ぽんの日記

京都に住む大学院生です。研究とは関係ないことも気ままに書いていきます。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

出版不況を世界史的な視点から論じてほしい

出版不況という言葉は、言われ続けてこの方久しいわけですけど。漫画が大きく落ち込んだこともフォーカスされてますね。

 

www.nikkei.com

 

海賊版の影響だ、という指摘もあるようです。

まあ、「出版不況」に関してはブックオフに始まり、Amazonや図書館などがこれまでも「犯人」のように目の敵にされてきたこともありますから、実際どの程度の影響あるのか、冷静な分析を読んでみたいところです。

 

活字離れというのも言われて久しいですが、「出版不況」にしろ「活字離れ」にしろ、そういう言説は「黄金期」(ピークの時点)と比べてという話でしょう。バブルではないですが、その「黄金期」の時代が過剰だっただけなら、適正規模に縮小するのは致し方ない話です。

実際、一人あたりの読書量や書籍購入費を国際比較したようなデータはしっかり見たことがない気がします。

www.newsweekjapan.jp

 

出版不況を世界史的に論じてほしいと書いたのはそういう意味です。なぜピーク時点以外を基準にして論じないのか。世界のほかの国と比べて、日本の出版市場はどの程度なのか。そういう切り口が欲しい。

 

そういう意味で素晴らしいと思うのは岩波新書から出ている『読書と日本人』(津野海太郎)です。

 

この本は非常に広い視野で「読書史」を論じています。新書という性格上概説にとどまってはいますが、源氏物語から始まって、世界の出版動向なんかも適度に交えながら存分に語られています。

読書というと文化史の範疇だと思うかもしれませんが、この本は経済の視点も織り込んでいるのが傑出な点です。なぜ読書が大衆化したかという出版市場史でもあるのです。だから短期的な視野で「出版不況」を論じた言説よりもよっぽど読みごたえがある。

 

江戸時代、寺子屋のころの日本人の識字率が高かったことは有名ですが、教育熱・読書熱も高いものでした。

明治に入って、新聞→雑誌→書籍と読書が大衆化していきます。本書の中では〈百万雑誌〉〈円本〉〈文庫〉という新たな出版形態が登場したことで、出版産業の資本主義的再編が進んだとしています。これが日本人の読書環境を大きく変えたのだと。

 

その後、戦時統制によって出版市場は大きく収縮します。しかし敗戦後の「読書への飢え」は凄まじいもので、出版産業の復活が始まります。

重要なのは、いわゆる〈やわらかい本〉ではなくて〈かたい本〉が売れたということ。岩波書店の『西田幾多郎全集』を求めて書店に徹夜の行列ができたエピソードのほか、50年代~60年代くらいまでは文学全集、名作全集がベストセラーに名を連ねるのです。

 

しかし、出版産業は徐々に商業主義的色彩を強めます。

古典のような〈かたい本〉は、1冊の本が長い期間売れます。それに対し〈やわらかい本〉は短期間で大量に本を売るという売り方です。出版産業はこの〈やわらかい本〉を大量に売るという方向にシフトします。1979年に雑誌の売り上げが戦後初めて書籍の売り上げを上回り、「雑高書低」なる新語が生まれます。

そして「活字離れ」がマスコミ等で叫ばれるようになったのが同じく70年代終わりごろからだそうです。

東大生協書籍部の「週間ベストテン」入りした本の数を出版社別に数えると、1957年からの14年間は1回を除いて岩波書店がダントツ1位。しかし1972、73年になるとトップの座を明け渡してしまう。

 

また、短い期間に本を大量に売るという現象は、日本だけでなく世界の出版業界でも生じているといいます。

ともあれこの本[フレデリック・ルヴィロワ『ベストセラーの世界史』]によると、20世紀前半期を代表するベストセラーはマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』で、1936年に刊行され、その年のうちに100万部、翌年には150万部、10年後には合衆国内だけで300万部を売っていたらしい。

そして後半期(正確には20世紀末から今世紀初頭にかけて)の代表が、いわずと知れたJ・K・ローリングの「ハリー・ポッター」シリーズです。1997年に第1巻が刊行され、第6巻の『ハリー・ポッターと謎のプリンス』では「世界同時発売」という未曽有の販売方式によって、わずか24時間で9百万部を売り上げた。さらに2007年刊の第7巻でこの記録を大幅に更新してひとまず完結、翌08年までに150を越える国や地域でシリーズ総計4億部以上を売ったというのですからね。売れ行きのすごさの次元が何段階も上がり、もはや別世界のできごとというしかない。(p.216-7)

 

読書史を縦横無尽に語るこの本は、要約しても面白味が十分に伝わらないので、興味ある人はぜひ手に取って読んでいただきたい。

 

あと、出版点数の推移は面白かったのでメモ

1900年 1万8,281点

1905年 2万7,095点

1910年 2万2,889点

1915年 2万4,448点

1920年 9,848点

1925年 1万8,028点

1930年 2万2,476点

・・・

1941年 2万9,204点

1942年 2万4,211点

1943年 1万7,818点

1944年 5,438点

1945年 878点

清水英夫・小林一博『出版業界』 1918年に内務省への納本データから官庁出版物が除かれ、商業出版物に限られた)

 

1945年 658点

1946年 3,470点

1947年 4,499点

1948年 2万6,062点

1949年 2万0,523点

1950年 1万3,009点

・・・

1982年 3万点越え(以下同じ)

1990年 4万点

1994年 5万点

1996年 6万点

2001年 7万点

2010年 8万点

出版ニュース社『出版データブック 改訂版』)

 

この推移をみると、90年代以降の出版点数は膨張と称して良いような気がします。

しかし短期間で大量に売るという方式は、いまやネットで情報に接せられる時代ですから、紙媒体ではどうも限界があるのではないでしょうか。

一度膨らんでしまうと、それを前提とした仕組みが出来上がってしまうので、ダウンサイジングは難しいところもあるのでしょうが。

 

今回は取り上げていませんが、新聞なども似た構造にある気がします。読売新聞や朝日新聞は世界で一番発行部数が多かったはずです。ですからいくら売れなくなっていると言っても、国際的に見れば日本の新聞市場はすごく大きいはずなんです。

とはいえ、販売部数が落ちてくると、どこかしらに負荷がかかることになるのでしょう。新聞販売店等はそのしわ寄せが真っ先に来ていると見るべきかもしれません。