ぽんの日記

京都に住む大学院生です。twitter:のゆたの(@noyutano) https://twitter.com/noyutano

救済か、違反是正か

行政目標はひとつじゃないよね、という話。

  

目標競合

特定の政策や事業の目的はひとつではないですし、むしろ複数の目的を掲げていることは珍しくないでしょう。大きく抽象的にまとめて「公益」が目的だと言ってしまうことはできても、その公益の中身はなにかと具体的に下りてくると、やはり複数の目的を抱えているもの。

複数の政策目標は重なり合う部分ももちろんあるでしょうが、ときにバッティングしてしまうこともありえます。

これは法律レベルの話であれば、抽象的に、両論併記で、あるいは玉虫色に、ときには建前を優先して、ざっくりとしたまま規定することもできましょうが、現場の運用レベルに下りてくれば、具体的に、個別事例に対しても判断していくことが求められるので、第一線行政機関の職員は、ときに葛藤に直面します。

 

 

生活保護法は、その目的を以下のように規定しています。(下線は引用者。以下同じ)

(この法律の目的)
第一条 この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

 

「最低限度の生活を保障」と「自立を助長」が並立して掲げられています。

運用にあたって具体的な基準や目標をどう設定するかという点ももちろん重要ですが、目的レベルでみても「最低生活保障」と「自立の助長」の2つがあるわけです。

この2つが完全に一致しているのなら問題ないわけですが、そうではないために論争にもなりえます。

公的扶助論の中では1950年代にいわゆる「岸・仲村論争」において、公的扶助とケースワークが一体であるべきか、分離すべきかをめぐって議論がなされたりしました。こうした論争が起きるそもそもの背景は、ひとつの政策・事業が複数の目的を抱えうるということにあると言えるでしょう。

 

 

法律に「目的」が規定されていても、その通りに運用されているとは必ずしも言い切れないこともあります。

外国人技能実習制度が労働力の確保や出稼ぎを謳っていないように。

 

外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律

(目的)
第一条 この法律は、技能実習に関し、基本理念を定め、国等の責務を明らかにするとともに、技能実習計画の認定及び監理団体の許可の制度を設けること等により、出入国管理及び難民認定法(昭和二十六年政令第三百十九号。次条及び第四十八条第一項において「入管法」という。)その他の出入国に関する法令及び労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)、労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)その他の労働に関する法令と相まって、技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護を図り、もって人材育成を通じた開発途上地域等への技能、技術又は知識(以下「技能等」という。)の移転による国際協力を推進することを目的とする。

 

(基本理念)
第三条 技能実習は、技能等の適正な修得、習熟又は熟達(以下「修得等」という。)のために整備され、かつ、技能実習生が技能実習に専念できるようにその保護を図る体制が確立された環境で行われなければならない。
2 技能実習は、労働力の需給の調整の手段として行われてはならない

 

技能実習制度は米国務省や国連自由権規約委員会から度重なる批判を受け、2016年にこの外国人技能実習法が制定されたのでした。

 

行政機関の役割

同じように、同一の行政機関においても行政目的の競合が生じえます。

 

ひとまず厚生労働省設置法を見ておきます。

第二節 厚生労働省の任務及び所掌事務
(任務)
第三条 厚生労働省は、国民生活の保障及び向上を図り、並びに経済の発展に寄与するため社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進並びに労働条件その他の労働者の働く環境の整備及び職業の確保を図ることを任務とする。
2 前項に定めるもののほか、厚生労働省は、引揚援護、戦傷病者、戦没者遺族、未帰還者留守家族等の援護及び旧陸海軍の残務の整理を行うことを任務とする。
3 前二項に定めるもののほか、厚生労働省は、前二項の任務に関連する特定の内閣の重要政策に関する内閣の事務を助けることを任務とする。
4 厚生労働省は、前項の任務を遂行するに当たり、内閣官房を助けるものとする。

 

(所掌事務)
第四条 厚生労働省は、前条第一項及び第二項の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
(以下略)

経済発展への寄与も目的に含まれているんですね。

抽象的な言葉でざっくりと規定されているだけで、それに続く所掌事務については「~に関すること」と列挙するのみです。

 

地方支分部局についても、分掌が示されるだけです。

都道府県労働局)
第二十一条 都道府県労働局は、厚生労働省の所掌事務のうち、第四条第一項第四十一号から第四十七号まで、第五十号、第五十三号から第七十三号まで、第百二号、第百六号及び第百十一号に掲げる事務を分掌する。

 

3つの立場

労働局において、行政目的の競合が起こりうる局面として、雇用均等行政を取りあげてみます。

「雇用均等行政関係 業務取扱要領」(平成31 年4 月)によれば、労働局は法令等の施行に当たり、異なる3つの立場をそれぞれの場面ごとに使い分けるのだそうです。

 

(1) 法令等違反の是正を行わせる法の施行機関

 均等法第29条、育介法第56条及びパート法第18条第1項に基づく報告徴収並びに助言、指導及び勧告の業務は、行政機関固有の権限として法令等の目的を達成するため、事業主に対して行うものである。

 局は、事業主の雇用管理についての十分な実態把握を行い、法違反事案に対しては、速やかに是正を行わせることが必要となる。

 また、業務の性格上、指導等の打切りはあり得ず、是正が行われるまで段階的にかつ繰り返し指導等を行うことが求められるものである。

 

(2) 法令等の趣旨に則った望ましい雇用管理を実現するための助言者

 法令等の趣旨に則った望ましい雇用管理を実現するための助言の業務は、局が事業主に対してアドバイスを行うことにより、事業主の自主的な取組を促す目的で行うものである。

 したがって、「助言」とは言っても、均等法第29条、育介法第56条及びパート法第18 条第1項の助言等とは趣旨が異なるものであり、あくまでも事業主の自主的な取組を促す性格の助言であることを意識して行う必要がある。

 また、そのような性格の助言であることから、是正の確認は求めないものである。

 

(3) 法令等に関する民事上の労使紛争について、その解決を促進する公平な第三者

 均等法第17条、育介法第52条の4及びパート法第24条に基づく紛争解決の援助並びに均等法第18条、育介法第52条の5及びパート法第25条に基づく調停の業務においては、事業主の行為が法令等に抵触するか否かを判定することは必要であるが、法違反があった場合もその是正を図ることを最優先するのではなく、むしろ行為の結果生じた損害の回復等について、紛争当事者の互譲によって紛争の現実的な解決を図ることを主眼とする措置である。解決に当たっては、法令等に基づく法的判断を踏まえ、法令等に反しない内容とする必要があり、それ故に個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(平成13年法律第112号。以下「個紛法」という。)の手続ではなく特別の手続を設けているものであるが、紛争当事者の合意が得られるものであるならば、援助内容については法違反の是正にこだわる必要はない

 局は、優越的地位にある法令等の施行機関としてではなく、あくまでも公平な第三者として紛争の当事者の間に立ち、紛争事案の解決を第一に考え、最も両当事者 の納得が得られるような妥当な解決策を提示することが必要となる。

 また、あくまでも行政サービスとして行うものであり、不必要に時間をかけることがかえって当事者の不利益になる場合もあることから、紛争事案の解決が見込まれない場合には、適宜打ち切ることも求められるものである。

「雇用均等行政関係 業務取扱要領(平成31 年4 月)」(pp.2-3)

 

(1)~(3)のすべてで「助言」という言葉が用いられるので、少々ややこしいですね。

(1)は労働基準監督行政でいえば是正勧告。法令違反の是正を目的として行われる「助言」です。

(2)は是正ではなく、改善のための行政指導。法令違反ではないけれど、法令の趣旨から考えると望ましくないような状態を改善させる目的で行われます。是正ではないので、「事業主の自主的な取組を促す」となっています。

(3)は紛争解決援助です。法令違反の是正よりも、紛争の解決を主眼とします。

 

(1)が是正を目的としているのに対して、(2)や(3)は「是正の確認は求めない」「是正にこだわる必要はない」となっています。

3つの業務は相互に重なり合う部分もあるとは思いますが、こうしてそれぞれの顔を使い分けているわけですね。

 

反射的利益

違法状態の是正を必ずしも最優先とするわけではない(3)の業務に対し、(1)の助言、指導、勧告の業務は、労働者の救済が目的ではないと説明されます。

助言、指導及び勧告の目的はあくまでも法の履行の確保であって、制度改善等の是正指導を行った結果労働者が救済されることがあっても、それは制度改善による反射的利益であること。

「雇用均等行政関係 業務取扱要領(平成31 年4 月)」(p.12)

 

国が監督権限を行使するのは、法の履行確保を目的にしているのであって、労働者の救済を直接の目的にしているわけではないということですね。法違反の是正は労働者の利益につながるかもしれませんが、あくまでそれは結果的に生じるもの。「反射的利益」ということです。

このような言い方をするのは、国家賠償上の責任を負いたくないからでしょうね。反射的利益は直接保障された利益というわけではないので、利益が侵害されてもそれは国の責任じゃないよ、と。

 

 

政策目的、行政目的が複数存在することはごく普通のことだと言えるでしょう。単一の目的に絞り込んで、杓子定規に運用されるよりも、自由度に含みを持たせたほうが、現場の事態に柔軟に対応できそうです。

そのかわり複数の目的・目標がときにバッティングすることによって、摩擦や葛藤が生じる背景にもなりえます。これは総論的、抽象的に目的や理念を示しておくことのできる中央の政策決定のレベルよりも、実際に国民を面前に執行にあたる第一線の現場レベルで立ち現れる問題なのだと思います。