これまでこのブログでは、労働基準監督機関の動向のデータを紹介することが多かったところです。しかし労働基準法や労働安全衛生法の取り締まりを行い、違反した企業を送検するというのは、労働基準監督官の仕事に限りません。
そういうわけで今回は警察と監督官の比較を行います。
検察統計
次の表は検察統計から作成したものです。検察が受理*1した事件について、その人員数をルート別に示したものです。
この場合、「通常司法警察員」は都道府県警察、「特別司法警察員」は労働基準監督官と考えて差し支えないかと思います。
まず労基法の送検動向から確認しますと、1990年代初頭ごろまでは警察による送検がかなりの比重を占めていました。年によっては監督官からの送検よりも多いときもあります。
決して監督官だけが独占的に労基法違反を取り締まってきたわけではないことが窺えます。
なぜ警察による検挙が多かったのか。思うにこれは、人身売買、児童労働、女子年少者の保護に取り締まりのリソースが一定注がれていたためと考えられます。
1996年の数字(となると警察の検挙人員が大きく減少してしまった後になりますが)について、浦田[1998]*2が「法務省独自統計」としてその一端を紹介しています。*3
それによれば、通常司法警察員からの送致が多数を占めるのは、56条(25人中24人)、61条(145人中142人)、62条(38人中36人)となっています。これらはいずれも年少者の保護に関わる規定(それぞれ最低年齢、深夜業、危険有害業務の就業制限)です。
監督官の送検はどの条文が多いのかは、以前のブログで記事にしました。賃金支払(労基24条)と安全衛生法違反です。
そう考えると、警察においては年少者の保護関係の送検が多くなっているという所に、監督行政と比較した場合の特徴を見て取ることができそうです。
警察統計
今度は警察統計(犯罪統計)を確認します。これは全国の都道府県警察本部からの報告に基づくデータになります。
下の1つ目が労基法、安衛法、ついでに労働者派遣法について見たもの。2つ目は労基法と職業安定法について比較したものです。
90年代を通過する間に送致人員数が大きく減少を見せているのは、先と同様です。
興味深いのは「人員」に対する「件数」の動きです。
労基法の送致に関しては、人員数よりも件数のほうが大幅に高い時期が続いてきました。職安法ではそうなっていませんから、労基法事件の特徴だと言えます。
それが80年代の終わりごろからは急激に件数が減少し、人員数と件数がほぼつり合う形となって続いています。
警察統計における「件数」と「人員」の定義は次の通りです。
件数 |
原則として被疑者の行為数によって計上している。ただし、1人数件又は数人数件の場合で一定の条件に該当するときは、包括1件とする等の計上方法をとっている。 |
人員 |
同一人が数罪を犯し、又は数人が数罪を犯した場合は、法定刑の最も重い罪(法定刑が同じときは主たる罪)につき1人又は数人として計上している。 |
「件数」というのは行為数なのですね。一度の送検で複数の被疑条文がある場合には、複数件カウントされるということでしょう。*4
労基法違反事件について件数が人員を大きく上回っていたというのは、同一事案内において複数の法違反が該当するケースが多かったことを窺わせます。ほかの法令違反、たとえば職業安定法違反を同時に犯し、主たる罪がそちらで計上される場合には、件数のみ労基法もカウントされることになるので、そのようなケースもあるかもしれません。*5
児童労働・女子年少者関係が警察の取締りの中心であったなら、労基法で言えば、最低年齢、危険有害業務の就業制限、労働時間、深夜業などの複数の条文に該当する例は十分に考えられます。
そうであれば、年少労働者数そのものの減少や労基法改正を経て、これらの分野の立件が減ったということが可能性として考えられるのではないでしょうか。
検察官処分の違い
警察と監督官のそれぞれの送検で、起訴・不起訴の傾向は違うのでしょうか。
古くなって恐縮ですが1969年のデータから考えてみたいと思います。60年代後半~70年代初めというのは、先に示した通り、警察による労基法違反の送検が最も活発だった時代でした。
検察の統計として香城[1971]*6に記載のものを、監督機関の統計としては『労働基準監督年報』記載のものを用います。
前者が検察・警察・監督官合計の数値、後者は監督官による送検の数値です。
ただし両者の統計は、集計方法に違いがあると思われます。検察の統計はおそらくは前述のものと同じで、行為数ベースだと考えられます。一方で監督機関の統計は事業場数でカウントしており、1つの事件で複数の被疑条文がある場合には、主要な条文について集計していると考えられます。同一の集計方法であれば、差を比較しやしところですが。
香城[1971]によれば1969年の労基法違反の処理件数は4560件、監督機関の統計では1858件(検察官未済含む)です。両者の差は、前者は警察・検察による送検を含むことに加えて、行為数でカウントしていることが関係していると推察できます。
両統計のギャップが大きいところを見ておきましょう。
まず中間搾取(労基6条)。検察統計によれば、全体では起訴が30件で不起訴が41件と、不起訴のほうが多くなっています。これが監督官による送検になると、起訴が19件に対し不起訴が13件と、比率が逆転します。*7
労働時間(同32条)は全体の傾向では起訴75件、不起訴96件となっていますが、監督官による場合は起訴34件、不起訴31件と、やや起訴が多めです。
安全基準に係る42条では*8、全体の数字が起訴761件、不起訴661件(起訴率53.5%)。これが監督官による送検の場合は起訴547件、不起訴236件、起訴率は69.9%に上がります。
反対に衛生基準(同43条)となると、全体で起訴44件/不起訴10件(起訴率81.5%)ですが、監督官統計では起訴2件/不起訴8件と、こちらのほうが起訴率が大幅に低くなっています。
追記(2022/10/23)
上記の文章では第42条を「安全基準」、第43条を「衛生基準」というふうに区別していますが、この書き方は正確ではありませんでした。労基法旧第42条は「機械、原材料、ガス等」、旧第43条は「建設物」といった分類で、ともに危害の防止基準に係るものです。
安全衛生
以上ざっくり説明してきましたが、労働安全衛生法成立前後から、監督官による送検は安全衛生違反に関するものがメインになっています。
冒頭で示した表のとおり、こちらは警察による件数は少ないものにとどまっています。
ただしこの点については、警察は安全衛生法ではなく業務上過失致死傷容疑で捜査を進めることが多いことに留意する必要があります。
労働現場で人身事故が発生した場合、監督官は安全衛生法で対応するのに対し、警察は同一事案を業務上過失で送検することが少なくありません。
両者には重なる部分もあればそうでない部分もあるわけですが、比較検討のためには後者の動向も押さえておいたほうがよいかもしれません。
それを書くと少し長くなるので、業務上過失については別記事に分けたいと思います。
*1:ほかの検察庁や家庭裁判所からの受理、再起事件を含まない。
*2:浦田啓一[1998]「1 労働者保護法規の意義」藤永幸治編『刑事裁判実務体系 第7巻労働者保護』青林書院。浦田氏は東京地検検事(当時)。
*3:浦田の示す通常受理人員、特別司法警察員からの送致人員と、検察統計から把握できる人数にはやや差が見られる。これが何に起因するのかは不明。
*4:この点、事件数・事業場数によってカウントしている『労働基準監督年報』と「件数」の捉え方が異なることが判る。そのため両者の統計を件数で単純に比較することはできない。
*5:職業安定法のほか、児童福祉法、風俗営業法、労働者派遣事業法、入管法などが考えられる。
*6:香城敏麿[1971]『行政刑罰と経営者の責任――労働者保護法規を中心に』帝国地方行政学会、296ー298頁。香城氏は東京地方裁判所判事(当時)。
*7:監督機関の統計のほうは、検察官処分未済のものがあるが、ここでは省く。以下同じ