ぽんの日記

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労働基準行政の目的変遷

労働基準行政がどのような目的を掲げてきたのかを、『労働基準監督年報』(以下「監督年報」と書く)の記述の変遷からたどります。1950年版から5年ごとに取り上げています。

 

1950

最初から例外なのですが、監督年報の本文ではなく、その前説部分からの引用です。労働省労働基準局長が労働大臣あてに監督年報を取りまとめた旨を報告している文章です。本文は常体で書かれていますが、この部分は敬体で書かれています。

監督行政だけでなく、基準行政について記述しているところを引きたかったのでここをピックアップしました。

以上労働基準行政の概要につき記述したのでありますが、わが国が国際経済に参加するに当たつては、まず生産を増強し労働の生産性を昂めることが要請されており、これに対しては労働基準行政が重なる消極的取締りのみに陥ることなく同時に安全管理の強化による産業災害の減少、作業環境改善による労働能率の増進、賃金体系の合理化による労働意欲の向上、技能者養成による技能と能率の向上、労働時間、休憩等の適正配置による疲労の防止、福祉厚生施設の強化による労働力の培養、労務管理機構の確立に伴う職場規律の維持その他各般の積極的労務管理面について、労使双方に活潑な援助と助言を行い、労働者の福祉と能率の向上を通じて日本経済興隆のため寄与したいと念じております。既に事業場の監督に当たつても、この方面に眼を開き、部分的にかなりの成果をあげた事例もありますが、今後はこれに対する綜合的な施策を考えたいと準備している次第であります。

労働省労働基準局長・亀井光「労働基準監督年報についての報告」5頁)

 

「国際経済に参加」「労働の生産性を昂める」「賃金体系の合理化」「労働力の培養」「日本経済興隆」などの文言は、後の時代と比べたときにこの時代に特徴的な言い回しと言えると思います。

戦後復興期であり、占領期であった当時の状況が文章に表れています。大臣に向けた「報告」であることも関係しているでしょう。

 

「労使双方」に援助と助言を行うと述べています。近代的労使関係の成立のためには、単に行政が使用者を取り締まって労働者保護を図ればいいのではなく、労働者にもエンパワメントして法の理念等を浸透させる必要があるということです。

 

1955

監督年報の冒頭にある「概説」からの引用です。

以上のような経済的事情を背景として労働基準行政としては、終始法定の最低労働条件を確保すべく、労働基準法に基く監督を重点的かつ厳正に実施するとともに、中小企業等協同組合あるいは経済関係行政機関の協力のもとに実質的労働条件の向上につとめ、更に労働災害の防止、職場環境衛生の確保、技能水準の向上、その他労働者の福利厚生の充実について、指導援助を強力に展開したのであるが、本年の労働基準行政において特筆されるべき事項としてはまず法制面における劃期的発展を挙げなけらばならない。

(2頁)

 

基準行政は、最低労働条件の確保と、それを上回る労働条件の向上に大きく二分できるだろうと思います。上の文章では「監督」は前者、「指導援助」の語は後者のものとして用いられています。

労働災害の防止」は法律上の指導だけでなく、専門的・技術的な指導も含んでいるので後者の意味合いが強いということでしょうか。「労働基準法に基く監督」ももちろん行っているでしょう。

 

1960

以上の如き[松野労働大臣の]所信をうけて、昭和35年における労働基準行政は、つぎの如き展開を示した。

(2頁)

ここでは割愛しますが、労働大臣の所信演説が引用され、その後法制面の整備について触れたのち、行政運営については次のように述べられています。

つぎに、労働基準行政の運営については、従来からの基本方針に加え、上述の如き経済拡大に即応して、労働条件の全般的向上を期すること、貿易為替の自由化に伴う労働者に対するしわ寄せ防止に一層の配慮を加えること、産業界における最近における技術の進展に伴う企業の実情とその問題点の十分な把握を通じ、有効且つ適切な行政が行われるよう配慮することを基本的態度として、労働者の労働条件の向上を図るべく、重点的、段階的な監督を推進し、積極的な啓蒙指導を行つた。

(2頁)

「基本的態度」として「経済拡大」「貿易為替の自由化」「技術の進展」への配慮などが触れられ、「労働者の労働条件の向上を図るべく」とその目的が述べられます。

 

これに続く文章では、行政の重点として「労働時間、休日等の労働条件の維持向上」「産業災害総合防止5ヶ年計画」の推進、「職業病、災害疾病の予防の徹底」「最低賃金制度が健全に発展するための基盤を育成強化」「労災保険行政」「中小企業に対する労務管理改善指導の推進と前近代的労働慣行の払拭」が列挙されます。

最後に総括として、以下のようにまとめられています。

以上の如く、昭和35年における労働基準行政は、わが国における経済の実態、とくに中小企業の実態の認識の上にたつて、労働者の労働条件の実質的な保護を目的として推進された。

(3頁)

1965

第1章「概況」からの引用です。

昭和40年度の労働基準行政の背景となった労働経済事情の概要は以上のとおりであって、短期的にみると経済は中休みの状態であったといえるが、長期的視野に立てば、経済的、社会的変化が依然として進行しているわけで、法定労働条件が企業や社会に定着しうる基盤もかたまりつつある状況には変りがなかった。従って、昭和40年度の労働基準行政は、昭和39年に引きつづき、全体として労働災害の防止と近代的労働条件を実現するため、実効性ある行政の展開にとりくむこととした。

(4頁)

さまざまな施策、取り組みがあることは言うに及びませんが、一言で要約すると「労働災害の防止」と「近代的労働条件」になるのですね。

 

1970

このような労働経済情勢を背景として、昭和45年の労働基準行政の運営については、人間尊重の勧点[ママ]から監督指導を中核とする労働災害防止対策を徹底すること、不幸にして労働災害を受けた労働者に対しては経済発展に即応した補償が行えるよう制度の改善に取組むこと。労働基準法最低賃金法等法定の最低労働条件の確保を図るため監督指導等を推進すること。勤労者財産形成政策の推進等労働者福祉対策の充実を図ること等を基本的方向として積極的な行政の推進に努力した。

(7頁)

 「基本的方向」として目的と施策が列挙される形になっています。

 

1975

この年になると監督年報の分量が薄くなります。

このような社会情勢の中で、労働基準行政は、その使命を果たすべく積極的な対策を講じた。

(3頁)

目的としては「その使命を果たすべく」となります。

以下、対策が列挙されており、「第1は、職業性疾病をはじめとする労働災害防止対策の充実強化」「第2は、労働者の労働条件の改善のための施策の推進」「第3は、総合的な勤労者福祉対策の推進」「第4は、被災労働者の保護の充実」となっています。

 

1980

昭和55年度の我が国経済は、個人消費や住宅投資の低迷を背景に、国内需要の伸び悩み、鉱工業生産の停滞といった「景気のかげり」がみられ、企業の景況判断には総じて厳しいものがあったが、輸出と民間設備投資の高い伸びに支えられ、総じていえば順調な成長を遂げた。このような状況のもとで、次のような点に重点を置いて施策を講じた。

(3頁)

もう目的が記されていない。

重点施策としては、「第一は、労働災害防止対策、労災補償対策の推進」「第二は、週休二日制等労働時間対策の推進」「第三は、最低賃金制の推進」「第四は、定年延長対策の推進」

 

1985

このような状況の下で、産業・企業の動向を的確に把握しつつ労働災害の防止や労働条件の改善のための監督指導の推進、労使の自主的努力に対する積極的な指導援助の実施等に留意しつつ次のような点に重点を置いて施策を講じた。

(1頁)

重点施策としては「第1は、労働災害防止対策の推進」「第2は、労働時間対策の推進」「第3は、労働条件改善対策の推進」「第4は、最低賃金制度の推進」「第5は、高齢化社会への対応と労働福祉の充実」「第6は、労災補償対策の推進」となっています。

1990

このような情勢の下で、労働基準行政は、先進国としてふさわしい国民生活の質的向上の実現の要請、産業構造の転換、サービス経済化の進展、中小企業と大企業の福利厚生水準の格差の拡大、技術革新の進展、高齢化の進展、女子の職場進出、勤労者の意識の変化等社会経済の構造変化に的確に対応するため、次のような点に重点を置いて施策を講じた。

(1頁)

日米構造協議のころかな。

「~等社会経済の構造変化に的確に対応するため」と対応すべき課題がいろいろ挙げられています。

重点施策は「第1は、労働時間の短縮対策」「第2は、労働者の安全と健康の確保対策」「第3は、労災補償対策」「第4は、賃金対策の推進」「第5は、労働条件改善対策等」

 

1995

平成7年度において労働基準行政は、こうした状況に的確に対応し、勤労者生活の質的向上を図るため、法定労働条件の履行確保を図るとともに、これに加え、これからの時代にふさわしい、より質の高い労働条件、労働環境の実現を図ることを、これまで以上に念頭に置き、次のような点に重点を置いて施策を講じた。

(1頁)

1990年の「先進国としてふさわしい国民生活」もそうですが、ここでも「勤労者生活」となっていて、「生活」に触れています。「これに加え~これまで以上に念頭に置き」の言い回しが特徴的でしょうか。

重点施策は「第1は、労働時間の短縮対策」「第2は、労働者の安全と健康の確保対策」「第3は、労災補償対策」「第4は賃金対策の推進」「第5は、労働条件改善対策等」

 

2000

平成12年度において労働基準行政は、こうした情勢を踏まえ、法定労働条件の確保はもとより、より質の高い労働条件、労働環境の実現を図ることを目指し、次のような点に重点を置いて施策を講じた。

(1頁)

「勤労者生活の質的向上を図るため」「これからの時代にふさわしい」の修飾句は消えましたが、「法定労働条件の確保」「より質の高い労働条件、労働環境の実現」が掲げられているのは共通しています。

重点施策は「第1は、労働条件の確保・改善対策」「第2は、労働時間の短縮対策」「第3は、労働者の安全と健康の確保対策」「第4は、労災補償対策」「第5は賃金対策の推進」

 

2005

しかし、このような情勢のなか近年、労働条件が守られないといった問題が顕在化しており、今後もこの傾向が続くことが懸念されるため、平成17年度においてはすべての労働者が適法な労働条件の下で安心して働くことができるよう、次のような点に重点をおいて対策を講じた。

(1頁)

「より質の高い労働条件、労働環境の実現を図ること」の部分が読めとれなくなっている気がするんですが。

重点施策は「第1は、労働条件の確保・改善対策」「第2は、労働時間対策」「第3は、労働者の安全と健康の確保対策」「第4は、労災補償対策」「第5は賃金対策の推進」

 

2010

このような情勢の中、解雇、雇止めや賃金不払といった問題が顕在化しており、今後もこの傾向が続くことが懸念されるため、全ての労働者が適法な労働条件の下で安心して働くことができるように、平成22年度においては、次のような点に重点をおいて対策を講じた。

(1頁)

下線部は2005年とほぼ同じ表現ですね。

重点施策は「第1は、労働条件の確保・改善対策」「第2は、労働時間対策」「第3は、労働者の安全と健康の確保対策」「第4は、労災補償対策」「第5は賃金対策の推進」

 

2015

経済は改善の動きをみせているものの、全国の労働基準監督署には、賃金不払、解雇や雇止めといった問題に関する申告・相談が依然として数多く寄せられており、全ての労働者が適法な労働条件の下で安心して働くことができるように平成27年度においては、次のような点に重点をおいて対策を講じた。

(1頁)

やはり下線部は踏襲してますね。

重点施策は「第1は、労働条件の確保・改善対策」「第2は、労働者の安全と健康の確保対策」「第3は、労働時間対策」「第4は賃金対策の推進」「第5は、労災補償」となっています。