高プロの年収要件として「1075万円」という数字が流布してます。法律案にこの数字が書き込まれているわけではないので、実際に1075万円になるかは不明です。
どう計算?
法律案では以下のようになっています。
労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額(厚生労働省において作成する毎月勤労統計における毎月きまつて支給する給与の額を基礎として厚生労働省令で定めるところにより算定した労働者一人当たりの給与の平均額をいう。)の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること。
まず思ったのは、毎月勤労統計(毎勤)を使うのだということ。
厚労省の賃金統計としては、賃金構造基本統計調査もあります。こちらのほうが職種や雇用形態別等に分けて細かく分析することができます。一方、毎勤のほうは、たとえば雇用形態だと「一般労働者」と「パートタイム労働者」の区別しかありません。
毎勤のパートタイムの定義は、所定労働時間(所定労働日)が一般労働者より短いという意味です。なので派遣社員や契約社員等の非正規雇用であっても、所定労働時間が正社員と同じであれば、一般労働者に含まれます。
高プロというと専門職で、当然正社員だろうと想像するわけですが、該当年収の決め方として毎勤を使うということは、そういう職種や雇用形態には気を払わないということですね。
平均の3倍がどの程度かを具体的に確認してみます。
「きまって支給する給与」は「就業形態計」で261,398円。「一般労働者」だと334,792円です。これを12倍して年収に換算し、それをさらに3倍すると
就業形態計:261,398×12×3=9,410,328 約940万円
一般労働者:334,792×12×3=12,052,512 約1,200万円
就業形態計はパートタイム労働者を含む数字です。パートタイム労働者が増えれば平均額は当然下がります。一般労働者の数字を使ったほうがふさわしいと思いますが、1,075万円という数字でこれまで議論して来たので、たぶん前者の数字を使うんでしょう。「相当程度上回る水準」の相当程度というのは100万くらいということです。
1,075万の出自
さて、1,075万円という数字は有期労働契約の特例から来ているようです(以下、下線は引用者)。
○石橋通宏君 ・・・・・・高度プロフェッショナル労働制についても一つだけお伺いしておきたいと思います。
年収要件について、ちょっと簡潔に確認をさせてください。
今回、1,075万円以上になるであろうという根拠を出されています。・・・・・・年収1,075万円の根拠を、これは局長で結構です、簡潔に教えてください。
○政府参考人(山越敬一君) お答え申し上げます。
この1,075万円でございますけれども、平成15年の労働基準法改正時に、これは有期労働契約の期間の特例を3年から5年に延長するものでございましたが、この対象となる高度専門職につきまして、この改正時の附帯決議におきまして、高度な知識、技術、経験を有しており、自らの労働条件を定めるに当たり、交渉上、劣位に立つことのない労働者とされたということがございまして、このことを踏まえまして、今回の労働政策審議会の検討、これを参考にさせていただきまして、1,075万円とさせていただいたところでございます。
○石橋通宏君 今お聞きになって、皆さんお気付きになったと思います。平成15年の基準の話です。今から15年前の基準を持ってきているわけです。局長、それ間違いありませんね。これ、当時の議論で、技術系の一定の管理職、具体的には課長級の方々の給与で上から4分の1を取って1,075万円と決めた、正しいですか。
○政府参考人(山越敬一君) お答え申し上げます。
まず、一つ前の質問でございますが、1,075万円ということでそうお答えしましたけれども、この労働政策審議会、高度プロフェッショナルを議論したときには、それに先立つ日本再興戦略の改訂2014の中で年収要件が示された、それも参考にしているところでございます。
それから、その15年の改正でございますけれども、それは、その当時、人事院の資料なども参考にいたしまして、技術系の方の上から4分の1だったと思いますけれども、その水準を参考にしていろいろ計算をいたしまして算出をしたというふうに承知をしているところでございます。
○石橋通宏君 これ、平成15年の人事院の職業別民間給与実態調査に基づく数字だと。・・・・・・
1,075万円という数字自体は「有期労働契約の期間の特例」から引っ張ってきているわけですけれども、調査データも算出の仕方も当時とは違うやり方をするらしい。
捕捉
ちなみに「有期労働契約の期間の特例」というのは労働基準法14条に関するものです。
法では有期労働契約を締結する場合には、契約期間は原則3年以内にしなければなりません。例外は一定のプロジェクト・事業の完了に必要な期間を契約期間として定める場合。土木工事が終わるまでに4年かかる、というような場合に、契約期間を4年として雇うことができます。
それ以外では①高度の専門的知識等を有する労働者②満60歳以上の労働者、の場合には、契約期間を5年までとすることができます。
そして①として告示で定められているのが
1 博士の学位取得者
2 公認会計士、医師、歯科医師、獣医師、弁護士、一級建築士、税理士、薬剤師、社会保険労務士、不動産鑑定士、技術士、弁理士
4 年収が1,075万円以上で、農林水産業の技術者、鉱工業の技術者、機械・電気技術者、建築・土木技術者、システムエンジニア、デザイナー(以上は大卒+実務経験5年以上、短大・高専卒+実務経験6年以上、高卒+実務経験7年以上)、システムコンサルタント(システムエンジニアの実務経験5年以上)
5 国、地方公共団体等によって、知識、技術、経験が優れたものであると認定された者
1,075万円という数字が出てくるのは、4の部分です。
余談。
高プロの要件として「年104日以上の休日」というのがありますね。
完全週休2日制ならそれだけでクリアできる条件だとも言えますが、もう少し具体的にイメージしてみようと、簡単に表を作成してみました。
データは平成24年就業構造基本調査から。下の表は年間所得(手当や賞与を含む税込額)が1千万円以上の就業者数です。年104日の休日付与だと、年間就業日数は261日ですので、ここでは250日以上を再掲しています。
年収1千万以上となる労働者は、全体の2.85%。職業別で絞れば、管理的職業従事者のうちの23.6%、専門的・技術的職業従事者のうちの5.68%です。管理監督者の仕事が高プロに該当するのか知りませんが、比較として一応。
表の通り、年収1千万円以上の労働者のうち、就業日数が250日以上となるのは56%です。専門的・技術的職業従事者だと少し高くなって62.5%。この数字から察するに、年収1千万以上の労働者の過半は、完全週休2日未満かもしれません。
だからといって年104日の休日が強力な規制と言えるのかは疑問ですが。