ぽんの日記

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企業名公表制度の検討

労基行政における企業名公表制度を考えるために、職安行政と比較した。

前回の記事で用いた表現を用いるなら、企業名公表は是正・改善措置なのか、あるいはその担保措置なのか、ということ。

是正措置は将来的な防止を志向しているのに対し、担保措置は過去の義務違反に対する制裁である。そして企業名公表はどちらにも利用しうるところに特徴がある。

 

 

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類型化

企業名公表は2つの意義を有している。制裁と情報提供である。制裁としての側面を含む場合は行政処分に該当し、法律の根拠規定を必要とするというのが行政法学では有力な見解であるようだ。前章で記したように、労働行政における企業名公表措置も法律上の根拠が置かれるようになっている。

情報提供は、一般の市場参加者の行動変化を促す*1。企業名公表の措置を受けた企業にとっては、そうした市場行動の変化は是正への圧力として働く。一方、労働市場の参加者からみた場合には、当該情報は被害予防の意味合いを有する。あらかじめ情報を知れれば、ブラック企業への就職を避けやすくなる。

この際、企業名公表は時間軸を含む措置として機能しうる。すなわち是正が済むまで企業名公表を継続するという形を取ることができる。被害予防としての情報提供の側面を考えるなら、過去に違反があったかどうかだけでなく、現在も違反が継続しているかどうかが有用な意味を持つだろう。

 

 

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現行の企業名公表措置はどのようなあり方をとっているであろうか。職安法、派遣法についてそれを見たのが上の表である。ここでは4つのタイプに区分した。

 

①制裁としての企業名公表

第一に、担保措置としての企業名公表がある。これは罰則のない義務規定に対する是正措置の制裁として設けられている。

職安法第48条の3第2項は、「求人者又は労働者供給を受けようとする者」に対して、求人申込時の労働条件明示(同法第5条の3第2項)、求人条件変更の明示(同条第3項)、求人不受理制度に係る報告(同法第5条の5第3項)の義務に関して、「違反を是正するために必要な措置又はその違反を防止するために必要な措置」を執るよう勧告できる旨定めている。派遣法第49条の2においても、「労働者派遣の役務の提供を受ける者」に対し、派遣禁止業務への派遣受け入れ(同法第4条第3項)、許可を受けていない派遣事業者からの受け入れ(同法第24条の2)、比較対象労働者の賃金・待遇の情報の提供(同法第26条第7項、第10項)、教育訓練・福利厚生施設の利用機会付与(同法第40条第2項、第3項)、同一業務の派遣可能期間(同法第40条の2第1項、第4項、第5項)、同一労働者の派遣可能期間(同法第40条の3)、派遣先を離職して1年以内の派遣労働者の受入禁止(第40条の9第1項)の規定に違反する派遣就業を是正・防止するために必要な措置を勧告することができる。

職業紹介事業者や派遣事業者に対するものと違い、「求人者又は労働者供給を受けようとする者」「労働者派遣の役務の提供を受ける者」に対するこれらの義務規定違反に対しては罰則がない。そのため勧告およびそれに従わない場合の公表措置によって対応している。

 

行政処分(制裁と情報提供)

第二に、行政処分に伴う企業名公表がある。注意を要するのは、制裁(担保措置)としての公表措置と、情報提供としての措置が混在していることである。

「労働者の募集を行う者」が職安法第48条の3第1項による改善命令に従わなかった場合には、その旨を公表できるとされている(同条第3項)。改善命令に対する違反については懲役または罰金(同法第65条第7号)も設けられているが、制裁としての公表も用意されているということになる。一方で許可取消し(職安法第32条の9第1項)や事業停止命令(同条第2項)、改善命令(同法第48条の3第1項)を行った場合にも企業名が公表される。従わなかった場合ではなく、行政処分を行った段階で公表される。あくまで情報提供を目的としており、法律上の根拠規定はない。「職業紹介事業の業務運営要領」では次のように説明される。

行政処分を行った職業紹介事業者については、求職者及び求人者にその事実を情報提供することを目的とし、事業者名等を公表することとする。

本公表は、あくまで、情報提供の目的で実施するものであるところ、2(6)において違法行為について勧告を受けた求人者がこれに従わなかった際にその旨を公表(法第48条の3第3項)する場合のように、「公表される者に対する制裁効果や違法行為の抑止といった効果」を期待するものではなく、当該事業者に対する処罰を目的とするものではない。

(令和2年3月「職業紹介事業の業務運営要領」第12の3)

  

行政処分がなされた場合には労働局において報道発表されるほか、厚労省HPにおいて実施中*2行政処分についての情報が掲載される。

 

行政処分相当(情報提供)

第三に、行政処分を行うに相当するような違反でありながら、それができないために、指導とともに公表を行うものがある。無許可で派遣を行う事業主に対する企業名公表がこの例である。これも「情報提供」を目的として行うもので、法律上には規定がない。この場合の公表も、指導に従わなかった制裁ではなく、指導と同時に公表がなされ、③是正確認までがセットである。

厚生労働大臣又は都道府県労働局長は、無許可派遣事業主を把握した場合は、法第48条に基づき、違法状態の是正を求める指導を行うものであるが、無許可で労働者派遣事業を行っていることが疑われる事業主については、あらかじめ、当該公表について通告するとともに、法第48条に基づく指導にあわせて事業主名等の公表を行う。

また、当該公表については、違法状態の是正が明らかとなるまで次項に定める項目について、厚生労働省、事業主管轄及び、無許可派遣を行っていた事業所を管轄する都道府県労働局のホームページにおいて公表を行うこととする。

 

このような対処をするのは、無許可派遣に対しては許可取消し等の権限がないためである。そもそも許可を受けていないのだから、仮に事業停止命令などが行えたとしても、事業主は意に介さないだろう。行政処分を課せなくても刑事罰の対象ではあるが、行政機関としての迅速・即応な措置を執れるほうが好ましいだろう。施行通達ではその趣旨について以下のように説明する。

第2 労働者派遣事業について

③無許可で労働者派遣事業を行う事業主に対しては、許可の取消し等の措置を採ることができないことに鑑み、刑事告発を行うことも視野に、指導監督に万全を期すとともに、企業名の公表を行うこと。

平成27年9月30日職発0930第22号「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律等の一部を改正する法律の施行について」) 

 

④政策的情報提供

第四として、明確に表現しづらいのでひとまず「政策としての情報提供」としておく。これまで述べてきた企業名公表についても「政策」「情報提供」であるには違いないが、それは違反事項の公表周知する意味を有していた。第四類型の場合は違反事項の公表ではないので、やや性格を異にする。例として採用内定取消し企業の公表を挙げている。これは法律ではなく、職安法施行規則に規定がある。

新規学卒者を採用しようとする者は、採用内定の取消しまたは撤回する際には公共職業安定所および学校長にあらかじめその旨を通知することとされる(職安法施行規則第35条第2項第2号)。安定所長はその通知を労働局長を通じて厚労大臣に報告する(同条第3項)。内定取消しの状況が告示で定めた条件に該当する場合には、厚労大臣は「学生生徒等の適切な職業選択に資するよう」その情報を公表できる(同第17条の4)。具体的には次のいずれかの場合である。

一 二年度以上連続して行われたもの

二 同一年度内において十名以上の者に対して行われたもの(職業安定法施行規則第三十五条第三項の規定により報告された取消し又は撤回(以下「内定取消し」という。)の対象となった新規学卒者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、これらの者の安定した雇用を速やかに確保した場合を除く。)

三 生産量その他事業活動を示す最近の指標、雇用者数その他雇用量を示す最近の指標等にかんがみ、事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに、行われたもの

四 前三号に掲げるもののほか、次のいずれかに該当する事実が確認されたもの

 イ 内定取消しの対象となった新規学卒者に対して、内定取消しを行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき。

 ロ 内定取消しの対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき。

(平成21年1月19日厚生労働省告示第5号「職業安定法施行規則第十七条の四第一項の規定に基づき厚生労働大臣が定める場合」)

 

この内定取消しは法違反であるかどうかは関係がないし、また安定所・学校への通知にも罰則は課されていない。もともとこの通知は「公共職業安定所又は施設の長」となっていたのが、2009年1月の施行規則改正で「公共職業安定所及び施設の長」と改められた。したがって厚労省が公表する「採用内定取消し件数」のうち、08年度卒以前については、学校のみに通知された件数が計上されていない。

 

労基行政ではどうなっているか

それでは、労基関係法令違反に係る企業名公表制度はどのようなタイプになるのか。強いて言い表すならば、行政処分を模した情報提供型とでもなるだろうか。

現在、同制度での公表の対象となっているのは、司法処分事案、局長指導事案(過労死対策および裁量労働制)である*3。法律ではなく通達に基づく運用であり、制裁ではない旨のエクスキューズが付されている。

なお、当該公表は、その事実を広く社会に情報提供することにより、他の企業における遵法意識を啓発し、法令違反の防止の徹底や自主的な改善を促進させ、もって、同種事案の防止を図るという公益性を確保することを目的とし、対象とする企業に対する制裁として行うものではないこと。

(平成29年1月20日付け基発0120第1号「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」)

 

企業名公表までの一連の流れを整理すると下図のとおりとなる。企業名公表は司法処分か、局長による指導がなされた段階で行われる。制裁ではないため、たとえば「指導に従わなかった場合」のような形をとらない。局長指導が行われたという事実が「情報提供」として周知されるのである。

 

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公表の仕方としては、企業名リストをHP上に掲載し、毎月更新する形をとっている。

掲載期間はおおむね1年であり、例外として(1)送検事案はHPに掲載を続ける必要性がなくなった場合、(2)局長指導事案は是正及び改善が確認された場合には掲載を削除するとされている。

なお、裁量労働制に係る企業名公表制度は2019年1月に設けられた*4が、現在のところ、HPの掲載方法・掲載期間を示した通達にはこれは反映されていない*5(もしくは通達非公表)。

 

リストへの掲載および掲載の削除というこの方式は、前述の第二、第三の類型と相似である。職業紹介業者、派遣事業者の企業名公表では、行政処分を実施した段階で公表を行い、現在実施中のものについてHP上に掲載する。無許可派遣に係る公表では是正が確認されるまで公表措置が続けられる。

労基行政においては、使用停止命令等を例外とすれば、基本的に行政処分という手段がない。その代わり、他の労働行政にはない司法処分の権限があるのだが、これは過去の違反に対する制裁である。ところが企業名公表の場合は、公表→是正・改善の確認→公表の取りやめ、という時間軸を含んだ措置となりうる。これは制裁とは裏返しである。局長指導事案の場合は、そのことがより一層わかりやすい。指導に従わなかった公表される(=制裁)のではない。指導に従えば公表が取りやめられるのである。

 

最初に、企業名公表は是正・改善措置なのか、あるいはその担保措置なのか、という問いを立てた。労基行政においては前者である。だが、このことには含意がある。司法処分は本来担保措置の側であろうが、現実の使われ方としてはむしろ是正・改善措置ではないのか、ということである。そのように捉えたほうが、整合的な説明がしやすいのではないだろうか。

 

*1:ここでいう市場は、必ずしも労働市場に限らないだろう。

*2:許可の取消しについては、許可の取消し日より5年以内のもの。

*3:安衛法には特別安全衛生改善計画に関して公表規定がある(安衛法第78条第6項)。これは法律上の規定がある公表制度であり、枠組みが違うため説明を省く。

*4:平成31年1月25日付け基発第0125第1号「裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表について

*5:平成29年3月30日付け基発0330第11号「労働基準関係法令違反に係る公表事案のホームページ掲載について