後の変化を調べる必要があります。そのような調査はこれまでなされていないため、それで一般労働者と裁量労働制の労働者を比較していたのでした。

 

けれども一般の労働者と裁量労働制の労働者では、その業務内容が違うはずです。両者を比較するだけでは、労働時間が長くなるのは仕事が違うせいなのか、それとも制度に起因してしまう問題なのかは分かりません。

だから「精査」したデータが仮に出てきたとしても、それは「裁量労働制が労働時間に与える影響」を示すデータではありません。

 

この辺を野党はどう戦略をとるのか。対象労働者をもっと限定させるとか、業務量を制限する、強力な健康確保措置を取らせるといった方向の規制を提案するとか。

正直、データの杜撰さだけで正面突破するのは、安倍政権のこれまでを見てると危うい。