ちょっと語尾を変えればコピペはバレないみたいな、学生レポートの手口を連想してしまった。
上野の小説は参考文献として原の著書を挙げている。
とはいえ言い回しのレベルで酷似している箇所が散見されており、下記で引用した部分に関する限り、書き写しじゃねーかって思った。もちろんエピソードの入れ替えや取捨選択はあるにしろ。
小説を読む前にはもう少し期待するところがあった。
解説書・実務書にはない現場の臨場感や迫力、あるいは登場人物たちの何気ない(しかし職業病的な)仕草や息遣い、もしくはフィクションだから描ける大胆なケレンミ、細やかな心情。
しかし実際に小説を読んでいて感じたのは、「どこかで読んだな」という既視感。それもむべなるかな。地の文の解説的な文章はともかく、登場人物たちのセリフ回しまで一致率が高い。
正直、もうちょい工夫して書けんかったんかって思う。
小説の「参考文献」って、ここまでマネするもんなのかって思った。 むしろ比べ読みしてて面白くなってきたよ。
「あとがき」を読むと、本省の監督課や東京・中央署にも取材してることがわかる。
あんまり面白い話が聞けなかったんじゃないかね。単に守秘義務ということ以上にガードが堅そうという感覚はたしかにあって、前にこういうエントリーも書いた。監督行政って、情報をオープンにすることに、後ろ向きな嫌いがある。
なお小説の感想については
そういうわけで以下は叙述の比較。
老健施設
「今日の件は、事前にご連絡いただいていました?」
と白衣姿の四十代前半の男性が、いぶかしげに訊いてくる。西と名乗る細面の施設長は、見た目から医師であることが分かる。
「原則予告なくお伺いしてるんスよ。現状のままを確認したいんで~」
労働基準監督官証票をジャケットの内ポケットに戻しつつ、藤原が相変わらずユルい感じで告げた。
すると慌てた表情をしたのは西ではなく、年輩のでっぷりとした事務局長の内山だった。
(上野歩『労働Gメンが来る!』10-11頁)
「よろしくお願いします。ところで、今日の件は事前にご連絡いただいていました?」
と、一応の確認。見た目は困ったという感じではなく、どちらかといえば施設でも部外者といった雰囲気があった。
「いいえ、原則予告なくお伺いしているんですよ。今の状態を確認させていただこうと思いますので」
私がそう言うと、あわてた表情をしたのは、若い施設長ではなく、事務局長を名乗る年輩の男性のほうだった。
(原論『労基署は見ている。』27頁)
「労働基準監督署というのは、都の管轄ですか?」
「いえ、国の直轄機関ス。上に労働局、その上に本省――厚労省がありますが、実際に国民と接する機会が一番多いのが監督署なんス。そんで、一線の監督機関とも呼ばれています」
(中略)
なおも内山が、「老健施設を専門に回っているんですか?」と訊いてきた。
「いえ、人を使っている事業場はすべて対象になるんスよ」
(上野歩『労働Gメンが来る!』12頁)
施設長「原さん、労働基準監督署って県の機関ですか?」
私「いいえ、国の役所なんですよ。厚生労働省の。労働Gメンなどと言われることもありますが。まあ、自分たちでは言っていませんけど」
(中略)
施設長「老健施設をまわっているんですか?」
私「いえ、人を使っている事業場はすべて対象なんです」
(原論『労基署は見ている。』28頁)
一方、内山こそが事実上の施設の管理者なのだろう、いかにも落ち着かなげである。その様子を見て、事前の情報どおり労働時間管理に問題がありそうなのは、新監のキヨノにも察せられた。
(上野歩『労働Gメンが来る!』13頁)
一方、事実上の管理の責任者ともいうべき事務局長は、落ち着かない様子で私と施設長の受け答えを聞いていた。その事務局長の様子を見ただけで、事前の情報どおり、労働時間管理に問題がありそうだということが見てとれた。
(原論『労基署は見ている。』27頁)
その後の給料台帳の確認、「残業、全然ないんですね」、情報提供者の希望が今後の改善であること、是正勧告書と指導票を交付し改善を求めた、と続くがこれも文言レベルで「参考」にしている。
しかし上野の小説だと、是正勧告書を見た内山は急に開き直りを見せる。
「なんだ、この勧告書っていうのは?」急に内山が開き直った。「前に来た監督官からは、良好な管理だと言われたんだぞ!」
藤原がはっとする。
「だいたい前に来た監督官は、ちゃんと事前に連絡してきたんだ! それなのに、なんであんたたちはしない!?」
(上野歩『労働Gメンが来る!』17頁)
この箇所は原の新書だと、帰庁後に理事長(事務局長ではなく)からかかってきた電話で言われた言葉として紹介されている。つまり上野の小説は事務局長と理事長の役回りを一人の登場人物にやらせたので、「急に」「開き直った」という展開をたどったのである。
「以前来た監督官は、ちゃんと事前に連絡してきたのに、何でお前はやらないんだ!」
「良好な管理だとまで言われたのに、この勧告書はなんだ!」
「これだとうちが悪い施設みたいじゃないか!」
「前にきた○○さんを見習ったらどうだ!」
(原論『労基署は見ている。』32頁)
労働災害
上野の小説では柿田川が遺体に二度対面した経験があると述べる(74頁)。一方、原の新書でも二度遺体に対面したことが語られている(101頁)。「被災者ですか?」「そうです」「ご覧になられますよね」のセリフは一致している(上野76頁、原103頁)。
プレス機の事前送検のくだりは森井の著書から。
これは説明セリフであるから、法令規則の間違いがないようにとのことだろう。
「労働安全衛生規則では、プレス機に手が入らないように安全装置を付けなければなりません。そのため、うちの監督官が抜き打ちで臨検し、安全装置を付けない機械を見つけ、それが常習的であるなら、その事業場を事前送検しています、これがまた」
柿田川の言う事前送検とは、労働者が亡くなったり怪我をしたりするのを送検の契機にするのではなく、機械から安全装置を取り外して作業をしている違反状態を見つけた時点で送検するというものだ。
(上野歩『労働Gメンが来る!』67-68頁)
労働安全衛生規則ではプレス機に手が入らないように安全装置をつけなければならなかったのですが、これを外したり無効にしたりすることで事故は起きていました。
そのため、監督時に、このような安全装置をつけない機械を見つけて、それが常習的であるなら、その会社を「事前送検」するようにとの指示が当時来ていたのです。
事前送検というのは、労働者が亡くなったり怪我をしたりすることを送検の契機にするのではなく、機械の安全装置を取り外して作業をしている違反状態を見つけたら、その時点で送検するというものです。
(森井博子『労基署がやってきた!』42頁)
ファミレス
高校生の娘が夜10時を過ぎてもバイトしているというタレこみ(上野113頁、原166頁)。
原の著書では監督官1名で訪問しているのだが、上野の小説は監督官2名で訪問している。なのにコーヒーの数はどちらも2つという一致を見せていたのでちょっと笑った。
店長が、「コーヒーでいいですか?」と訊いてきた。
「お水で大丈夫っス」
と藤原が断ったが、店長はすかさず、「コーヒーふたつ」と傍らで控えているスタッフに命じる。
(中略)
すると藤原が「どーする、これ?」急にそんなことを言いだす。テーブルに置かれたコーヒーについて言っているのだ。
会社を訪問した際にお茶を振る舞われても、ペットボトルなら手をつけない、入れてくれたお茶やコーヒーなら飲むという暗黙の線引きがあった。
「どうしましょう、これ商品ですよね?」
「でも、冷めちゃえば、売り物にならんよなー」
ふたりで葛藤したあげく、自分たちが飲まなければ捨てられてしまうし、もったいないので飲むことにする。
(上野歩『労働Gメンが来る!』131-133頁)
役所にいた頃は、会社を訪問した際でも、ペットボトルなら飲まない、お茶受けやコーヒーの場合飲める、缶入りのコーヒーやジュースなら不可という、なんとなく線引きがあった。今でこそ出されたものは口につけないと失礼だと思うのだが、役所は倫理法などがあるため、そういう部分からもあらぬ疑いをもたれないということをしてきた。
そういう意味ではコーヒーは可なのだが、店舗でコーヒーは売り物である。売り物に口をつけるのは・・・。
私「お水で大丈夫です」
店長「コーヒー、お嫌いですか?」
私「先ほどたくさん飲んできたので」
店長「それなら大丈夫ですね」
結局、そのあとすぐに、コーヒーが二つ運ばれてきた。
これは口にできないなぁ・・・。
冷めてしまうと売り物になることはないなぁ・・・。
葛藤がしばらく続いたが、結局、私が飲まなければ廃棄することになるであろうから、頂くことにした。もったいない、もったいない。そう自分に言い聞かせて、ごくりと口にした。
(原論『労基署は見ている。』169-170頁)
別の人物なのに、どちらも声のトーンの下がった描写が入っている。思わず筆に影響したのか。
「タイムカードを見せてください」
藤原が多少トーンの下がった声で言う。どうやらコーヒーを口にしたことで、負い目を感じているらしい。
店長から受け取ったタイムカードの束をめくりながら、「まずは店長さんのを拝見しましょう」と藤原。
すると、意表を突かれたような顔をしてから、「こちらになります」と、束とは別にしていた自分のカードをおずおず差し出した。
それを目にして、藤原もキヨノも唖然とする。隙間なく真っ黒に打刻されていたからだ。
「す、すごいっスね。休みってないんスか?」
「すべてホールの仕事になります。時間分の残業代は支払われていますよ」
店長は隠そうとまではするつもりはなかったのだろうが、勤務時間について注意されたくなくて、なんとなく自分のタイムカードを束から外していたのだ。
「店長の給料で残業代を払うとなると、かなりの額になるんじゃないんスか?」
「私が入っている時間は、スタッフをひとり抜くことになってます」
「んで、賃金を均そうってことっスね。それよかアルバイトさんを入れたほうがいいんじゃないっスかねえ」
「そうしたいんですが、人が集まらないんですよ。昔は、高校生にひそかに深夜時間帯に入ってもらったりしたんですが、今はそんなことできませんし」
それを聞いて、藤原とキヨノは素早く視線を交わした。予想もしなかったところから、情報監督の核心につながってしまったのだ。
(上野歩『労働Gメンが来る!』133-134頁)
私「タイムカードを見せてください」
店長「こちらになります」
私「ありがとうございます。店長さんのカードはありますが?」
店長「こちらです・・・」
急に声のトーンが下がったために、顔を見上げると、渡されたカードには、隙間なく打刻されていた。
私「す、すごいですね。休みがないのですか?」
店長「そうですね。数年前までは店長でも管理職だったので、残業代が出ていなかったのですが、今はこれだけの時間分は支払われています」
私「管理業務ですか?」
店長「いえ、ホールでの仕事になるんです」
私「店長の給料で残業代を払うとなら、相当な額になるんじゃないですか?」
店長「私が入っている時間は、通常よりスタッフを一人抜くことになっているんです」
私「それで、とんとんという形にするんですか。アルバイトを入れたほうがいいんじゃないですか?」
店長「そうしたいのですが、人が集まらないんです。昔は、高校生とかひそかに深夜勤務してもらったりしていたのですが、今はそんなことできませんし」
え? 高校生を深夜勤務させていないの? と、予想もしないところからその部分に話がつながってしまった。
(原論『労基署は見ている。』171-172頁)
実は深夜のバイトをしていたわけじゃなくて、恋人の家に行っており、それが通勤災害にならないか、ってところまで同じオチである。
ガサ
「こちらを辞めたパート従業員十人の方が、改めて監督署に申告したんス」
「あいつら、会社を困らせようとしていっせいに辞めたんだぞ。こっちも頭にきたから、いまだに給料を払っていないんだ」
「あの方たちは、どうしていっせいに辞めたりしたんスか?」
「そりゃ、給料が遅れてるからだろ」
(上野歩『労働Gメンが来る!』182頁)
私「早速ですが、お給料をもらっていないというお話がありましたので、確認させてください。お支払いはどういう状況ですか?」
社長「確かに支払っていないけど、あいつらは会社を困らせようと、一斉に辞めたんだぞ。頭にきたから、まだ払っていない」
私「何で一斉に辞めたりしたんですか?」
社長「多分、給料が遅れていたからだと思うけど」
(原論『労基署は見ている。』27頁)
「ちょっと待ってくれよ、刑事さん。うちを辞めたやつらに連絡して、あんたたちに申告したことを取り下げさせるから」
慌ててそんなことを言い出す。やっと自ら動く姿勢を見せたのだ。
「どーゆーふうに取り下げてもらうんスか?」
「そりゃあ、俺が呼び出したら、ビビッて取り下げるだろうよ」
(中略)
「ニンテイか? ニンテイなら拒否だ」
(中略)
「ニンテイなんて、フツーの中小企業の社長から出る言葉じゃねー。刑事慣れしてるよ、あの社長は」
(上野歩『労働Gメンが来る!』203-204頁)
「ちょっと待て! あいつらに話しをして、監督署に話したことを取り下げさせるから」
と、これまで何もしなかった社長が連絡を取ると言い出した。これは、警告文の効果で払ってくれるかなと思いながら、私が、
「どういうふうに取り下げてもらうんですか?」
と尋ねたところ、社長は、
「呼び出したら、びびって取り下げるだろ!」
(中略)
「ニンテイか? ニンテイならしないよ。拒否するよ」
と答えてきた。
ニンテイ(任意提出)などという言葉は、一般の中小企業の社長であれば決して使わない。この社長は「刑事慣れ」しているなと思いながらも、これ以上どうしようもないため引き揚げることにした。
(原論『労基署は見ている。』46-47頁)
この流れで行くと、栗本彩が社長の愛人として噂されてる(上野199頁)のは、原の著書で「社長の女」として出てくるパート女性(原67頁)が元ネタか。社長のことを「あの人」呼びしてるし(上野191頁、原68頁)。
小説では一発目のガサ入れに電車で向かう描写があるが(209頁)、原の本では2度目のガサ入れの際に始発電車で向かっている(61頁)。
一発目のガサ入れで、前日に確認したときは作業していたので安心していたが、当日もぬけの殻になっており、夜まで監視していればよかったと後悔するのは同じ(上野214頁、原56頁)。野球賭博のオッズ表(原57頁)は、ノミ屋のオッズ(上野217頁)に代わっている。
「どこになにがあるか、教えてもらえますか?」
藤原が言うと、「勝手に探せばいいだろ」と鮫皮が開き直る。
「んじゃ、すべての場所を捜索しますが」
「好きにしろ!」
「好きにします」
藤原がはっきりと言い放つ。
捜査に協力しないのは、鮫皮の最後の意地というわけか。
「事務所の前にクルマが停まっていますが、あれも調べさせてください」
キヨノの言葉に、「あれは関係ない」とうそぶく。
「車両を捜査する令状もとってありますよ」
さらにキヨノが言うと、「俺が鍵を開けるよ」と渋々立ち上がった。
(上野歩『労働Gメンが来る!』268-269頁)
私「どこにどんなものがあるのか教えてもらえますか?」
社長「勝手に捜せばいいだろう・・・」
私「すべての箇所を捜索しますが」
社長「好きにしろ」
私「それでは好きにさせてもらいます」
社長としては最後の意地だったのだろうが、その分、捜索にも時間がかかってしまった。
私「倉庫前に車が停まっていますが、これも調べさせてください」
社長「あれは会社と関係ない・・・」
私「ここにある車両にも令状をとっていますので、鍵を開けてもらえないなら、こちらで開けさせてもらいますよ」
社長は令状をながめてから、しぶしぶポケットからキーを出し、車の鍵を開けた。
(原論『労基署は見ている。』63頁)