ぽんの日記

京都に住む大学院生です。研究とは関係ないことも気ままに書いていきます

「廃棄した」「残っていない」という言葉の前に

「廃棄した」と言っていた資料が地下倉庫から出てくる。

もちろん、出てこないままよりは良いのだけれど、なんだろこのやるせない感じ。

 

別に隠ぺいするつもりはなくて、ただ単にないと思ってた資料が出てくることって、まあ、あるっちゃある話で。自分自身、こんなところにこんなものが的な体験は何度も経験しているし。

 

ただ、根本的な話として、官僚とか行政の職に就く人は、すぐに「資料がない」とかって口にしてほしくないなあとかって思う。

自分も厚労省になんどか情報開示請求しようとしたことあるけど、ほとんどの場合はインフォーマルな形で情報提供されて、正式な開示請求は取り下げてくれって言われることが多いように思う。

×年前の資料なので残ってません的なことも言われたりするわけです。

 

そういうときに、ほんとかよとか内心感じたりはするけれど、最初に向こうが無いと言った以上、相当しつこくせっつかないと、資料なんか出てこないということになる。

 

なんか感覚的にな話だけど、知る権利を阻む壁ってすっごい大きい気がする。もっと簡単に情報をオープンにしてくれるシステムになってくれないかなとか思ったりする。

裁量労働制の論点整理

裁量労働制のデータを巡って国会が紛糾しています。

裁量労働制の労働者については単に1日の労働時間を尋ねていたのに、一般の労働者には1か月のうち「最長の」労働時間を訊いて比較。こうした不適切な比較に気づかず、調べてみたら異常値が117件見つかったり。なかなか調査票を公表しないと思ったら、黒塗りでなにやら分からなかったり。

 

あまりにデータが杜撰だったために、裁量労働制について何が問題になっているのかが分からなくなってきている気がします。

 

そもそも今回の労基法改正法案には、残業時間の上限規制や同一労働同一賃金の規定が盛り込まれる一方で、高度プロフェッショナル制度(高プロ)の創設や裁量労働制の拡大も含まれています。

そして高プロや裁量労働制の拡大については野党や労働側が強く反発しているわけです。

 

とりあえず話を裁量労働制に絞ります。

 

裁量労働制を拡大するとどうなるのか。

政府・与党は生産性が高まって、労働時間の短縮にもつながるというようなことを言います。

一方野党は、定額働かせ放題が可能になり、過労死やブラック企業が増える、残業代がゼロになって賃金が減る、と批判しています。

 

ここで裁量労働制への批判は大きく2タイプ存在するように思います。

ひとつは裁量労働制を適用される労働者は本当に裁量を持っているのか。裁量労働制という制度が悪用されて、裁量のない労働者にまで適用されてしまうのではないかという点。

もうひとつは、仮に正しく裁量労働制が適用されたとしても、それによって労働時間が増えてしまうのではないか。過労死等が起きやすくなってしまうのではないか、という点。

 

前者については対象労働者を法的にどう絞り込むかというのが論点になります。しかしながら現行の裁量労働制は、雇用形態や年収等の用件はなく、対象者を制限できているか疑問があります。これについては非正規雇用や最低賃金で働く労働者にも裁量労働制が適用可能だという答弁書が閣議決定までされています。また昨年末には、野村不動産で違法に裁量労働制を適用していたことが発覚したばかりです。

www.bengo4.com

 

 後者の労働時間の問題については、佐々木弁護士の以下の解説が非常に分かりやすいです。すなわち、裁量労働制は「仕事のやり方」については裁量が与えられるけれども、「仕事の量」については裁量が与えられません。そして企業側からすれば、どれだけたくさん仕事を与えても払う賃金は一定です。「定額働かせ放題」と批判されているのは、そうした理由からです。

news.yahoo.co.jp

 

いま国会でデータが杜撰だったと問題になっているのは、後者の労働時間に関することです。

裁量労働制は「定額働かせ放題」の手段として使われる可能性がある。でもそれは可能性の話であって、実態はどうなっているんだ、と。

 

それで労働時間のデータの比較がなされていたわけです。

そのデータも2つあって、ひとつはJILPTという厚労省所管の独立行政法人が実施した調査。もうひとつは全国の労働基準監督官が臨検監督を兼ねて実施した調査

 

調査シリーズ No.125 裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果労働者調査結果|労働政策研究・研修機構(JILPT)

平成25年度労働時間等総合実態調査(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/shiryo2-1_1.pdf

 

JILPTの調査だと一般労働者よりも裁量労働制の労働者のほうが労働時間が長いという結果になっています。一方、監督官の実施した調査だと、「平均で比べれば」一般労働者の労働時間のほうが長いというデータが示されていたわけです。

 

ところが前述したように、監督官の調査は明らかに不適切な箇所が続々と見つかり、政府・与党が主張していた「裁量労働制の労働時間が短い」という論拠が崩れてしまいました。

 

 

さて、話を戻すのですが、裁量労働制の拡大に反対する理由には大きく2タイプあると書きました。対象となる労働者の限定が不十分だというものと、制度が適用されると長時間労働が誘発されてしまうというものです。

そして後者の問題について労働時間のデータを用いて議論してきたわけですが、裁量労働を適用すると長時間労働になるということを実証するには、制度導入の前後で労働時間がどう変わったかというデータが本来必要なはずです。

 

しかしそれを調べるには、労働者の追跡調査をして、導入前後の変化を調べる必要があります。そのような調査はこれまでなされていないため、それで一般労働者と裁量労働制の労働者を比較していたのでした。

 

けれども一般の労働者と裁量労働制の労働者では、その業務内容が違うはずです。両者を比較するだけでは、労働時間が長くなるのは仕事が違うせいなのか、それとも制度に起因してしまう問題なのかは分かりません。

だから「精査」したデータが仮に出てきたとしても、それは「裁量労働制が労働時間に与える影響」を示すデータではありません。

 

この辺を野党はどう戦略をとるのか。対象労働者をもっと限定させるとか、業務量を制限する、強力な健康確保措置を取らせるといった方向の規制を提案するとか。

正直、データの杜撰さだけで正面突破するのは、安倍政権のこれまでを見てると危うい。

 

出版不況を世界史的な視点から論じてほしい

出版不況という言葉は、言われ続けてこの方久しいわけですけど。漫画が大きく落ち込んだこともフォーカスされてますね。

 

www.nikkei.com

 

海賊版の影響だ、という指摘もあるようです。

まあ、「出版不況」に関してはブックオフに始まり、Amazonや図書館などがこれまでも「犯人」のように目の敵にされてきたこともありますから、実際どの程度の影響あるのか、冷静な分析を読んでみたいところです。

 

活字離れというのも言われて久しいですが、「出版不況」にしろ「活字離れ」にしろ、そういう言説は「黄金期」(ピークの時点)と比べてという話でしょう。バブルではないですが、その「黄金期」の時代が過剰だっただけなら、適正規模に縮小するのは致し方ない話です。

実際、一人あたりの読書量や書籍購入費を国際比較したようなデータはしっかり見たことがない気がします。

www.newsweekjapan.jp

 

出版不況を世界史的に論じてほしいと書いたのはそういう意味です。なぜピーク時点以外を基準にして論じないのか。世界のほかの国と比べて、日本の出版市場はどの程度なのか。そういう切り口が欲しい。

 

そういう意味で素晴らしいと思うのは岩波新書から出ている『読書と日本人』(津野海太郎)です。

 

この本は非常に広い視野で「読書史」を論じています。新書という性格上概説にとどまってはいますが、源氏物語から始まって、世界の出版動向なんかも適度に交えながら存分に語られています。

読書というと文化史の範疇だと思うかもしれませんが、この本は経済の視点も織り込んでいるのが傑出な点です。なぜ読書が大衆化したかという出版市場史でもあるのです。だから短期的な視野で「出版不況」を論じた言説よりもよっぽど読みごたえがある。

 

江戸時代、寺子屋のころの日本人の識字率が高かったことは有名ですが、教育熱・読書熱も高いものでした。

明治に入って、新聞→雑誌→書籍と読書が大衆化していきます。本書の中では〈百万雑誌〉〈円本〉〈文庫〉という新たな出版形態が登場したことで、出版産業の資本主義的再編が進んだとしています。これが日本人の読書環境を大きく変えたのだと。

 

その後、戦時統制によって出版市場は大きく収縮します。しかし敗戦後の「読書への飢え」は凄まじいもので、出版産業の復活が始まります。

重要なのは、いわゆる〈やわらかい本〉ではなくて〈かたい本〉が売れたということ。岩波書店の『西田幾多郎全集』を求めて書店に徹夜の行列ができたエピソードのほか、50年代~60年代くらいまでは文学全集、名作全集がベストセラーに名を連ねるのです。

 

しかし、出版産業は徐々に商業主義的色彩を強めます。

古典のような〈かたい本〉は、1冊の本が長い期間売れます。それに対し〈やわらかい本〉は短期間で大量に本を売るという売り方です。出版産業はこの〈やわらかい本〉を大量に売るという方向にシフトします。1979年に雑誌の売り上げが戦後初めて書籍の売り上げを上回り、「雑高書低」なる新語が生まれます。

そして「活字離れ」がマスコミ等で叫ばれるようになったのが同じく70年代終わりごろからだそうです。

東大生協書籍部の「週間ベストテン」入りした本の数を出版社別に数えると、1957年からの14年間は1回を除いて岩波書店がダントツ1位。しかし1972、73年になるとトップの座を明け渡してしまう。

 

また、短い期間に本を大量に売るという現象は、日本だけでなく世界の出版業界でも生じているといいます。

ともあれこの本[フレデリック・ルヴィロワ『ベストセラーの世界史』]によると、20世紀前半期を代表するベストセラーはマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』で、1936年に刊行され、その年のうちに100万部、翌年には150万部、10年後には合衆国内だけで300万部を売っていたらしい。

そして後半期(正確には20世紀末から今世紀初頭にかけて)の代表が、いわずと知れたJ・K・ローリングの「ハリー・ポッター」シリーズです。1997年に第1巻が刊行され、第6巻の『ハリー・ポッターと謎のプリンス』では「世界同時発売」という未曽有の販売方式によって、わずか24時間で9百万部を売り上げた。さらに2007年刊の第7巻でこの記録を大幅に更新してひとまず完結、翌08年までに150を越える国や地域でシリーズ総計4億部以上を売ったというのですからね。売れ行きのすごさの次元が何段階も上がり、もはや別世界のできごとというしかない。(p.216-7)

 

読書史を縦横無尽に語るこの本は、要約しても面白味が十分に伝わらないので、興味ある人はぜひ手に取って読んでいただきたい。

 

あと、出版点数の推移は面白かったのでメモ

1900年 1万8,281点

1905年 2万7,095点

1910年 2万2,889点

1915年 2万4,448点

1920年 9,848点

1925年 1万8,028点

1930年 2万2,476点

・・・

1941年 2万9,204点

1942年 2万4,211点

1943年 1万7,818点

1944年 5,438点

1945年 878点

清水英夫・小林一博『出版業界』 1918年に内務省への納本データから官庁出版物が除かれ、商業出版物に限られた)

 

1945年 658点

1946年 3,470点

1947年 4,499点

1948年 2万6,062点

1949年 2万0,523点

1950年 1万3,009点

・・・

1982年 3万点越え(以下同じ)

1990年 4万点

1994年 5万点

1996年 6万点

2001年 7万点

2010年 8万点

出版ニュース社『出版データブック 改訂版』)

 

この推移をみると、90年代以降の出版点数は膨張と称して良いような気がします。

しかし短期間で大量に売るという方式は、いまやネットで情報に接せられる時代ですから、紙媒体ではどうも限界があるのではないでしょうか。

一度膨らんでしまうと、それを前提とした仕組みが出来上がってしまうので、ダウンサイジングは難しいところもあるのでしょうが。

 

今回は取り上げていませんが、新聞なども似た構造にある気がします。読売新聞や朝日新聞は世界で一番発行部数が多かったはずです。ですからいくら売れなくなっていると言っても、国際的に見れば日本の新聞市場はすごく大きいはずなんです。

とはいえ、販売部数が落ちてくると、どこかしらに負荷がかかることになるのでしょう。新聞販売店等はそのしわ寄せが真っ先に来ていると見るべきかもしれません。

 

 

 

 

 

最低賃金の監督

労働基準監督官は労働基準法だけでなく、最低賃金法も管轄しています。最低賃金違反を取り締まるのも監督官の仕事なのですね。

 

近年だと、毎年1~3月に「最低賃金の履行確保を主眼とする監督(最賃監督)」が実施され、その監督結果は最低賃金審議会にも参考資料のひとつとして提出されています。

 

f:id:knarikazu:20180220140825p:plain

 

このグラフは監督官による最賃監督の件数と、最賃監督での最賃法違反の違反率の推移を見たものです。2007,08年が飛び出てますが、これは全国一斉監督が実施されたことによるものだと思います。このころ最低賃金法が改正されていますので、その一環ということになるのでしょう。

より時間的に遡れば、現在よりも80年代後半のほうが件数が多いのも興味深いところです。最近でこそ非正規雇用等のワーキングプアが取り上げられたり、生活保護水準とのバランスが問題になったりしていますが、監督は80年代のほうが数が多いということです。

 

違反率も低下傾向だったのが2004年ごろから反転しています。景気の動向とは別のトレンドがあるように見受けられますが、詳しくは分かりません。監督対象の選定方法等が変わったのかもしれません。

 

違反があった事業場には、同時に違法の認識状況も尋ねているようです。

2000年代に入ってから「適用される最賃額を知っている」ケースが徐々に増えたといったところでしょうか。依然、最賃が適用されることすら知らなかったという事業主が多いことも少々驚きですが……

f:id:knarikazu:20180220141829p:plain

労働基準監督官による調査はもうやめたらどうか

裁量労働制の労働時間のデータについて、疑義どころか捏造の疑いすら上がっていますが、今日の朝日の記事によれば、そもそも異なる質問事項への回答を比較していたようです。ますます答弁の杜撰さが浮き彫りになっています。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

問題になっているのは2013年に実施された「労働時間等総合実態調査」。

ただ、国会答弁や審議もそうなのですが、そもそも監督官がこの種の調査を担っていること自体も見直すべきではないかとも思います。

以下、感じたことを記しておきます。

 

調査方法が不明

一番の問題は調査方法からして、不明瞭な部分が多いように思います。

調査結果には調査票が添付されておらず、どのような事項をどのように尋ねたのか明らかでありません。統計法の調査と違って業務統計資料だからなのでしょうが、調査結果を積極的に公表しようという姿勢もあるようには思えません。

調査対象の抽出率、有効回答数など、通常の調査であれば明らかにすべき基本的な項目も、よく分かりません。

 

客観性、中立性は保たれているのか

実態調査である以上、正確な実情を把握することに主眼を置くべきだと思います。しかしこの調査は監督官が事業場を訪問することにより調査を行っています。

 

通常の監督官の業務は「臨検監督」などと呼ばれるもので、事業場を予告なく訪問し、法の遵守状況をチェックします。

一方、今回の調査のようなものは「調査的監督」と呼ばれています。臨検監督に際して、同時に実態調査を実施するというものです。調査的監督はこれまでにも繰り返し実施されているものですが、職場に介入する権限のある監督官が同時に実態調査を担うというのは、調査の中立性等の問題はないのでしょうか。

 

監督官が担うメリットは?

実態調査そのものには意義があるのかもしれません。しかしそれを監督官が行うことにはどれほど意味があるのか。別に厚労省の統計情報部から直接調査票を送付しても良いわけですから。

むしろ業務負担を増大させている懸念を覚えます。実態調査とはいえ「調査的監督」である以上、それは「監督」なのです。件数としては「定期監督」としてカウントされます。

今回の調査は11,575事業場を対象としたそうですが、2015年の「定期監督等」件数は133,116件です。ということは年間の定期監督の1割ほどのリソースを割いている計算になります。

ただでさえ監督官の不足が叫ばれ、効率的に臨検監督を行うことが模索され、違反の疑いが高い事業場を優先的に監督しているのが現状です。しかし調査的監督は無作為抽出ですから、優先度の高い事業場を選定しているわけではありません。

 

もし監督官がこの手の調査を行うのであれば、違法状態の発生要因の分析とかをしてほしいものです。

労働経済学の研究では、労働組合の有無が労働条件にどのように影響を与えるかといった研究があります。ただ違法の有無やどのような違法が多くなるかという研究はないでしょう。監督官の役目のひとつは違法のチェックにあるわけですから、どのような企業で違法が発生するかという分析なら、今後の監督方針の策定にも資するはずです。

過去には建設業への一斉監督などで、元請・下請や事業場規模で違反率の高さを比較したような監督結果は公開されたことがあったと思います。こういうのをもっと詳細にやるとかなら、監督官が調査する意義があるのではないでしょうか。

 

どんなサンプリングをしているか

前述したように、今回の調査では抽出率も良く分かりません。調査対象の説明を読むと「業種・規模・地域別事業場数を勘案」したことと、「専門業務型裁量労働制導入事業場及び企画業務型裁量労働制導入事業場を優先的に選定」したということくらいしか書かれていません。

過去に行われた調査的監督も似たような感じだったかと思います。

 

ただ1992年の『労働法学研究会報』(第1876号)で、当時監察監督官だった笹川靖雄氏が紹介している調査結果には、調査対象事業場の情報が比較的詳しめに載っています(調査は1991年)。そもそも紹介している調査の調査名もはっきり記載されていないのですが、全国の監督官によって実施された調査ということですので、調査的監督と見て差し支えないと思います。

 

それによると業種・規模別の調査対象事業場数は以下の通りです。

f:id:knarikazu:20180219104055p:plain

 

「69」という数字が多いのが目につきます。

なぜ69なのかは不明ですが、業種・規模を考慮して選定するというのは、母集団分布を意識しているというよりは、各カテゴリーで一定数のサンプルを確保するという意味なのだと思います。69という数字も各都道府県労働基準局や監督署に割り振る関係で出てきた数字かもしれません。

 

母集団分布を考慮していないので、抽出率を計算すると各カテゴリーで大きな差があります。以下の表は調査対象事業場数を母集団で除して百分率を出したもの。

f:id:knarikazu:20180219104619p:plain

 

もちろん、すべての調査的監督がこのような抽出方法を用いているかどうかは定かではありません。

以前にも書いた1968年の労働省労働基準局『商店、サービス関係業種労働時間実態調査結果報告書』では下表のような抽出率です。1991年の調査と違って、抽出率を定めて調査しているようです。

f:id:knarikazu:20180219105355p:plain

 

棋士とAIと・・・

将棋ソフトが人間に勝つようになったあたりから

将棋の魅力はどうなるかとか

人間とコンピュータはどう共存していくかとか

そんな話題がよく交わされていた気がした

 

竜王戦の決勝トーナメントで

不正にソフトを使ったんじゃないかという疑惑で出て

でも結局疑惑はシロになって

それでも棋界とソフトの関係性を象徴するような

そんな出来事だった気がした

 

なんだろう

そういう意味で将棋界に注目してたところもあったのに

藤井聡太というスター棋士の登場で

そんな論点はあっという間に後景に

 

 

研究にソフトを使うという議論を通りこして

すでに活躍する棋士が出てきて

思えば囲碁でも

プロ棋士に勝つのは10年かかると言われていたのに

 

ひとつ思うのはあれだな

専門家の予測も大して当てにならないな

AIが仕事を奪うなんて予測も

はたしてどこまで正確に当たるか

調査的監督とはなにか

裁量労働制の働く人の労働時間のほうが、一般の労働者よりも短いデータについて、疑義が続出しています。

詳しくは上西教授の記事を読んでください。

 

ここで問題になっているデータは「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」です。

調査は、「全国の労働基準監督署の労働基準監督官が事業場を訪問する方法により実施」されたもの。このような方法は「調査的監督」と呼ばれたりします。

 

監督官はこういう実態調査もやっているのか、と思いますが、「調査的監督」の名の通り、監督でもあるんですよね。実態調査と監督を同時に行って業務を効率化しているということでしょうか。

 

古くなりますが、1974年の労働省の通達「昭和49年度一せい監督及び調査的監督の実施について」*1では、調査的監督について以下のように説明しています。

調査的監督

遵法状況,労働の態様等の実情についての把握が行政推進上必要と思われる対象であって,その対象が全国的に散在していること等によりその把握が不十分なものについて行う。

 

 調査的監督はこれまでも繰り返し実施されています。1968年の労働省労働基準局『商店,サービス関係業種労働時間実態調査結果報告書』も、労働時間に関する調査的監督です。報告書の説明によると「調査対象事業場所轄労働基準局又は労働基準監督署職員の実地調査によって行われたものであり,同時に対象事業場に対して一せい監督が行われた」とあります。やはり実態調査と労基署の臨検監督を同時に実施しているという形のようです。

 

監督と調査を同時に実施するのって、他の行政分野でもあるんでしょうか。たとえば税の申告漏れがないか査察するのと並行して、給与の実態調査をするみたいな(?)。

 

 

 

ところで、労基署の業務を解説した本などを読むと、監督は定期監督、申告監督、再監督という分類で説明されることが多いですね。この区分だと調査的監督は定期監督に分類されます。

これってちょっと厄介だったりするんですよね。定期監督件数の中に調査的監督の件数も含まれて報告されてしまうから。

 

一般に定期監督は、違反の疑いのある事業場を選定して監督を実施します。一方で調査的監督の場合は、実態調査・実情把握が目的なので、業種や規模ごとに無作為抽出で行われることが多い。そうすると選定方法や目的が違うものを同じ件数として報告することになります。統計の感覚としてはちょっと気持ち悪いですね。

 

先ほど紹介した『商店,サービス関係業種労働時間実態調査結果報告書』は1967年の2月1日~20日の間に調査的監督が行われています。調査業種は商業、映画演劇業、保健衛生業、接客娯楽業です。

この前後の年の定期監督件数は以下のようになっています。

f:id:knarikazu:20180216163540p:plain

 

当時、これらの業種は定期監督件数自体が少ないので、年による変動が大きいですね。1か月の間に実施された調査的監督の件数を、一般的な定期監督の件数に含めてしまうのは不適切な感じがします。

 

 

ちなみに、労基署は調査的監督以外にも、統計法に基づく一般の統計調査にもかつては関わっていました。賃金構造基本統計調査(賃金センサス)、屋外労働者職種別賃金調査、就労条件総合調査(前身は賃金労働時間制度等総合調査)、家内労働実態調査などです。

 

この場合は、監督官ではなく統計調査員が調査票を配布して回収するという形になります。なので監督と並行して行われたわけではないですが、企業からすれば労基署の職員がやってくるという点では同じです。

就労条件総合調査の報告書を見ると、2007年までは調査員が企業を訪問して記入依頼をし、回収していたようです*2。これが2008年には厚労省から直接企業に調査票が郵送される方法に変わります。オンラインの回答が始まるのは2015年です。

 

有効回答率は訪問で調査票を配布していたころのほうが高かったと思われます。2007年までの有効回答率は約8割でしたが、2008年以降は7割ほどになっています。それでも十分高い数字と言えるかもしれませんが。

 

*1:昭和49年3月6日基発第103号

*2:2004年までの報告書だと、調査票は審査のうえで都道府県労働局長に提出され、さらにそこで審査されて厚生労働省のほうに提出されているようです。