労働基準監督機関(以下「監督機関」)による監督指導は定期監督と申告監督に大別できます。労働者からの申告に対応する形でなされる申告監督と違って、定期監督は監督機関の側が年次計画を立ててそれを実施します。
その際の監督計画は、大枠は厚生労働本省のほうから方針が示されます。そのうえで局・署では地域事情を考慮して監督計画を策定することになります。
一方で、大枠の監督方針よりも、もっと踏み込んで実施時期や対象業種を具体的に指定して監督実施の指示がなされることがあります。
ここではそのような監督を通常の定期監督と区別して「一斉監督」と呼んでおくことにします。
古いものになりますが、過去の労働省の通達では、一斉監督、調査的監督が次のように説明されています。*1
①一せい監督指導
監督指導の実施時期を特定し、集中的な能力投入を行うことにより監督指導の効果を期待しうる対象に対して行う。
②調査的監督
遵法状況、労働の態様等の実情についての把握が行政推進上必要と思われる対象であって、その対象が全国的に散在していること等によりその把握が不十分なものについて行う。
これ、この当時(1974年)は一斉監督(一せい監督)と調査的監督は区別して用いていたのかもしれませんが、色々資料を漁って読んでいく限り、両者の境界は曖昧です。同一の監督を一斉監督とも調査的監督とも呼んでいることもありますし、「集中監督」という言い方が用いられているのもあります。
本稿ではひとまず、そういった細かい区別はしないことにします。
つまり、通常の定期監督であれば個々の監督機関がバラバラに監督を行っているわけですが、一斉監督の場合にはそうではない。指定の実施時期に特定の業種ないし事業に対して一斉に実施される、そのことがポイントになっていると思うからです。
なぜ通常の定期監督とは異なる形で、一斉監督が行われるのか。
それは先の通達の説明にも表れている通り、一斉に実施することで行政効果を高めようという狙いがあるのでしょう。波及効果や社会的気運の醸成などを企図したもので、その場合には報道発表を含めた、キャンペーン的な意味合いが強いと言えます。
60年代末ごろに始まった、交通安全運動に合わせた一斉監督などはその典型でしょう。
ほかにも法令改正時の周知を目的としたものや、工場・工事現場などで事故が起きた場合に、同種の災害の発生防止のために一斉監督が行われる例があります。
一斉に監督を実施することが行政効果を高めているのかどうかは、疑問の余地が残るところです。事前に実施日を予告していたり、数日間で集中的に監督を行っている例も見られるので、単にキャンペーンと見るべきものもあるように思います。
一斉監督の場合、監督指導結果が公表される例が多くなっています。後掲の表を眺めていると、「社会的に問題になっている→一斉監督を実施→違反率が高いことが分かった」とパターン化できそうです。
公表されるのは大体のところ法違反率の高さであって、一斉監督によってどれだけ改善されたかといったことはあまり触れられません。最近の報道発表で指導事例を掲載するようにはなっているのは進歩なのかもしれませんが。
以前、再監督をこのブログで取り上げた際に、似たようなことを書いた気がします。↓
監督指導の内容を「違反実態の調査」と「是正指導」という風に概念的に区別したとしましょう。
一斉監督の結果として公表されるのは、前者の違反実態の状況に偏っていると個人的には思っています*2。そうすると一斉監督というのは、見方によっては法違反実態調査だとも言えます。
一斉監督と調査的監督が時に混同されるのは、この側面が否定できないからではないでしょうか。要するに一斉監督とは、一斉違反実態調査ではないかと。マスコミの報じ方だけでなく、監督機関の側もそのように発表してきたように思います。
調査的監督で懸念に思うのは、これによって本来の監督が不十分になってしまうのではないかという点です。
それは、調査的監督が調査に重点を置いているために、是正のほうが手薄になってしまうのではないか、という点。それから、通常の定期監督に割く分のリソースがそちらに振り向けられてしまうという点。
2013年の「労働時間等総合実態調査」は調査的監督として実施されていますが、対象事業場数は1万1千件余りに及びます。この年の定期監督等実施件数は14万件ほどですから、そこそこ多いと思うんですけど。
監督機関は限られた人員であるため、定期監督では違反の疑いが強い事業場を優先して選定していると思われますが、調査的監督の場合はこれが無作為(なのか?)になってしまいます。
調査的監督という言葉は50年代にはすでに使われています。
いわゆる「是正基準方式」のときに、是正基準を定めるために同種の事業について調査を行ったのだと思います。
もっとも労働省自身「常時調査的監督と称して本来の監督がおろそかになることのないよう充分注意すること」*3と釘を刺しています。
だから私は、調査的監督は止めて、「本来の監督」に専念できるようにするべきだと思うんですけどね。
さて、これまでどんな一斉監督が行われてきたのかについて、すべて網羅しているわけではないけれど、この記事の最後に貼っつけておきました。
全国一斉監督以外の、県レベルのも載っているけれども、新聞の地域面や地方紙はほぼ抜け落ちてると思います。
というか、当ブログでもコンビニの監督結果とか取り上げたクセに、下の表からはそれが抜け落ちているという……
出所で「通達」と書いてある箇所は、労働省労働基準局監督課「監督指導業務関係主要通達集」(1973年度,1975年度,1980年度=国立国会図書館所蔵)、中央労働災害防止協会・安全衛生情報センター(https://www.jaish.gr.jp/index.html)および全国労働安全衛生センター連絡会議情報公開推進局(http://www.joshrc.org/~open/doc/doc.htm)を参照しました。細かくリンクを記しませんでしたが。
下の表以外だと、石炭鉱業の坑内労働(36条但書 1日2時間の限度の遵守)に関して1964年8月、65年1月、65年6月、65年9月、66年4~6月、66年9月、67年4~9月、67年10~12月、68年1~3月、68年4~9月に監督を実施しています。
自動車運送事業については、地方運輸機関との合同監督 ・監査がタクシーに対しては2006年から、バス・トラックに対しては2008年から実施。
あと、家内労働旬間等に際して局内で一斉監督を実施した例などもある。