ぽんの日記

京都に住む大学院生です。研究とは関係ないことも気ままに書いていきます。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

野村不動産の「特別指導」の件 覚書

「特別指導」と現行の公表制度

野村不動産の件は企業名公表制度とはそもそも別案件ではないかという話。

 

現行の公表の枠組みはこれ。

違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について

 

このなかで公表するとされている内容は以下の4点です。

ア 企業名
長時間労働を伴う労働時間関係違反の実態
ウ 局長から指導書を交付したこと
エ 当該企業の早期是正に向けた取組方針

 

野村不動産の件で問題となるのはイの部分。ここに「裁量労働制の違法」や「労災認定」は含まれないように思われます。

先の通達では「労働時間関係違反」を次のように定義しています。

労働基準法第32・40条(労働時間)、35条(休日労働)又は37条(割増賃金)の違反(以下「労働時間関係違反」という。)

 

裁量労働制や事業場外みなし労働時間制は38条(時間計算)の条文です。時間外労働協定(36協定)の36条についても上記の「労働時間関係違反」には入っていません。

 

もっともこれは単に違法条文のカウントの仕方の問題と思われます。36協定は32条の面罰規定ですので、36協定違反があった場合は36条違反ではなく32条違反で処罰されているはずです。裁量労働制の違法適用があったとしても32条や37条で処理されているのだと思います。

「労働基準監督年報」の「定期監督等実施状況・違反状況」でも36条や38条の違反件数は計上されていません*1

 

では、裁量労働制の違法適用があって32条や37条違反となった場合に、裁量労働の違法があったことは公表されるのでしょうか。

先の通達の中ではその点について書いていないのではっきりしません。「32・40条(労働時間)、35条(休日労働)又は37条」しか公表できないのであれば、裁量労働制については公表できないような気がします。

 

この企業名公表制度で最初に公表された事例は株式会社エイジスです。

その際の公表内容は以下の通り。

f:id:knarikazu:20180406104559p:plain

違法な長時間労働を複数の事業場で行っていた企業に対し千葉労働局長が是正指導をしました

 

当時の公表基準である「1か月当たり100時間」超の労働者数が掲載されています。「違反の実態」とは公表基準に関しての実態だということでしょう。

そのため裁量労働制の違反があったかどうかは、基準とは直接には関係ないので*2、公表されないのではないかと思われます。

 

 

もう一点、労災認定に関してですが、公表基準では以下のようになっています。

過労死に係る労災支給決定事案の被災労働者について、①1か月当たり80時間を超える時間外・休日労働が認められ、かつ、②労働時間関係違反の是正勧告を受けていること。

ここでも基準になっているのは「長時間労働」です。裁量労働が違法適用されていたかどうかではありません。

ですから仮に労災が公表されるとしても、その内容は「被災労働者の労働時間」に留まるのではないでしょうか。もちろん、その背景としては裁量労働制の違法適用があるわけですが。

 

また公表内容は「イ 長時間労働を伴う労働時間関係違反の実態」となっているので、労災認定がなされたかどうかは公表内容ではありません。もっとも「過労死に係る労災支給決定事案の被災労働者」の労働時間の実態を公表するということは、事実上労災認定を公表するということになるでしょう。

 

しかし長時間労働が過労死ラインに満たなくても、過労死の労災認定がなされることはありうる事態です*3

ということは労災認定がなされたとしても「長時間労働を伴う労働時間関係違反」が無いこともありうるわけです。その場合には、現行の公表制度では労災認定は公表されないということになります。

 

 

つまり現行の企業名公表制度では、裁量労働制の違法も労災認定も、どちらも直接的には公表内容とはなっていないのではないかと思います。それにもかかわらず裁量労働の部分についてだけ公表してしまったのが「特別指導」だったのではないでしょうか。

 

 

是正勧告を認めない理由の報道

どう考えても「特別指導」を公表した段階で是正勧告の公表もしているはずなのに、加藤厚労大臣がそれを否定しています。

 

その理由についての報じられ方を見ると

 

 公表を認めないのは、認めてしまうと野村不動産への調査の端緒となった過労自殺についても説明を求められ、安倍政権が今国会の目玉とする働き方改革関連法案の国会審議が滞ることを懸念しているためではないか、と野党はみている。

朝日新聞2018年4月6日朝刊「(時時刻刻)答弁、矛盾次々」

  

野党は「特別指導の背景には過労自殺があったのでは」との質問を繰り返しており、重大な労災事案に対して行われる是正勧告をしたことを公表すれば、過労自殺があったのではとの疑念が深まる。また、安倍首相や加藤厚労相は特別指導の発表時に過労自殺を知らなかったという趣旨の答弁を国会でしているため、厚労省からの報告の有無も含めて追及が激しくなることが予想される。

毎日新聞2018年4月6日朝刊「東京労働局長:きょう招致」

 

是正勧告と労災を結びつけているようですが、是正勧告は法違反があった場合の行政指導です。労災認定とは関係ありません。完全に合法的な働かせ方をしていたとしても、労災が発生することは考えられます。

(是正勧告についてはこちらに書きました。是正勧告と指導の違い - ぽんの日記

 

 

是正勧告の公表を認めない方向に転じたのは、「特別指導」が公表基準に該当しないのに公表してしまったのを、今になって取り繕っているからではないでしょうか。

 だが、厚労省は先月28日、加藤氏が特別指導について事前報告を受けた際の資料をほぼ黒塗りにして国会に提出した。「公表した是正勧告の部分は開示すべきだ」と迫る野党に、厚労省が持ち出したのが「公表していない」との主張だった。

前掲朝日新聞

 

是正勧告は通常公表しないわけです。その例外として公表基準に該当するもののみ公表しているわけです。

「特別指導」を公表する際にプレスリリースなどの正式な発表資料を出さなかったのは、公表基準に合致しないことを自覚しているからではないでしょうか。そして基準に該当しないという事実は今でも変わっていないので、野党から求められても文書で是正勧告の事実を認めようとしていないのではないかと思います。厚労省が文書ではっきり開示してしまうと、是正勧告は原則公表しないというこれまでの姿勢との一貫性を問われますから。

 

 

 

「2OUT」案件なのか

野村不動産の件が「2OUT」案件に該当するのかという点について追記です。

 

 

 「過労死等ゼロ」緊急対策

 

 

「新宿労働基準監督署(同)が把握した男性の残業は、15年11月後半からの1カ月で180時間超。長時間労働が原因で精神障害を発症し、自殺に至ったとして労災が認められた。労働時間の管理は自主申告に委ねられていて、申告された時間は実際の労働時間より大幅に少なかったという。」*4と報道されていますので、1OUTは確実ですね。上記図で言えば「②+」の要件に該当します。

申告された時間が大幅に少なかったということは、仮に36協定の範囲内であっても割増賃金違反になるはずです。

 

ほかがちょっとよく分かりません。報道を見落としているだけかもしれませんが、単に裁量労働制の違法適用というだけでは要件に該当しませんから。

 

長時間労働が被災者のみであったならば、①に該当しない可能性もあります。ただ被災者は180時間超の時間外があったとのことですので、他の労働者にも一定残業があったことは推測されます。

野村不動産は本社と地方4事業場に是正勧告を受けているので「3OUT」案件の可能性もあるでしょう。

 

いずれにしろ、どれくらいの長時間労働があったのかはっきりしないと、「2OUT」「3OUT」の公表基準に該当していたかどうかが不明です。

 

もし該当していないなら、そもそも公表すること自体に無理筋だったということです。

もし該当しているなら、該当しているという事実を伏せたまま都合の良い部分だけ公表したということになります。

 

つまりどちらにしろ恣意的です。

 

 

kynari.hatenablog.com  

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*1:36条但書違反は計上

*2:仮に裁量労働の違反があっても、80時間超の残業がなければ公表基準には合致しない

*3:精神障害の認定基準では「特別な出来事」として「極度の長時間労働」だけでなく「心理的負荷が極度のもの」も挙げています

*4:朝日新聞2018年3月4日